水     星

 太陽に最も近い惑星である水星は、ひじょうに見にくい星である。つねに太陽の近くにあって、空が暗いうちは見える機会が少ないからだ。かのコペルニクスでさえ、生涯にたったの一度も水星を見ることができなかったそうだ。

 私も今までの人生の中で、水星を見たのは2回しかない。両方ともずいぶん昔のことで、最近は全くお目にかかっていない。初めて見たのは中学校3年のときだ。当時、天文気象部に所属していた私は、夏休みに行われた夜間観測に参加した。これは学校に泊り込んで、校舎の屋上から観測する行事だった。

 仮眠していた部員たちは、明け方近くになって先生に起こされ、東天を見せられた。そこには黄道に沿っていくつかの惑星が並び、その一番下に水星が輝くという見事な光景があった。この時の空はまだかなり暗かったから、たまたま良い条件に恵まれたのか。あるいは、この日を選んでこの行事を設定したとすれば、顧問の渡辺先生は偉大だったと言える。

 とにかく中学校の頃と言えば、私が天文に目覚めて、基地外のように観測をしていた時期だから、水星を見たときは本当に感動した。それは他の惑星より暗い光を放っていたが、しかし存在価値は、一番大きかった。

 2度目はたぶん高校か大学の頃か。野島山に登って、夕方の西天に水星の光を捉えた。この時は、まだ夕焼けで空は真っ赤だった。しかし、その真っ赤な空をバックに、淡いが確かに輝く水星の光があった。この時、何を目的に野島山に登ったのかは良く覚えていない。水星を見ることを目的に登ったのではないかも知れない。しかし、なぜ一人で夕方の野島山に行ったのだろう。私の奇人ぶりは、その頃からあったのかも知れない。もはや謎である。

 

金   星

 水星と違って、金星は良く目立つ星である。一番星、あるいは宵の明星、明けの明星として広く知られている。だから肉眼では数え切れないほど何度も見ている。だが、実は望遠鏡で見たことはあまり無い。見ても白く輝くばかりで面白くないからだ。満ち欠けを見るのが楽しいという人もいて、それは分からぬでもない。

 だが、本当に面白い三日月形の頃は太陽に近くなっているから、夕方だと西の空低くなっている。だから私の家からは見えない。私が観る金星は、いつもある程度以上の高度にあるから、半月よりも満ちた形になっている、したがって視直径も小さくて面白くないというわけだ。

 私が金星を美しいと思うのは、望遠鏡で見たときではなく、むしろ肉眼で見たときである。たまに三日月と近づいて、西の空でランデブーすることがあるが、この光景はいつ見ても美しい。ちょっとした天体ショーである。星に興味が無い人が見ても美しいだろうと思うのだが、実際はどうなのだろう。オフィス街を早足で行き交う人は、空など見ないのだろうか。だとしたら、実に勿体無いことである。

 

 2004年6月8日。金星の日面通過が起こった。だが仕事の関係と、天気も悪かったこともあって、残念ながら見逃した。8年後に再び起こるというが、そのときは私は退職している予定なので、のんびり見れるだろう。ただ時期が同じ6月で梅雨どきであるから、天気がどうなるかが問題である。

 これを見逃すと、私は金星の日面通過を見ずに死ぬことになる。もっとも2004年のときも130年ぶりであったから、この現象を見ずに死んだ人は大勢いるわけで、そう考えると気が楽になる。