陽ざし、ほどほど、のちカンカン
たっぷりのすいみん
ぼんやり頭と適度な空腹感
まず、これらが快適な休日をおくる最低必須条件です。
このへんが満たされていれば、まず80%成功。
このあと、恭兵さんの話は続きますが、もう、雰囲気は充分伝わっています。
一つの文にするとどうなるのでしょう。
「暖かい陽気の晴れた朝、よく寝てぼんやりしているけど、ちょっと何か食べたいな・・・・」
これって、ごくごく平凡な朝ですね。
恭兵さんにとっては、この平凡な朝がうらやましいのでしょうか。
休日も、この朝を迎えられないほど忙しいのでしょうか。
しかし、この朝を迎えられているのに、気づいていなかったら・・・・
平凡に埋没してしまって、平凡のよささえ見えなくなっていたとしたら・・・・
このとき、ぼくは、休日のありがたみが身にしみました。
寝起きの平凡な朝も、大事に扱おうとすれば、かっこいい時間になる、と。
そう見ると、例えば、「霧のマンハッタン」の寺岡さんの「朝」は、かっこいいですね。
とにかく、恭兵さんがこう書くと、なぜだか、この休日の朝が、大事な物のように見えませんか・・・・
(BE KID 2号より。同タイトルの恭兵さんのエッセイです)
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