旅の途中に 〜七月七日〜


俺達はひたすら歩きつづけていた。

山道を、何かに追われるように。

何かから逃れるように、足早に。

時折後ろを振り返る、けれどそこには誰もいない。

「……惣一」

ふいに、少し先を進んでいた女性に声をかけられる。

「なんですか、師匠」

声の主は幼馴染で俺の剣の師匠、霧さん。

「誰か追いかけてくるものはおるか?」

「いえ、誰も来ていないようです」

「そうか……何とかまいたようじゃな」

そう言って師匠は歩調を緩める。

「さすがにもう追ってこないでしょうね」

「うむ、全く、しつこい奴らじゃったのう…」

「はは……そうですね」

師匠の言葉に微笑をしながら思い返していた。

今まで俺達を追いかけてきていた奴ら。

そいつらは昨日までいた町にある道場の門下生だった。


「惣一…」

不意に師匠が立ち止まって、こっちを振りかえる。

「どうしたんですか?」

「腹が減ったのう、何か食べる物はもっておらんのか?」

…そういえば、昨日町を出たときから何も食べていない。

空を見上げると、太陽が真上に見える。

ちょうど昼時だ……だけど。

「何も無いですよ」

今、手元に食料は何も無かった。

「うぬぅ、町を出る前に何か買っておかなかったのか?」

文句を言いながらも師匠はまた歩きだした。

確かに普段なら町を出るときには、食料を含めて

必要なものを一通り買い揃えるようにしていた。

だけど、今回に限ってはそれが出来なかったのだ。

「何言ってるんですか、そんなヒマ無かったじゃないですか」

「むぅ、気の利かないやつじゃ」

「はいはい、すいませんでした」

実際、門下生に追われて、慌てて町を出たため、

諸々の用意をするひまが無かったのは事実だ。

だけど、その原因は師匠にあるような気がするんだけど…。

「まったく、なんでこんな事になったのじゃ……」

横でぶつぶつ文句を言っている使用に目を遣る。

と、唐突にこっちを向いた師匠と目が合った。

「なんじゃ、何か言いたそうだぞ」

「いえ、なんでもないですよ…」

「ふん、大体、惣一が情けないないからこんな事になったのじゃぞ」

俺が何も言わないでいると師匠がそんな事を言いだした。

「俺のせいなんですかっ?」

いくら師匠とはいえ、それは酷くないですか?

「違うのか?惣一があんな雑魚を相手にするから…」

あんな雑魚、と言うのは恐らくあの門下生たちの事だろう。

……確かに弱そうだったけど、酷い言われようだな。

「お言葉ですが師匠、あんな雑魚相手に大暴れしたのはどなたでしたか?」

そう、俺たちが門下生に追われることになった原因、

それは師匠がそいつら相手に大暴れした事にある。

事の顛末はこんな感じだ。




昨日、俺が街中を歩いていると、刀を提げた人相の悪い男が絡んできた。

そいつが自慢げにくどくど語ったところによると、

男はその町の道場で、一、二を争う程の腕の持ち主と言う事らしい。

それで、刀を提げていた俺に目をつけて修行がてらに剣の勝負をしろ、と言ってきたのだ。

その時俺は宿に師匠を待たせていたし、何より騒ぎを起こすのは嫌だったので丁重に断った。

すると男の仲間らしいのが何人か現れて、周りを取り囲んだ。

どうやらこちらに選択権はないらしい。

男も修行と言うのは口実で、単に人を切りたかっただけなのだろう。

どうしようかと考えあぐねている所へ師匠がやって来たのだが……。

師匠を見た道場の奴らがガキだとか言って色々と師匠を子ども扱いしたものだから、

師匠が本気で怒ってそいつらを切り伏せてしまい、

それに対しての報復といった形で道場の門下生が総出で俺たちを追いかけてきた。

というのが大体の事情だ。




「しかし、あやつらは儂の事を子ども扱いしおったのじゃぞ!」

師匠はその時の事を思い出したのか、少し興奮気味だ。

「確かにそうですが、それも仕方ないんじゃ…」

師匠は、俺より年上だが、その見た目から。何時も年下に見られている。

俺の妹と思われる事だって少なくない。

まぁ、背はだいぶ低いし、顔もかなり童顔。

それに、髪を二つに分けて布で縛ってあるその姿は、

子供に見られても可笑しくない程幼く見える。

「なんじゃ、お主まで儂を子供だというのか?」

…さすが師匠、鋭い。

もっとも、そんな事を言ったら斬られそうなので言わないけれど。

「いえ、そんなことは無いですよ」

「当然じゃ、あやつらも、峰打ちで済んだことを感謝すべきなのじゃ。

 それなのに、あんなに追ってきおって」

怒りいまだ冷め遣らずといったところか……。

そう言えば、師匠は全員峰打ちで仕留めていたな。

それでも十人を越す相手に傷一つ負っていないんだから、やっぱり凄い。

「惣一も、あんな奴らに良いように言わせるでない。

 お主も剣客なら、気迫で黙らせる位の事をしてみせい」

「気迫で、ですか…難しいですね」

師匠のような人ならそれも出来るのかもしれないけど。

……そういえば、あの時師匠が暴れる直前にあいつらが言った事って、


『こんなガキに守られるなんて情けない奴だな貴様は!!』


…そう、確かそんな事を言ってたよな。

あれって、師匠がガキって言われたから怒ったんだと思ってたけど。

もしかしたら………。

「なんじゃ、さっきから人の顔をじろじろ見おって」

「あ、いえ、何でもないです。すいません」

「…妙な奴じゃな。まあよい。

 それよりこの道は意外と人通りが多いようじゃな。

 うまくすれば茶屋くらいあるかも知れん。少し急ぐぞ」

そう言って師匠は足早に歩き出す。

「あ、待って下さいよ〜」

慌ててその背中を追いかける。

確かに、山道の割にはそれなりに開けているし、結構この道を遣う人は多いのかも知れない。

これなら師匠の言う通り、茶屋くらいあるだろう。

いい加減何か腹に入れないと、空腹で歩けなくなりそうだった。




それから暫く歩いた頃、不意に師匠がはしゃいだ声をあげた。

「見ろ、惣一。茶屋があるぞ、これで団子が食べられる!」

言うが早いか師匠は突然駆け出した。

「ちょっ、待って下さいよ師匠!!」

その間にも師匠はどんどん先に進んでいく。

…速い、何でこんなに速いんだこの人は。

あれだけ歩き回った後なのに。

「そういち〜、早く来るのじゃ〜」

遠くから師匠が叫ぶ。

「早いですよ〜、そんなに急がなくても団子は逃げたりしませんって〜」

「逃げなくても無くなるかもしれんぞ〜」

ああ、完全に団子食べる事しか頭に無いな…

そんなにお腹減ってたのか師匠は。




「はぁ……はぁ…やっと着いた…」

俺が茶屋に着くと、師匠は既に座って茶を啜っていた。

「お、惣一やっと来たか。遅いぞ」

「いえ、師匠が速すぎるんだと思います」

あれだけ走ってなんでそんなに平然としていられるんですかあなたは…

「団子三本、お待たせしました〜、あら?」

そこへ、店の者らしい娘が出てきた。

手に持った盆には美味そうな団子が三本ほど乗っている。

「おお、これは美味そうじゃな、さっそくいただくぞ」

そう言って早くも団子に手を伸ばす師匠、本当に嬉しそうだ。

……それはいいんだけど。

「師匠、そんなに一人で食べるんですか?」

「……?当然じゃ。何だ、分けてやらんぞ。

 食べたかったら自分で頼め」

結構食べるんだな、師匠って。

「あの〜、お客さんは何にします?」

それまで2人のやり取りを黙ってみていた娘が声をかけてきた。

「え〜っと…、桜餅と、麦湯お願いします」

「はい、かしこまりました〜」

そう言ってにこやかに店の中に戻ろうとする娘を呼び止める。

「あ、それと厠借りて良いですか」

「はい。厠なら裏に有りますから」

…実はかなり前から我慢していたのだ。

教えられた通りに厠に行こうとして、ふと立ち止まり、師匠を見る。

師匠はすでに一本目を食べ終えて、二本目に取り掛かっていた。

…凄い勢いだ。

それを見ていて、少し心配になった。

「師匠、桜餅来ても食べちゃダメですからね。俺のですから」

「…んぐっ、何を言うか、そんな事するわけないじゃろう。

 失礼な奴じゃ」

「…ならいいですけど」

どーも不安だ、早く用を済ませて戻ろう。

………

……





「ふぅ、すっきりした」

戻ってくると、すでに桜餅と麦湯が来ていた。

どうやら両方とも無事なようだ……

ってそれはいくらなんでも師匠に失礼か。

そんな事を考えながら、師匠の隣に座ろうとする。

と、その時師匠の様子がおかしいことに気づいた。

口元と喉の辺りに手を当て、身体を丸めている。

そして、時折痙攣するように小刻みに震えるからだ…

「っ!?師匠っ、どうしたんですかっ?」

慌てて師匠の肩に手をかけ、激しく揺さぶる。

「師匠っ、大丈夫ですかっ、師匠!!」

すると、師匠はようやく顔を上げて、苦しげに何か呟いた。

「……苦…し……だんご………に………」

師匠の顔は青ざめて、相当苦しそうだ。

団子に…何だ?何を言おうとしたんだ?

……毒、か?

今食べていた団子にどくが入っていたのか?

それでこんなに苦しんで……?

でも、だとしたら誰がそんな……。

いや、この状況でそれが出来るのは…。

「すいませ〜ん、お客さんちょっと…っ!どうしたんですか!?」

ちょうどそこへ店の娘がやって来た。

「きゃっ、何するんですか、いきなり…」

俺は刀を抜くと、その娘の喉下へ切っ先を突きつけた。

「貴様、この団子に何を入れた?」

そう、今毒を仕込む事が出来たのはこの娘だけだ。

「わ、私は何もしてませんよ…」

「とぼけるなよ、貴様しか毒を入れられる奴は居ないだろう?」

「っ、毒だなんて、そんな……私はただ頼まれた物を出しただけです」

頼まれた……そうか、やはり…。

「頼まれた、だと?誰に頼まれたんだ?」

件の道場の奴らか…いや、それにしては早すぎるか。

…まさか、師匠が追っているあの男!?

しかし、こちらの動きがつかまれている筈は……。

「誰にって、そこのお客さんにですよ…」

そう言って娘は師匠を指差す。

どうやら徹底的に白を切り通すつもりのようだ。

…あくまでも依頼主の名は明かさないか、いい心がけだ。

「まぁいい、では解毒剤をだせ。あるんだろう?」

「そ、そんなこと言われても…」

毒を扱う時は、自分が誤ってそれを口にしてしまったときの為に、

必ず解毒剤を用意してあるはずだ。

「出さないと……斬る」

娘は涙目で、声も出ないといった様子だ。

しかし、だからといって許す訳にはいかない。

「そ……そうい、ち…」

不意に、師匠が弱々しい声で俺を呼んだ。

「師匠っ、大丈夫なんですかっ!?」

娘をつかんでいた手を離して、勢いよく振り返る。

師匠が何か必死に伝えようとしていた。

「ち……ちゃを……はやく…」

「ちゃ?お茶ですか!?」

慌てて辺りを見回すが、師匠が飲んでいたお茶はもう空になっていた。

とりあえず俺が頼んでいた麦湯を差し出す。

「お茶はないですが、麦湯でよければ…うわっ」

師匠はひったくるように湯飲みを取ると、一息で中身を飲み干してしまった。

「んぐんぐ………ぷはぁ〜〜っ」

あぁ、俺のだったのに……。

いや、それより暑くないのか?

じゃなくて、大丈夫なんだろうか、あんなに苦しんでいたのに。

「あ〜、死ぬかと思ったぞ」

「し、師匠、もう平気なんですか?」

恐る恐る尋ねる。

「ばかものっっ!」

いきなり怒鳴られてしまった。

「何ですかいきなり!?」

訳がわからない。何で怒鳴られたんだ?

「お主は早とちりしすぎじゃっ!儂はただ、団子がのどに詰まって……」

威勢がいいのは最初だけで、最後の方は何やら歯切れが悪い言い方になったが…。

「……は?団子が、詰まった?」

って言ったよな、確かに。

「そ、そうじゃ、毒なんかではないっ」

つまり、あんまり急いで食べたもんで、喉に詰まって苦しかったと。

そういうことなんですね?

「なんだ、それならそう言ってくれれば……」

「言ったらおぬしがそれを勘違いしたのじゃ」

「え……?」

あ、そういえば、団子……に…って言ってたな。

あれあ、団子が喉に、って言ってたのか。

「すいません、俺が間違ってましたっ」

思いっきり頭を下げる。

理由はどうあれ、俺が間違えていたのは事実だし。

「良いから、そこの娘さんに謝ったらどうじゃ」

そうだ、店の娘さんにも怖い思いをさせてしまった。

「どうもすいませんでしたっ、俺の勘違いのせいで迷惑かけてしまって」

こちらにも深深と頭を下げる。本当に申し訳ないことをしてしまった。

「いえ、いいんですよ、分かってもらえたんですし。顔おあげになってください」

「はい…本当に、すいませんでした」

もう一度、今度は先ほどよりは軽く頭を下げた。

「ふふ、それにしても妹さん思いなんですね、あんなに慌てちゃって」

娘さんは楽しそうに笑いながらそんな事を言った。

…そこまで酷い慌てぶりだったんだろうか、さっきの自分は。

いや、それより、妹って言ったよな、今。

……この人も師匠を俺の妹だと思って?

「あ、いや、この人は…」

「よい、惣一、気にするな」

慌てて説明しようとする俺を師匠の声が制した。

……いつもだったら怒り出すのにどうしたんだろうか。

「でも、いいんですか?」

「今回はお主にも責任があるからな」

「………はい」

それを言われてしまうと反論のしようがない。

「ところで、何か用があったのではないのか?」

師匠が店の娘に尋ねる。

そういえば、何でこの人は出てきたんだ?

「あ、そうそう、忘れるところでした。

 よろしければお客さんもどうですか?」

はい、と差し出されたのは、細長い紙切れと、墨と筆。

「……何ですか?これは」

「ほら、今日は文月の七日じゃないですかだから…」

そこまで言われてやっと解かった。

「七夕、ですか」

「はい、そうです。毎年この時期にはここを通る旅の方に書いていってもらってるんですよ。

 ほら、今年もあんなにたくさん」

そう言って指さした方を見れば、立派な笹にたくさんの短冊が吊るされていた。

やはりこの道はかなりの人が通るらしい。

「うむ、たまにはこういうのも風情があってよいの」

…既にやる気のようだ。

実際、旅をしているとこういう事をやる機会はあまりなかったりする。

たまには、この際だから書いていこうか。

「それじゃ、俺も書かせてもらいます」

「はい、どうぞ。ちゃんと墨には朝露使ってますから、効果抜群ですよ」

嬉しそうに言いながら道具を手渡す。

さて、何をお願いしようかな……。

………。

……。

…。




「師匠、書き終わりましたか?」

「うむ、惣一はどうじゃ?」

「こっちも終わりました」

さて、後は笹にこの短冊を吊るして終わりだな。

……師匠は何を書いたのかな。

「惣一、何を書いたのじゃ?」

…考える事は一緒か。

「秘密です」

「けちな奴じゃのう、良いではないか、少しぐらい」

少しも何もないと思うけど…。

「そんなにいうなら師匠は何を書いたんですか?」

「……秘密じゃ」

やっぱり。

「じゃあ俺も秘密です」

「ぬぬ……、惣一は弟子なのだから見せるべきじゃ」

…なんて我侭な。

「駄目ですよ。ほらはやく吊るしちゃいましょう」

そう言って、笹の枝でのなるべく高い所に自分の短冊をかける。

低い所だと確実に師匠に読まれるからな。

「あっ、馬鹿者、そんな高い所にかけたら読めぬではないか!」

「読めなくていいです」

それでも師匠は背伸びをしてなんとか短冊を取ろうとする。

「ぐぬぬ……届かん…」

俺でも何とか届く位置にかけたんだから師匠が背伸びしたくらいでは当然届かない。

「う〜、てぃっ!…はぁっ!!」

「おぉ、頑張りますねぇ」

今度は飛び上がって取ろうとしている。

……そこまでして人のお願いが知りたいのだろうか。

「…とうっ!えぃ!!」

…しかし、両手もいっぱい上に伸ばしてひっしで飛び上がっているさまは、何というか。

子供のようで、とても微笑ましい。

「ははっ、頑張ってください」

思わず笑ってしまった。

「む、……かくなる上は」

…怒らせちゃったかな?

師匠は腰の刀に手をかけると…

「て、何やってんですかっ、駄目ですよっ!!」

笹を切ろうとしている。

慌てて後ろから師匠の腕を抑える。

「ええい、離せ、離すのじゃ!」

「絶対駄目ですっ」

いくらなんでもそれはいけない。

なんとしても止めなければ。

「うふふっ、本当に、仲がよろしいんですね」

唐突に後ろから笑い声。

見ると、店の娘がそこにいた。

俺達を見ながら楽しそうに笑っている。

「い、いやぁ、ははは」

なんとなく気恥ずかしくて乾いた笑いをしてしまった。

「あ〜、こほん。ところで…」

師匠もやはり恥ずかしかったのか、わざとらしい咳払いを一つして、話しはじめた。

「この辺りで一番近い町は何処になるんじゃ?」

そういえば、行き先も決めずに来たからな。

次の町の情報を仕入れておくのは大切な事だ。

「近くですか……ここからだと御津鍬ですかね」

御津鍬か…あまり聞かない地名だな。

「うむ、で、そこには剣術の道場はあるか?」

そうだ、一応俺の剣の修行という名目で旅をしているんだ。

実際、いくつかの道場で手合わせなどもして来ている。

「有りますけど……お客さん、御津鍬へ行くんですか?」

「うむ、そのつもりじゃ」

不意に、娘の顔色が変わった。

何かあるんだろうか、その御津鍬という所に。

「気をつけてください、あの町で最近妙な事件がおきてるらしいですよ」

「妙な事件…ですか?」

「はい、私もは詳しく知らないんですけれど」

茶屋という商売柄、旅人の話し相手をするつ事が多く、

そのうちの何人かからそんな話を聞いたらしい。

「解かった気をつけよう。まぁ、大丈夫じゃ」

師匠はやたら強気だ……。

確かに師匠に敵うほどの人物がそうそう居るとは思えないけど。

「ならいいですけど…本当に気をつけてくださいね」

本気で心配してくれているようだ。

根っからのいい人なんだろうな。

「はい。有り難う御座います。それじゃ、そろそろ行きますね」

そう言って、茶屋の娘に別れを告げる。

久しぶりに楽しい時間を過ごせたけれど、長居する訳には行かない。

はやく次の町へ行って、あの男の情報を探さないと……。

師匠の養父を殺した、あの男の。

……歩きながら、この先にある御津鍬に思いを馳せる。

そこには、なにがあるのだろうか。

あの男に繋がる何かがあるだろうか。

「……早く見つかるといいですね」

「何がじゃ?」

きっと解かっていて聞き返している。

「師匠の養父さんの仇ですよ」

「うむ………見つからない方がいいのかも知れんな」

「え?なんですか?」

やけに小声で言うものだからよく聞き取れなかった。

「いや、なんでもない。それより急ぐぞ。暗くなる前には着きたい」

「はいっ」

…師匠とのこのたびが続くなら、見つからなくてもいいかもな。

師匠には悪いけれど、そんな風に思った。







…二人の客が去って、静かになった茶屋。

そこの笹に吊るされたばかりの二枚の短冊。

風に揺れるその短冊に書いてある願いは………。


―― 師匠を守れるくらい強くなりたい。    惣一 ―――


―― 子ども扱いするなっ。……惣一を守る   霧  ―――



そして物語は御津鍬へ……