クロスファイア(宮部みゆき)
この本はずいぶん前に発売され相当売れたらしい。しかし、その頃はこの本の存在は知らなかった。宮部みゆきという名前だけは何となく知っていたが、どんな作家でどんな小説を書くのかは全く知らないままだった。
ある日、私はとつぜん小説が読みたくなった。何でもいいから面白い小説が読みたい、そう考えて本屋に行った。いろいろ見ているとき、この本の帯に書かれている「超傑作」とか「目も眩む圧倒的物語」という謳い文句に何となくひかれて買ってしまったのだった。
確かに面白かった。短期間で一気に上下巻を読み通してしまった。小説としては軽いノリであるが、ストーリー展開が巧みであり主人公・青木淳子の運命がどう展開していくのか気になって、次から次へとページをめくりたくなる衝動に支配され続けた。
宮部みゆきという作家はよほど器用なのだろう。あまり深く考えることなくどんどんストーリーを生み出しているかのようだ。もちろん、実際はそうでもないのだろうが、少なくとも読んでいる者にはそう見える。それほど話の運びに淀みが無い。
ただ一つ残念だったのはパイロキネシス(念力放火能力)を持つ人間を主人公以外にも登場させてしまったことだ。これでは主人公の持つ有り難味が薄れるというものだ。この小説がもともと嘘臭いのに、この事がさらに嘘臭くさせている。
超能力者を主人公にした傑作には筒井康隆の「家族八景」があるが、あの主人公七瀬に比べると、超能力を持つが故の悩み苦しみといったものもあまり深くは描かれていない。まあ筒井康隆のような天才と比べるのは可哀想だから、これはこの程度で満足せねばなるまい。とにかく読んで面白いのだから。
亡国のイージス(福井晴敏) これは近年では稀にみる力作であるといって良い。部厚い本が上下2冊もあるので、つまらなかったら到底読みきれないところであるが、読み切れてしまうのである。上のクロスファイアとは対照的に最近の流行小説としては珍しく重厚長大であるが、内容が濃密に詰まっているので、飽きることなくページをめくる気になった。 まず登場人物がたいへんに多く、かなり読み進んでも誰が主人公で誰が善人で誰が悪役なのかが全くわからない。後に主役になるはずの登場人物の正体もいっさい不明である。唯一北朝鮮のテロ組織が悪役であることが分かる程度で、後の人物のほとんどについては、どのような役割を持ってこの長編小説に登場してきたのか掴み所がない。 それでも読み進むことができるのは、一つ一つのエピソードが面白いのと、これから何やら大変なことが起こるらしいことを読者に予感させる緊迫感を漂わせ続けているからである。 そして、このように訳の分からなかった登場人物の関係が、後半では全て一本の糸で結ばれていく様は圧巻である。緻密かつ巧妙な計算のもとにこのストーリーが組み立てられていることに感心させられる。 戦争小説と言ってしまっても良いが、戦争の規模としては実は大したことは無い。それにもかかわらず、大変な事態が日本に勃発したのだという事が実感できるような臨場感のある文章で語られていることも凄い技術だ。 読後に残る余韻がたいへんに心地良かった傑作である。
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