Comet1975hの追跡

 我々にとってまたと無い観測目標となってくれた1975h彗星も、今や我々の視界から去って、太陽に向かっているところである。今まで僕なりに続けてきた、この彗星の追跡をふり返ってみるには、ちょうど良い時期であろう。

【第一報】

 この彗星発見の第一報を、僕が星の広場から受け取ったのは、7月9日のことであった(この時点での発見者は、小林氏とBergerの二人だけだった)。光度は7等であり、位置も好条件である。この日の夜はなんとか晴れていたので、それらしき方向に300mmレンズを向けて撮影してみたが、位置の誤差が大きく、何もひっかかってはくれなかった。それからしばらくは、また梅雨空に戻ってしまい、イライラする日が続いた。この間、この彗星を観測するためには、どうしても双眼鏡が欲しいと思うようになった。2〜3日おくれて届いた仙台情報で視直径が12〜13′もあることを知ったからである。

【発 見】

 7月15日は朝から良い天気だったように記憶している。正式な梅雨明けは16日とのことだったが、横浜ではもう梅雨明けも同然だっただろう。この日、仕事からの帰途、横浜駅西口のデパートに立ち寄り、Nikonの8×24mm双眼鏡と、ガイド倍率を上げるための2×バーローレンズを入手してから帰宅し、日の暮れるのを待った。

 外が暗くなるまで、星の広場からの情報によって位置予想を立ててみたものの、正式な軌道要素も位置推算表も発表されていないので、あまり詳しいことは分からない。そうこうしているうちに暗くなったので、双眼鏡を持って外に出た。そして予想される空域を注意深く調べたが、なかなか見つからない。Nikonの光学系の見せてくれる美しい星々に感動しながらも、僕は苛立ちを感ぜずにはいられなかった。

 やむを得ず、ひとまず部屋に引き返して、もう少し正確を期して星図の中に予想位置を記入した。今度は星図と視野の中を一つ一つ比較するようにしての捜索である。こうして「こぎつね座29番星」という、初めて知る5等星の付近にたどり着いたとき、この星の左下にかすかではあるが、何か大きく広がった白いものが見えるような気がした。

 それは甚だ淡いもので、確かにそこにあるのだ、ということさえ断言できぬほどである。この種の天体に経験の乏しい人なら、簡単に見過ごしてしまうだろう。しかし、この位置に何か光斑があることは間違い無かった。これが求める彗星であるかどうかは、撮影してみれば明らかになることだ。そう考えた僕は赤道儀をセットして300mm望遠レンズをその方向に向けた。そして3コマ連続して撮影を行ったのである。

【確 認】

 さて、次の日仕事から帰って来ると、直ちに昨日のフィルムの現像にとりかかった(こういう場合は、フィルムを途中で切って現像する訳である)。フィルムを定着液に浸して4〜5分後、フィルムを取り出し、陽の光にかざして、そこにあきらかな彗星像を見い出したときのうれしさ! 眼視的には見ることのできなかった中央集光も明瞭に映し出しており、さらに3コマを良く見ると、星々の間を移動しているのがわかるではないか! 300mmの威力は大したものだと思う。

 これで昨日の光斑が彗星であることは間違い無い。その夜にY君とI君に知らせるとともに、もう一度双眼鏡を空に向けたところ、今度は比較的容易に見つかった。昨晩とはかなり離れた位置にある。もう一度Y君に電話してその位置を知らせたところ、しばらくしてY君から「見えた」という電話がかかってきたときは嬉しかった(ただしその時、僕は不在で電話を受けたのは家族であるが)。

(中央付近のぼやけた光斑が7月15日に撮影した彗星)

 

【追 跡】

 こうして追跡が始まったわけであるが、17日からはまた天気が悪くて、一週間ほど星の見えない日が続いてしまった。せっかく彗星を捕まえたものを、と思っているうちに、24日になってようやく夏の青空が戻ってきたのである。

 24日の夕方は、まだ薄明が残っているうちから待ちきれなくて外へ出たのであるが、まだ空は明るく、肉眼では2等星も良く見えない。どうせまだ見えないだろうと思いつつ、予想位置に双眼鏡を向けた。と、どうだろう。視野の中にびっくりするくらい明るく輝いている彗星が、突然飛び込んで来たではないか。度肝を抜かれたとは、まさにこのことである。わずか一週間の間に、何と明るく、大きく成長したことよ!5等級の明るさもさることながら、20′にも達した視直径も見事なものである。

 この24日以降、29日まで僕の追跡は続く。この頃が観測の絶好期であり宵空の天頂付近という願っても無いところに、毎夜明るい光を放ち続けていたわけである。写真ももちろん何枚か写したのだが、いずれもガイド不良で星像が伸びてしまっている。おそらく、月が昇って来ぬ間に写そうという焦りが強く、極軸の調整に時間をかけなかったためだろう。

 多少ガイドが悪くとも、彗星のほうはあまり影響は受けないので、みんなに送った15日の写真とは比較にならぬ立派な姿を見せている。ともあれ、この時期の満足すべき写真が得られていないのは、今も惜しみて余りあるものである。

 31日〜8月2日は軽井沢にいたのだが、あちらの夜は雲があったので、観測は中断された。軽井沢から帰って来る頃になると、彗星は隣家の屋根の向こうに沈みかかっていたが、その直前を捕らえて撮影したものが1枚だけ残っている。幾分暗くなった他は、あまり変化は見られなかったようだ。

 8月7日〜11日の山中湖生活は雲に閉じ込められて、死ぬほど寒い思いをした。そこから帰って来て、次の12日の夜を迎える。みんながペルセウス群観測の準備をしていたか、もう始めた頃である。僕の家からはとっくに見えない位置まで下がってしまったが、彗星の最後の姿を留めておきたいと思う気持ちが強かった。

 家から少し離れた空き地まで6cm屈赤をかつぎ出して、300mmカメラを同架した。低空の激しい光害の中に彗星の姿を双眼鏡で見て、まず気付いたことは、その形状の変化である。光害の中でコマが見にくいこともあるだろうが、核がひじょうに鋭くなった反面、視直径はかなり小さくなってしまった。

 しかし、見にくいのは低空のせいで、光度自体は決して暗くなったのではないことも分かる。2分露出で撮影したネガでも、バックは真っ黒にかぶってしまっているが、彗星像は明瞭である。

 このときはMさんが優れたパートナーぶりを発揮してくれた。あらためて感謝させていただく。特に時計の秒読み等は、長焦点レンズの時には一人では不可能なので、パートナーが居てくれると、ひじょうに助かることを実感した。

 この頃、美ヶ原に行っていたY君によると1度くらいの尾が見えたとのことだが、条件の悪い僕の写真では見ることができない。14日の観測会で見たときも形状は変わり無く、光度4.7〜4.8mag、視直径3〜4′というのが観測会の結果である。

 こうして彗星は一たん見えなくなりつつあるが、9月中旬に夜明けの空に現れて来ることになっている。これまでにも、ずいぶん明るい彗星が出現したが、連続して追いかけることができたのは、何を隠そう、これが初めてである。また、彗星撮影を目的として。5月に買った300mm望遠レンズにとって、記念すべき最初の成果でもある(決して満足すべきものではないが)。

 近日点通過後は、夜明けの空ということもあって、仕事のことを考えると、今までのような観測をするのは悲観的である。しかし、週末等のチャンスを逃さず、できるだけ長く追い続けたいものである。みんなも頑張っていただきたいと思う。

 詳しい予報は掲げないが、9月5日には小獅子座にあって、そこから獅子のド真ん中を突っ切って、ほぼ真っ直ぐに南下していくことになるようである。多くの観測を期待したい。

(終)