映画「クロスファイア」(2003.8.15)
サニーマートのTSUTAYAでレンタルビデオを物色していたら「クロスファイア」という邦画を見つけた。パッケージをひっくり返して説明を読むと、以前に読んだ宮部みゆきの同名の小説を映画化したものである。2000年に製作されたものだ。
だいたいに於いて小説を映画化したものにろくなものはないというのが定説である。古すぎる話で恐縮だが「日本沈没」、あれほど人を馬鹿にした映画は無い。あれを観たときは本当にがっかりした。壮大な原作が矮小なB級SF映画に成り下がってしまったからだ。あれ以来、自分が読んで感動した小説を映画化したものは観ないことにした。もっとも小説を読まないで映画だけを観たものはあるから、私も案外いい加減なことを言っている。
まあしかし原作の「クロスファイア」自体が面白かっただけのレベルで感動したというほどのことは無い。だからあまり期待しなければパイロキネシス(念力放火)がSFXでどう映像化されているのかを見てみるのも興味深いことではある。ちょっと観てみようか、そういう軽い気持ちで「クロスファイア」をレンタルしてもらうことにした。繰り返すが、この映画には大して期待していなかった。面白くなくてもともとだと思っていた。
家に帰ってさっそく観てみることにした。CMが終わって本編がスタートする。原作では戦闘場面から始まるが、映画は青木淳子が幼い少女時代に少年を「燃やした」エピソードがモノクロの画面で語られることによって始まった。原作ではこのエピソードは後半になって明らかにされるのだが、映画としてはこういうスタートもありだろう。とりあえずは納得して画面に見入った。
そのモノクロ画面が終わると主役らしき女優のモノローグとともにタイトル画面が始まった。炎の作るリングが次第にほどけていって一直線になり、その中から炎に包まれた「クロスファイア」のタイトルが浮かび上がる。
私はここでとつぜん真剣に観ようという気になった。この作品が邦画のSFとしては珍しく本気で作られているらしいことがこの画面とBGMの音楽の組み合わせによって私の心に伝わってきたからだ。タイトルの表現技術や音楽の雰囲気、少なくともゴジラシリーズよりはるかに優れている。どうやら思っていたよりまともな映画らしい。
そして最初から目立たない役柄であるかのように、ひっそりと主役が登場する。主役を演じる女優は矢田亜希子という。今ではけっこうな人気女優らしいことが後で分かったが、私はこの映画を観ている時点では全く知らない。女優だから美人には決まっているが、そんなに派手な雰囲気は無い。
原作では青木淳子は目立たない地味な女性として描かれている。だからあまりにも華やかなあるいは安っぽくちゃらちゃらした女優が演じたらぶちこわしである。矢田亜希子が演じることによって、少なくともその心配は消えたのであった。
この映画の前半は小説「クロスファイア」ではなく、「クロスファイア」の原型となる「燔祭」という小説の映像化である。途中まではあくまでも知らない女優が青木淳子を「演じている」という感覚で観ざるを得なかった。小説「クロスファイア」の青木淳子は目立たないにしてももっと強い女性であるが、映画の冒頭部分に見られる淳子はいかにも儚げでおとなしい。これはこれで一人の女性として魅力的に表現されているのだが、原作のイメージとは大きく異なる部分であるからだ。もっともこの部分では原作より映画の淳子のほうが優れていることは、別項「私の本棚」の「燔祭」の書評に書いたとおりである。
私の頭の中で原作と映画の淳子が確かに重なって見えるようになったのは小説「クロスファイア」の冒頭場面に重なる廃工場のシーンからである。ここで初めて戦闘としてのパイロキネシスがSFXで映像化されていく。最初に大きな火球が画面を横切り、悪役の少年をバイクごと吹っ飛ばすシーンは圧巻である。またここから淳子が前半とは別人のように強くなっていく。うむ。これは確かに青木淳子そのものだ、と完全に映画に引き込まれてしまう。
パイロキネシスはいわば念力の一種であるから、これを使うときの目の表情が重要である。矢田亜希子は目の演技がものすごく上手い。彼女にとってはこれが映画初主演だったらしいが、完璧に超能力者としての演技をこなしている。いや初主演だったからこそ、なおいっそう力が入ったのかもしれない。
また日本映画には珍しく、音楽が極めて効果的に使われている。私が観た邦画の中でかつてこれほど音楽にも感動しながら観た作品があっただろうか。そう思うほどこの映画では音楽も目立っている。映像と音楽が密接に連携して感動を盛り上げてくれている。
タイトル画面で感じた私の予想は当たっていた。この映画は期待していなかったにもかかわらず、ものすごく面白い。演技者と製作側が一丸となって本気でこの映画を作っているからだ。
クライマックスで原作には無い機動隊、狙撃者など百名くらい出てくるのは映画なりの盛り上げかただろう。それにしてもたかが若い女性一人を相手にするのに、こんなに大勢の警官を出す必要はないだろう、大げさだな、と思った。ところが、である。強いのである。小説をはるかに超える淳子の超能力が発揮されるのは見ものである。
たとえば飛んで来た弾丸を熱の膜で跳ね返し、しかも跳ね返された弾丸が真っ赤に灼熱しているという細かな描写がある。弾丸を掴んだスーパーマンも顔負けの強さだ。冷静になって考えると笑えるのだが、映画を観ているときは迫力ある映像と切り替わりの早い画面のテンポに目を眩ませられるのか、笑わずに観てしまう。こんなことで笑っていたら「スターウォーズ」なんて馬鹿馬鹿しくて観ていられないはずだ。
このクライマックスのシーンでは炎が多用されハリウッド映画のような趣がある。実際にタンクローリー1台を爆破したというから、やはり本気になって製作されたのだと思う。
こうしてこの映画「クロスファイア」は日本映画としては奇跡的な傑作に仕上がっている。にもかかわらず、この映画が公開された当時は興行的にはふるわなかったというのだから、首を傾げざるを得ない。面白い映画というのは単に有名な俳優を起用し、歴史上の有名な人物や大きな出来事を描けばいいというものではない。こんなに面白い「クロスファイア」がヒットしなかったのは、やはり日本の映画ファンにも責任があるのではないか(私は映画ファンではないので勝手なことを言う)。矢田亜希子も人気が出てきたらしいから、彼女の初めての主演映画ということで、いつか見直されるときが来るといいのだが。
いまや私の中での青木淳子は完全にこの矢田亜希子の勇姿以外には想像できなくなってしまった。中古DVDでも安く買えれば、手元においておきたい映画である。
さて、後で次のことを知ってすべて納得した。この映画の監督と音楽担当は平成のガメラシリースと同じ人であるとの由。ガメラは素晴らしい映画であると思っている。ゴジラシリーズはどう見ても子供向けだが、ガメラは大人の鑑賞に耐え得る貴重な怪獣映画である。なあるほど。ガメラが青木淳子に置き換わったのか。そう思えばこの映画の作られ方についての理解ができる。
ただしガメラは恋をしないが青木淳子は恋をする。若い人のために付け加えておこう。とにかく一見の価値あり。今すぐレンタルビデオ店へ!
DVDのパッケージ
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