日々の雑感2

懐かしさを感じた「ぷらべん」(2019.02.08)> 」

 近所の書店に雑誌を買いに行ったとき「ぷらべん」という本を見つけた。前に天文雑誌の書評でこの本を知ったとき興味を持ったので買ってしまった。主としてプラネタリウムの生解説に人生を捧げ、88歳の現在も現役であるという河原郁夫さんについて書かれた本である。昔よく行った神奈川県立青少年センターの職員としてお名前だけは中学生の頃から存じ上げていたが、その人となり等について全く知らなかった。

 中学生の頃、天文仲間と一緒に月に一度くらいのペースで通った。そのときはまず伊勢佐木町の有隣堂で天文書を一冊買い、向かいにある野澤屋の食堂で昼飯を食べて青少年センター向かうというのがお決まりのスケジュールだった。プラネタリウムは勿論見るし、晴れていれば屋上の20cm屈折赤道儀の太陽投影を見せてもらった。何度と無く通ったから河原さんのプラネタリウム解説を聞いていただろうし、もしかしたら屋上のドームでお会いしていたのかも知れない。したがって面識が無くとも何となく親しみを感じるのである。自分も青少年センターでプラネタリウムの解説をしたり、20cm屈折赤道儀を操作してみたいと思ったのだが、その夢は叶わなかった。ちなみにこれも有隣堂で買った「天体望遠鏡ガイドブック」(小森幸正著)の表紙カバーの写真になっているのがこの青少年センターの望遠鏡で、それは今でも持っており懐かしく見るのは当然である。

 さてこの「ぷらべん」を読んでいると懐かしい名前が次々と登場する。まずは水野良平さんで河原さんが水野さんのお弟子さん的な存在であったことも初めて知った。またその水野さんが東京天文台におられた堂々たる天文学者であることも知らなかった。早逝した星仲間が横須賀学院の生徒で、時々水野先生の話をしていたから、何となく高校の先生のような存在なのかなという気がしていた。一方で五島プラネタリウムに関係のある方という情報もあって人物像が良く分からなかったが、この本ではっきりした。

 次に興味深かったのは草下英明さんが、もとは野尻抱影さんの一番弟子だったのだが、テレビ出演をめぐる意見の対立で野尻さんと五島プラネタリウムと絶縁状態になったという話だった。草下さんにはテレビの科学番組を楽しく見させていただいたし、文庫になった星座の解説書(タイトル失念)は熟読しカノープスを「めらぼし」と呼ぶことはこの本で知った。野尻さんの「日本の星」を買ったのはその後である。

 何より感激したのは、私が見てきたプラネタリウムの番組がいかに情熱を傾けて作られたものであるかを改めて知ったことである。また私がプラネタリウムに通うきっかけは中学校の行事として連れて行かれ、それで感動したからであるが、それも平日のプラネタリウムを有効活用したいという河原さんの発案だったらしい。こう書いてくると中学時代に天文に夢中になれた原動力の一つとして、間接的であるにせよ河原さんの影響があったというのは間違いないと思えてくる。

 あの時代に天文に関わった人間は子供から大人までみんな夢中だったのだ。

 


3000円の双眼鏡(2018.11.13)

 下に書いた600円のオペラグラスを買ったとき、オモチャ屋の同じ棚に安い双眼鏡がいくつも並んでいた。ほとんどはオペラグラスと同一メーカーのもので、まあ買う気にならぬ商品だが一つだけ気になる物があった。中国製であるのは仕方ないが日本の有名光学会社の商品だからだ。スペックは8×21で昔買ったニコンの8×25に近い。しかしはるかに軽量で2980円で売っていたので、ちょっと興味を持っていた。先日行く機会があったのでええいままよと思い買ってしまったのである。何だか最近は安物鑑定士のようなことばかりしている。

 家に帰って箱から出して手に取ると本当に軽い。しかもコンパクトで、とても双眼鏡を握っているとは思えない感覚である。ただし見た目はオモチャみたいなものだ。これでちゃんと見えたらめっけもんだ。さっそく色収差の判定にピッタリと言われる電線を見たのだがこれが思ったより良い。視野も狭くなく普通の双眼鏡である。遠くの景色を見ても同じく鮮明に見えたので感心してしまった。とにかく軽いので持っていても全く疲れないのも良い。上を向いて星を見るときに、この軽さはありがたい。

 その日の夜は雲っていたので星は見られなかったが数日後に雲間からぎょしゃ座のあたりが見えたのでさっそく試した。そうしたらカペラの星像のまともさに驚いた。見た目のオモチャっぽさとは相反してこれはまともな双眼鏡である。片手で持って上のほうを見ていても全く疲れないので、たとえば明るい彗星を探すときなどに重宝するだろう。彗星探しは時間がかかるからこれは重要なポイントである。ただし口径は21ミリであるから、ここの土地ではそんなに暗い星までは見られない。視野に広がるたくさんの星にウットリするなんてことは不可能である。また8倍という倍率は星座の形を辿るには高すぎる。マゼンタコートであるがLED照明の街灯のような光源が近いと盛大にゴーストが出る。と、色々弱点はあるがこの価格でこの星像はコストパフォーマンス抜群であるから買って損をしたという思いは全く無い。早く月も見てみたいものだ。


称名寺金沢文庫国宝・星供図の判読(2018.10.28)

 だいぶ前になるが友人から称名寺金沢文庫の特別展の図録をもらった。その図版の中の一つが星供図と言う古い絵図で国宝だという。そこに明らかに北斗七星と分かるものが描かれ周りに小さな筆文字がびっしりと記入されている。ざっと見てみると僅か七つの星に黄道12宮28宿や十二支に四神、主な如来・菩薩、私にはよく分からない天・神、いくつかの穀物、ますます知らない何々衆、などがこれでもかと割り振られている。まるで星空の全体や神仏の世界と地上の自然を全て七星に凝縮したが如きの圧巻である。現代の天文ファンの目から見ると、いくらなんでも北斗七星を過大評価(?)し過ぎだと思うのだが、これが中国で始まった北斗七星信仰で、信仰とはそういうものであろう。北極星の妙見信仰もそうだが、昔の人が星を崇め奉ってくれたというのは何とも嬉しいことだ。ただ残念なことに昔は庶民の記録はほとんどないのか宮廷や武将が関わるものしか目にしていない。それも良いのだが、たとえば日本の農村の素朴な人々がどのような気持ちで北極星妙見様を拝んでいたのかなどが気になるところである。

 読めるところだけでも読んでみようと老眼を酷使して、図録の小さな筆文字とパソコンの辞書と首っ引きにして判読したものを以下に列記する。α、β、γ…は言うまでもなく星のバイエル記号である。

 私は仏教や道教などに関しては全くの門外漢であるので、どうしても読めないものは大して調べることもなく■で書いた。多分この字ではないかと思うが確信できないものには字の後ろに?を付けた。素人の戯れ事であるので専門的なことの知識不足はご容赦願いたい。まだこれ以外にも文字は残っているが今回はここまでで、気が向いたら追加します。

α宝瓶宮 12月→神后?神 毘伽衆 釈迦如来 玄武神 
 子→福、鼠、驚? 
 太星君 
 貧狼星 (以下、インドの7人の聖者、尊皇星妙見・北辰こと師匠である北極星の命にしたがって回転するとされる)
 桐 黍
 日天子精 
 大梵天■
 婁徑奎室(28宿のうち16.15.14.13)  
 近くに文殊 羅睺星(ラーフ)あり 

β双魚宮 正月→■■神 金■衆 弥勒仏 天后神 
 亥?→猪,愉?、豕 
 摩羯宮 11月→大吉神、照頭神、取?上地陒?衆 勢至 天一貴神
 元星君
 巨門星
 槐 粟 
 月天子精
 觜畢昴胃(28宿のうち20.19.18.17)なお畢と昴の下に閇と除あり

γ白羊宮 2月→河䰠神 和老日衆 観世音 天宮(天空)神
 戌→找?(サイ)、狼、狗 
 真星君
 禄存星
 楡、稲、 
 人馬宮 10月→功■神 真特衆 普賢 青竜神 
 寅→狸(リ)、豹(ヒョウ)、虎?(コ)
 柳、鬼、井(セイ)、参(シン)(28宿のうち24.23.22.21)、なお鬼と井の中間下部に開?と満?あり)
  火精

δ青牛宮 3月→■■神 斿佉衆、阿弥陀如来 大陰神
 酉→雉、鶏、烏 
 納星君
 文曲星 
 縺A麦 
 水精
 蠍虫宮 9月→太衛神、■伏衆 薬師如来 六合神
 卯?→狐、莵 狢 
 軫翼張星(28宿のうち28.27.26.25)なお翼と張の中間下部に扠と平あり
 文殊  
 泰山府君


ε陰陽宮(夫婦、双児、双女とも)4月→伝送神、安達衆 勢至 白虎神
 申→■(ユウ)、猿、柚 
 秤量宮 8月→天還神 波伊衆  文殊 勾陳神
 辰→龍、■(カウ)、■ (キョ) 国星君 
 桑 麻子 
 廉貞星 
 廉貞網星君
 土曜精? 堅牢地神
 房氐亢角(28宿のうち4321)氐と亢の下に成?と定?あり

ζ巨蟹宮 5月→小告神 摩■衆 摩利支天 太裳(タイモ)神
 未→厂に鳥?(カン)、鷹(ヨウ)、祥?(シャウ)
 武曲星(近くに輔星らしき記あり) 輔星は肉眼二重星ミザールの伴星アルコア
 花星君
 木子もしくは李 大豆舘
 小女宮 7月→太一神 回陒?衆 地蔵 ■(駄の下に鳥のような文字)
( ナシ巳?)→蝉蛆蛇
 近くに薬師あり
 木精
 斗箕尾心(28宿のうち8765) 箕と尾の中間下に危と執あり

η師子宮 6月→勝光神 蘓?藍衆 梅檀香佛 朱雀神
 牛→獐(シャウ)、馬、厤?(ロク)
 破軍星 
 關星君 
 香 小豆
 金精
 危虚女牛(28宿のうち12.11.10.9)少し離れたところに観音、計都星(ケートゥ)あり

※1日月火水木金土に羅睺星(ラーフ)と計都星(ケートゥ)を加えて九曜星
※2 ラーフとケートゥはインド神話に出てくる魔物。元々はラーフという一つの存在だったがヴィシュヌ神に首を切られ、生きている頭(ラーフ)と死んだ胴体(ケートゥ)に分かれた。ラーフは黄道と白道の月の昇交点に、ケートゥは降交点に存在する。月や太陽がこれらの点に来ると魔物に隠されて日月食になる。別の神話では生きているラーフだけが月や太陽を飲み込むので日月食になるという。(海部宣男編「アジアの星物語」出典)
ラーフもケートゥも地球の周りを公転するように見える(今で言うサロス周期)ので太陽・月・5つの惑星と同等の存在とみなされて九曜星に数えられる。

 17181920 21222324  28宿と各星の関係
  ●    ●
                        ●      
            1234   5678   9101112
 ●      ●    ●    ●   
13141516  25262728

※17181920は17.18.19.20のこと以下同様


オペラグラスを買ってみたが…(2018.9.24)

 下の方でオペラグラスを買ってみようかと書いたが、それを実行した。昔持っていたような折りたたみ式はプラスティックレンズしかないので、ガラスレンズを使ったものを買った。形はミニ双眼鏡だがれっきとした(?)ガリレオ式のオペラグラスである。値段は千円もしないもので、まあオモチャであるが、中国生産なのは承知でブランドだけは国内企業のものを注文した。

 届いたものを覗いてみてビックリした。色収差が盛大に出ている上に、視野の狭いこと。ガリレオ式とは言えこれほど狭いとは思わなかった。昔のオペラグラスがどんなふうに見えたのか記憶がないので比較のしようがないが、光学器械を知らない方が手に入れて観劇しようと思っても、これでは苦労するだろう。どうも気になって調べてみると、たぶんこの製品は特定の中国企業が作って外観を微細に変え、色々なブランドで売り出しているのではないかと思えてきた。別の国内企業の同等品も、知識のある人からは厳しい評を書かれてから、どれも同じ性能なのだろう。

 星はいちおう点に見える。月は周囲は盛大に青と赤の色ずれが出るが海の輪郭はくっきりしている。何とも微妙な見え方だ。まあ千円だからこれくらいの見え方が相応なのだろう。文句を言っても仕方ない。オモチャとして買ったのだから。千円のオペラグラスとはどんなものだろう?という好奇心は満たされた。そしてオペラグラスを調べていると1万円以上するドイツ製の高級品を見つけたので、これはどんな見え方なのかという新たな好奇心が湧いてきた。あのドレスデン国立歌劇場で使われていると聞いては尚更である。(オペラは全く聴かないがここの優れたオーケストラのLPやCDは何枚か持っている)

 なお星座の形を確認するために4×22の広視界双眼鏡を使っているが、これは全くの優れものである。子供の頃肉眼で見た星々をこの歳になって双眼鏡で確認するのは何とも楽しい作業である。カシオペアが視野におさまるほどなので、これくらいの倍率だと星座の形がよく理解できるのである。肉眼では全く見えない空から星座を浮かび上がらせてくれるこの双眼鏡は7000円とは思えない価値がある(今では倍率5倍の商品に変わったようだ)

(後日談)

近所のショッピングモールのオモチャ売り場で、別ブランドだが同等品と思われるものが600円くらいで売っていたので買ったみた。やはり見え方は全く同じである。600円なら完全に納得できる。しかし初心者は買わないほうが良い。


 

今回の火星大接近(2018.9.12)

 人生で初めてまともな機材と時間的余裕を持って迎えた今回の火星大接近は期待はずれに終わった。砂嵐が火星全面を覆い、模様が見えにくかった。2年前に10cm屈折で見たときの方が、模様の形がはっきりと見えた。さらに高度が低いことと、大接近の直前に南東方向に家が新築されてしまい更に空が狭くなってしまったので、庭から観望できる時間が限られてしまった。

建物の隙間から見る大接近

 今年の夏は殊の外暑さが厳しく夜になっても暑くて老体には厳しかった。写真撮影は時間と労力を要し、夜でも熱中症の危険を感じたのでやらなかった。短時間ながめ、また今夜も模様が見えないことを確認してすぐ終了という夜の繰り返しだから面白くも何とも無い。ミューロン180で見ても8cmアクロマートで見ても大して変わらない。はじめのうち(7月下旬〜8月上旬)はいちいちミューロンを出していたが、途中からより軽い10cm屈折に切り替えた。

酷暑の夏そらにも火の星ありて

 火星は昔から難物と言われていたが、2年前に少し模様が見分けられるようになったので期待して準備していた。しかし難物のままで終わった。昔スカイルック210を買ったときも火星を中心に狙うつもりだったが1975年の衝には間に合わず、更に1977年から転勤して全く時間的余裕がなくなってしまった。最近探し物をしていて当時の日記を見つけたので読んでみたら「もう天文をやるのは諦めた」とはっきり書いてあった。そこから2001年までほとんど天文をやめてしまったわけだ。ついでにスカイルックで接近中のハレー彗星を見つけた日の日記を見たら「ファインダーでも双眼鏡でも見えた」と書いてあったが、これは全く記憶になかった。どんなふうに見えたのだろうか。ただわかることは天文を休止中でも、さすがにハレー彗星は気になって探したということだ。

 と言うわけで火星は残念な結果だったが月面や木星・土星は楽しく見ることができているので、このままのんびり楽しんでいきたいと思う。


オペラグラスの思い出(2018.4.29)

 野尻抱影さんの本を読んでいたらオペラグラスについて書かれていた。それで昔に自分が持っていたオペラグラスを思い出した。もうとっくに紛失して今は手元にはない。当時の天文雑誌に星見用の双眼鏡に関する記事があった。私はこれで初めて双眼鏡は空を見るのにも使えるのだということを知り、当然欲しくなった。しかし例によって買う金が無いのでそのかわりにオペラグラスを買った。隣の駅の近くに質流れ品の店があり、半世紀前の価格だが300円くらいで買えたと記憶している。ついでに書くと初めてのカメラ三脚もここで買った。細くて弱くて一部が壊れていたがその頃はこれでも充分だった。

 当時は空も綺麗だったからだいぶ良く見えたと思うがほとんど記憶にない。友達の家の物干し台で一緒に望遠鏡を見たときにオペラグラスを持参して行ったことだけは何故かはっきりと覚えている。全て金属で作られた折り畳み式のやつで、今だったら高級感溢れて見えるに違いない。重さもそれなりにあった。それで同じような製品が欲しくなってネットで調べてみたがやはり今はオールプラスチック製のようでレンズまでプラスチックらしい。昔のような重厚感・高級感は望むべくもないが1000円くらいで買えるのでオモチャとして買ってみようかと思っている。


ミューロン180C(2018.3.8)

  一番新しい私の機材だ。火星大接近を前にしてどうしても欲しくなって買ってしまった。次の火星大接近は仮に生きていたとしてももう元気ではなくなっているだろう。いわば人生最後の火星大接近なのだ。210では大きすぎることが分かっているので180にした。手持ちの経緯台で充分使えるし、とにかく出し入れがおっくうにならないことが大事である。FC100よりはだいぶ重いが、ファインダー脚をそのまま取っ手にするという作りになっているおかげで、持ち運びが楽である。

 これが届いて箱から出した瞬間にスカイルック210が思い起こされた。もちろん鏡筒は一回り以上小さいし、長さも比較にならぬほど短いのだが、この太さの感じと塗装の色はスカイルックに通じるものがある。かつて家から消えたスカイルックが現代的に生まれ変わって戻ってきた、或いは大袈裟に言うと天文人生の空白で失ったものが遂に埋まったとすら思えてくる。これで望遠鏡購入は打ち止めになるだろう。お遊びで小さいのを買うことはあるかも知れない。

 2年前の火星中接近はFC100で必死に追った。口径なりの見え方でしかなかったが自分の人生では一番良く見えた火星だった。今回はどれくらい見えるのか楽しみに待ちたい。


 

関数電卓が驚きの価格(2005.2.20)

 サニーマートをぶらぶらしていて、書店の前にぶら下がっている電卓を何気なく眺めた私は、驚愕すべきものを見つけた。なんと関数電卓が1155円で売られている。れっきとしたCanonの製品であり、色んな関数の機能がついている。ちょっとキーを見ただけでも、たくさんの関数が使えることが分かる。三角関数、逆三角関数はもとより、指数関数、対数(自然、常用)、双曲線関数、その他たくさんの記号が並んでいる。これで1155円とは驚きである。何に使うあてがある訳でも無いが、あまりの安さに思わず買ってしまった。

 関数電卓には思い出がある。就職して初めての給料で買ったのが、当時初めて発売された逆三角関数の使えるSHARPの関数電卓なのだ。二万円以上した。

 その頃、私は簡単な天文計算を計算尺でやっていた。そこで正弦や余弦の値から角度を求める必要があった。私は三角関数表を使って角度を求めていたが、補間法を使わねばならず、甚だ面倒である。それがSHARPの関数電卓では一発で正確な値が出せる。これだけで、当時の私は感動したものだ。

 それを遥かに超える機能を持つ(家で見たら136種類の関数が使える)を持つ電卓が、たった1155円とは一体どうしたことか。まあ今はパソコンがあるから、理工学分野の細かい計算に関数電卓は要らないかも知れない。そこで売るには安い価格が要求されるのだろう。MADE IN CHINAであることも安さの理由になっているし、説明書も、日本語、中国語、ハングル語の三種類で書かれているから、国際的に広く売れているのだろう。それも安さの原因になる。それにしても1155円!焼酎と同じ価格だ。

 と言う訳で、今日は思わぬ掘り出し物があった。ここへ来る前には、別の書店で野尻抱影の「星と伝説」を見つけたし、ラッキーな日曜になった。


 

マックホルツ彗星を捕えた!(2004.12.5)

 発達した低気圧のおかげで、未明には台風並みの暴風が吹き荒れ、昼間もまだ風が強かった。しかし、夜になってその風が止むと、頭上には美しい星空が広がった。カシオペアのWが肉眼でも見えると言う事は、この土地では最上級の透明度であるということだ。しかし日曜の夜、次の日に仕事を抱えて望遠鏡を出そうという気にはなれなかった。もっと簡便にやれる星見がいい。そう考えて双眼鏡でマックホルツ彗星を探すことにした。

 雑誌の予報では5.5等の光度である。5等級の彗星なら、かつて手持ちの双眼鏡で見えたことがある。何とか見えるのではないか、そう考えて実行に移した訳である。観測を始めたのは22時頃だったろう。

 彗星はうさぎ座の近くにある。例によって見えない天体を探す起点となる星を決める必要があるのだが、今夜はうさぎ座の右端の骨格となる2つの星をそれと決めた。この2つの星を結ぶ線分が、彗星のあるべき位置へなす角度と距離を頭に入れて捜索を開始した。はじめは立っていたが、落ち着いて探そうと思い、折りたたみ椅子を出し、それに腰掛けて双眼鏡を見ていた。

 しかし、なかなかそう簡単にみつかるものではない。何度も何度も雑誌の予報図を見直した。そして絶対にこの辺りにある筈だという空域を決めて丹念に空を見て行った。するとピンとくるものが見えた。それは甚だ淡い。淡いを通り越して錯覚か幻影のように見える。私は何回か双眼鏡を目から離し、そして確認の意味で何度も見直した。見るたびにその幻影のようなものが見える。幻影なら何度も見えるはずが無い。私はこの時点で、これが求める彗星であることをほぼ確信したが、もっと確実な手応えが欲しかった。こうなると、使いにくいがもっと口径の大きいフィールドスコープを使うしかない。私は2階へ戻り、フィールドスコープを片手に持って庭に出た。

 三脚を一段伸ばし、エレベーターを伸ばしきると、ちょうど良い高さに接眼部が来た。かつてアンドロメダ銀河を望遠鏡の視野に入れたときのように、まず双眼鏡でその位置を確認し、その向きにフィールドスコープを向け、その辺りだけを掃天した。少し苦労したが、目指すものを視野に捕えた。今度は間違い無い。明らかな彗星状天体である。位置と外見から判断すると、これはマックホルツ彗星以外の何物でもない。私は遂に今年2つ目の彗星をこの目で見ることができたのである。

 嬉しかった。あの淡い幻影のような光斑に気付いたのが良かった。よくぞ気付いたと自分でも思った。

 素人から見たら、このような彗星は光のシミである。その単なる光のシミを見てこんなに嬉しいのは何故だろう。それが星や宇宙が人間に与える本能的な魅力なのだと思う。

 部屋に戻って飲んだ焼酎がとりわけ美味だったのは当然である。


 

知識の宝庫(2004.10.17)

 昔買った天文書を探して段ボール箱を開けた。もう読むことはあるまいと思って、しまっておいたものだ。目的の本がなかなか見つからなかったが、懐かしい書籍達が次々と出て来た。高校時代に買った「現代天文学事典」、天文計算をしていた頃に買った稀少書とも言える荒木俊馬の「天體力學」、いつ買ったのか忘れた「フラムスチード天球圖譜」、比較的新しいカール・セーガンの「コスモス」などなど、価値の高い本がぞろぞろと出て来た。これらの本を段ボールに詰めたままにしておいたとは、私も勿体無いことをしたものだ。全部出して部屋に置くことにした。

 そして目的の本が最後に出て来た。原恵著の「星座の神話」である。最近の私は星座を忘れてしまっている。もう一度、星座の知識を取り戻したいと思っている。この本は神話の要約だけではなく、星の固有名詞についての解説ものっているから、星座を再び身近なものにするには好適である。これからぽつりぽつりと、休日の時間などを利用して読んでいこう。

 それにしても、昔はたくさんの天文書を買った。若かった頃は、今よりバブリィだったから、今では買う気にならないような高価な本が買ってある。これらは天文趣味を思い出した私にとっては、たまらない知識の宝庫である。これらの本も何れは読み返してみるつもりだ。もっとも数学的な部分は今読んでも理解できないことがあるから、まあその辺は雰囲気を味わうだけになるだろう。それでもいい。天文学の雰囲気というか香気を感じられるだけでも楽しいじゃないか。

 昔買えなかったような本も買ってみたい。野尻抱影氏の本なども買ってみたいものである。今は文庫化されて出ているらしいが、このような類の本は、そこらの書店では売っていないだろう。大きな書店に行くか、ネットで注文するかのどちらかになる。

 昔は伊勢佐木町の有隣堂や、今は無いが横浜西口の栄松堂に良く行った。また天文書を探して有隣堂に行ってみようか。そんな週末の過ごし方も悪くない。


 

行列のできる店のラーメン・大阪(2004.9.25)

 いくらか涼しくなって、また生ラーメンの美味い季節となった。週末に市販の生ラーメンを茹でて食うことは、私には大きな楽しみの一つである。今年は喉の炎症が治らず、なかなか熱いラーメンを食うことができなかった。まあ何とか食える状態に回復したので、買う事にした。

 Aコープに行ってみた。そうすると新製品が置いてある。「行列のできる店のラーメン」の、何と「大阪」というのがあるではないか。行列のできる店のラーメンは、最初のうちはいかにも大量生産品らしい、ゴムひものような麺の感触が気色悪かったが、最近は色々な種類が出て、麺もだいぶ改善されて、充分に食える代物になっている。私はこのシリーズでは「横浜」と「和歌山」を良く食っている。

 そこへもってきて、今度は「大阪」である。うーむ、大阪か。きっと下品な味がするに違いないが、一度は食ってみる価値はある。すぐにそれを手に取ってレジに向かった。今日は空いていて、会計に手間取ることは無かった。

 昼に茹でて食うことにして、袋を開けた。予想に反して上品な細麺である。「和歌山」とほぼ同じと言っていいだろう。この麺はけっこう美味いので、好みではあるのだが「大阪」という名前には相応しくない。もっと下品などーんとした太麺こそが大阪らしくて似合うはずだ。

 と言う訳で、麺の食感は食う前から想像がついた。あとはスープが、どのようなものか、そこに興味の中心が移る。麺を茹でている間に、行列シリーズお決まりの270ml熱湯を注いでスープを作る。スープがばあっとできても、特にこれといった香りはしない。「横浜」だと、もっとプーンとした腐臭のような香りが漂ってくるのだが、その様な特徴的な香りは持っていないようだ。「野菜だし」という表記があるから、肉や魚の香りが消されているのだろう。しかし「野菜だし」というのは、一体どのようなだしなのか。これが分からない。

 さあ、茹であがった。鍋からドンブリに麺を移す。刻んでおいたネギをのせる。予め茹でておいた半熟卵を二つに切って、トッピングする。それから食うのだ。

 食った。至福の瞬間だ。そして「野菜だし」の正体が判明した。ニンニクである。ニンニクの香りと、ほんのりとした辛味がスープ全体に行き渡っている。なるほどニンニクも野菜だから、「野菜だし」と言われれば文句は言えない。

 このニンニクのスパイシーな風味が食欲を刺激する。麺は文句の無いあの細麺。こりゃ、もう言う所無しの一品だ。ガツガツ食った。スープもあらかた飲み干した。うめえ。ああうめえ。やぱり生ラーメンはうめえ。

 この「大阪」は「和歌山」と並ぶ逸品に仕上がっている。「横浜」より「大阪」のほうが美味いというのが、生粋の横浜の人間である私には納得いかないのだが、とにかく美味い生ラーメンがまた一つ増えたことは、まことに喜ばしい。

 これから冬に向けて、生ラーメンの美味い季節がやって来る。楽しみだ。


アンドロメダ銀河との再会 (2004.9.11)

 今夜は思いも寄らぬ快晴の夜空になった。秋になってからは、まだ一度も天体望遠鏡で星を観たことが無い。週末の夜に星が見えるのだ。こんなとき観なくてどうする。そそくさと、望遠鏡を庭に担ぎ出した。

 星が見えると言っても、肉眼では一等星たちが作る夏の大三角形が天頂に見えるのみである。東の空にある秋の星座たちは全く見えず、虚無の空間が広がっている。この虚無の中から、アンドロメダ銀河M31を探し出すことに決めた。

 M31を探す第一の目標は「ペガススの大方形」と呼ばれる大きな四角形である。これが肉眼で見えるくらいなら、アンドロメダ座を見つけるのはた易いのだが、その目標となる大方形から確認しなくてはならない。確認はもちろん、先ずは双眼鏡で行なうのである。

 しかし、双眼鏡でこの大方形を観たことが無いから、星と星の間がどれくらい離れて見えるものなのか、全く見当がつかない。大方形の一つだろうという明るい星はいくつか見つけることはできたが、四角形を確定することが中々できない。

 肉眼で何とか見えぬものか。何度も眼を凝らすが、やはり光害と視力の低下のせいで、肉眼では見えない。私は遂に大方形を確認するのは諦めた。双眼鏡で確認するには、大方形が大き過ぎるのだろう。昔やったM31の探し方は、現在の状況では通用しないことが明らかになってしまったのだった。

 それよりはアンドロメダ座の星と思しき明るい星を見つければいい。M31の近くにある星の配列は、過去の記憶の中にある。2等星から上に向けて2つの暗い星が並び、その先端付近にM31はあるのだ。

 私は北東の空に向けて、片っ端から明るい星を双眼鏡の視野に入れていくことにした。

 しかし夜風がずいぶんと涼しくなったものだ。しかしまだ蚊がいるから嫌になる。部屋に戻って、蚊に刺されないためのスキンガードを手足にかけたりしたので、よけいな時間がかかる。さらにTシャツとハーフパンツで涼しい夜風に当たり続けたためか、腹が冷えて痛くなってきた。また家の中に戻ってトイレで少し下痢をした。また余計な時間を食ってしまった。もうやめようかとも思ったが、なにくそと思いM31の捜索を再開した。

 外に出てから既に数十分が経過していた。遂に双眼鏡の視野に、見覚えのある星の配列が飛び込んできた。ああ、これだあ、と嬉しくなった。双眼鏡ではM31は確認できなかったが、星の配列は間違い無い。早速、望遠鏡のファインダーにその星を入れることにしたが、これがまた簡単ではない。

 双眼鏡から眼を離すと、再び虚無の視野になるから、ファインダーでその星を観るためには、虚無の中にその星の幻影を作っておき、それをファインダーで捕らえなければならない。幻影を視野に入れるのだから、それは簡単な作業ではない。

 そして何度か繰り返した後、やっとファインダーにその星達を入れることができた。しかも、双眼鏡では見えなかったM31らしき淡い光芒が見えた。これをファインダーの十字線の真ん中に置き、望遠鏡のほうを覗いた。

 M31キタ―――――!!という言葉が思わず心の中に浮かんでしまった。遂にM31の光を、望遠鏡の視野に捕らえた瞬間だった。それにしても淡い。倍率が46倍というのは、実はM31を観るには高過ぎるのだが、手元にある低倍率アイピースはこれしか無いので、仕方がない。星雲・星団を見るには、46倍でやるしかない。

 おそらくM31の中央部分だけを見ているのだろうが、それでもけっこうな視直径である。淡いが大きい。これが20年ぶりにM31を自分の望遠鏡で見た感想である。それにしても、今観ているのは230万年前に発せられた光である。知識としてはとっくに常識になっているが、あらためてM31の姿をこの眼で見ると、不思議な感慨にふけってしまう。

 よし、満足した。目に見えない空間の中から、淡いアンドロメダ銀河の姿を見つけることができた。今日の目的は達した。しかし疲れる作業だ。週末の夜だからこそできたことだ。

 それにしてもM31のような明るい天体を導入するのにこんなに苦労するとは。今の望遠鏡市場で自動導入が流行しているのも、ある意味納得できる。私も過去の記憶が無かったら、手動導入はできなかったろう。

 逆にいうと私のようなオールド天文ファンには、過去の経験という蓄積がある。オールド天文ファンの意地にかけても、自動導入など使うものか。私は昔ながらの、天体観望の職人でいたい、そう思った夜だった。


 

ニート彗星がくれたもの(2004.5.21)

 5月11日に初めてニート彗星を見て以後、昨日を含めて全部で3回見た。2回目のときは空の条件がひじょうに良くて、淡い彗星が双眼鏡の視野にかなり大きく見えた。その光芒は30年近く前に見た「小林・バーガー・ミロン彗星」を彷彿とさせ、あの頃の気分が一瞬にして戻って来た。

 昨晩は空の透明度も良くなくて、さらに「やまねこ座」という、目印となる星の無い星座にあったため、探すのに苦労した。やっと捉えたその姿は、前回とは比べ物にならぬくらいかすかなものだった。空の条件を差し引いても、彗星が地球から遠ざかり、暗くなっているのは間違いない。ここまで観れたから、この彗星を追いかけるのは「もういいや」と思っている。

 今回のニート彗星とリニア彗星は前評判ほど明るくはならなかったが、私には充分なプレゼントだった。この二つの彗星が話題になって私は天文家としての日々を取り戻している。ただ漫然と、望遠鏡で簡単な天体だけを観ていた頃は、ただの星好きだった。昔のこの分野における私の成果から見れば、全く物足りない感じがしていた。何か、もっとちゃんとした成果を挙げたいと望んでいた。

 しかし、光害に汚れたこの空では、本格的な観測などは無理に決まっていると諦めていた。その諦めていたところへ、これらの彗星が出現し、私の観測意欲に火が点いた。双眼鏡とフィールドスコープを駆使して、彗星を追いかけてみようという気になった。そのために、大嫌いな電車に乗り三脚を買いに行ったりもした。このときの感情の昂ぶりは、久しく私の中から消えていたものだった。「天文ガイド」という雑誌も、何十年ぶりかで買った。これらのこと全てによって、退屈だった日々が急に輝き始めたことは紛れもない事実であった。

 彗星を追いかけ始めて、私は自分が星座の配置をすっかりと忘れていることを思い知らされた。さらに悪いことに、この空では肉眼ではほとんど星座の姿を捉えることが出来ない。ごく少数の明るい星を起点にして、暗い星座の星々を双眼鏡に入れ、さらにそこを手がかりにして彗星に辿り着くという、かなり手間のかかる方法を取らざるを得ない。しかし3回それをやって、3回とも彗星を見つけるのに成功した。彗星の淡い光芒を視野に見たときの感慨は、何とも言えぬものである。「ああ、これかあ・・・・」と、しみじみとした。

 今回のことで分かったことの一つに、「双眼鏡を使えば、この土地でもまだまだ星を見ることができる」ということがある。ちっちゃな双眼鏡だが、しかしちゃんと星が見える。昨日はかに座のσ1などの暗い星々が作るかわいい三角形が見えた。こんな星の群れが見えるのなら、星空を探ることは充分可能である。昔どおりのカメラと望遠レンズと、小さくてもいいからしっかりした赤道儀があれば、今回のような彗星の撮影も可能だろうと思う。ただ、今はそれを揃えるだけの余裕もないし、自宅からでは北極星が見えないので、赤道儀があっても意味が無い。ただ、空の条件は思っていたほど悪くないということは分かった。環境さえ整えればまだまだ何とかなるということが確認できた。これは大きな収穫である。それと、ちゃんとした星図も必要のようだ。

 このように、ニート彗星は私に輝かしい日々と、大きな収穫をもたらした。決して大彗星ではなかったが、思い出に残る彗星の一つになったことは間違い無い。


 

ニート彗星が見えたあ!(2004.5.11)

 夕方は西空に細い雲がかかっていたが、時間が経ってから空を見ると、良く晴れて金星も爛々と輝いている。これならニート彗星が見えるかも知れない、いや、もう見易い位置に来ているはずだと思い、彗星探しをすることにした。今日は東京への出張があり、慣れない仕事をして疲れていたが、彗星探しとなると元気が出た。

 しかし、あらためて探そうと思うと、今の私の状況が、いかに星を観るのに適していないかということが良く分かる。勿論一つは空の汚さであるが、もう一つは私の視力の低下である。眼鏡をかけても見える星は金星と木星だけである。全天第一の輝きを誇る恒星シリウスすら見えない。全く話にならない。こんな状況で彗星が見えたら、まあめっけもんだ。

 今日の彗星の位置はこいぬ座の一等星プロキオンの左斜め上にあるらしいが、シリウスすら見えないのにプロキオンが見えるはずも無い。そもそも、こいぬ座ってどの辺にあったっけ。昔は家の庭が東空の見える方角に開けていたから、東の空に昇るこいぬ座は何度も見ているが、今日のように西空に沈むところは観ていない。

 てな訳で、甚だ心もとない状態から始まった。まず星座早見盤(昔はこんなものを使う奴は馬鹿だ、というので仲間うちでは「星座バカ見盤」と呼んでいたのに)で、シリウスとこいぬ座の位置関係を調べ、次に沈むときのこいぬ座は、天の子午線を対称軸にして、東の空にあるときと対称な位置にある、という簡単な原理を思い出してこいぬ座を探すことにした。

 双眼鏡でシリウスを捉えた後、なんとかプロキオンを探し出した。双眼鏡で見ても、昔肉眼で見たプロキオンと同じ色に見えるから、間違っている心配はまず無いと言える。さらに、よく見るともうひとつの星が双眼鏡の視野ぎりぎりに収まって、昔懐かしいこいぬ座の姿を見せてくれているではないか。もうこれで間違い無い。この星がプロキオンだ。

 次に天文ガイドという雑誌の付録を参考にして、こいぬ座の二つの星が作る直線と彗星とプロキオンを結ぶ直線がなす角度を、おおよそ頭に入れた。そうしてその位置を双眼鏡でくまなく探ってみた。かなり長い時間そうしていたつもりだ。しかし彗星らしき天体は全く見えなかった。

 そこで次にフィールドスコープを使うことにした。使いにくいものだと前の記事で書いたが、双眼鏡で見えぬ以上、こいつを使うしかない。縮めてあった三脚を伸ばしてベランダに担ぎ出した。

 このフィールドスコープの視野にプロキオンを入れるのに先ず苦労した。倍率が少し高いので、見えない星を視野に入れるのには苦労する。また双眼鏡でプロキオンの位置を確認し、その方角にフィールドスコープを向ける、というまことにまだるっこしい作業をやらざるを得なかった。こうなるとほとんど執念のなせる業である。

そいつは突然やってきた。20時を少し回った頃だろう。

 プロキオンの左斜め方向でフィールドスコープをゆっくり動かしていると、視野にぼやけているが、しかしはっきりとした姿の彗星状天体が飛び込んで来た。形も以前にネットに載った写真とそっくり同じだ。もちろん、写真よりはぼやけているが、このぼやけ具合とこの形状を見て、こいつこそ狙っていたニート彗星であると直ちに確信した。

 しかし小さい。4等級という聞いていた明るさもその通りだが、視直径は思ったより小さい。とても大彗星と言える代物ではないと分かった。しかし、この小さな獲物を捕らえることができたということで、かえって嬉しさが増したから不思議なものである。

 俺の天体観測の腕は、まだ衰えていなかったのだ、とちょっと誇らしげな気分である。星への興味が復活したものの,やってきたことと言えば、望遠鏡で月と惑星をたまに覗くくらいである。こんなことは誰でもできる。

 しかし、今回の彗星探しは頭と技術を使って成功した。空気が澄んでいて光害の無い土地なら、この彗星を観るのは簡単だろうと思う。しかし、俺は肉眼で星座すら見えない状況のもとで、この観にくい彗星を検出した。そのことに価値があるのだ。

 彗星のスケールの何倍もの大きさの満足感を味わった。まあ35cmオーバーのカレイを釣ったときよりも嬉しい。ほほほ。


ニート彗星を探した(2004.5.7)

 今日はいい天気であり、夕方の西空には一点の雲も無く低空まで良く見渡すことができた。そろそろ西空に姿を見せるはずのニート彗星を観るには最初のチャンスが到来したと言って良い。

 夕飯を食う前の6時過ぎ、とりあえず、8×24の小さな双眼鏡でひとわたり西空を眺めたが、日没直後の空は明る過ぎる。こんなに明るくては彗星の朧な姿が見えるはずもない。ダイニングに行き発泡酒を飲みながら貧しい夕食を取った。食事の内容は貧しいが飲みながらゆっくり食うのだから、そこそこ時間がかかる。食い終わって再び双眼鏡を手にしてベランダに出た時には、7時近くになっていた。

 明らかに金星とわかる輝きが西の空に一つ見えた。まだ空は薄明るく、他に見える星は無い。しかしニート彗星が期待通りに増光していれば、双眼鏡の視野にその姿を捉えられる可能性はあると考え、彗星の捜索を開始した。昂揚感と期待感が私の内部から沸きあがってきた。こんなことをするのはヘール・ボップ彗星を同じこのベランダから、同じ双眼鏡で観たとき以来である。もっともあのときは彗星が肉眼で捉えられるほどの巨光を放っていたから、見つけるのも簡単だった。今日の獲物はそんなに大物ではない。掃天して探さねばならない。

 昔と違って星座は良く見えないし、位置に関する詳細なデータを持っている訳ではない。あの名機ポケットコンピュータPC1211が今も使えれば、地平座標くらいは簡単に算出でき、見るべき方向も分かるのだがそれも手元にない。天文に関する多くの財産を失った私は、ほとんど手探りの状態から掃天を開始した。

 ベランダから見える範囲の西空で、彗星がいそうな部分をずーっと見ていった。ときおり明るい恒星が視野を横切るが、彗星と思しき光芒は全く見えて来ない。

 ベランダの正面にある他人の家の向こうの空にあるのかも知れないと思い、家の前の道路にも出た。双眼鏡で空を見ている私は怪しいオヤジに見えただろうか。私が空を眺めている横を、携帯電話に向かって大声で話している人や、意味不明のつぶやきをしている人が通り過ぎてゆく。

 道路から西空を見てもやはり彗星は見えない。それならばと思い、今度は自宅の狭い庭を横切って、家の隣の空き地に出た。そこから見える範囲の西空は全て見た。しかしそれでも彗星は見えない。

 天文雑誌で何度も何度も位置を確認しなおした。そして最後の手段である12×50のフィールドスコープを、買ったばかりの三脚に装着し、再びベランダに立った。

 「薄明が終る頃には、金星とほぼ同じ高度になる」と天文雑誌に書いてあったので、まず金星を視野にいれ、そのまま高度は固定して横に回転させて空を見たりもした。しかし実際に使ってみてわかったのだが、このフィールドスコープというやつは、動かしながら使うには極めて不向きな代物である。固定してバードウオッチングを楽しむには向いているが、どこにあるか分からない天体を探すのはちとつらい。目の位置がちょっとずれただけで、途端に視野が見えなくなるからである。

 それでも我慢して、ゆっくりゆっくりと探してみた。注意深く一点の光芒も見逃すまいと、全神経を集中させた。しかし光害のひどさは思った以上だ。薄明終ってもまだ視野のバックは真っ白である。多分、光害に負けてしまうような明るさの彗星ではないのか。この土地でニート彗星を観るのは無理な試みなのかも知れない、と思うようになっていた。

 1時間ほど続けた後、彗星探しは終了した。今夜は準備不足もあった。まだ諦めた訳ではない。しかし今夜のような雲の無い西空が近々再現されないと、ニート彗星は行ってしまう。少し焦燥感はあるが闘志はまだ残っている。まだ大丈夫だ。

 いまキーボードを叩いているパソコンの向こうには三脚に装着されたフィールドスコープが臨戦態勢であるかのように、すっくと立って雄姿を見せている。まだ諦めるものか。


ヨドバシカメラに行った(2004.5.3)

 話題のニート彗星とリニア彗星が近づいており、また突如としてブラッドフィールド彗星なる肉眼彗星が出現した。このうち2つがいま夜明け前の東の空低く輝いて見えているらしい。

 観たいのはやまやまであるが、なにせこの曇り空が続くゴールデンウィークでは、早起きして観ることすら叶わない。後は夕方の西空に見えてくるはずのニート彗星と、暗くはなったろうが夕空に回ってくるリニア彗星に期待するしかない。

 この程度の光度の彗星は双眼鏡で見るのに適している。何か特殊な目的を持って見る以外には、本格的な天体望遠鏡ではかえってその美しい姿を捉えることはできないのである。

 私は小さい双眼鏡を持っている。これはもう30年近く昔のこと、小林・バーガー・ミロン彗星という明るい彗星を観るために買ったNikonの8倍の倍率を持つものだ。しかし対物レンズはわずが24mmしかないので、今回の彗星が見えるかどうか、はなはだ心もとない。

 そこで私は私の寝室のタンスの上で埃をかぶったまま放置してあったフィールドスコープに着目した。これはもう随分と永い間使われていない。ヘール・ボップ彗星を観るのに使ったのかも知れないが、覚えていないところをみると使っていないのかも知れない。

 しかしこのフィールドスコープの対物レンズは50mmある。これなら性能的には今回の獲物には適しているかも知れぬ。こいつを使うことに決めた。しかしこの重さと12倍という倍率では、手持ちのまま使うのは困難である。そもそもこの機材がまともに使えなかったのは、これを搭載する丈夫な三脚が無かったからである。三脚さえあればこれだって随分と有用な道具になり得る。

 三脚を買うことにした。

 きょう、久しぶりに電車に乗って上大岡のヨドバシカメラに行った。京急デパートの三階にホームから直行し、そこのトイレで大便をした。身も心も腹も軽くなった私は、気分良くエスカレーターに乗り、久しぶりに見る大デパートの風景を楽しみながら9階のカメラ売り場に行った。わくわくした。

 店内の案内図に従い三脚の売り場に行った私は仰天した。こんなにたくさんの三脚が並んでいるとは! ぬう、さすがにヨドバシカメラという名前を使うだけのことはある。昨今のデジカメブームをものともせず、普通のカメラと三脚が豊富に置かれていた。

 あらかじめネットで調べておいたので、三脚のメーカーに関しては多少の予備知識がある。SLIKはトップメーカーだけあって性能も良いが、しかし価格も相応である。これは私には向かない会社だ。私はHAKUBAというメーカーが気に入っていた。値段と性能が私向きに程よくバランスが取れていると思ったのだ。

 この店にもHAKUBAの三脚があり、その中の一つがひじょうに安い割には頑丈にできている。これくらいの出費なら我慢できる。いや、むしろ思ったよりも安く良い三脚が手に入りそうだ。ヨドバシ価格というべきか。気に入った商品があったことを喜んで、それを買った。

 家に帰って早速フィールドスコープを取りつけてみた。うーん、なんとも言えず良い。あとは彗星が現れて、天候も良くなってくれることを祈るばかりだ。ニート彗星は果たしてどの程度の明るさで現れてくれるのか。リニア彗星の方はこのところの情報では、大して明るくないようだが、ニートはどうなのか。