二次選考合格発表(2004年8月12日) |
さて、二次選考の合格発表も当日の正午頃にJICAホームページ上で発表され、当日発送で合格者には速達、不合格者には普通郵便にて結果通知が送られることになっていた。
前回の一次選考時にはパソコンがなくてネットで結果を見ることが出来なかったが、今回は新しいパソコンを購入、3日ほど前にやっとネットに接続できる環境になっていた。
けれど小心者の私、発表当日は仕事が休みだったけど、すぐに結果を見るのが怖くて、正午前に通っている某語学スクールに行き、それからブラブラ買い物をして気を落ち着かせながら、夕方近くになって帰ってきた。
17時過ぎ、パソコンを開き、JICAのホームページに接続する。ドキドキ…。
『平成16年度春募集合格者発表』のページを開き、ズラリと並んだ受験番号の中から自分の番号を探す…。
あ〜!!あった!自分の受験番号があった。…間違いないよね?合格しているよね?何度も自分の受験番号を確認する。
ジワジワと喜びの波が押し寄せ、感慨にふけりながら涙がこぼれてきた。
要請数 |
応募者数 |
一次 |
二次 |
受験 |
合格 |
受験 |
合格 |
登録 |
40 |
172 |
127 |
79 |
76 |
33 |
10 |
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派遣国決定(2004年8月13日) |
発表当日は合否しかわからなかったが、当日発送で送られてくる速達で派遣国や派遣隊次等の詳細が通知される。
いつ、どこに派遣されるだろう?。
派遣隊次は16年度3次隊が理想。
派遣先は、無理と思うけどやっぱりベリーズがいいな。カリブ海に面し、亜熱帯性気候だが貿易風でしのぎやすい。カリブ海沿岸には珊瑚礁群が広がり、マヤ遺跡も数多く点在するという。陽気なカリビアンとラテンの魅力のある楽しそうな国。
他の要請内容と自分の経験を照らし合わせ、東欧のルーマニアと西アフリカのモロッコの要請も有力候補かなと思う。ルーマニアと言うと、あの悪名高きチャウシェスク独裁の歴史もあるが、今は落ち着き、協力隊が派遣されている国々の中では生活環境に恵まれていて、派遣先でインターネットも可能なのが嬉しい。モロッコはサハラ砂漠の果てにあるエキゾチックで不思議な魅力にあふれた国。そんな国の要請は、地方を巡回して保健衛生指導を行うが、巡回地域が広く、徒歩かラバでの移動になるとのこと。歩くのは苦ではないし、ラバに乗っての移動なんて楽しそうだ。myカーならぬmyラバが持てるのかな?(お気楽な考えばかりしててすみません…(^^ゞ)
本命ベリーズ、対抗モロッコ、穴はルーマニアが私の予想(願望)だった。(馬券予想じゃないって)
15時前、郵便屋さんのバイク音と共に速達が届く。
A4サイズの封筒をワクワクドキドキしながら開け、中身を確認すると、1番上に『二次選考結果通知』がある。
あなたは先に実施した平成16年度春募集二次選考に隊員候補生として合格しました。ついては、隊次、派遣予定国及び訓練所を下記の通り決定しましたので通知します。
合格職種 511 看護師
派遣隊次 平成16年度3次隊
派遣予定国 ニジェール
要請番号 25304009
訓練所 駒ヶ根青年海外協力隊訓練所 |
…ニ、ニジェールぅ〜〜?!
地理オタクの私、ニジェールの位置を容易に頭に思い浮かべることは出来た。ニジェールは西アフリカの内陸国、サハラ砂漠の南側で暑そうだ。言葉はフランス語圏のはずである。…って、それより要請内容は何だ?
本命予想以外にも、この国のこの要請はありかなと思うものはあったが、ニジェールからの要請は全くのノーマークだったので、浮かれ気分が一気に冷め、動揺してしまった。
詳しい要請内容は後日送られてくるとのことで、パソコンでJICAのホームページに接続して、自分が派遣されることになったこの要請の内容を確認する。
配属先は地方都市ドッソにある「ドッソ地方基礎教育識字局」、要請内容の概要は「配属先では、県内の学校保健普及を目的とした協力隊員グループ派遣が行われている。隊員はグループの一員として、児童または小学校教諭を対象とした保健衛生教育の授業を行う。また、教員用の保健教育に係る教材作成にあたり、看護師の専門知識を活かして助言や提案が求められる。隊員には、自身が有する保健衛生の知識を現地に適した形でアレンジし、地域住民、児童、教師を引き付けるアイデアの提示も求められている」…って、小学校での活動ですか??しょ、小学校??な、なぜ〜〜?!
協力隊で看護師として派遣される場合、主に『病院型』、『村落巡回型』、『教育現場型』に分かれることは知っていた。病院型は、文字通り病院や診療所で働きながら、看護師達に看護技術指導や業務改善を行ったり、患者・家族への指導を行う。村落巡回型は、診療所等に所属しながら地方を巡回し、医療行為を行ったり、地域住民に対して保健衛生教育や疾病予防等の指導を行う。教育現場型は、看護学校等で教員として活動し、看護学生の実習指導にあたったり、看護師養成カリキュラムの作成や見直しに携わったりすることが多い。
私は、自分の経験から教育現場型になる可能性はなく、病院型か村落巡回型、いずれにしても成人対象で、母子保健に携わる可能性も少ないだろうなと思っていた。それに、二次選考の技術面接で、担当の面接官から、「貴方は内科系より外科系がいい?」と言われていたので、病院の外科系病棟での要請に合格する可能性も高いかなと思い込んでいた。
…それなのに小学校での保健指導ですかぁ〜?!私、小児看護の経験は多くないんですけどぉ〜?(×_×)
気が動転していた私は、両親は勿論、医療関係の友人や先輩達にメールや電話でこの結果を知らせ、「ど、どうしよう。しょ、小学校だよ?!」と言っていた。小学校での保健衛生教育という要請内容に動揺していた私だが、周りの反応はほとんどこうだった。
「え〜?! ニジェールって…どこ?」 |
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青年海外協力隊参加同意書を送る(2004年8月25日) |
さて、選考試験に合格し、派遣先・時期が決まったからと言って、晴れて協力隊の隊員になったわけではない。今は『隊員候補生』で、派遣前訓練を終了した時にようやく隊員として認められ、正式に派遣されることになるそうだ。
派遣前訓練までに自己学習課題や技術補完研修、歯科治療等をきちんとこなし、派遣前訓練では派遣国で2年間活動を行うために必要な知識を学んで、その成果が認められないと隊員としての資格が得られない。
言い換えれば、派遣前訓練が終了するまでは協力隊員になるための選考の一過程であり、今後の結果次第では派遣が取り消されることもある。実際、派遣前訓練で語学の成績が悪かったり、体調を崩したり怪我をして派遣を取り消される人が、毎回何人かいるそうだ。
勿論、厳しい選考試験に合格したのに、周囲の理解を得られずに反対されたり、仕事等の都合がつかず、合格を辞退する人もいる。
合格発表後、まずは参加可否について、『青年海外協力隊参加同意書』もしくは『辞退届』を期限までに提出しなければならない。
私が参加予定の16年度3次隊の提出期限は8月31日必着。
さて、前回の秋募集に登録になった時、少しもめてしまった私の周りの人間関係であったが、その後話し合いと努力を続けた結果(?)、今度は反対をされることもなかった。(単に、“こいつは止められない…”とあきらめられてしまったのかもしれないが…)
しかし、今度は事の重さに私が少々ナーバスになっていた。
派遣先が決まってから本やネットでニジェールのことを調べていくうち、今更ながら不安が出てきて、行くべきかどうか迷ってしまったのだ。
ニジェールという国については『ニジェールに関する基本情報』等でも述べるとして、この頃私が得た情報から想像したイメージは『暑くて厳しく貧困にあえぐ国』だった。
国の北半分はサハラ砂漠で、最も暑い時期には気温45℃を越える。乾燥と灼熱の砂の大地ニジェールでは、大きな主要産業も無く、1人あたりの国民総所得はわずか170米ドル。貧しいといわれるアフリカの中でも最も貧しい国々の1つ。そんな状況だからか、子供の小学校就学率は3割。成人の識字率は2割強、女性に限って言えば1割にも満たない。生活環境や保健事情も厳しく、子供の福祉にきわめて重要な指標の1つである5歳未満児死亡率は常に世界のワースト5の中に入っている。ポリオ、マラリア、エイズ…その他多くの病気もあるが、きれいな水を利用したり、適切な医療施設で治療を受けられる人、そして予防接種を受けている人の割合もかなり低い。日本ではたいしたことではない病気でも、この国の子供達が命を落とすことは日常的にある。
貧困や自然環境の厳しさについては、協力隊を志した時から覚悟していたつもりだった。日本と違う厳しい不便な生活でも、自分は頑張って、そして楽しみながら生活したいと…。けれど、そんな国で自分は一体何が出来るのであろう?自分の持つ技術・経験で任務を果たすことが出来るのだろうか?
それでも、何度も行ったり来たりと考えているうちに、自分の中のポジティブな心が“そんな国だからこそ、子供に関わる活動が出来るなんて、やりがいがあって素晴らしいじゃないか”と思えるようになってきた。
国の未来を作るのは子供達、だからこそ子供は健康で元気に育って欲しい。自分が活動する小学校での保健衛生教育は、子供達に疾病を予防し、健康を維持するための知識を与えていくことになるだろう。それは、すぐに目に見えた結果は出ないかもしれない。けれど、知識によって子供達が病気から身を守り、自分達で健康について考え、疾病予防を実践出来る大人に成長していったら…。
なんとも壮大な話だが、勿論、そう上手くいくことはないだろう。たとえ結果は出せなくても、自分が行くことで彼らが何かを感じ取ってくればいい。感じてくれたことが、いつかまた別の芽を出す可能性だってある。
逆に私も、彼らから教えられること、勇気づけられることがたくさんあるだろう。協力隊は、私の持つ知識・技術を与えに行くだけが全てではない。相互理解を深めることも目的なのだから。
結果も大事だが、まずは行って見てみよう、ニジェールの風を感じてみよう、出来ることからやってみよう…。
そう考えられるようになった時、ようやく同意書を書くことが出来た。
8月25日、同意書を投函した。
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