画像も音楽もなしで、「天まであがれ!」のよさ、しかも、河西さんの人柄のよさを、どう表現できるか。
 この難問に打ち勝つため、とりあえず、「姿三四郎パーフェクトストーリー」と「大追跡 滝本稔の名ゼリフ集」の混合で表現しようと思う。つまり、ストーリーとともに、河西さんの名ゼリフを入れていく。「シナリオ」とは大げさだが、感動が伝わる脚色にしてみたい。河西さんに限らず、感動シーンがたくさんあるので、そこは赤い文字に。河西さんのセリフは、青い文字にする。









第1話


 市電の通る早稲田の一角、弦巻町に、明日日曜日に喫茶店「漫漫亭」がオープンする。店主は、脱サラで始めた和田竜介(石立鉄男)。開店前の準備で非常にイライラしている。というか、性格的に短気なのだ。そんなとき、店員募集の張り紙を見て、一人の男(嶋大輔)が入ってくる。しかし、一日8時間、時給500円と聞いて、ガムを吐き捨てて帰っていった。竜介の他に、店員として、吉村新吾(山口良一)がいるのだが、彼は、忙しい最中でも、民事訴訟法の本を読んでいる。

 竜介は、消防団の第二分団に入っているが、前祝いには、副団長の松沢武市(名古屋章)、その娘の絹子(松原智恵子)、晴美(沖直美)、同じく団員の立花新太郎(前田吟)と、小うるさい妻の加代子(中尾ミエ)等が集まった。その席で竜介は、「生まれ育ったここ弦巻を愛し、この店を町の人たちのオアシスにしたい」と涙ながらに語る。一本気で、涙もろいところもあるのだ。

 パーティーが終わり、夜中に風上京子(池上季実子)が訪ねてくる。ルポライターなので、昼間は来れなかったのだ。京子は、竜介の彼女である。カウンターを挟み、結婚を約束する二人。と、突然、竜介が倒れてしまう。疲労のため、風邪をひいたのだ。竜介が往診に頼んだ医者は、隣の家に住む、いとこの河西達也(柴田恭兵)だった。玄関に出た京子を見た達也の初ゼリフ。

あれ? あんた誰ですか? 俺、今電話で呼ばれて往診に来たの。

 ぶっきらぼうな感じな達也に、京子は、自分が竜介の婚約者であることを告げる。いとこ同士ということで、雑な診察が続いたが、明日オープンであせる竜介に、達也はこう言う。

結局、1週間寝てなきゃだめだよ。風邪っていうのは、そういうもんなの。俺たち医者だって寝るんだから。

 そこへ電話。達也の母、トキ子(奈良岡朋子)からだった。じつは、トキが竜介に金を貸し、漫漫亭の資金となっていたのだ。初日から、貸した金の月賦を取りに来るという。お湯を沸かそうとする京子の隙を見て、達也は竜介に話しかける。

水くさいなあ。どうしてだまってんだよ。目と鼻の先にいるんだからさあ。しかし、俺の好みだなあ、ああいう顔。

 トキがやってきた。トキはしっかり者で、厳しい面がある。竜介が風邪をひこうがおかまいなしに金をもらおうとする。しかし達也には、「達也ー。お前も家賃2ヶ月溜まっているわよー」と優しい。竜介が不公平を指摘しようとすると、「あの子は実の息子。あんたはただの甥でしょ」と、わかりやすい。京子は、トキにも婚約者であることを言い、竜介が、「この人、ただのおばさん」と付け加える。

 そのとき、大阪から、竜介の死んだ兄の妻江本文代が死んだ、という電話が入った。竜介は、開店日と風邪の中、大阪に向かった。大阪では、残された子どもたち、中学生の江本順一(坂上忍)と5歳のマリ子(松本由香里)が悲しみにくれながら座っていた。本来なら引き取るはずの文代の弟夫婦は、3人の子どもがいるという理由から、引き取らないと言う。このままだと施設に預かることになってしまう。竜介は、とりあえず子どもたちを東京へ連れて行こうか悩む。「あんたも、一時の感情で決めないほうがいいよ」という弟夫婦に対して、竜介は激怒。「あんたは黙っていて下さいよ。あんたたちは、自分の家族のことだけ考えてればいいんだ!」。夜中、位牌の前で号泣する順一を見て、竜介は引き取ることを決意する。

 そのころ、漫漫亭は、閑散と客は一人もいなかった。「モナリザの微笑」が流れる店内に、トキが、陰気くさいと一言。トキが新しく決めた店員、原道代(石田えり)は、客のテーブルでサンドイッチを食べていた。心配する竜介からの電話にも、客数は、「2,30人ってとこかな」と嘘。

 竜介が二人を連れて帰ってきた。道代が竜介に「ヨロシク!」と一言。トキは、子どもたちを見て、驚いて二階に竜介を引っ張っていく。店の二階が竜介の住居である。そのとき、京子もやってきた。トキは、無理だから施設に入れたほうがいいと進言。武市、新太郎が加わって説得するも、竜介は譲らない。そのとき、京子が竜介に言った。「引き取るのはいいんだけど、私はどうなるの? 悪いけど、とてもじゃないけど育てる自信がないの」。竜介は、「じゃあ、婚約を解消しよう」と勢いで言い、京子も強気で「わかった」と言ってしまう。婚約者は怒って帰っていき、トキたちもあきれて帰っていった。竜介は、「だったら籍を入れて本当の子どもにする」と、二人を養子にすることを宣言した。





第2話


 順一が転入したクラスは、晴美が勤める中学校の担任のクラスだった。登校初日、順一は、顔を傷だらけにして帰ってくる。心配する竜介と晴美に、順一は「転んだ」の一点張りで、何も言おうとしない。マリ子はマリ子で、幼稚園の名札の「わだマリ子」を「えもとマリ子」に勝手に書き直していた。

 そのころ京子は、青春書院の編集長から、「年令30歳、精神科の医者、元学生チャンピオンがプロライセンスを取り、4回戦にデビューする」という話をもらう。

 絹子が竜介の家に来た。絹子は、陰ながら竜介を慕っている。そのとき、順一が家に帰ってきた。鞄にナイフをしまう瞬間を竜介は見てしまう。問いただす竜介に、順一は、「母さんが死んだとき、誰の世話にもならないと決めたんだ。いつだってこんな家出ていってやる」と言って反抗する。竜介は殴ろうとしたが、絹子に止められる。さすがの竜介も、2人を連れてきたのは無理だったのか考えてしまう。

 竜介が達也の病院にやってきた。「児童心理学」の本を借りようとする竜介に対して、達也は、

子どもっていうのはね、まずスキンシップが大事なの。痴漢じゃないけど、めったやたらと触るの。
世間の親なんて、どうしたら親みたいになれるかなんて考えながら子どもと付き合っているわけじゃないんだから。

と言う。いっしょにいたトキも、「もてあましてるんなら、早いとこ降参した方がお互いのためよ」とアドバイス。


 京子が城南ジムにやってきた。取材だ。サンドバックを一生懸命叩いている男に背中から声をかける。達也だった。京子が矢継ぎ早に質問を投げかけると、達也は、

俺のプライバシーだからね。悪いけど帰ってよ。

と一言。それでも京子は、質問を続ける。しかし、達也は、

何度来てもお断り

と言いながらサンドバックを叩き続ける。達也の真剣な姿をながめ、京子はやや微笑むのだった。

 夜中に火事が起きた。副団長の武市からの連絡で、竜介も大慌てでうちを飛び出していく。それを呆れ顔でながめる順一。火事から一人の青年が救い出された。島袋正太(中西良太)である。早稲田の仏文の8回生。竜介は、一晩泊めてあげることにした。しかし、翌朝、焼けたアパートから、遺書が見つかった。正太が書いたものだった。「おまえが火をつけたのか」と問いただす竜介。しかし、火元は違った。正太は、馬場下町のスナックのママにふられ、自殺しようと思っていた矢先、ちょうど火事に遭ったのだという。しかし熱くなって助けを呼んだ。あつかましい正太は、「ついでにもう4,5日泊めて下さい」と言う。そこへ、話を聞いていた順一が現れる。「その人、養子にしないの?」。びっくりした竜介は、これとそれとは話が違うと順一に話すうちに、「仕方なく引き取った」と、思わず言葉を滑らせてしまう。順一は、「それがいやなんだ。誰にも同情されたくないんだ。俺、知ってるんだ。最初から引き取る気がなかったくせに」と吐き出す。竜介は、「じゃあ、お前はどうなんだ。俺の世話になる気があるのかないのか!」と聞き返す。順一は、「ない」と答える。竜介は「じゃあ、出ていけ!」と激高する。順一はマリ子を連れて出ていった。おろおろしている竜介の元に京子がやってきた。「あのときは売り言葉に買い言葉だったけど、もう一度婚約を考え直してもいい」と、話し合いに来たのだ。しかし、また話はこじれ、京子は帰っていった。

 新太郎や武市たちが、町中、子どもたちを探している中、トキは漫漫亭でコーヒーを飲んでいた。怒る武市にトキは、「みんな竜介がまいた種でしょ。わたしは竜介に自分のまいた種は自分で刈ってもらいたいのよ」と言う。しかしトキは心配していた。トキはこっそり達也の部屋に行き、達也から竜介に「警察に連絡したほうがいい」と言ったら、言うことを聞くかもと進言。達也が漫漫亭に向かう。そのとき、漫漫亭に電話がかかってきた。大阪からだった。順一は、大阪までの旅費を貸してほしいと言っている、と今新宿の交番から連絡があった、と言う。竜介は大急ぎで交番に向かった。「何で俺のことを言わなかった」と竜介が順一に訊くと、順一は、「言いたくなかったから」と言う。竜介は、思いっきり、順一の頬を殴った。そして言うのだった。「それはお前の言うとおり、最初は仕方なく引き取った。しかし今は違う。今はお前たちの父親だ」

 その晩の漫漫亭。竜介と新太郎がカウンター越しに二人きり。しんみりと竜介が新太郎に言う。「それで俺、殴っちゃったんだよ」。新太郎は、「殴ったんじゃない、殴れたんだよ」と励ますのだった。静かに夜は更けていく・・・・・・・・





第3話


 今日は幼稚園の父親参観日。「お父さんの顔」というお絵かきの勉強だった。マリ子は、竜介の前で、お母さんの絵を描いてしまう。実は、順一が、「お母さんは、お遣いに行っただけで、帰ってくる」と言っていたのだ。

 店では、正太が、ノーギャラで働いていたが、そんなとき、この前、ガムを吐いて帰って行った男が、客としてまたやってきた。追い出そうとする竜介だが、そういうわけにはいかない。そこへ、京子がマリ子を連れてやってきた。絹子に預けていたマリ子が、駅前で一人でふらふらしていたという。マリ子に聞くと、「お母さんを捜していたの」。京子は、その足で河西クリニックへ。

俺のボクシングっていうのは、自分のためなの。プロのライセンス取ったっていうのも、自分自身へのチャレンジだし、やめたくなったらいつでもやめるし。
だから雑誌でゴチャゴチャ書かれるのは勘弁してほしいの。

 しつこい京子に達也は、自らこう語る。そこへトキ子が入ってきた。達也のカメラを借りて、ヒマラヤへ旅行に行くというのだ。「やりたいことはやりたいうちにやっておかなくちゃ」と言うトキに、京子は感心する。トキが出ていったあと、京子は達也に、「親子なのに、どうして別々に暮らしているんですか」と訊く。

俺もおふくろも、干渉されるのがきらいなの。だから君もほっといてほしいの。

 夜中、マリ子の声で竜介は目覚めた。マリ子は、1階の店に下り、「おかあさん、おかあさん。開けて!開けて!お母さんが帰ってきたの」と叫んでいた。竜介は、マリ子をだっこして、ベランダに行き、「お母さんは、遠い遠いあの空のお星様になったんだ」と言う。翌朝、順一は、竜介に、「勝手に母さんを星になんかにするな」と言う。順一の父親(竜介の兄貴)は、順一と母親の制止を振り払ってカンボジアに写真に撮りに行くと言って戦死した過去があり、順一には、その苦い想い出が離れられなっていた。だから、マリ子が自然とわかるまで、お母さんは生きていると思っていた方がいいんだ、という。一方、竜介は、マリ子が毎日お母さんが帰ってくるのを待っているのを見るのがつらい、という。

 店にまたガムの男がやってきた。花を届けに来たという。その男、村岡健二(嶋大輔)は、「フラワーショップたちばな」に勤めたという。「フラワーショップたちばな」は、新太郎と加代子の店だ。文句を言いに行った竜介だったが、雇った張本人の加代子に、元暴走族のリーダーで、あの子、あれでもなかなか言うこと聞くんだよ、と言われ、「健ちゃんによろしく」と言ってそそくさと帰った。

 その夜、達也は、望遠鏡で星を眺めていた。そこへマリ子が現れる。「お母さん、見える?」。マリ子は、乙女座の真ん中に光る、竜介に指さされた「お母さんの星」を見たがっていたのだ。達也が話を聞くと、「死んだ人はみんなお空のお星様になるんだよって、お父さん言ったの」と言う。達也は、優しい声でこう言った。

そうじゃないの。あれはね、ただのお星様なの。マリちゃんのお母さんじゃないの。 

 マリ子はうつむいてしまった。

 達也は閉店の漫漫亭で竜介と直接話をしている。「どうしてそういうよけいなこと言うのよ!」と怒る竜介に、

俺はただ、あれはお母さんじゃないよ、って、ただそれだけ。あの子は、幻のお母さんの世界の中に逃げ込んでいるんだ。現実逃避だよ。
そのうち、お母さんの世界に閉じこもって、幼稚園に行きたくないって言い出すかもしれないよ。友達だってできないだろ、おそらく。ましてや、竜ちゃんをお父さんと認めるなんて。
そうだろ、認めるわけないよ。だって必要ないんだから。竜ちゃんに頼らなくたって、ちゃんと空にお母さんがいるんだから。

と、精神科の医者としてはっきり言う。ところが、竜介は、「もう帰ってくれ。あの子にとっては、乙女座の真ん中の大きな星は、お母さんなんだ。それでいいじゃないか!」と聞き入れない。

子どもに聞かせる話は美しけりゃいいってもんじゃないんだよ。かちかち山のおばあさんは、タヌキに殺されて、おじいさんに鍋になって食われてしまう。
チルチルミチルだって、魔法使いのおばあさんを、かまどの中で焼き殺すんだ。

と言いながら、達也は店を出ていった。しばらくして京子が店に入ってくる。竜介は、悩みをすべてぶちまけるかのように、マリ子の話を延々と京子に語る。一息ついたとき、京子が淋しそうに言った。「わたしが何しに来たか聞いてくれないの?」。竜介は、気づいて、「ごめん。何しに来たの?」という。しかし、京子は、微笑んで、もういいのと言いながら、帰っていった。

 翌日、漫漫亭は大盛況だった。正太が、早稲田の後輩たちを連れてきたのだ。しかし、23人全員、支払わないで帰っていった。責任を感じた正太は、ここで一生働くと誓い、これで、居候が確定した。その晩、またマリ子が家からいなくなった。マリ子は、屋上にいた。今日は雨で、星が見えなかったのだ。マリ子は、「お母さんのところへ飛んでいく」といい、ずぶぬれになりながら屋上の柵に足をかけていた。竜介は、そのとき、決意をした。

 竜介は、マリ子を正面に座らせて、「おかあさんは死にました。火葬場というところに連れて行かれて、灰になってしまいました。お母さんとは、会いたくても会うことができない。シャボン玉が消えるときみたいに。」と正直に語るのだった。「じゃあ、わたしのお母さん、帰ってこないの?」。マリ子は、そう一言きいて、ついに泣きじゃくった。ほかの部屋の順一や正太も、知らず知らずに聞いていた・・・・。

 店の外では、雨の中、傘をささずに佇んでいる京子がいた。しばらくして、河西クリニックから達也が出てくる。

竜ちゃんのこと、好きなら好きで、はっきり言った方がいいよ。

 しかし、京子は、「そうじゃないの。竜介さんの頭の中には、子どもたちのことしかないの。わたしの入り込む隙間なんて、全然・・・・」。達也は、傘を差しだし、京子は黙って受け取って帰っていった。

 翌日、マリ子が幼稚園から帰ってきたとき、竜介は紙をもらった。「お父さんの絵」だった。トキ子が入ってきた。「竜介、わたし明日の朝ヒマラヤに行くから、2回目の返済・・・・」。聞いてない竜介は、喜んでトキに、昨日残酷にも正直に話したことを話した。すると、トキは、「だからお前、お父さんになれたんじゃない。だってお母さんがいなくなったら、残ってるのはお前だけだもん。あたし、よくわかんないけど、達也に聞いてごらん。あの子だってきっとそう言うと思うよ」。そう言って出ていった。





第4話

 トキがヒマラヤに行ってから、漫漫亭の客足が順調になった。町では、近頃放火が相次ぎ、消防団の竜介も、そのたびに忙しい。決まって夕方の5時半前後に出火する。刑事(阿藤海)の話によると、現場から15、6の少年が逃げるのを目撃されているという。

 最近、順一の帰りが遅い。最初に不審に思ったのは新太郎だった。警察が順一に話を聞いているのを目撃したのだという。新太郎は、竜介にそのことを話す。竜介は、相手にしなかったが、気になる問題だった。新太郎は、アリバイさえあれば安心できる、と言うのだが、順一が遅い日に限って火事は起こっていた。竜介が直接順一に訊くわけにもいかない。とにかく、この話は、誰にも内緒で、しばらく様子を見ることにした。しかし、恐妻でゴシップ好きの加代は、ボソボソと話す二人の会話に興味津々だった。弱気の新太郎を脅し、話を聞いてしまう。

 晴美が店にやってきた。修学旅行の積み立ての話だった。30000円の経費を月々3000円の月賦にしてほしいという竜介の話を、竜介本人は知らなかった。順一が竜介に言わずに晴美に言ったことだったのだ。

 再び放火が起きた。これで6度目だった。竜介は、やはりこの日夜遅くなって帰宅した順一に、さりげなく尋ねてみた。すると、英語の補習を受けていたという。しかし、今日、晴美は店に来ている。竜介がもう一度訊くと、今度は、友だちと将棋を指していたという。竜介の疑念はふくれあがってきた。松沢酒店の前で武市が警察と話をしているのを竜介は見た。早速武市に訊くと、放火の少年について訊かれたという。それは順一のことか、と聞き返す竜介に、逆に武市の方が驚く。竜介は帰っていったが、奥から晴美と絹子も出てきた。絹子は加代子から聞いて、竜介が順一を疑っていることを心配していたのだ。担任の晴美も、はじめて順一が疑われていることを知る。竜介は警察署に行った。直接刑事に、順一を疑っているか訊くつもりだった。

 京子は再び河西クリニックにやってきた。

いいですかって、電話で断ったはずだろ。じゃあ帰ってくれないかなあ、断ったのに押し掛けるなんて失礼でしょ。取材にはいっさい応じないから。

 そこへ電話が鳴った。警察で竜介が暴れているという。そばで聞いていた京子も、竜介さん、どうかしたんですか、と言う。

気になるんならいっしょに行こうか。

 京子は遠慮した。警察では達也が、警察署の机の上にあぐらをかいている竜介に向かって、優しく声をかける。

そんなこと言わないでさ、迎えに来た俺の顔も立ててよ、俺困っちゃうんだからさあ。

 警察署から竜介と達也が出てくるところを京子はこっそり見ていた。帰り道、竜介は、自分の気持ちを正直に達也に話す。竜介が、放火犯の心理について訊いてみると、

放火ってのはさあ、心の病気だからね。被害者意識を持っている人間とか、上から押さえつけられてると思い込んでるやつだと、うっぷん晴らしのケースが多い。

と達也は答える。竜介は、順一がやったとしたら動機は何か、と、達也に直接聞いてみた。達也は苦い顔をしながら、

たとえば、竜ちゃんとうまくいってないとか、淋しいとか・・・・・・・・。何考えてるんだよ、竜ちゃん・・・・・・・・。竜ちゃん!

 変な考えをする竜介をしかりながらも、達也は竜介の身になって答える。「何かあってからでは、遅いよな」。竜介は淋しい顔でそう言いながら、二人はそれ以上黙ったまま歩いて家路につこうとしていた・・・・

 店に帰ると、新吾が血相を変えて飛び出してきた。順一が、「ぼくが火をつけた」と言っているのだという。晴美が順一のそばにいた。晴美が順一に直接聞いてしまったのだ。二階に上がって、順一は感情的に言う。「先生だろ親父だろって言うんだったら、俺のこと信じるのが当然だろ。それなのに最初から俺のこと信じてないじゃないか!」。竜介は直接訊くことにした。じゃあ、友だちと将棋をやっていたというのは本当か?。しかし、順一の返答は、「嘘だよ」だった。順一はますます激情する。「父さんみたいなこと言って、腹の中じゃ俺のこと信じてないじゃないか。俺が火をつけたと思ってんだろ、思ってんだろ!はっきり言えよ!」。竜介は正直に言った。「お前の言うとおりだ。俺はお前のことを疑っていた。どうしても訊けなかったんだ・・・・」。順一は新聞配達をしていた。晴美に渡したお金は、そのお金だった。竜介はホッとしながらも、泣きながら順一に叫ぶ。「どうして俺に言わないんだよ・・・・どうして言わなかったんだ!」。順一は静かに話した。「店に客入ってないじゃないか。わかってんだよ、お金がないのは。その上、俺とマリ子が転がり込んできて・・・・。俺たちが来てからおじさんの生活変わっちゃったでしょ。結婚できなくなったし・・・・」そばにいた晴美まで、もらい泣きするのだった。

 全く偶然に京子と達也が式場の喫茶店で出会った。京子は取材、達也は先輩の出版記念パーティーだった。京子はこの間の件を達也に聞く。しかし、達也が言った言葉は意外だった。

俺と少し付き合ってみないか。そうしたら、君が竜ちゃんのことをまだ愛してるかどうかはっきり分かると思うんだけど。君は自分の気持ちが分かってないんだ。今度デートしよう。

そう言って出ていった。



第5話

 明日は母の日。マリ子が犬を連れてフラワーショップたちばなに寄ってきた。マリ子は、拾ってきた子犬のお母さんになるんだという。新太郎たちは赤いカーネーションをマリ子にプレゼントする。京子は、マリ子を見て、明日、母の日に遊園地に連れて行ってあげると約束する。一日だけのお母さんをしてあげることにしたのだ。

 漫漫亭では、それぞれが自分の母親の話をして盛り上がっていた。正太の母親は、色白の美人で、結核で亡くなったという。そこへ正太の母親が、くさやの干物を持って店に入ってきた。八重浜育ちの頑強なおばあさんだった。入ってくる早々、竜介のことを「共同経営者」と呼び、道代には、魚河岸の朝は早いぞと言う。嫁ということになっているのだ。全部、正太の嘘であった。しかし、竜介たちは、正太の嘘に付き合うしかなかった。

 翌日、マリ子と京子が松沢酒店にジュースを買いに来た。遊園地に行く前の買い物だ。京子も胸にカーネーションを付けていた。店に出た絹子は、複雑な思いで対応する。遊園地では、京子がアイスクリームを買っている最中、クマタン(子犬)が逃げだし、マリ子が追いかけ、迷子になってしまう。結局見つかったが、マリ子はひとりで転んで顔にケガをしていた。

 一方、漫漫亭では、4,5日住み込むつもりの正太の母親が、大ハッスルで働いていた。昨晩は、マリ子を甘やかす竜介にも厳しく叱りつける勢いだった。早稲田の後輩たちが店に入ってきた。正太は、まだ在学中であることがバレるのではないかと心配したが、母は、さすがに疲れて、二階に休みに行った。そこへ京子とマリ子が帰ってきた。竜介は、早速マリ子の顔の傷を見つけ、京子に問いただす。京子が謝ると、竜介は、「母親ごっこはやめてほしいね。胸にカーネーション付けてたら母親だなんて大きな間違いだよ」と言う。京子は帰ってしまう。店にいた達也は、

ちょっと言い過ぎなんじゃないかなあ。だって彼女だってさあ、マリちゃんによかれと思って遊園地連れてってくれたんだもんねえ。

と竜介に投げ捨て、店を出ていく。夜になって、自分の母親の肩をもむ正太を見て、竜介も、ちょっと言い過ぎたかなあと感じるのだった。一方、京子は、ひとり悲しみに暮れていた。

 次の日、健二が親子を連れて漫漫亭にやってきた。子犬の持ち主だという。しかし、マリ子は、トイレにこもって返そうとしない。竜介が正太の母親に相談しているうちに、マリ子は、家を出て、河西クリニックに向かった。達也に、わたしをここにおいてくれる、と言う。漫漫亭に京子がやってきた。ちゃんと謝りたいという。竜介も自分が悪かったという。達也の知らせで、竜介と京子は、マリ子を連れ戻すため、河西クリニックへ向かった。竜介は達也に、あの犬、無理して譲ってもらおうかな、と相談する。しかし、達也は、患者たちのカルテを見ながら、

竜ちゃん、それはよしたほうがいいよ。それはペットっていうのはさ、子どもにとってはたまらない魅力があるもんだけど、マリちゃんの場合どうかな。
マリちゃんの場合さあ、あのクマタンがマリちゃんの不満全部吸収してしまうんだ。クマタンかわいがっていると、周りのこと全部忘れてしまう。
まるでこの世の中には自分とクマタンしかいないみたいになっちゃう。今マリちゃんに必要なのは子犬じゃなくて、友だちとか親の愛情とか、そういうもんだよ。
マリちゃん、自分が愛情に飢えてるから、逆に子犬をかわいがろうとしているんだ。本当は自分が愛されたいんだよ。

と静かに言う。竜介は、俺、ずいぶんかわいがってるつもりだけどなあ、と言うと、達也は、たばこをふかしながら、

竜ちゃん、かわいがるってのとさあ、愛情とは違うよ。犬を飼いたいって言ったら飼わしてあげる、何か物がほしいっていったら、何でも買ってあげる。
それじゃあ、マリちゃんがクマタンかわいがるのとおんなじじゃないか。マリちゃんは竜ちゃんのペットじゃないだろ。
他人ならとっても言えないようなことでも、本当にその子のためになるんだったら、たとえどんなに嫌われようと言うべきことはきちんと言ってあげる。それが親の愛情ってもんだよ。
かわいそうだけど、あの子犬すぐ返した方がいいよ。今日一日いっしょにいたらそれだけ別れがつらくなるよ。それを今マリちゃんに言ってあげるのは、竜ちゃんしかいないよ。

と言う。いつのまにか京子も診察室に入って、二人の会話を聞いていた。竜介は、納得した様子で出ていった。京子もついていこうとしたとき、達也が呼び止めた。

行かないほうがいいよ。ここは竜ちゃんに任せておいたほうがいい。

 京子は、「達也さんって、いつも冷静なのね」と言い、落ち着いた雰囲気に。達也は、ゆっくりと京子に言った。

君は、とっても優しい人だよ。だけどその優しさが人を傷つけることがあるんだ。一日だけのお母さんなんて、マリちゃんかわいそすぎるよ。

 二人はそれきり黙ってしまった・・・・

 竜介とマリ子は、飼い主の犬小屋に行き、クマタンの家族を見た。竜介はマリ子に、クマタンにも母親がいることを知らせ、クマタンは本当のお母さんのところで育ててあげたほうがいい、と話す。それを聞いたマリ子は、クマタンを手放すのであった。家に帰ると、正太の母親が荷作りをしていた。正太の母親はわかっていたのだ。居候していること、まだ大学も卒業してないこと・・・・。正太の母親は、自分の育て方は間違っていたのか、と逆に悲しくなり泣き出してしまう。引き留める竜介に、嘘に気がついたことを正太に内緒にしてくれと頼み、ひとりで帰っていった。

 夜、正太は、だましきったことに満面の笑みを浮かべ、竜介に「だますのはちょろいもんですね」と話す。竜介は、バカヤロウ!と言いながら正太を殴り、「お袋の願っているような立派な人間になれよ!」と叫ぶのだった。正太は、ひとりになった部屋で、涙ぐみながら、「おふくろ・・・・」とボソリとつぶやくのだった・・・・・・・・



第6話

 竜介が町中にポスターをばらまいている。達也のデビュー戦「東日本新人王トーナメント」が控えているのだ。新太郎は、「普通なら26,7で引退なのに、達ちゃんは、30になってもまだ続けてるんだから偉い」と言い、竜介も加代子もうなずく。

 京子は、血相を変えて河西クリニックに赴いた。何も言わずに達也に雑誌を渡す。「The MAN」には、こう書いてあった。『ドクターボクサー誕生、野生と知性の融合、暴力の美学を語る河西達也』。そう、京子は、散々取材に来た自分を差し置いて、「The MAN」にはペラペラしゃべってしまった達也を怒っているのだ。しかし、達也は、何よ、これ、と逆に怒ったあと、

俺、誰にもしゃべってない。初めてですよ、こんなの。取材には来たけど、何にもしゃべってないってば。

と言う。京子は「The MAN」の編集部に直接電話をかけ、真意を問いただす。すると、なんと「漫漫亭の人に聞いた」という。京子はその足で漫漫亭に行き、今度は竜介を問いつめた。そこへ・・・・「あのー、それ、きっとわたしです」。道代が言った。ちょっと不真面目少女の道代は、取材料2万円くれると言うから、ベラベラしゃべってしまったそうだ。

 順一がいつもの新聞配達で、クラスメートの知佳の家を通りかかったとき、知佳が出てきて呼び止めた。順一にコンサートに行かないかと誘ってくれたのだ。順一は、金がないからダメと言ったが、知佳は、チケットが2枚あるという。順一は、ありがとうと承諾した。おとなしく清楚な感じの知佳にしては、思い切った発言だった。ところが夕方、すぐに知佳の母親が晴美の元にやってきた。母親が言うには、順一が知佳を誘って困っているという。また、家庭的に問題のある子とは、うちの知佳を付き合わせたくないと言う。隅で聞いていた武市も、でも、順一君はいい子ですよ、と言うのだが・・・・。晴美は、竜介にそのことを伝えた。竜介は、「両親がいないのは、順一たちのせいじゃないじゃないか!」と頭に来て、ひとりで知佳の家に向かった。家には知佳しかいなかった。竜介は、知佳の人のいい感じを見て取って、「コンサート行くんだって?ぜひ連れて行ってあげてよ。あいつ、大阪から転校してきて、まだ友だちもたくさんいないし・・・・」と、親心を知佳に直接話したのだった。帰り道、竜介は、縄跳びでトレーニング中の達也を呼び止め、この件を話した。

そりゃいるだろ、中学生なんだもの、好きな子の一人や二人ぐらい。

 竜介は、知佳もいい子だし、もしかしたら順一の初恋になるかもしれない、と自分のことのように思っている。達也も、いっしょになってうれしそうだ。達也は竜介に、順一君に聞いてみたら?と言う。しかし、シャイな竜介は、聞けるわけないだろう、おまえ、あの子のこと好きなのか、なんて聞けるわけないじゃないか、と答える。

聞かなきゃわかんないでしょ、恋愛かもしれないし、ただの友だちかもしれないんだから。

 竜介は、恋愛に関する心理学的な本ある?と達也に聞く。すると、達也は、

ある。山ほどある。だけど、そんなのね、読んだって、どうってことないよ。
それよりさあ、自分の体験に合わせて、竜ちゃんだってあったじゃない、14の頃、ほら、あの、みどりちゃんみどりちゃん、生徒会長!
 

 竜介の話から、達也は、精神科の医者らしく、竜介の話に沿って、会話を盛り上げてくれる。そして、目を細めて、感傷的に言った。

だれだってねえ、一度は体験してるの。だけどいつかみんな忘れちゃうんだよね。フランスのさ、サンテクジュペリって人がさ、言ってるんだ。「大人は昔、みんな子どもだった」って。

 ・・・・・・・・竜介はその夜早速、ビビリながらも、順一に知佳のことを聞いてみた。そして、彼女のことをどう思ってるか尋ねたとき、タイミング悪く店のほうから正太が上がってきた。知佳が、閉まった店のほうに来ているという。知佳は、お母さんがコンサートに行っちゃダメって言ったこと、先生の所に行って、交際しちゃダメって言ったこと、竜介が家に来たことを全部言い、順一に謝った。順一は、優しく、もういいよ、心配しなくてと言い返した。そして、知佳は帰り際、「でも私言っちゃうけど、和田君のこと好きなんだ」と告白した。

 試合の日が来た。リングに立つ達也に、観客席には、竜介や加代子をはじめ、うるさいほどの応援団。新吾は六法全書を読んでいる。相手は10代の若い感じの男だった。さすがに学生チャンピオンだった達也は、優勢に試合を進めていった。達也の右のパンチが炸裂し、相手がダウンをしたとき、リングサイドに二人の子どもが駆け寄ってきた。「お兄ちゃん、立ってよー!」。二人は相手の兄妹で、達也はそれを見ていた。・・・・・・・・試合は、相手のパンチが徐々に達也に当たりはじめ、防戦一方。ついにパンチを食らい、倒れてしまった。OK負けだった。試合後、竜介や武市たちが、看護を受けている達也の控え室に入ってきた。「なんだよ、ざまねえな、2Rまであれほど調子よかったのに」「見損なったよ、達ちゃん、先に帰るからな。ボクシングなんか辞めるんだな」。親しい仲なので、決して悪気があって言ったわけではないのだが、これを聞いて、看護していた京子が怒った。「ちょっと!負けたからって、そんな言い方ないでしょ。帰れば!帰ってよ!」。そのとき、寝ている達也がかすれた声でいった。

いいんだ。君も帰ってよ。いいから帰って。

 京子は、心配そうに達也を見つめながら、ひとりになりたがっている達也を残し、出ていった・・・・・・・・
 翌朝、京子が達也の様子を見に来た。顔に自分で薬を塗っている達也に、京子は、どう?と聞いた。

どうってことないよ。ボクサーってのは、こうやってだんだんいい顔になっていくんだから。

 京子は、塗りにくそうにしている達也の手から薬を取り、塗ってあげた。不安そうな達也。

ちょっと、やさしくね、やさしく。・・・・・・・・あいつねえ、いいパンチ持ってんだよねえ。あれでもう少し足があればいいとこまで行くよ。

 薬を塗り終わって、達也は、京子にこう語った。

あいつねえ、両親いないんだよね。妹と弟抱えて、世界チャンピオンになったら金稼げるからって、それでボクサーになったんだって。
あいつを最初にダウンさせたとき、リングサイドにいた兄弟見ちゃったんだよね。そしたら、急に闘争本能が引っ込んじゃったんだ。
これはまずいと思ったんだけど、どうにもならなかった。一発ガーンと喰らって、あとは必死でやったんだけどね。

 京子は、微笑みながら、「優しいのね、達也さんって」と言ってあげるが、達也はかぶりを振って、こう言う。

竜ちゃんの言うとおりだった。俺が甘かったんだ。竜ちゃんだったらさあ、とことん叩きのめすだろう。だってそのほうがやつのためにもなるんだから。

 漫漫亭では、残念会をやっていた。気になって達也のところへ行こうとする晴美に、竜介は、よしなよ、男は同情されるのがつらいんだよ。俺みたいに、バカだのチョンだの言ってやった方がいいんだよ、と説明する。しかし、「バッカみたい。あれが男のロマンかなあ」と言った道代には、「勝ち負けが問題じゃないんだよ。参加することが大事なんだ!」と、いつもの癖で怒る。「たしかに俺はぼろくそに言ったよ。しかしねえ、達ちゃんの偉いところはねえ、チャレンジする精神だ。30過ぎて、練習はするけど、試合に出る人はそうざらにいないよ。人に何か言われたってさあ、引っ込み思案になっちゃダメだよ。正しいと思ったことは自分でそのまま突き進まなくちゃ」。順一は、マリ子を抱きながら、竜介の言葉を聞いていた・・・・

 寝る前、竜介は、順一に、明日のコンサート、行ってこいと言う。向こうの両親が何と言おうと関係ない。自分が行きたければ行くべきだ、と言うのだ。順一は、笑顔でうなずいた。
 翌朝、達也は、包丁の音で目を覚ました。

京子ちゃん?おはよって、何してんの?こんな早く。

 京子は待合室のソファーで寝てたという。

泊まってったの?そう、そう・・・・俺、男の一人暮らしだよ。

 京子は素っ気なく、朝食のメニューを紹介した。

まいったね、まったく。京子ちゃん作ったの?、これ。

 そして、みそ汁の味見を達也にしてもらおうとしたとき、晴美が入ってきた。晴美も朝ご飯を作ってあげようと思っていたみたいだ。

悪い。なんか、作ってくれたみたい。

 コンサート会場で待っている順一に、放送が入った。電話だそうだ。知佳の父親だった。「和田君、知佳は受験があるしね、今日も、知佳が行きたくないと言ってるのを、無理矢理誘わないでほしい」。そして、電話を切った後、「まったく家庭に問題がある子は困ったもんだ」と知佳の前で言うのだった。家に帰った順一は、竜介に淡々と話した。「彼女来なかった。向こうのお父さんが、俺みたいなのと付き合っちゃダメだってさ、電話で怒鳴られちゃった」。竜介は家を飛び出した。「よし、俺が話つけてやる!」。竜介は家を出た。知佳の家の玄関で竜介は、どうして付き合っちゃいけないんですか、と両親を前に食い下がっていた。しかし、どうしても受け入れない父親が、困りますねえ。警察呼びますよ、と言ったので大喧嘩に。そこへ知佳が自分の部屋から下りてきた。「お父さん、和田君とコンサートに行かなかったでしょう。もう和田君とはおつき合いしないから」。泣きながら、今度は竜介に向かって言った。「おじさまもお帰りください。・・・・おじさま、ごめんなさい!」。・・・・竜介が玄関を出ると、順一が立っていた。順一は笑顔で言った。「大丈夫だよ。なんでもないんだ。転校してきて、初めて声かけてくれたの、あの子だったんだ。ただそれだけだから。おじさんがさあ、本気で俺のために怒鳴り込んできてくれて、俺、ほんとにうれしかった」。竜介は、涙を隠しながら、「さあ、行こう」と肩に手をやった。

 家に帰る途中、フラワーショップたちばなの前で、新太郎と加代子と健がもめていた。晴美が絹子と武市に伝えた「京子の一泊」が、もう加代子に伝わっていたのだ。竜介に言うか言わないかもめていたのだ。しかし、加代子は言った。すると、竜介は、「ああ、そう」と平然と答えたが、顔は引きつっていた。

 翌日の河西クリニック。「イタチさん、お薬出てます」。みちるがそう言ったが、「伊達さん」という名前の患者であった。診察室では、とあるおばあちゃんに、なんか先生のほうが痛々しそうねえ、と言われる達也。まだ絆創膏だらけだ。「ボクシングなんかやるからですよ」とみちるも言う。そこへ、順一がやってきた。「あのう、こないだの夜、先生、京子さん泊めたって本当ですか」。こう聞かれて、達也は、

泊めたってわけじゃないけど、彼女が泊まってったのは事実だよ。どうして?

 と正直に言う。そういうことしないでもらいたいんです、と順一が言うと、横のみちるも、先生、女の人泊めたんですか、と言う。

勘違いするなよ。彼女、このソファーで眠ってったんだから。俺知らなかったんだけどね。

知らなくてもいやらしいです、とみちるが言うと、順一は、「お願いします。おじさん、まだ京子さんのこと好きだと思います。もう京子さん泊めないでください」と念を押す。

それを言いにわざわざ来たの?

 達也は、順一のことを見つめながら、うなずいて、わかった、と約束する。達也は、竜介のことを思う順一の誠意に心を打たれた。順一にしてみれば、竜介へのお礼のつもりだった。そんなとき、みちるがしつこく、先生って不潔です、と言う。

違うって言ってるでしょ。

 と、達也は、しつこいみちるに、笑いながら答えた。
 夕方、新聞配達で、順一は知佳の家の前を通った。紙飛行機が飛んできて、そこにはこう書いてあった。「昨日はごめんなさい。お父さんを許してあげてください。また明日学校で」

 達也が漫漫亭にやってきた。竜介を叱るように言う。順一のことだ。

竜ちゃんは京子さんのことまだ好きなんだから、京子さんのこと泊めたりしないでくれって、わざわざ言いに来たんだよ。
見ろよ、竜ちゃんが素直に好きだって言わないから、子どもまで心配してるじゃないか。はっきりしたらどうなんだよ、竜ちゃん。

 竜介は、「自分のことは自分で分かってるよ。俺は京子ちゃんとは結婚しないよ」と言う。すると達也は、真剣な面もちで、

じゃあ、例えば、俺が京子ちゃんにプロポーズしてもいいってわけだな。

竜介は、顔色を変えながらも、どうぞ、と言うと、

じゃ、俺、誘うよ、あの人

そう言って達也は店を出ていった。



第7話

 おでんの屋台で正太と道代と新吾の3人が横並びに飲んでいた。話題は、将来のことのようだ。夢を持って生きていきたいよね、とか。自然に生きるのがいちばんだよね、とか。道代が発言の中心だ。そんな折り、結婚って考えたことある?と突然道代が言い出した。男二人のおでんを食べる手がピタリと止まる。どうやら二人は、おっちょこちょいで悪気のある道代のことに、意外にも惹かれているらしい。 

 道代の勧めで、司法試験間近の新吾をしばらく休養させることになった。道代は、新吾の部屋に差し入れを持っていったあげた。新吾は勉強をしていた。道代は、4畳半のみすぼらしい新吾の部屋を見るなり、「吉村君、神田川って歌知ってる?あなたはもう忘れたかしら、赤い手ぬぐいマフラーにして・・・・」。歌を歌ったあとボソリとこうつぶやいた。「ひょっとしたらさあ、こういう生活のことをいうのかもしれないね。憧れちゃうなあ・・・・」

 道代が出たあと、漫漫亭に一人のおっとりした客が入ってきた。その客は、原道代さんはいますか、と言う。同じ頃、青春書院の京子に電話があった。達也からだった。

何かあったの?ケンカでもしたんでしょ。今日の夕方、時間取れるかな。一緒に食事でもしませんか。例のホテルで7時半。

 実際に編集長とケンカをしていた京子の気がなごむ。展望のいいホテルのレストランで会うと、達也はおもむろに、

どう、その後。少しは俺と付き合う気になった?それとも俺の無様な姿見て、気が変わったかな。

 と言った。先日のボクシングの件だ。京子は、相変わらず強引なのね、と言い、微笑む。そして、京子は続けた。「あたしねえ、達也さんに一つだけ見つけたことがあるんだ」。そう言って、ハンドバッグから紙を取り出すと、大きな字で言葉を書き、達也に渡した。その紙には、「やさしさ」とあった・・・・。達也は、じっと紙を見つめながら、

どっか飲みに行こうか。

 と言った。その頃、夜の公園で、珍しく順一が道代に声を掛け、相談をしていた。道代が昼にマリ子に24色のクレヨンを買ってあげていたので、そのお礼もしたかったのだ。順一の相談は、卒業したあとのアパート代のことだった。順一は、道代に、中学を卒業したら、マリ子と一緒に家を出て、働くことを打ち明けた。しかし、高校に行かない順一に対して道代は、「順一君のお父さん必死じゃない。君たちの本当の父親になろうとしてさ」と言う。順一は、「わかってる。おじさんってさ、優しすぎるんだよね」と今の心境を道代に明かす。道代は、「順一君、どうしてそんな大事なこと私に聞くの?」と訊いてみた。道代は、順一の素直さに感動し、順一に、自分は本当は結婚していることを打ち明けた。道代は、15歳も年上の男と結婚していて、家を飛び出している最中だったのだ。理由は、その男が優しすぎて、絶対に怒らないことだったという。気がついたら家を飛び出していた、と・・・・。道代は、なぜ素直に男の優しさにどっぷり浸からなかった後悔しているという。順一は、それを聞きながら、一点を見つめ、考えていた・・・・

 道代がアパートに帰ると、ドアの前に悟(森本レオ)が立っていた。漫漫亭に訪ねてきた道代の夫だ。悟は小さな声で、「道代ちゃん、探したよ」とだけ言った。一方、順一は、帰るなり、竜介に、こんな時間まで何してたんだ、と怒鳴られた。竜介は、消防団の帰り、道代と公園で話しているところを見ていたのだ。何も分からない竜介に対して、順一も、「おじさんはあまり他人のことばかり干渉するなよな!」と大声で言う。竜介は、他人というその言葉に、手をあげてしまう。竜介は涙ぐみながら、俺たち親子なのになんで他人行儀な言い方するんだ、俺のどこが気に入らないんだ、と叫ぶ。順一は、おじさんは悪くない、とつぶやいた。

 そこへ、道代が二階にやってきた。竜介に話したいことがあるという。竜介も今晩のことを順一よりも道代に聞こうと思っていた矢先であった。しかし、竜介は道代が順一を誘惑していたと勘違いしているので話がかみ合わない。道代は竜介に怒鳴った。「そんなにマリちゃんや順一君の親になりたいんなら、どうしてもっと信じてあげないんですか!マスターは、親だ親だっていい気になってるけど、それが順一君にどんなに重荷になっているかわかりますか!」。道代は店を辞めるつもりだった。道代は、順一の本音を、順一の代わりに全部言い、飛び出していった。竜介が追いかけて見たものは、道代が店の前で悟にひっぱたかれているシーンだった。初めて悟に叩かれ、道代は泣いていた。

 昨日と同じおでんの屋台で、新吾と正太が、淋しさをこらえて飲んでいた。つい昨日のことだった。新吾と正太の間に道代がいて、にぎやかだったのは・・・・



第8話

 竜介は夢を見ていた・・・・。・・・・順一と副団長が現れる。順一は泣いている。副団長が言う。「こいつは、親代わりの叔父を殺っちまった」。親代わりの叔父とは、つまり竜介のことだ。・・・・マリ子が現れる。純白のウェディングドレスを着ている。「長い間お世話になりました」と言う。マリ子の後ろから正太が出てくる。二人はハネムーンに出かけると言う。・・・・そして、京子と達也が現れる。教会で結婚式を挙げようとしている・・・・
 ここで目が覚めた。竜介は店のカウンターでうたた寝をしていた。振り向くと、京子と達也が店に入ってきていた。京子は、うなされて京子の名前を呼んでいた竜介をからかう。

細かくちょっと話してみて。精神科医として竜ちゃんの夢を精神分析してあげる。

 達也もこう言うが、竜介は恥ずかしくてさすがに言えない。明日は京子の誕生日らしい。京子が出ていって、達也が残った。達也に「竜ちゃん、よりをもどすチャンスだよ」と言われ、竜介は、「そんなつもりはない」と、ぎこちなく否定する。

夢ってのはさあ、潜在的な不安とか欲求を象徴することがあるの。だから、夢が、将来のことを暗示することがあるの。

 今度はこう言われ、竜介は少し不安になる・・・・

 フラワーショップたちばなから、少女が花を盗んだ。それを見ていた順一は、少女を追いかけ問いつめる。美佐子(川上麻衣子)は不良高校生仲間の一人で、今日が誕生日だという。順一も明日が誕生日だった。「カメラがほしい」と言う順一に、美佐子が「わたしがかっぱらってきてあげようか」と言うが、順一は断る。美佐子は、まじめな順一に、だんだんと自分のことを話す。美佐子も順一も、親がいないさびしい少年少女であった。 

 漫漫亭に新吾が入ってきた。今年の司法試験にも落ちたという。異常に暗い雰囲気の新吾に竜介も手を焼き、店にいた達也に頼む。

吉村君。あんまり気にしないほうがいいよ。なんだったら俺、医者として相談に乗るから。ちょっと話するだけで、気分が直るってこともあるんだから。

 こう言って店を出ていった。しかし、新吾のほうは、「一流医大卒。開業医。おまけに足が長くてスポーツマン。ぼくはといえば、万年司法試験落第生。短足。運動神経ゼロ・・・・」。正太が「俺なんか大学8年生なんだから」となぐさめても、「あんたは比較の対象にならないの」と、目一杯陰気だ。そこへ絹子が店に入ってきた。順一がビールを飲んでいる不良少女といっしょだったという。順一も帰ってきた。問いつめる竜介と絹子に、順一は、「外見だけで判断するな」と怒る。  

 晩飯のとき、竜介がポツリとつぶやく。「誕生日祝い何にしようかな」。竜介は、プレゼントを買って京子の部屋を訪ねるつもりだったのだ。すると、順一よりも先にマリ子が「カメラ」と言う。竜介は、「カメラは京子ちゃん編集者だからたくさん持ってるし・・・・」と答える。マリ子は順一のほしがっている物を知っていたのだ。

 翌日、昨日の公園で、美佐子は順一に100円の風車をプレゼントした。しかし、そこへ美佐子の不良仲間がやってきた。美佐子は、順一との出会いで、グループを抜け出したいと思うようになっていた。美佐子を連れて行こうとする不良グループに、順一は「やめろ!」と叫び、袋叩きにあってしまう・・・・

 達也から竜介に電話があった。

だいぶやられてるよ。こないだの俺ほどでもないけどね。ちょっと来てよ。

 おじさん、怒ってました?と聞く順一に、達也は、

うん。怒ってた。それにしても高校生相手によくやったな。

と優しく言う。竜介が河西クリニックへ駆け込んできた。竜介は、泣きながら、多少オーバーな心配の仕方で順一を気遣う。いつもなら怒鳴る竜介だが、今回だけは心配が先に立ったらしい。竜介は、隣の診察室で寝ている美佐子に会いたいという。達也は不安げにうなずいた。竜介は、美佐子に、順一は大事な息子で、あんたたちの非行グループに誘うのはやめてくれ、順一が今度グレたら親として黙っちゃいない、と言う。しかし、美佐子は逆に竜介に怒鳴った。「順一が、わたしみたいな悪になると思ってるの!あいつは、あたしをグループから抜け出すために身体張ってくれたんだよ!自分の子どもも信用できないで何が親だよ!あんたに言われなくたって、あの子にはもう会わないよ!」。・・・・竜介は謝り、部屋を出ていこうとする。美佐子は最後に泣きながら、「あの子、カメラほしがってるよ」と言った。竜介はこのとき初めて、今日が順一の誕生日であることを知った。

 その夜、竜介は、順一に、「ほんとうは、あの娘、いい子なんだな」と言い、カメラをプレゼントした・・・・。店では、順一の誕生日パーティーを開いていた。そして、竜介は、はたと気がついた。急いで京子の家に電話をかける。竜介が、「順一の誕生日パーティをやっているから、こっちへ来ないか」と言うと、京子は、微笑みながら「行けない」と言う。ひとりきりのアパートに、京子の気持ちを知ってか、玄関のチャイムが鳴った。達也だった。ワインで乾杯したものの、(マリ子のために準備していた)お子さまランチの旗をいじりながら元気のない京子。達也は、それを見て取って、こう言ったのだった。

やっぱり気になるんだろ。無理しないほうがいいよ。いっしょに行こうよ、竜ちゃんのとこ。順一君やマリちゃんも喜ぶよ。

 漫漫亭では、順一が柏原芳恵の「ハロー・グッバイ」を歌っていた。その歌は、美佐子が花を万引きしたときに口ずさんでいた歌であった・・・・



第9話

 朝、マリ子が突然足が痛いと言い出した。竜介は達也のところに連れて行く。達也は、マリ子の様子を瞬時に見抜き、竜介に、マリ子は何ともないと言う。竜介が問いただすと、

多分そうだと思ったんだけど、要するに拒絶反応だね。幼稚園行くのイヤだったんだよ。だから、行かなくていいって言ったとたんにケロッと治っちゃった。

 仮病ができるわけがないと言う竜介に、

仮病じゃないよ。本当に痛くなっちゃうんだ。精神的なものが原因で身体がそういうふうに反応しちゃう。本当に熱が出たり、本当に下痢になったり。
拒絶している原因を取り除いてやると、たちまち嘘のように良くなる。

 そして、達也はタバコをふかしながら、竜介に、原因について、

例えば、うちで何かあったとか、なかったとか、愛情が不足していたとか。

 と言う。反論して、幼稚園が原因だと言う竜介は、

何かあったにせよ、このままズル休みさせるのはよくないよ。多少イヤなことがあっても、我慢させて行かせるのが、しつけのうちだから。

 と達也に言われ、強引に幼稚園に連れて行った・・・・

 しかし、マリ子は、ひとりで幼稚園から逃げ出してきた。竜介は、厳しく接することにし、外にしばらく立たせておくことにした。そこへ京子が現れた。京子は、叱ればいいってもんじゃないと竜介に言い、ケンカとなるが、強引にマリ子を自分のアパートに連れて行った・・・・

 そのとき、漫漫亭では大変なことが起こっていた。正太が、2階から店の階段を転げ落ちてきたのだ。頭を強打したらしい。

名前は?君の名前。島袋正太。知ってる?

 河西クリニックで、達也がゆっくりそう言うと、正太は、知らないと言う。そのあと、住所を聞いてもダメ、早稲田の帽子を見せてもダメ、国語辞典を見せてもダメ。あまり学校に行っていなかったからだ。今度は新太郎が競馬新聞を見せるが、これもダメ。あきれた達也は、早稲田の帽子をかぶりながら、

落ちたときのショックでね、一時的な記憶喪失と軽い言語障害を起こしてるね。

 と断定。松沢家で会議を開いた結果、新太郎が、名案を出した。正太が自殺未遂をしたとき結婚を申し込んでいた馬場下町の光子(あき竹城)に会ってもらうという手だった。・・・・・・・・しかし、正太は、光子を見るなり脅えだし、ぼくはオードリー・ヘップバーンが好みなんですと言ってしまう。

 マリ子は結局、京子のアパートに泊まり、夜は京子の読む絵本を聞きながら眠ってしまった。翌朝、京子が幼稚園に連れて行き、マリ子も、いじめっ子の男の子に京子を「お母さん」と紹介するほど元気になっていた。竜介は、京子からそのことを聞き、複雑な思いだった。それを聞いた順一も、京子のアパートに向かい、マリ子を連れて帰ろうとした。順一は、京子に、「マリ子、あまり京子さんになつかないほうがいいと思います」と言う。どうして、と聞く京子に、順一は、「おじさんと京子さんが結婚できなくなったのは、ぼくとマリ子のせいで、もし、結婚することになったときは、ぼくとマリ子、やはり家を出ていこうと思ってるんです」とはっきり言う。そう言い残して出ていき、マリ子はもう一晩京子が預かることになった。

 漫漫亭では、イライラしている竜介を見て、コーヒーを飲んでいた達也が、鋭い見解を述べる。

京子ちゃんと一緒に幼稚園に行ったってことはさあ、要するに女親と行きたいってことだったんだよね。マリちゃんの心の中で、また母親願望が頭を持ち上げてきたんだ。

 しかし、今度の夜は、マリ子は小さな声で、お母さん、と言い出した。京子が、お母さんはここにいるでしょ、と言うと、「違うもん。お母さんじゃないもん」と言い、ついにベッドから飛び出した。そして、「おうちに帰りたい。お父さんのところ帰りたいよう」と言い、泣き出してしまう。京子は、夜中、竜介の家にマリ子を返しに行き、ひとりでタクシーに乗りアパートに帰っていった。京子は、マリ子の寝ていた自分のベッドで、一点を見つめて淋しそうに考え込んでいた・・・・

 ところで、正太ですが、外で健二と衝突し、ケンカを止めようとした加代子のバケツの水の衝撃で、治りました・・・・



 

第10話

 順一と竜介が朝のジョギングをしている。先に境内の階段を登りきった順一が、同じく朝のシャドウトレーニングをしていた達也と会って会話をする。達也は、おととい竜介が「父と子の親子関係」という本を借りに来たことを教える。順一はややびっくりするが、

たまには今朝みたいな親孝行してやるといい。竜ちゃん喜ばすの簡単なんだから。

という達也の言葉に、軽くうんとうなずく。そこへ竜介が遅れてやってきた。「朝の運動ってのはすがすがしくて、気分がいいねえ」と言うわりには、ヘトヘトだ。達也は、

すがすがしいって顔してないじゃない。明日動けなくなったって知らないよ。

と、そっけない。そこへ、「達也さん!」と声が掛かった。映子ちゃん!、と返事をした達也は、そばにいた5歳の洋(ひろし)にも、大きくなったねえ、と声を掛けた。ほら、と買い物袋を見せる映子に対し、

ほらって、長ネギ、どうしたの?

と達也は聞く。映子(榊原るみ)は、朝ご飯まだだと思って、作ってあげる、と言う。達也は、えーっと言ったが、映子に腕を組まれ、いっしょに去っていく。去り際に「いつもこの人がお世話になってます」と言う映子、そして洋を肩車している達也。見つめながら茫然とする竜介と順一。

達也と映子と洋は、フラワーショップたちばなの前も通り過ぎ、河西クリニックに到着した。加代子と新太郎と健二も、唖然として見送るが、達也の隠し子と隠し妻だと予想する。

悪いね、飯の支度させちゃって。おふくろね、旅行中で。まともな朝飯食べるの久しぶり。おいしい。

達也の部屋の食卓を囲んで、達也はみそ汁を飲んでいた。洋のご飯粒を注意する映子。

映子ちゃん、すっかりお母さんだね。一平のやつ、映子ちゃん、家出たこと知ってるの?

実は映子は洋を連れて家を飛び出して来ていた。夫の一平(火野正平)の仕事の帰りが遅いことなどの理由から、達也の所へ相談しに行くという置き手紙をおいて。映子はここで、居候するのは迷惑か、と達也に言う。すると、達也は、

迷惑と言ったら迷惑だよ。でも、映子ちゃんも一平も、友だちだから。

と努めて優しく言う。映子は、だんだんと正直になり、もしも一平が心配してここにも来ないようなら、もう別れたいとつぶやく。達也は、

映子ちゃん。洋君聞いてるよ。

と、たしなめる。映子は、もう一回人生をやり直してみたい、と、だんだん真面目な顔つきで言う。達也は、

映子ちゃんらしい。ま、これからのことを考えるのはいいけど、今までやってきたことの責任は取らなくちゃ。

とアドバイスする。そこへ洋が、「おじちゃん、野球できる?」と聞いてきた。

ん?なあに。できるよ。じゃあ、おじさんね、仕事が終わったらね、キャッチボールやろうか。洋君、どこのチーム好きなの?

優しい声で話しかける。洋は、つい先日、一平と巨人戦を観に行く約束をしていたのだが、一平の仕事で行けなくなっていたという。洋を見つめながら、何事か考えている達也・・・・

そこへ、みちるが入ってきた。キョロキョロ見回したあげく、こう言った。「先生、また女の人泊めたんですか」

ま、またってねえ・・・・そんなことするわけないでしょ。

珍しく慌てながら達也は答えた。

ところで、1ヶ月も家庭に帰ってこない人気俳優塚田一平の妻失踪という記事を、なんと京子が追っていた。京子は張り込みを重ね、すでにスクープ記事を書いており、あとは塚田の妻を捜してインタビューしようとしていた。そうとは知らず映子は、仕事中の達也に、お昼何がいいと聞いている。何でもいいという達也に対し、じゃあスパゲッティでいい?と映子は訊く。

いいよ。スパゲッティ。好き?

と洋に聞きながら、達也も返事をする。やりとりを見ていたみちるは、あの方ちょっと馴れ馴れしいんじゃないですか、人の奥さんでしょ、と言う。達也は、

そうですよ。学生時代の飲み友だち。昔からずーっとあんな風なの。

と答えるが、みちるは、「あの子、先生に似ているみたいですよ、あの、あごのこんなとがった所とか・・・・」と、まだ怪しんでいる。

バカなこと言ってないで、次の患者さん。

渋い顔をして達也は言った。みちるはやけになって、「あんぽんさん、あんぽんさん」と患者の名を呼ぶ。患者のおじさんの名前は「安本(やすもと)」だった。

君でしょ、あんぽんたんは。

一方、京子は、テレビ局で一平に直接話を聞こうとするが、無視しようとする一平と、積極的な京子は、お互い勝ち気で、ケンカになってしまう。漫漫亭では、竜介、新太郎、武市をはじめ、いつものメンバーが気になる映子の事情を探ろうと、みちるに「事情聴取」していた。しかし、ジュースやプリンアラモードなどをおごってもらっている割には、何の役にも立たない。そこへ、加代子が、京子の書いた「レディースジャーナル」の週刊誌を持って飛び込んできた。事情を知った全員。そこへ達也と映子と洋が、店に入ってきた。竜介は、雑誌を達也に見せ、その記事を書いたのは京子だと教えた。と、そこへ、なんと京子がコーヒーを飲みにやってきた。パニックになる全員。結局、映子の存在が京子にばれてしまい、インタビューが始まった。映子は、快く引き受けた。京子は、映子びいきで、女性問題として、今回の取材を続けているという。一見、一平との離婚を勧めているようにも見える。武市たちの計らいで、この際、夜に漫漫亭で歓迎会をしようではないかということになった。しかし、みんなに酒が入り、映子が歌を歌っている最中、二階から順一が、「やめろ!」と怒鳴り込んできた。順一は、自分の父親が帰ってこなかった頃の母親を思い出し、そんなとき母さんは酒を飲んだり騒いだりせずに、常に俺たち子どものことを考えていたよ、と言う。両親のいない境遇の順一にとっては、離婚するしないなどを簡単に決められる大人は、勝手だ、と見えるのだ。

酔った映子を自分の部屋に抱えてきた達也。おやすみなさい、と言って部屋を出ていく。そのとき、酔ってるはずの映子が呼びかけた。「達也さん、あの人が、あなたの1/10でも優しかったら、あたし、家出なんかしなかった・・・・」。瞳は真剣だった。

映子ちゃん。一平は俺の友だちだよ。俺たちの仲間にそんな冷酷なやつ、いないよ。

達也の言葉に、「きついな」とつぶやく映子。

友だちだから、きついことも言うの。

「友だち・・・・」、映子は一点を見つめてボソリとつぶやいていた。達也は部屋を出ていった。扉をゆっくり閉め、何事かを心配するような哀しい眼差しで、その扉をしばらく見つめていた・・・・

達也はスタジオに来ていた。収録終了の一平に声を掛ける。どうした?と聞く一平に

うん。軽く飲み行こう。

とだけ言う。スナックのカウンターで、一平は、誰もがのし上がろうとする芸能界で、一瞬の気のゆるみも命取りとなることを達也に伝える。酒の勢いで、男の仕事を理解できない女房は、こっちから狙い下げだ、とも言う。達也は、一平のウイスキーを注いであげながら、

映子ちゃんはそれでもいいかもしれないけどさあ。小さい洋君は、お前の仕事理解できないよ。洋君にとってお前は、あくまでもお父さんの一平なんだ。
映子ちゃんともう一度よく話し合ってみろよ。

と言う。しかし、一平は、映子の勝手な行動で、どんなに迷惑しているか、向こうが謝ってきたなら許す、と答える。達也は、タバコをふかしながら、

迷惑っていうのは、お互い様じゃないのか。

と、やや鋭い目つきで一平を見る。

泥酔した達也と一平は、達也の部屋に帰ってくる。達也は、自分の部屋に入ると、一平をベッドの下に寝かせた。ベッドの上では映子が眠っている。「おやすみ」。掠れるような声で、寝ている二人に言い、微笑んで部屋を出ていった。

翌朝、診察室でコーヒーを飲んでいる達也の所へ、京子がやってきた。一平と飲んだことを知って、達也に話を聞こうと思ったのだろう。一平たちが起きてきた。達也は、京子を隠し、悪い冗談はやめてよ、と怒る映子に対し、

冗談のつもりはないよ。二人でよく話し合ってもらおうと思って。

と答える。しかし、話し合うことなんかないと言う一平に、映子も反論し、二人はケンカになってしまう。

いい加減にしろよ。いつまでそんな子どもみたいな夫婦喧嘩してるんだ。

と、それまで黙っていた達也が、それほど大きくはないが強めの声で言う。これは俺たちの問題だ、という一平。

俺はお前たちのことはどうだっていいよ。だけど洋君はどうなるんだ。お前たちが言ってることは、自分たちのことばかりじゃないか。少しは子どものこと考えてやれよ。

考えてるわよ、かわいいと思ってるさ、と反論する二人に、

じゃあ、何してやった?お前たち、あの子のために何してやったんだよ。外泊して、夫婦喧嘩して、家出して。かわいい?洋君、オモチャじゃないんだぞ。生身の生きてる人間なんだぞ。

と、真剣な表情で言う。一拍置いて達也は、静かな声で、二人ともちょっと来いよ、と言い、クリニックの玄関に連れて行く。そこには、洋の書いた絵があった。3人の人間が並んでいる。

野球帽かぶって手つないで、なかよく野球をやりたいんだ。そういう洋君の心の願望の現れなんだ。洋君、平和な家庭を望んでいるんだぞ。
お前たちは離婚しようが何しようが、やろうと思えば何だってできるよ。だけど、洋君は親を選ぶことはできない。お前たちしかいないんだ。お前たちの子どもでしかない。
迎えに行ってやれよ、一平。

京子は陰からこの様子を聞いていた。一平は、やや涙ぐみながら、軽くうなずき、映子もやや微笑んだ表情でうなずいた。

外に出ると、洋とマリ子がおままごとをしていた。それを見つめる一平と映子。洋とマリ子の所へ、竜介が寄ってきていた。

あの竜ちゃんとマリちゃんって、本当の親子じゃないんだ。だけど竜ちゃん、一生懸命、父親になろうと努力しているよ。
誰だって子ども産めば親になれるけれども、大事なのは、親になろうって努力することじゃないかな。

洋が気づいて一平に向かって走ってきた。抱きかかえる一平。洋が泣き出した。一平は達也に礼を言い、一平と映子、そして洋は、帰っていった。しかし、歩き始めて映子が振り返り、達也の元に走り寄ってきた。ありがとう、と囁いて軽くキスをする。ぼーっとしている達也。京子が出てきた。「映子さん、達也さんのこと好きだったんじゃないかなあ」。京子と達也が二人きりとなる。「わたし、今回の記事、書けなくなっちゃった」と言い、達也も微笑む。しばらくの間のあと、京子は、「旅に出てみようかな」とつぶやいた。そして、そのまま帰っていった。その後ろ姿を、達也は静かに見続けていた・・・・



第11話

 新太郎が突然漫漫亭を訪れた。何やら深刻な顔をしている。話を聞いた竜介は、新太郎がバー「青い鳥」で知り合った圭子(水原ゆう紀)を助けてやろうとしていることを知る。圭子は、やくざから強引に結婚をせまられているらしく、追っかけられて困っているという。そして、とっさに圭子は、やくざの前で、婚約者がいる、と言って急場をしのいだそうだ。そして、新太郎のお願いとは・・・・。竜介に架空上のその婚約者になってくれということだった。新太郎には、恐妻の加代子がいて、竜介に頼むしかない、と。圭子本人にも頭を下げられて、しぶしぶ引き受ける竜介。早速漫漫亭で働く圭子。瞬く間に広がる大ニュース。竜介はマリ子と順一にも事情を話し、新吾、正太、そして絹子と晴美も事情を知る。
 そんなとき、フラワーショップタチバナにやくざの御手洗(平泉征)がやってくる。驚く新太郎。サングラスを掛け大声を出す御手洗。圭子を返せと言う。新太郎は恐がりながら、「漫漫亭にいる竜ちゃんの婚約者っていうのがそうじゃないですか」という。
 漫漫亭に乗り込んだ御手洗に、竜介は堂々と婚約者になりきって接する。御手洗を二階に上げ、圭子と3人で話し合いをしていたそのとき、達也が部屋に入ってきた。なんと、トキ子がヒマラヤから帰ってきたというのだ。ただいま、というトキ子に対して、最悪のタイミングに、なんで帰ってきたの、という竜介。御手洗を見て、この方は誰と訊かれ、竜介は、俺の婚約者と言う。トキ子とともに達也も驚いた。怒りのおさまらない御手洗は、じゃあ、この場でキスをしろと言う。竜介は、恥ずかしいと言いながらも、その代わりと言って圭子をだっこする。御手洗はある程度納得したらしく、最後に、圭子に、貸した50万円を返せと言う。圭子はチップだと思って御手洗から小遣いを50万ももらっていたらしい。御手洗にとっては手切れ金のつもりらしいが、圭子は、今そんな大金を返すことができず、俯いている。しつこく金を迫る御手洗。見かねた竜介は、ついに自分の手持ちの20万を投げ、御手洗に、もう圭子に近づくな、と言う。怒りながら去っていく御手洗。静観していたトキ子は、このおかしな状況に、竜介に説明を求めた。説明はその場にいた新太郎が行った。この圭子さんは、竜ちゃんがよく行くバーの女の人で、竜ちゃんが婚約者になると偽って、助けていた、と。同じくその場にいた加代子も納得する。達也は、

やり方、古いんじゃないの。

と言ったが、とりあえず一件落着した。トキ子は、バカと言ったが、竜介は、頼まれたらいやとは言えねえよ、という。頼まれたら何でもやるのか、と返すトキ子。達也とトキ子と竜介以外みんなが帰ったあと、圭子は、潤んだ眼差しで竜介に、ありがとうございました、お金は必ずお返しします、と言って、また店に行った。達也がボソリと言った。

竜ちゃん、言っとくけどねえ、彼女、竜ちゃんに惚れるんじゃない。あんな芝居までして助けてくれた男を女が放っとくわけないでしょ。

 達也は、マリ子を抱きかかえながら、圭子の目が潤んでいたことを指摘し、

じゃあ、竜ちゃんねえ、彼女が本気で結婚してくださいって言ったらどうする

と竜介に訊く。竜介はもちろん、しないと言うが、トキ子も達也も、圭子が思いつめて行きそうな予感がすると言う。
 それからというもの、たしかに、圭子が色っぽく接してきたと感じた竜介は、新太郎の店に行き、新太郎に相談をする。圭子に、惚れないでほしい、と新太郎から言ってくれと頼んだ。実際には圭子を好きな新太郎にとっては、あべこべのような感があるが、もとはといえば新太郎のせいである。新太郎は竜介のお願いを引き受けた。しかし、コソコソと話す竜介と新太郎を怪しく思った加代子は、健二に命令して、新太郎に尾行を付けた。
 神社で二人きりで圭子に話す新太郎。圭子に、竜ちゃんに惚れたのか、と訊くと、惚れかかっている、と言う。そこで新太郎は、竜ちゃんには、京子というほんとうに好きな女の人がいて、これ以上竜ちゃんに近づかないでほしい、と言う。自然と手を握る新太郎。圭子は微笑んで、そうか、あんな気っぷのいい男なら、たしかに惚れる女の人もいるでしょうね、と言う。そして、新太郎さんも、いい人ね、と一言。
 圭子は、竜介に、遠くに行くと告げる。圭子はお別れに、マリ子に自分のネックレスをプレゼントし、哀しい目で店を出て行った。一方、神社のシーンを全部見ていた健二は早速加代子に報告。加代子は激怒し、新太郎を許せないと暴力に走る。緊急に武市の家に集合し、加代子をみんなでなだめる。絹子は、夫婦って許し合えるから夫婦って言うんじゃない、とつぶやく。絹子は、自分の話を加代子にしているうち、言葉に詰まってしまう。絹子は、以前、夫に浮気され、それを許せずに、離婚していたのだ。気持ちがおさまった様子の加代子。

 夜の漫漫亭では、竜介とトキ子と達也が、タバコを吸いながらカウンターでおしゃべりをしている。ヒマラヤの山麓でたった独り、夕焼けを見たときを語るトキ子。山の峰が白く、空が暗く、周りには何も音が聞こえない。人恋しくて人恋しくて。気がつくと十代の頃の自分に戻っている。世の中のことが恐くて、人生ってのが不安で・・・・その頃に戻っていた・・・・。滔々と語るトキ子。そして、トキ子は、疲れたと言って帰った。ワインを飲みながら静かに聞いていた達也が言う。

初めてだよ、おふくろ、あんなこと言ったの

 トキ子は、達也も竜介も愛している。しかし、べたべたした人間関係が嫌いなのだ。そこへ新太郎が店に入ってきた。寝間着のままだ。新太郎は、加代子が恐いという。加代子に愛されるのが辛いという。竜介は、理解できない。愛してもらえて幸せではないのか。しかし新太郎は、できることなら別れたい、とも言う。真剣につらいのだ。加代子も店に入ってきた。優しく、そして、寂しがる加代子。新太郎は加代子と家に帰った・・・・

 翌朝、刑事の青山(阿藤海)が漫漫亭にやってきた。竜介に被害届を書いてくれと言う。圭子が自首してきたという。御手洗と圭子は、偽夫婦を偽った詐欺コンビだった。竜介は新太郎に報告。加代子は、やっぱりね、と呆れた感想だったが、竜介は、あの大きな澄んだ瞳を俺は今も信じるよ、とつぶやくのだった。



第12話

 竜介と武市と新太郎が葬式に参列している。町内の誰かが死んだようだ。竜介と新太郎が武市を冷やかす。副団長も気を付けたほうがいいよ。ガンでポックリってこともあるから。絹ちゃんと晴美ちゃんの面倒は俺たちで見るから・・・・。言いたい放題だ。竜介が漫漫亭に帰ると、正太が一時帰省するところだった。故郷の親父が倒れたらしい。
 その頃、武市は河西クリニックにいた。武市を診察する達也。

・・・・それに、商売の邪魔するようで悪いんだけど、お酒程々にね。

 何ともないという診断。武市は、最近2,3日吐き気がすると言い、達也は、タバコ2,3日辞めたらすっきりしますよ、と答える。次に、最近目方が減っていると言う武市。すると達也は武市の腹をつまんで、

もう少し減らしても大丈夫でしょ。あと5sぐらい。

と、そっけない。不満そうな武市は、先生、隠さないで言ってください。俺何言われたって驚かないから、と言う。

じゃ、言いますけど、歯医者さん行ったほうがいいみたい。親不知、だいぶやられてますよ。

と達也に言われ、がっくりする武市。正直に聞いてみることにした。もしかして、ガンじゃないか・・・・。達也は、変な声で、ガン?と言い、ガンなんかじゃありませんよと断定する。武市は、本当のことを言ってほしいとしつこく聞く。達也は、

分かりました。ガンのときはね、ガンだってはっきり言いますから。ただし、まだガンじゃありませんから心配しないで。みちるちゃん、これ副団長の薬、よろしく。

と毅然としている。一服する達也。やがて、副団長はつぶやく。「先生、どうして、俺から目外して、ものを言うの?」
これは達也の癖のポーズだ。

 ふらふらした態度で店に戻ってくる武市。竜介が絹子とおしゃべりをしていた。二階に上がった武市は、病医学の本を読んでいた。変に思った竜介が武市の部屋にガラッと入る。飛び跳ねて驚く武市。誰にも言わねえから、俺だけには言ってごらん、と言う竜介。どうせこれだろ、と小指を立てる。女ができたと勘違いしているようだ。イライラした武市は、店に下り、竜介に質問をする。例えば、お前が医者で、花屋の新ちゃんがガンだとする。不思議そうな竜介。それで、お前だったら、新ちゃんにガンだって言うか?武市は、竜介に真剣な目で訊く。すると竜介は、言うわけないだろ。そういうときは、胃が悪いとか歯が悪いとか言ってごまかすよ、友だちだもん。と言い返す。「歯が悪い」と聞いて目を見開く武市。
 武市は、ひとりで下山病院に向かった。そこでも診察を受ける武市。胃が少し荒れてますね、と言われて、診察室を出ていく。達っちゃん先生とおんなじこと言うんだよなあ、と、ぼやく。そのとき、診察室に、脱いだランニングを忘れたことに気づいて再び診察室に入ろうとする。先程の医者と看護婦が話をしていた。「これがガンですか」「そう」「言わないほうがいいですよね」「そうだね。言わないほうがいい」・・・・ノブを握っていた手を思わず口にやる武市。やはり・・・・。黙って下山病院をあとにした。途中、健二に会ったが、まるで夢遊病のように返事もおぼつかない。

 新太郎が漫漫亭に飛び込んできた。加代子に赤ちゃんができたというのだ。こないだまであんなに脅えていたのに、と茶化す竜介。コーヒーカップを拭きながら、新吾が言う。おばあちゃんが言ってたんですけど、「誰かが死んで誰かが生まれる」んですって。竜介も、俺もそれ聞いたことあるよ、と言う。二人とも感心しながら、新太郎のおめでたに喜んでいる。

 武市は遺言を書いていた。茶箪笥の奥に隠す武市の仕草をちらっと見た絹子は、黙ってその紙を読んでしまう。
 『遺言。絹子殿、晴美殿。今日、俺は下山病院でガンの宣告を受けた。あるいはと思ったが、やっぱりそうだった。俺が亡くなったら、この家の物はすべてお前たち二人で仲良く分けてくれ。できれば、絹子が婿を取り、店を継ぐこと。晴美が結婚するまでは絹子が面倒を見ること。俺はお前たちの、幸せでかわいい孫の顔を見届けることなく死ぬかもしれない。それが何よりも心残りだが、母さんの所に行けるので寂しくない。困ったことがあったら、まず竜介に相談すること。竜介には俺の半纏と時計を形見にやってくれ。くれぐれも兄弟仲良く。お前たちに何もしてやれなかった父さんを許してくれ。愛している。この世の中で何よりも絹子と晴美を愛している。幸せに。武市』
 絹子と晴美は泣きながら、この遺言状を竜介に見せた。竜介は泣いている絹子と晴美に、明るい顔して目一杯元気な顔して、親父さんの前にいるんだ、と励ます。竜介は新太郎にだけは伝え、新太郎は、そういえば葬式のとき元気なかったもんな、と反芻する。竜介も、俺もこれからは言いたいこと何でも言わないようにいたわってやりたい、と誓う。

 神社に加代子がひとりでポツンと立っていた。竜介は、加代子が想像妊娠であったことを聞く。育児百科を含め本7冊、それに、おもちゃまで買っていた新太郎に言い出せないと言う。竜介は、浮かれる新太郎に宣告をする羽目になった。

 一方、松沢家では、肩を揉んだり、温泉に行こうと次々に気を遣う絹子と晴美に、武市は不審の目を抱いていた。再び竜介に相談する絹子と晴美。いざ優しくしてあげようとしても、普段と同じように、お茶を入れてあげたり、そんなことしかできない、と悲しむ絹子。特別に自然な態度でしてあげることは何かないのか、と竜介にきくが、竜介は悲しい顔で、何もねえよ、と言う。俺もおふくろが死ぬとき、何かできないか必死になって考えた。でも何もできなかった、と。絹子は、ボソッと、こんなことなら、もっと小さなときから優しくしてあげればよかった、と、つぶやいていた・・・・

 武市とトキ子が二人っきりでお好み焼きを食べている。昼間から酒を飲もうとしないトキ子に酒を勧める武市。小学校のとき同級だった話をする。やがて、モジモジしながらも何かを言い出そうとする武市。5年前、祭りのときに着ていた朝顔の浴衣を今でも覚えてるよ、と言う。ハッキリ型のトキ子は、それって、わたしを好きだってこと?と聞き返す。武市は、そうなんだと言う。やがて、トキ子は笑いだし、冗談言わないでよ、と一蹴してしまった。
 その話を漫漫亭のカウンターで竜介に話すトキ子。竜介は、マズイよ、と言い、事情を説明しようとしたが、真横で新吾が聞き耳を立てていたので、店を出て、武市がガンであることを教えた。さすがのトキ子も驚き、顔色を変えたが、で、どこのガンなの?と竜介に訊く。どこって?竜介もそういえばどこのガンかまだ分かっていなかったことに気づいた。さらにトキ子は、それにしてもひどいねえ、下山病院ってのは、あっさりと本人にガンを宣告しちゃうの?と不思議がる。じゃあどうすればいい、と聞く竜介に、バカだねえ、そういうときは、知り合いがそっと医者の所に聞きに行くんだよと、トキ子は注意する。
 竜介はまず、達也の所に行った。一度副団長を診てあげてくれないか、と。すると達也は、昨日来たけど、と言う。竜介は、副団長はガンじゃないのかと言う。またも変な声で、ガン?と聞き直す達也。下山病院ではっきりと言われたみたいだよ、と言うと、

そりゃおかしいよ、一日で分かるわけないし、ガン宣告って難しい問題だからね。アメリカじゃかなり一般的になっているけど、日本じゃまだまだね。

と真面目に返答する達也。

 身の回りを整理している武市のところに竜介と絹子と晴美が入ってきた。武市が何か言い出そうとするのを止めて、竜介が言った。おじさんはねえ、ガンなんかじゃなかったの。「がんだれ」のガン。看護婦さんが還暦の「暦」という漢字を聞いてたの!自分の父親が還暦だから言いにくいって話。絹子も、勝手に盗み聞きしてたんでしょ!と怒る。武市は少しホッとしたのか、落ち着いた声で、しかし、寂しい口調で、俺はお前たちに何をしたんだろう。コロっと逝っちゃったりして、あとに何にも残らないんじゃないかと思ってさあ・・・・こう言いながら寂しそうな顔をする。晴美が泣きながら武市の体を抱いた・・・・続いて絹子も駆け寄る。目の前で、寂しそうに抱き合う武市と娘二人の家族を、竜介は潤んだ目で眺めていた・・・・

 今度は竜介が倒れた。過労だった。自分の家に運ばれる竜介。武市は、倒れるまで俺のことを心配してくれたんだからね、と言い、新太郎も、竜ちゃんっていうのはそういうやつだよ、と言う。マリ子がベッドの竜介の元に駆け寄る。武市が、竜ちゃん起きちゃうんじゃない、と言うと、診ていた達也は、

大丈夫。安定剤効いてるから。それより、二人っきりにしてあげましょうか

と言って、ふすまを閉めた。



第13話

 竜介がふとしたことから順一の答案用紙を見てしまった。83点、87点、100点・・・・。かなり成績がいい、とつぶやく竜介。そこへ順一が学校から帰ってきた。おじさん!どうして人の引き出し勝手に開けるんだよ!怒った様子の順一。竜介は、成績がいいと褒めながらも、どうして答案用紙を俺に見せないんだ?と不思議そうに訊く。しかし、順一は、勝手に引き出しの中を見られ、相当怒っている。じゃあ、見せてやるよ!全部見せてやるよ!今度は大きな声を張り上げ、机の引き出しをみな出し、中をぶちまけた。この野郎!とこぶしを上げる竜介。何だよ!また殴るのかよ!竜介はこぶしを下げ、順一、もっと素直になれ、と言う。どうせ俺は素直じゃないよ!と逆らう順一に、今度は竜介は手を振り上げた。しかし、順一は起きあがって、竜介の頬を思いっきり殴った。びっくりする竜介に、「俺だって、今まで我慢してきたんだよ!」と捨てゼリフを吐き、家を飛び出した・・・・

 10時になっても順一は帰ってこなかった。松沢酒店に様子を見に行ったり、飲み屋街にも繰り出す努力も虚しく、竜介は徹夜で店の中を過ごした。そして朝、達也の所へ行く竜介。昨日の出来事をすべて話す。「・・・・それでさあ、ここのところパーンと殴られて、痛いのなんのって、鼻血が出ちゃったよ」

鼻血が・・・・それで?

 朝食のサラダを食べながら、右手で竜介の鼻をつまみ、鼻の穴を覗き込みながら達也は言う。「それでさあ、俺だって我慢してたんだぞ!」って言って飛び出しちゃったんだよ。と言いながら竜介は達也のコップに口を付ける。「それ・・・・」と注意しようとした達也だったが、「そう、それなんだよ。それがいちばん心配しているんだよ」と、知らん顔で悩みを話し続ける竜介。あいつ、今まで俺に対して、本当に我慢していたのかなあと思うとさあ・・・・

そんなことないんじゃない。順一君だってねえ、なぜ竜ちゃんが殴ったことぐらい、よく分かってると思うよ。

 達也は、竜介を安心させようと、コップのことは忘れて、真面目に答える。しかし竜介は、順一が朝飯を食ったのか、家出するなら金ぐらい持って出て行けばいいのに、と変な心配をしている。

大丈夫だって。順一君、あれでしっかりしてるんだから。すぐ戻ってくるって。

 今度はパンを食べながら達也は言う。竜介が、ほんと戻ってくる?と訊くと、達也は、ちょっと間をおいて、たぶんね、と答えるのだった・・・・

 漫漫亭に加代子と絹子が入ってきた。順一が一晩帰ってこなかったのを早速知って、様子を見に来たのだ。順一のことを訊かれて苛立つ竜介。珍しく正太が渡り船を出した。またいつかみたいに、大阪に戻ったんじゃないでしょうねえ、と言い、自分の経験談を話した。「ぼくも家を飛び出したことがあって・・・・ふと飛び出してみると汽車の中でした。ホームに降り立つと、辺り一面星空。朝起きてみると太陽がいやに眩しくて。ふと死にたくなる。そんな経験ありませんか?」。しかし竜介は、この不謹慎な話に苛立つだけだった。続いて新吾も、かわいそうな竜介を思って、自分の経験談を話す。「でも、不条理の死というのがあります。忘れもしません。中学3年の寒い冬の夜でした。テストの成績が非常に悪くて、それまでぼく、80点以上しかとったことがなかったもんですから・・・・」ここで絹子と加代子と正太が顔を見つめ合う。「ともかく帰りそびれて、うちに帰れなくて、1回帰りそびれると2日目はもっと帰れなくて、気がつくと線路の上をとぼとぼと歩いていました。腹は減るし、金もない。暗い闇に包まれた前に続く1本の道。聞こえてくるのは不気味なフクロウの声。ホー、ホー。そのとき、ポーッという汽笛。とつぜんぼくの脳裏に一つの言葉が浮かびました。真っ黒なスクリーンに赤い一つの字。「死」。竜介を含め全員のけぞる。「鉄道自殺」。新吾は、このあと線路の寝そべったという。「・・・・ふと何気なく死にたくなる。あるんですよ、多感な少年時代には」。と、新吾は竜介に言い聞かせるように言い、話をまとめた。納得しない竜介は、その多感な少年が、なぜ生きてるんだ!と訊く。「寝そべっていたのは上りで、汽車は下りだった」という新吾の答えに、竜介の疲れは増大し、余計イライラし始めた・・・・

 晴美から電話があった。学校にも来ていないという。竜介は、やっこ凧に長い短冊を付け、そこに、「帰ってこい。何も心配するな。竜介」と墨で書き入れた。3〜4mもある巨大やっこ凧だ。フラワーショップタチバナでは、話を聞いた健二が新太郎に息巻いていた。とことん突っ張ってみればいいんですよ。もう15でしょ。帰りたくなったら帰ればいいんだし、帰りたくなかったら帰らなきゃいいんですよ。だいたい原因は何なんですか?新太郎が、引き出しの話をすると、あ、そりゃ怒るわ、と、断言。加代子も健二の発言に納得の様子だ。新太郎が珍しく、加代子に「じゃあ、おれのポケットもときどき見ないでもらいたいな」と言う。見てないわよと言う加代子に、新太郎は反論。加代子は逆に、見ちゃいけないの、と言い返してきた。それとも新太郎、何かやましいことでもあるの!・・・・勝負がつき、加代子は奥へ引っ込んでいった。ムッと来た新太郎の店先に、ローラースケートが届いた。唖然とする新太郎に、加代子が説明する。新太郎と2人で楽しむために注文したという。しかし、¥64,000もする値段に、新太郎は、「返してこいよ、俺はこんな物を買うために汗水垂らして働いているわけではない」と言う。新太郎は、ついに加代子の少女趣味につけ込み、いい歳した「おばん」と言ってしまう。加代子は逆上し、「何も好きこのんでこんなことをしているわけじゃないのよ!子どももいないし、新太郎と楽しく暮らしたいから!」と言って家を飛び出した。

 順一は空を眺めていた。竜介は、やっこ凧に風船を20個近く付け、空高く上げていた。マリ子は、シャボン玉をふきながら幼稚園の制服のまま1人で町を歩いている。シャボン玉が空に浮かび上がる。加代子は公園でローラースケートをはいていた。そして、京子が歩いていた。下を向いて何事か考えながら歩いている。
 ふと空を見上げる京子。その視線の先には、竜介のやっこ凧「帰ってこい。何も心配するな。竜介」。その竜介は、凧糸を引きながら、寂しそうな表情で空を見つめている。京子が空のやっこ凧を見ながらつぶやく。竜介さん・・・・

 凧糸を境内の柱にくくりつけて、竜介は、今度は順一がバイトしている新聞屋を訪ねてみた。しかし、順一は、風邪で休みを取っているという。竜介は、自分が父親であることを明かし、新聞屋に、自分が配達をします、と名乗り出た。

 順一は、クラスメートの金子の家にいた。金子は、連日淋しそうにしている順一を見て、「なんだよ、親父とケンカしたぐらいで」と励ます。俺なんて、ケンカしたくてもできないんだぞ・・・・。金子は、両親を亡くし、中学生で早くもひとりで生きていた。なあ、お前、カレー食っていかねえか、という金子に、順一は、ついに、俺・・・・帰ろうかな・・・・とつぶやく。
 町では、竜介が、順一の配達分の新聞を次々に家々に配っていた。金子の家を出て帰る途中の順一は、配っているところの竜介を偶然見てしまう。

 竜介が漫漫亭の近くまで来ると、正太が店の玄関から大声で叫んでいた。竜介は、ついに順一が戻ったか、と急いで走った。しかし、正太は、マリちゃんがいなくなった、と言う。店で事情を聞くと、一度幼稚園から戻って、すぐ、また飛び出して行ったらしい。竜介は、残りの新聞を正太に渡し、急いで店を出た。そこへ・・・・京子がいた。京子は笑顔で、「竜介さん!わたし、懐かしくて、うれしくて・・・・」と言うと、竜介は、セカセカしながら、懐かしいって、なんで?と言う。京子はややびっくりしながら、「だってわたし、ずーっと北海道行ってたでしょ・・・・」と言うが、竜介は、え?京子ちゃん、旅に出ていたの?と言う。京子は続けて、「それに、見たわよ・・・・」と言ったので、竜介は、びっくりして、見た!?どこで!?と叫ぶ。京子は、「空のやっこ凧。わたしうれしかったなあ・・・・」と言う。しかし、竜介はため息をつき、「京子ちゃん、俺、ちょっと忙しいんだ」と言って、走って去っていった・・・・。そこへ・・・・今度は、河西クリニックの扉が開いて、達也が出てきた。

京子ちゃんじゃないか!ついに帰ってきたんだね。お帰り。

 達也は喜んでいる。京子も喜んだが、すぐに竜介のことを聞き、順一が昨日から帰らなくて心配していることを知る。あのやっこ凧は、自分のためでなく順一のためであったことがわかった。竜介は、ちり紙交換の軽トラックの助手席に座り、マイク越しに早稲田の町を回っていた。「名前は和田マリ子。5歳の女の子を捜しています。和田マリ子、和田マリ子をよろしくお願いします」。まるで選挙カーだ。

 マリ子はひとり早稲田の電停のホームにいた。シャボン玉をふいている。ホームにはもうひとり、淋しく歩く人の影。加代子だった。ローラースケートをぶら下げて、電車で旅発とうとしていたのか。加代子はマリ子を見つけると、驚いて走り寄ってきた。マリ子は、お兄ちゃんをさがしてるの、だからここで待ってるの、と言う。加代子が、お父さんに黙って来たの?と言うと、コクリとうなずく。

 金子がカレー粉を買ってアパートに戻ると、なんと扉の前にまた順一が待っていた。ますます帰れなくなったという順一に、金子は、お前の妹、いなくなって、おやじさん、ちり紙交換車乗って捜してたぞ、と教えた。

 歩きながら、加代子とマリ子が、空のやっこ凧を見つけた。加代子はマリ子に、いいお父さんだねえ、とつぶやく。そのとき、竜介のマイクの声がした。軽トラから走り出し、マリ子を抱いて喜ぶ竜介。それを見て、加代子は微笑むのだった。

 漫漫亭では、新吾と京子が、「あんな小さいマリちゃんでもお兄ちゃんを心配しているなんて・・・・」「肉親っていいですね・・・・」などとコーヒーを飲みながらしゃべっている。竜介はいない。そこへ無言の電話が。順一君?と聞く京子。ついに順一が電話越しに口を開いた。「マリ子どうしたんですか?いなくなったって本当ですか?」。京子は見つかったことを話し、今度は、順一に、帰ってらっしゃい、と真剣な表情で言う。何も言わない順一。赤電話の受話器を持ちながら、順一はふと空を眺めた・・・・「帰って来い。何も心配するな。竜介」・・・・しばらく悄然としてたたずむ順一。受話器からは、京子が、もしもしもしもし、と続けている。順一は電話を切り、空を見つめながら、おじさん・・・・と、ポツリとつぶやいた・・・・

 店の前を、新太郎と加代子がローラースケートをやりながら横切っていった。夜の漫漫亭。竜介と、マリ子をだっこしている京子、新吾、それに絹子がいた。順一が帰ってきたらどうするか話し合っている。竜介は、ぶん殴ってやる、とはさすがに言わなかったが、人様に迷惑をかけたので謝らせると言う。京子と絹子は反対だ。優しく迎え入れてあげたら、という絹子の提案にも、バカ野郎、それだから近頃のガキは甘えるんだよ、とやはり気が短い。竜介は、第一声として怒る練習をするため、二階に上がった。そこへ、順一が店に入ってきた。マリ子が駆け寄る。京子が微笑んで迎える。二階でシミュレーションしている竜介。その背後に、うつむいて順一が立っていた。おじさん・・・・と、か細い声で言う。振り向きざま驚く竜介。「順坊、お腹空いてないか?」とっさに出たのは、こんな言葉だった。竜介は何も言えない・・・・。「俺、おじさん殴っちゃったから・・・・それに新聞配ってたでしょ」。順一の小さい声は続く。竜介は、目を潤ませながら、順一の頭を抱きかかえ、「よく帰ってきた。お帰り」と答えた。

 達也も順一が戻ったのを聞いて漫漫亭にやってきた。二階が気になるみんな。京子が代表して様子を見に二階に行くことに。順一が、ベッドで寝ている竜介をうちわで扇いでいた。ほっとして寝ちゃったんです、と説明する順一。京子は、そっと掛け布団を掛けた・・・・
 下に降りると、みんなに説明し、自分のアパートに帰ろうと店を出る京子。達也がちょっと間をあけて、店を出ていく。漫漫亭の前で京子の後ろ姿に声を掛ける達也。よく考えてみれば、久しぶりに帰ってきた京子に、達也以外だれも声を掛けていない。

一人旅だったの?でも、よくここに帰ってきてくれたよ。ほんとに。お帰りなさい。

 ありがとう。じゃあ・・・・。京子はただそう言って、また歩き出した・・・・。達也は、もの哀しげな京子の後ろ姿をしばらく見つめていた・・・・
 夜の境内にやっこ凧がまだ浮かんでいる。京子は、境内に座り込みながら、その凧を見つめていた・・・・



第14話

 竜介とマリ子と順一が店の前で花火をやっている。夏の日の夜。
 新太郎は、居酒屋「あん康」でお酒を飲んで、嘘を並べていた。ママの康子(藤田弓子)に惚れている様子だ。奥さんは?と聞かれると、死んでしまったよ、などと言っている。そのとき、店の二階から、小学生の明美が下りてきた。「ママ、大変だよ!新吾おじちゃん倒れちゃった!」。康子と同時に新太郎も驚いた。新吾?まさかと思って一緒に二階に上がると、やはり新吾だった。大の字にひっくり返っている。新太郎の知らせで、達也が往診に、竜介たちもやってきた。「すいません、ご迷惑かけちゃって」と、気がついた新吾が言うと、達也は、

こっちはこれが商売なんだから

と、落ち着いて声を掛ける。よくお茶漬けを食べに来ていた新吾は、どうやら、この2,3日、夫のいない康子のお店を手伝ったり、明美の遊び相手になっていたそうだ。二階で往診している間、竜介と新太郎と武市は、店で明美に酌をしてもらい、話を伺う。「新吾おじちゃん、そのうち、ママのお父さんになるかもしれないよ」。明美の言葉に3人は驚く。その後、河西家に移動した一行は、そうめんを食べながら噂話。9つも歳が上の女だけど、新吾はきっと惚れている、とか、彼女の心配の仕方も本気だから、彼女も新吾を好きだろうとか、みずみずしくてポチャッとしていい女性だ、などと話してばかりいるのは新太郎だ。「惚れてるのはあんたのほうなんじゃないの、新太郎さん」と、すかさずトキ子がつっこむ。

と思うんだけどさあ、吉村君の様子見ると、あれ、結構本気なんだよね・・・・

と達也がいい、「ああいうまじめな子は、思い込んだら百年目と言うからねえ」とトキ子が言うと、竜介はだんだん心配になってきた。「年上の女に引っかかっちゃって、どうするの、あいつ、司法試験。それに、親父になるってのは大変なことなんだよ・・・・」

 木造アパートの「あん康」の二階。窓辺に座って、「ささの葉サラサラ のきばに揺れる・・・・」と、七夕の歌を歌う康子。寝ていた新吾が起き出した。明美はまだ寝ている。笹の葉を持ちながら康子は、「この店辞めて、故郷へ帰ろうと思っているの」とつぶやく。新吾は、明美を起こさないように気をつけながら、ダメだよ!と言う。新吾は、すでに康子に、結婚を申し込んでいたようだ。まだ迷っているが、司法試験は諦めるつもりらしい。そんな新吾に、康子は、「あなたの夢をこわして、こんなおばさんと一緒になるなんてよくないわ」と言うが・・・・それでも新吾の決心は固いようだ。

 でもさあ、吉村君って純情よねえ・・・・、加代子と絹子たちの耳にもこのニュースが入ったようだ。新吾のアパートを訪問しようかと話し合っている。その新吾のアパートに康子が訪れていた。豆ご飯と笹の葉を持って来たのだ。ついでに洗濯をしてあげようとして洗濯物を引っ張り合う二人。新吾は、あんたが好きだ、と言って抱きしめようとするが・・・・すべってまた頭を打つ。横になっている新吾に寄り添う康子。そこへ、加代子と絹子と晴美が訪問に・・・・

 新吾が満々亭にやってきた。喜ぶ竜介。しかし、新吾は、「この店辞めたいと思います。ぼく結婚します」と、ついに竜介に報告したのだった。
 夜、新吾はあん康に行き、竜介に言ったこと、がんばれよと励まされたことを康子に報告した。康子はそれを聞き、しんみりと、亡くなった夫の話をする。康子の亭主は、山が好きで、登山家を目指していたそうだ。危険だから何度も止めても、聞かないで山登りを続けていたという。そして遭難した。男は、そう簡単に、自分の夢を捨てられない、と康子は言う。だから、新吾とは、司法試験の夢を捨てさせてまで、一緒になる勇気はないという。しかし、潤んだ瞳の康子に、新吾は、「俺は俺だよ!新しい夢がママなんだよ!」と男らしく言う。

 深夜、泥酔した新吾が大声で七夕の歌を歌いながら満々亭にやってきた。司法試験を辞めてこれから親父になるんだな、と思うと怖い、と竜介に告げる。新吾は、自分の子どもでもない順一やマリ子を育てている竜介を偉いとほめ、人生はつらいものだと泣き出す。竜介は優しく、「つらいこと、悲しいこともあるが、楽しいことだっていっぱいあるんだ。マリちゃんに初めてお父さんって言われたとき、とてもうれしかった」、と、新吾をなだめる。「人の気持ちってのは必ず通じる」そう言って竜介は新吾を送り出した。気がつくと順一が階段を下りてきて、こっそりと話を聞いていた・・・・

 翌朝、竜介が康子を訪れた。新吾の気持ちが康子にほんとに伝わっているかどうか確かめに来たのだろう。しかし康子は、答えをはぐらかすばかりで、新吾とどうするつもりか答えない。「ずるいよあんた。あいつは真剣なんだよ。あんたも真剣に答えてあげたらどうなんだ!」「あいつは本当に検事になりたいと思っているよ。毎年司法試験を落ちるたびに、その夢は強くなっているんだ。その夢を捨てようと決めた男の気持ちを分かってやれよ!」竜介が怒鳴ると康子は、ついに本音をしゃべった。「私も、子どもがいなくて、もう少し若ければ、さっさと新吾さんと一緒になってるわ。だけど私には分かるの。私と一緒になったら、あの人はつぶれる。私には分かるの・・・・」。竜介は、康子のつらい気持ちもわかるのだった・・・・

 その夜。新吾の部屋を訪れる康子。新吾は居なかった。廊下に古本として山積みにしてある小六法の本。康子はその本を握りしめて、町に出た。早稲田の神社の境内で、男の声が聞こえる。新吾だった。ひとりで裁判の真似をして、声を出していた。検事の真似ごとだった。ひとり真剣に裁判をしている新吾。康子が気づいた。木の陰からそっと新吾を見つめる康子。手に握りしめた小六法を見つめながら康子は思い詰めた表情で、じっと新吾の声を聞いている。やがて境内を離れていく康子。町には花火が上がっていた・・・・

 翌日、新吾がぬいぐるみを持ってあん康を訪れた。閉店の張り紙を見て驚く新吾。そこに近所のおじさんが通りかかる。「故郷へ帰ったみたいだよ。まるで夜逃げみたいによ。子どもがずいぶん泣いてたよ」。ショックを受けた新吾は、アパートに戻ると、廊下に竜介が座っていた。康子は、竜介に小六法を預け、子どもと一緒に涙を流しながら町を出ていったという。新吾が小六法を開けると、七夕に飾ってあった「祈・司法試験合格」の紙が挟まってあった。康子を追いかけようと走り出そうとする新吾。しかし、「つらいのは彼女のほうなんだ!やり直すんだ!司法試験を受けろ!」と竜介が叫び、止める。竜介が帰り、新吾はひとり自分の4畳半の部屋で、「ささの葉サラサラ のきばに揺れる・・・・」と歌い出す。しかし、いつのまにか涙で声は詰まってしまっていた・・・・



第15話

 晴美が学校で生徒を殴ってしまった。生徒は、石野研吉(豊原功補)という不良だった。近頃、校内暴力が流行っており、噂を聞いた新太郎が心配しに満々亭に来る。加代子も松沢酒店のそばでチェーンをもった石野を見かけ、復讐に来たと竜介に報告しに来た。竜介は、サスペンス物の見過ぎじゃないの?テレビというのは、明るいホームドラマを見なくちゃダメ!、と取り合わない。正太が、でも晴美さんは、中学校3年の担任をしていて偉いなあ、と誉めると、新吾も、目的を持って生きる人は美しいもんです、とうなずく。加代子が正太に、正太さんの人生の目的というのは何なの?と訊く。とまどう正太に竜介は、お前の当面の目的は、出前をすることだろと言う。

 出前先の会社には、正太と大学の時同期だった常山健三(三宅裕司)がいた。常山は部下を怒鳴っていた。聞いてみれば、常山は、社員8人の会社でありながら、出版関係の会社の社長をしているという。男と生まれたからには人に使われるのは嫌だからね。やっぱり男は仕事だよ。と言う常山の財布の中は萬札でいっぱいで、正太は、目を見開いていた。
 新吾一人で火のように忙しい満々亭に、やっと正太が帰ってきた。悩んでまじめな顔をしている。新吾が忙しくて死にそうだったんだから!と訴えると、正太は、死にたい。人に仕えるようになったら男は終わりだ、と、ぼそりとつぶやく。

 銭湯帰りの夜道を歩く晴美を、一人の男がついてくる。晴美が駆け出すと、その男も追いかけてきた。悲鳴を上げながら満々亭の前の道まで何とか逃げ切ると、悲鳴を聞いた順一、竜介、武市、絹子、加代子、新太郎が、心配して飛び出してきた。晴美がしどろもどろに事情を話すと、やっぱりね、と加代子が言う。「やっぱり、あの不良よ」。とたんに現実を帯びてきたと感じた男どもは、とりあえずこの辺りを探そう、と四方に分かれて走り出した。
 追っていたのは、やはり石野だった。近くで隠れていた石野は、細道を通っている途中、向こうから歩いてきた達也と身体がぶつかる。「あ、失礼」という達也に、石野は、おい、どこ見て歩いてるんだよ、と一瞥をくれ、チェーンを持って帰っていった。達也は、軽く微笑んで、また歩き出した。
 翌日、学校で順一は石野のそばに行き、昨日の夜、先生のあとつけたろ?やめたほうがいいよ。変に誤解されると困るから。うちの町内の人、思いこみの激しい人多いから。おまえが先生に復讐しようと思ってると、進言する。ところが、石野は、お前もそう思ってるのか?と順一の胸ぐらをつかむ。そこへ晴美がやってきた。気の荒い晴美も、石野君、君学校へ何しに来ているの?ケンカ?学校は勉強する所よ。勉強する気がないなら、明日から学校来ることなんかやめなさい!と言ってしまう。石野は、晴美をにらみつけ、何も言わずに教室を出ていった・・・・

 満々亭では、学生服に身を包んだ正太がいた。満々亭をやめたいという。男として旅立ちたい。自分の才能をもっと生かせる職業があるんじゃないか、と。手には「とらばーゆ」を持っていた。竜介は、バカかお前は。お前の体の中にどんな才能があるんだ。ないから大学に8年も行ってるんだろうが、と言う。正太が、バカにしないでください!と言ったので、竜介もついに、旅立て!と許可した。一旗揚げてきますよ!そう叫び、正太は満々亭を出ていった・・・・

 石野が登校しなくなって3日が経ち、職員室では晴美が教頭に注意を受けていた。学校に来なくていいという言葉は過激すぎる。校内暴力に対する教師の対応が、最近注目されている。この後の展開によっては、先生には担任を辞めていただく可能性もある、という。順一は偶然、その話を聞いてしまう。順一は、ゲーセンで石野に会い、その話をする。そこで石野は、今日俺に付き合わねえか?今日俺の誕生日なんだ。付き合ったら、本当のこと話してやる、と言うのだった。
 石野のアパートを訪れてもいなく、晴美は、河西クリニックに向かった。「いったいどうすればいいのかしら。ほんとに殴ったのがいけなかったのかな。本当にどうしようもない子なのよ。九州の親元離れて一人暮らしだから、好きなことやりたい放題。あの子いつもチェーンなんか持ち歩いているのよ」、と達也に話す。達也は背中を向きながら、俺も見たよ、その子がチェーン持っているとこ、と言うと、晴美は、でしょ!あの子ケンカするためにチェーン持っているのよ。ほんと乱暴なんだから、と言う。達也はコップを持ちながら、やっと振り向き、

そりゃあどうかなあ。チェーン持ち歩いてるってことはさあ、彼にはそれより他に頼れるものがないってことじゃないの?本当は、すごく寂しがり屋なのかもしれない。

そんなおとなしい子じゃないと思うわ、と晴美が言うと、達也は続けて言った。

それは晴美ちゃんが直接会って確かめてみなくちゃ。だって晴美ちゃん、石野君の担任なんだから・・・・早く探しに行かなきゃ。

 順一は非行少年でなくてよかったなどと話をしていた満々亭にに、「飛行少年」が帰ってきた。見ると、正太が悲しい顔をして店に入ってきている。今日も仕事が見つからないという。そこへ新聞屋から電話がかかってきた。順一が今日の配達に来ていない。竜介は電話を切るなり、順一も非行少年になってしまった、と言う。新吾や達也が、そんなことはないと言っても、竜介は、親に隠れて悪さをするのが非行の始まりだ、と引かない。こうなると、思いこみが激しい竜介は止まらない。「むなしいなあ。俺はどこから来て、何をするために生まれて、どこへ行くのだろう・・・・」ぼそぼそと独り言をつぶやく正太・・・・

 晴美は、努力の甲斐あって、石野の行き先を突き止めた。石野と順一は、ディスコブロウハウスにいた。晴美が2人を問いつめようとしたとき・・・・店内が明るくなり、警ら中の警官(イッセー尾形)と刑事(阿藤海)が詰め寄ってきた。未成年かと聞く警官に晴美は抵抗するが、署に連れて行かれてしまった。
 順一の補導の電話を受けた竜介は、さすがに腰が砕け、おろおろと警察に向かった。そのとき、正太はマリ子と「人生出世ゲーム」をやっていた(負けていた)・・・・。防犯課少年係に怒鳴り込んで入ってきた竜介と武市と絹子。中では、晴美と順一と石野が座っていた。廊下に出ると、竜介がいきなり順一のほおを叩いた。「順坊、お前がこんな男だと思ってなかったぞ。いつから警察のやっかいになるような男になった!」。どうして理由も聞かずに殴るんだ!と言い返す順一。こんな不良とは二度と付き合うな!という竜介に、何にもわからないくせに偉そうなこと言うなよな!と順一がまた言い返す。絹子も止められない様子に、石野が竜介に言った。「おじさん、順一は俺をディスコから連れ戻すために付き合ってくれたんだ。もう殴らないでやってくれよ!」こう言って、ひとり帰っていった。順一が言う。「石野、先生のこと好きなんだって。ああいう形でしか自分の気持ち出せないやつなんだ。今日あいつの誕生日なんだよ。寂しいんだ、あいつ・・・・」
 寝る前、竜介が順坊に、「俺のこと殴ってくれ」と言い出した。竜介も、さっきのことを悪かったと思っているらしい。順一は、いいよ、というが、竜介がどうしてもと言うので、順一はそっとマリ子の手を使って、竜介のほおを叩いた。
 松沢家では、晴美が、教師を辞めたいと言い出した。まだPTAの処分が残っている。あたしには、もともと荷が重すぎたの・・・・こう言い残し、晴美は夜の学校の教室に行き、名残惜しそうに、辞める決心を固めようとしていた・・・・

 翌朝、晴美が出勤しようと家を出たとき、向こうからとぼとぼ歩いてくる正太に会った。自分の事情を話す正太。晴美の事件は知らない。正太は、自分の天職がなんだかわからないし、今のままじゃむなしいし、晴美さんは幸せですよ。自分の好きな教師やってるんだから、俺なんかから見ると、ほんとうらやましいっすよ、と元気なく言う。晴美も、でも、実際やってると、嫌なことばっかり、と言うが、正太は、「そんでも幸せですよ。教師になりたくてもなれなかった人間多いんだから。仕事に苦労はつきものだし、好きな仕事なら、それも幸せってもんじゃないすか。俺、会社廻ってきますから!」と言う。
 正門前で石野が待っていた。突然転校届けを晴美に突き出す。先生が辞めるなら、俺がこれを出す!やめる気なんだろ?先生。やめないでくれよ!やめてほしくないんだよ!・・・・晴美は、少しして元気いっぱいの顔になり、その転校届けを目の前で破った。さあ、遅れるわよ!と石野に声を掛ける。心が透明で純朴な正太から出た素直な言葉が、晴美を元気づけたのだろうか。

 満々亭に正太が戻ってきた。旅立つ時機が早すぎましたと言い、エプロンをつけた・・・・



第16話

 夜、新吾が順一に英語を教えている。英語と数学ができない順一に竜介が頼んだことだった。しかし新吾は、順一は理解が早いし心配することない、この程度なら親が教えてあげれば大丈夫、と言う。竜介は睨みつけ、それができればおまえに頼んでない!と怒る。そんなとき、夜中境内で幽霊が出るという話を副団長が持ち込んできた。びっくりする竜介と新太郎。その二人が初日見回りの当番となった。ぶるぶる震えて歩く二人。しかし、大声を出しながら離れ離れになってしまう。そして竜介の肩にポンポンと白い幽霊の手が・・・

 気を失って河西クリニックで寝ている竜介。幽霊は正太だった。正太はカブトムシを採っていたという。デパートに売りさばくと金になるという。白い服は薮蚊から防ぐためであった。くだらないことで辱めを受けた竜介。マリ子にも軽蔑な目で突っ込まれた。
 翌日も店でトキ子に大声でその話をされる竜介。絹子が店を手伝っている。それを見てトキ子が竜介に、絹子にはいくらか払っているの?と訊く。何もしてない。お金あげるのはかえっておかしい、と答えると、トキ子は、バカだねえ、そういうときはハンドバッグでも買ってあげるのよ、と言う。なるほどと思う竜介。新吾もそうしたほうがいいですよと言う。トキ子が水を運んでる間に、新吾がふと言う。もしかしたらおばさんもハンドバッグ欲しがってるんではないでしょうか。それを察したのか、トキ子は竜介に、私はハンドバック欲しくないのよ、と言う。ますますあやしい、と新吾。

 そこへ京子が現れた。竜介は京子に頼みたいことがあると言って二階へ誘う。数学と英語の勉強だった。竜介は新吾の言うとおり自分が順一に復習と逆襲がしたいのだと言う。逆襲ではなく予習と突っ込まれる竜介。国語も勉強したらと京子。しかし京子は、そういうことは達也さんに頼んだらと言う。嫌々承諾する竜介。
 三平方の定理を解いている竜介。

何悩んでるわけ?

 達也が寄ってきた。解けずに、xってこんなにグニャってしてるんだっけ?と竜介。

グニャじゃないの!

 思わず身を乗り出して代わりに鉛筆を持つ達也。

竜ちゃん、すっかり忘れてるわけ?

と言いながら方程式を解き始める。さらさらとx=5が出る。達也が、わかった?三平方の定理、と竜介に聞くと、竜介は、うーん、その定理のところがちょっと・・・と言う。あきれる達也と京子。達也は、

 竜ちゃんねえ、x嫌だったらねえ、米印でもねえ神社のマークでも何でもいいから

といって出て行く。今度は京子先生による英語の勉強だ。そんなに一編にやって頭こんがらならないかなあと不安な竜介。大丈夫、髪の毛もこんがらがってるんだからと言い返す京子。英語の教科書を読んでいると竜介に電話があり、あっさり帰ってしまう。憮然とする京子。

 一方その頃、フラワーショップ立花では、鶴巻からそろそろ区会議員を出そうと副団長と新太郎、加代子が話し合っていた。副団長は、自分は歳だからダメだと、竜介を推す。しかし竜介がOKするだろうかと加代子。

 電話は副団長からだった。竜介の家。ここらで一つ、区会議員に立候補してみないかと言われ、むせ返る竜介。副団長は、竜介は兄の子どもたちを引き取って育てているから押しが利くと言うが、俺はそんなつもりであの子たちを引き取ったわけじゃないと怒る竜介。たしかにそのとおりと新太郎。しかし、尊敬される人間になりたいんじゃないの?と新太郎に言われた言葉が竜介には引っ掛かっていた。

 店に戻り新吾に聞く竜介。なあ、新吾、お前の親父が区会議員だったらお前どう思う?新吾は、それは大きな顔が出来ますよ、当選したら先生ですもんね、と言う。じゃあ、例えば、俺が区会議員に立候補したら、お前俺に一票入れてくれるか?と聞くと、新吾は露骨に不思議な顔をする。そこへ晴美が現れた。子ども会の海水浴のチラシを持ってきた。保護者として竜介に来て欲しいと言う。しかし竜介は顔色を変え、正太に行かすと言う。ちょうど出前から帰ってきた正太に、あんまりこいつに頼みたくないんだよなとブツブツ言いながら、行けと命令する。喜ぶ正太。竜介はチラシに医者として達也の名前もあることに気づいた。そう、達也さん、水泳も得意なのよと晴美。あいつ何でもできるな、畜生、俺も立候補してやろうかな、とまたブツブツ・・・

 その晩、順一に早速、三平方の定理を教える竜介。順一に褒められた。竜介は順一に、もし俺が区会議員に立候補したら応援してくれるか?と聞いてみた。順一は、人のためになるんだから偉い、と言う。だんだんその気になってくる竜介。しかし、今度の日曜日海水浴に行って平泳ぎ教えてくれる?とマリ子に言われ、慌てて、選挙の仕事があるから・・・と言葉を濁す。幼稚園の友だちは、みんなお父さんと行くようだ。お兄ちゃんが行くからわがまま言わないの、と順一が助け舟を出してくれた。

 河西クリニックに加代子がやってきた。竜介の立候補の話を聞き、驚く達也。加代子は選挙の後援会の会計になったようで、カンパの話も持ちかける。

うちはねえ、無駄な金は一銭も払わない家風なの

と達也は回覧板を見ながら、そっけない。慌しく加代子が出て行く。

ちょ、ちょっと、加代子さん、ちょっと・・・

とまだ回覧板に目をやりながら、加代子を呼ぶが、大丈夫かな竜ちゃん、と気が気でない。

 と、今度は漫漫亭に絹子がやってきて竜介に聞く。竜介は、順一やマリ子をはじめ、みんな応援してくれるから、と正式に立候補する決意だ。絹子も応援すると言う。そして竜介は絹子にハンドバックを渡す。新太郎と加代子が入ってきて、町内中竜ちゃんの応援しているだの、正太がビラとポスターをやるだの、店は新吾に任せてくれだの、大いに盛り上がる。俺意外と人気があるんだなと満更でない竜介。

 そのとき、店にトキ子が入ってくる。竜介はトキ子にハンドバックを渡そうとするが・・・ハンドバックなんかどうでもいいから、ちょっとおいでと2階に誘う。怖い顔をしている。竜介、お前、順一君やマリちゃんに尊敬されたいから区会議員に立候補するんだって?どうしてそんな馬鹿なことするの。お前たち家族は、今やっと垣根が取れて信頼し合える状態になったというのに。マリちゃんと一緒に海水浴に行って遊んでやることがどんなにいいことか、どうしてわからないのか、と言う。神妙な顔つきになる竜介。もう一度よく自分の胸で考えてごらん!と一喝して出て行く。考える竜介・・・。トキ子はハンドバックを持って帰っていた・・・

 店では会計簿のチェック、ビラ作り、あちこち電話と、みんな忙しそうに動いている。武市は民政党の先生に挨拶に行くと言っている。そこへトキ子が降りてくる。ねえみんな、騒ぎが大きくならないうちに言っとくけど、竜介、立候補、取り止めだよ。全員の動きが止まる。

 前日の土曜日、竜介はコソコソと正太に近づく。正太、頼みがある、泳ぎを教えてくれ・・・と金槌であることを告げると、さらに怖い顔をして、このことは絶対内緒だぞ、と付け加えた。大丈夫ですよ、大将が金槌なんて・・・と大声で繰り返す正太の口を思わずふさいだのだった。早速2階で平泳ぎの真似をして練習するが、洗面器の水を見ると怖がる。今度は近所の銭湯へ練習に。マリ子に水着を買ってくれた京子と出くわすが、どうにかごまかす。

 夕方になっても帰ってこない竜介。竜介は銭湯で溺れていた。自分の家で眠っている竜介を見て、集まっているみんなが口々に言葉を交わす。大将、明日までに何とか泳ぎを覚えたかったんですね、と正太。マリちゃんに海につれてってと言われて、つい無理しちゃったんだな、と新太郎。武市も京子も心配そうな顔で見つめている。達也が布団をかぶせてやる。マリ子がやってきて竜介の頭をなでる。

 松沢家でも竜介が心配で、晩御飯作ってあげないとと絹子が買い物に飛び出していった。晴美が、それを見て、あのハンドバック相当効いてるみたいね、とつぶやいた・・・。絹子が晩御飯を持って竜介の家に行くと、京子だけが残って看病していた。会釈する京子と絹子。配膳をする絹子を見て京子は出て行く。

 夜中ひとり星空を眺めている順一。そこへ竜介がやってくる。何年ぶりだろう、海なんて、と順一。そして竜介に、明日雨が降るといいねと言う。順一は竜介の金槌を薄々感づいていたようだ。明日マリ子の面倒は俺が見るよ、マリ子はおじさんがいるだけでうれしいんだよ、と順一は優しく竜介に言うのだった・・・

 マリ子が泣いていて竜介は目が覚めた。土砂降りだった。泣いているマリ子を見て竜介は言った。よし、海に行こう!驚く順一。

 海とは銭湯だった。松沢家、立花家もやってきた。最後に晴美が子どもたちを連れてやってきた。


第17話

 松沢家で、武市、絹子、竜介、新太郎が何やらお金の話をしている。時代は変わってんだよ、これ以上寄付してもらうことはできねえ、と副団長。じゃあ、提灯やめるか、と言うと、竜介が、提灯のない祭りなんて祭りじゃない、と反論。じゃ、御輿やめるか、と副団長。これにも、御輿のない祭りなんて、と竜介。じゃあ、手拭いやめよう、と今度は新太郎。しかし、みんなが同じ手拭いを持つから一致団結するんじゃないか、と竜介。だんだん興奮してきた。どうやら祭りの資金が集まらないらしい。武市が祭りの幹事だ。トキ子が話に出てくるが、あの人は出さないものは舌でも出さない、とあっさり断念・・・

 家に帰ると、マリ子が順一に内緒でお願いがあるという。聞くと、今度の祭りに新しい浴衣が欲しいという。竜介が笑顔でいいよと言ったとき、さっきまで話していた副団長と新太郎が訪ねてきた。何でも、今度4丁目の空き地にキャバレー、お色気ファッションビルが建つという。その辺りはマリ子の幼稚園の近くだ。竜介は驚く。ぼく、早速調査に行ってきましょうか。話を聞いていた正太が割り込む。2年間私立探偵研究会に入っていたらしい。8年も大学にいると何でもやっているようだ・・・

 正太の調査によると、キャバレービルを建てようとしているのは黒原商事という会社で、これは実は暴力団であるらしい。竜介は早速達也の所に行き、弦巻町に狙いをつけてきた暴力団の反対期成同盟を作るから署名してくれと頼む。

 そんな折、松沢酒店にサングラスに白いスーツの男が現れた。黒原商事の渉外部長尾形大吉だ。武市に、お祭りの資金にと50万の小切手を寄越す。武市は引きつった顔で受け取ろうとするが、奥から絹子が、お父さん、それもらったらまずいんじゃない、と店先に現れる。武市も震えた声で、4丁目の空き地の件に関しましては〜我々も〜いろいろ意見があるものですから・・・と返そうとするが、尾形も引き下がらない。結局受け取ってしまう。

 これに怒ったのは竜介だ。これから反対しようっていう矢先に・・・マズイよ・・・。しかし副団長はブツブツ小さい声で、くれるっていうんだからくれるもんはもらっといて、反対は反対して・・・とつぶやく。そんなことできるわけないだろ!と竜介。しかし資金が足りないのはたしかだと武市。店内でこの話を聞いていた正太も言う。そんなこと言ったら、黒原組のおかげで祭りができたといわれますよ!第一、もらえるもんはもらおうって考えが間違えてるんですよ!と新吾も続く。大体、暴力団を恐れること事体が間違えてるんですよ、我々はもっと勇気をもつべきです!と正太。西部劇をご覧なさい、町の人が一致団結して悪と戦う。我々も見習うべきです!と新吾。もう見損なったわよ!と最後に絹子。言われたい放題の武市も言い返した。じゃあ、これどうするんだよ、と小切手をちらつかせ、誰が返しに行くんだよ、誰が。全員黙り込む。しばらくして竜介が小切手ひったくって言った。こんなもの俺が返しに行くよ!

 返しに行く途中、京子とばったり会った。竜介さん、顔引きつってるわよ。俺、顔引きつってる?と竜介。都合がよかったので竜介は京子に黒原組の調査を頼んで再び黒原組に向かった。黒原組では子分がドスのきいた声で麦茶を出してくる。気を引き締める竜介。親分の黒原が現れて、早速小切手を返そうとすると、横から子分が、何だお前、社長の金受け取れないのかよ!と竜介を脅す。その子分をぶん殴る黒原。竜介は余計びびる。なぜ?と優しく問う黒原。竜介も大人しめな声で、お色気ファッションビル反対を説明する。黒原は性への関心は誰にでもあるからと共存共栄を求める。竜介は一瞬納得しそうになるが、反対同盟を作って反対しますと言うと、また子分が、なんだとこの野郎!と近寄ってくる。殴られる子分。結局黒原は納得して小切手を受け取ったが、横で聞いていた尾形が最後に言った。だけど和田さん、我々は合法的にやりますから、反対されても無駄だと思いますよ。

 夜、線香花火をやっているトキ子、絹子、晴美、正太、健、マリ子。昔を思い出すわあ、とトキ子。みんなしみじみ線香花火を見つめている。昔は平和だったんですねえ、と正太・・・。一方、竜介の家には京子がやってきた。早速調査の報告をする。風俗営業の許可願いは出ているらしい。黒原は恐喝や傷害など前科3犯。警察は今のところ法的に喰い止められない。・・・祭りの支度も大変だが、反対運動も同時進行しようと、竜介たちは決意した。

 町では黒原組の子分たちの傍若振りがひどくなってきていた。黒原にじかにルポに行った京子も、その帰り子分たちに襲われる。公園で囲まれる京子。そこへ、京子ちゃん、と往診帰りの達也とみちるが現れる。達也は白衣を着ている。

女の子からかっておもしろいんですか

 近寄ってきた尾形に険しい表情で達也が言った。先生、あぶないから逃げましょう!とみちる。しかし達也は、みちると京子を背中に廻して、尾形に

道空けてくださいよ

と冷静に言う。しかし子分たちが襲い掛かってきた。

京子ちゃん、みちるちゃん頼むよ

 そういって達也は参戦した。得意のフットワークとパンチであっという間に8人をやっつけた。

 河西クリニックに警察の青山がやってきて、達也に警察に来てくれと言う。京子が、絡まれていたチンピラを追いやっただけと説明しても、被害届けが出ているから、と言ってきかない。青山の小学校時代の先輩である竜介も現れて青山に怒るが、見かねた達也のほうが、

分かりました。行きましょう

とすがすがしく立ち上がった。青山も、先生に落ち度がないのはわかっているんですが、ここは公平に・・・とすまなそうにしている。

 署名に町を歩いている竜介と正太。みんな潔く署名してくれる町の人に対し竜介は、この弦巻っていう町は、昔の東京のよさを残している町なんだよ。そんな町に暴力団が入ってくるなんてみんな・・・ここで呉服屋を見て竜介が思い出した。家に帰ってきて、早速マリ子に買ってきた浴衣を広げてやる、喜ぶマリ子。しかし一緒に見ていた順一が浮かない顔をしている。どうした順坊、お前も浴衣欲しいのか?竜介が言うと、おじさん、ちょっと、と順一が手招きする。順一がタンスの奥から引っ張り出したのは浴衣の生地だった。なんだ?と問う竜介。これは、亡くなった母が来年のお祭りにとバーゲンで買っていた生地だったらしい。見せてから、竜介に向かって、ごめんなさいと気づく順一。買ってもらったのにこんなもの出して。いや、待て、マリちゃんにはお母さんが選んだ浴衣がいちばん似合うと思うんだよ、と引き止める順一の生地を持って部屋を出て行った。

 竜介が浴衣の生地を持って行ったのは絹子の所だった。しかし和裁の本を借りようとすると、ダメと言う。逆に、どうしてこの生地で浴衣を作るのと聞かれ、竜介は、マリ子のお母さんが自分の手で縫った浴衣を着せてあげたいという思いを、代わりに俺がやりたい、と話す。だから貸してくれともう一度聞くが、絹子はやはりダメという。絹子は、私が縫ってあげるという。それとも竜ちゃんが縫ってこの生地がダメになってもいいの?絹子は熱心に言う竜介を見てそう言った。・・・でもこの浴衣着て、マリちゃんお母さんのこと思い出して辛くならないかしら。絹子が気になる点を言うと、竜介は、そんなことないと思うよ。それより、この生地で、俺、マリちゃんや順一に浴衣着せてやりたいんだよ、と一心に言うのだった。