さつき  


――― カランカラン。

「こんにちは〜」

すっかり通い慣れた明日菜楼の扉を開け、中で待っている人、弥生さんに挨拶をする。

「あら、亮一さんいらっしゃい。今日はわざわざありがとうね」

「いえいえ、俺が言い出したことですし」

今日は4月1日。さつきちゃんの誕生日だ。

「さて、じゃあ張り切ってやりましょうか」

「フフ、期待してるわよ亮一さん」

「任せといてください。とは言っても弥生さんには敵いませんけど」

「あら、好きな人が作ってくれたものなら何だってそれが一番いいのよ。愛情がこもってれば尚更ね」

「そ、そういうもんなんですか?」

何か真顔でそんな事を言われると照れてしまう。顔が赤くなってくのが自分でも分かるほどだ。

「あ、照れてる照れてる。真っ赤になっちゃって可愛いわね」

そう言って楽しそうに笑う弥生さん。

「うぅ、からかわないで下さいよ」

「ゴメンゴメン、じゃ、始めましょうか」

更に赤くなってしまった気がする。やっぱり弥生さんにはかなわないなぁ。

さつきちゃんの誕生日という事で、ささやかな誕生日会を開く事にした。

まぁ俺が弥生さんに提案したんだけど。

本当はさつきちゃんと2人きりで過ごそううかなとも考えたけれど、止めた。

今年の誕生日は弥生さんにとっても特別な日だと思ったから。

去年の夏に色々あって、もう助からないと言われた病気を乗り越えて迎えた始めての誕生日だから。

だから皆で祝った方がいいと思った。

そんな話を弥生さんにしたら大喜びして、それなら明日菜楼でやろうという事になった。

ちなみにお店は午前中で終わりにしたそうだ。今、入り口には準備中の札がかけてある。

で、せっかくだから誕生日会の料理を自分で作ってみることにした訳だ。

一人暮らしを始めてから食事は自分で作っているからある程度ならできるし。

とはいえ、いつも作っているものなんて簡単な物ばかりだから弥生さんに手伝ってもらいながらだけど。

・・・・・・・それにしても、

「や、弥生さん、この中華鍋やけに重くないですか。片手じゃ持ち上がらないんですけど・・・」

「あらそう?それでも軽い方なんだけど・・・いつも使ってるのはもう少し重いし」

「マジですか!?もしかしてさつきちゃんもそれ使ってたりします?」

そうなんだろうか?あの細い腕でそんな事が出来るとは思えないけど・・・てそれは弥生さんも同じか。

「あの子はまだ使えないみたいね。でも今亮一さんが使ってるやつなら使いこなしてるけど」

「う、そうですか・・・」

なんてこった、じゃあ俺よりさつきちゃんの方が力があるってことなんだろうか。

・・・・・・ちょっとショックだ。

「まぁこれ使うのにもちょっとしたコツがいるからね。あまり気にしないほうがいいわよ」

「はあ・・・」

何か励まされてるし。ひょっとしてそんなに顔に出てたんだろうか。

「・・・そうね、いきなりそれは無理だったかもね。じゃあ亮一さんはこっちの野菜切っておいてくれます?」

そういって弥生さんは使っていた包丁を俺に渡すと、中華鍋を軽快なリズムで動かし始めた。

見事な手捌きだ・・・・・何となく、さつきちゃんのあの強力な拳の秘密が分かった気がする・・・

と、いけない、そんな事考えてる場合じゃない。おれも頑張らなきゃ。

誕生日会の始まる時間まで、あともう少しだ・・・

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・


「・・・ふぅ。とりあえずこんなもんですかね」

「そうですね、お疲れ様でした」

だいぶ時間はかかったけど、何とか全部完成した。

今目の前には結構な量の料理が並んでいる。ちなみに中華をちょっとアレンジした感じのものだ。

あまり誕生日会向きではないのかも知れないけれど、見た目も考えて作ったので華やかな雰囲気が出ている。

「結構いい出来じゃないですか。亮一さんなかなか筋がいいですね」

「いやいや、弥生さんのおかげですよ」

実際、半分以上弥生さんにやってもらったような気がする。

「さて、後は・・・・・・?」

と、ここまで来て急に何かを忘れているような感覚になった。

「亮一さん、どうしたの?」

「いや、な〜んか忘れてるような気がして・・・なんだろう?」

「忘れてるもの?無いと思うわよ。料理は全部出来てるし、プレゼントだって買ってあるし・・・あ!!」

突然弥生さんが大きな声を出した。どうやら何か思い出したらしい。

「イカっ、イカですよ!!」

「はっ!?イカですか??」

思わず変な声を出してしまった。いきなりイカと言われても・・・大体イカと誕生日にどんな関係が?

「凛さんに頼まれてたんですよ、誕生日会の料理にはイカ焼きを出してくれって」

「あ〜、なるほど。凛ですか。で、イカはあるんですか?」

イカ焼きを頼むなんて凛らしい・・・けどこんな時までイカ焼きとは。

「それが買い忘れちゃって、悪いけど買ってきてもらえますか?」

「はい、いいですよ。じゃあ急いで行ってきますね」

確かにイカが無いと知ったら凛が泣き出しそうだからな〜。

あまり時間も無いし、急いでいってくるか。

店を出て走りながら考える。忘れてるのってイカの事だったのかな〜?何か違う気がするけど。

まぁいいか、とりあえず今は急がないとな。

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・


魚屋でイカを買って戻ってくると、店のシャッターが閉まっていた。裏口から中へ入る。

「イカ買ってきましたよ〜」

「ご苦労様〜、今ちょうど凛さんが来たところよ」

言葉どおり、弥生さんの横には凛が立っていた。

「あ、亮一さんイカ買って来てくれたんですか、ありがとうございます。ちゃんと美味しいの選んできましたか?」

「え、いや、よく分からないから適当に・・・」

「ダメですよ!そんなんじゃ。ちゃんと選ばないと美味しいイカ焼きが出来ないじゃないですか」

う〜ん、相変わらず凛のイカへの、というよりイカ焼きへのこだわりは凄いなぁ。

凛の勢いに少し気圧されていると、テーブルの上に白い箱があるのに気がついた。

「あれ、その箱は何ですか?」

このままだと凛のイカ焼きについての講義が始まりそうだったので話を変えてみた。

「あ、これですか?これは私が作ってきたんですよ」

そう言って凛がふたを開けると、中にはケーキが入っていた。

「お、チョコレートケーキか、なかなか美味そうだね」

「そうですか、ありがとうございます」 そう言って凛は少し恥ずかしそうに微笑んだ。

あ、そうかさっき忘れていた事ってこれだったんだ。

やっと分かった。さっきまでケーキが無かったんだよな。

で、これで一通りそろった訳だけど・・・

「そういえば、さつきちゃんは今どうしてるんです?」

今日の事はさつきちゃんを驚かそうという事で、まだ本人に話していなかったりする。

「あの子は朝から葉子さんとあやちゃんと出かけてますよ」

「あ、そうですか。それなら安心ですね」

そう、準備している途中で見つかってはせっかくの計画がパーになってしまう。

「でもそろそろ帰ってくる頃だと思うわよ。夕方には帰るって言ってたし」

外はもう日も沈みかけて、綺麗な夕焼けになっていた。

「じゃあそろそろ準備しないといけませんね。とりあえず料理運んじゃいましょう」

厨房に置いてあった料理を三人でフロアに運ぶ。

そしてフロアに出ていたテーブルを何個か集めてその上にテーブルクロスをかける。

そして一つの大きなテーブルにして、その上に料理を並べた。なかなか見栄えがいい。

「さて、こんなもんかな。後はさつきちゃんの帰りを待つだけか」

と、一息つたところで葉子さんとあやがやって来た。

「おじゃましま〜す」

「葉子さん、あやちゃん、いらっしゃい」

弥生さんが出迎えた。2人とも手に何か持っているのは、プレゼントだろう。

「あれ、さつきちゃんは一緒じゃないんですか?」

弥生さんの話だと三人で出かけたはずだけど、なんでさつきちゃんだけいないんだ?

「帰りに商店街で買い物してくるように頼んだんですよ。でかける時に」

これには弥生さんが答えた。なるほど、用意周到って訳だ。

「あ、あのっ、もうすぐ来ると、思いますです」

・・・あやちゃんは相変わらずカミカミだなぁ。

でも、そうかそれなら。と、ちょっとした事を思いつく。

「じゃあ皆これを持ってて下さい」

そう言って事前に用意しておいたクラッカーを全員に渡す。

「いいですか、さつきちゃんがこの部屋に入ってきた瞬間に皆一斉に鳴らすんですよ」

そう、ちょっと脅かしてみようと思ったわけだ。何だか楽しいし。

「へうぅ・・そんな事したらかわいそうだよう・・・」

「あら、いいじゃないあや。なんだかワクワクするわ」

ちょっと及び腰なあやちゃんに対して、葉子さんはやる気充分って感じだ

「じゃあ電気も消しておいた方がいいわよね。ほら、準備はいい?」

どうやら弥生さんも楽しんでいるようだ。皆の準備が出来ているのを確認して電気を消した。

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

シャッターが閉まっているから、電気を消してしまうと店内は真っ暗になる。

その真っ暗な中で息を潜めて待つ事数分、どうやらさつきちゃんが帰ってきたようだ。

「ただいま〜。お母さ〜〜ん。頼まれたたヤツ買ってきたよ〜」

入り口の方からさつきちゃんの元気な声が聞こえてくる。

けどなかなかこっちには近づいてこない。

足音から察するに、一度自分の部屋に戻ったようだ。着替えているんだろうか。

そのうち、どこかのドアの開く音が聞こえた。さつきちゃんが部屋から出てきたんだろう。

「お母さん、いないの〜?」

弥生さんを探しているようだ。その足音が徐々に近づいてくる。

「おかしいなぁ。でかけるとか言ってなかったし、鍵も空いてたのに・・・」

・・・どうでもいいけど独り言多くないか?さつきちゃん。

「も〜、なんで何処にもいないのよ〜」

足音はついにこの部屋のすぐ側まで来た。くぅ〜、緊張してきたな〜。

「うわ、なんでここ真っ暗なのよ。まったくお母さん何処に行ったんだろう」

パチッ。

さっちゃんが部屋の電気をつけた。今だ!!

パンッ!!パパンッ!!!

「キャッ!!な、なに?」

明かりが点くと同時に皆がさっちゃんの前に出て一斉にクラッカーを鳴らした。

「さつきちゃん、誕生日おめでと〜!!」

「え、え?何、どうなってるの?何でお兄ちゃんたち・・・」

さつきちゃんは突然の出来事にだいぶ混乱してるようだ。作戦は大成功、かな。

「さつき、今日はあなたの誕生日でしょう?だから皆がお祝いに来てくれたのよ」

「え、そうなの・・・?あ、うわぁ、みんなありがと・・・」

弥生さんの言葉に少し落ち着きを取り戻して、やっと状況を理解できたらしい。

ふと見れば、さつきちゃんの目にうっすらと涙が・・・

「あれ、さつきちゃんもしかして泣いてる?そんなに嬉しかった?」

「な、泣いてないっ!」

「照れる事ないじゃいか、泣きたかったらお兄ちゃんの胸で思いっきり泣いていいんだぞ」

「う〜〜、泣いてないもんっ!お兄ちゃんのバカッ!」

ゴスッッ!!

「う、うぉ、ナイスなパンチだ」

うぅ、ちょっと調子に乗りすぎたか、さつきちゃんの強烈な右ストレートを貰ってしまった。

「さぁ、とりあえずみんな席について。せっかくの料理が冷めちゃうわよ」

弥生さん・・・そんな何事も無かったかのように・・・うぅ、痛い。

ピンポーン―――。

突然インターホンがなった。誰か来たのかな?

「あら、誰かしら?は〜い、今行きま〜す」

弥生さんが玄関へと向かう。

「あら、いらっしゃい。とりあえずあがって下さい」

「は〜い、おじゃましま〜す」

やっぱり誰か来たらしい。・・・それにしても今の声は非常に聞き覚えがあるんですが・・・

「こんばんは〜。さつきちゃん誕生日おめでとう」

部屋に入ってきた声の主は予想通り籐子、と、

「こんばんは〜、て、あれ、亮一なにやってんのさ?」

晶だった。

「いや、ちょっとな。それよりお前らこそなんでここにいるんだ?」

何か当然のように入ってきましたが。

「なに言ってんのよ。さつきちゃんの誕生日をお祝いに来たに決まってるじゃない」

いや、俺が言ってるのはそういう事じゃなくてだな。

「いや、籐子達を呼んだ覚えはないんだけど、なんで今日の事知ってたんだ?」

そう、俺は呼んでいない。となると他の人が呼んだとも考えにくい。連絡先とか知らないはずだし。

「あら、亮一は私の情報網をなめてるわね。これくらいの事はすぐに分かるんだから」

「あ〜、そうですか・・・」

何かあきれて物も言えない。そういやこいつ妙に情報収集が上手いんだよな。

「まぁまぁお兄ちゃん、せっかく来てくれたんだからいいじゃない。籐子さん、晶さん、ありがとうございます」

そう言ってさつきちゃんは優雅にお辞儀て見せた。さっき俺を殴った時とは別人のようだ。

「うん、さつきちゃんはいい子だねぇ。そんなさつきちゃんのためにコレを持ってきました!」

そう言って籐子がテーブルの上に出したのは・・・・・

「日本酒!?なに考えてんだよお前は?」

「あら、ワインとかのが良かった?亮一は日本酒好きだったはずだけど・・・」

「確かにそうだが、今はそんな事を言ってるんじゃなくてだな・・・」

「まぁいいじゃないの、今日くらい。ねぇ」

籐子は同意を求めるように弥生さんを見るが、

「ダメですよ、未成年にお酒なんて」

「ほら見ろ」

当然だ、そんなのダメに決まってる。が・・・

「でもせっかく持ってきてくれたんだし、大人だけで飲んじゃいましょうか」

あぁ、弥生さん・・・確かに間違ってはないですが・・・

「さてそれじゃ、そろそろ乾杯といきましょうか」

テーブルについたみんなの前に、弥生さんが飲み物を注いだグラスを置いていく。

さつきちゃん、あやちゃん、凛はシャンパン、もちろんノンアルコールだ。

で、それ以外の人は籐子が持ってきた日本酒。うぅ、いきなり酒臭くなった。

「さて、それではさつきちゃんの誕生日を祝って、乾杯!!」

「乾杯!!」

俺の合図でみんなが乾杯する。部屋にグラスがぶつかりあう軽快な音が響く。

「ねぇ、お兄ちゃん」

少し飲み物を飲んだ所で隣に座ったさつきちゃんが話し掛けてきた。

「ん、なんだい?」

「このお料理ってお兄ちゃんが作ってくれたの?」

「うん、そうだよ。と言っても、だいぶ弥生さんに手伝ってもらったけどね」

「そうなんだ・・・」

「どうかな、美味しい?」

何かこんなにちゃんと人に食べてもらうのは初めてで緊張してしまう。

「うん、とっても美味しいよ」

さつきちゃんは笑顔で答えてくれた。・・・良かった。

「美味しいに決まってるでしょ。亮一さんはいずれは明日菜楼を継ぐ人なんだから」

「は?弥生さん、それってどういう・・・」

だが俺の疑問はさつきちゃんの怒鳴り声にかき消された。

「ちょっとお母さん!!なに言ってんのよ!!」

「あら、だってさつきは明日菜楼を続けるんでしょ?だったら亮一さんも一緒でしょうが」

「え・・・?あっ!」

やっと弥生さんの言ってる事が解かった。それはつまり、結婚って事だ。

結婚かぁ、考えた事も無かったけど、改めて考えてみるとなんか照れるな。

「ちょっと亮一、あんた顔真っ赤よ。大丈夫?」

「う、うるさいっ」

くっそ〜、籐子のヤツ、にやにや笑って、明らかにからかってるじゃないか。

ふと見ると、さつきちゃんも俺以上に顔を赤くしていた。

「うあ?どうして2人ともそんなにあかくなってるの?」

あやちゃんの無邪気な疑問が辛い・・・

そんなこんなで楽しい夜は更けていく・・・

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・


一通り食事を終え、ケーキも食べ終わり、誕生日会も終わりに近づいた感じだ。

ふと気づくと、さつきちゃんの姿が無かった。

そういえばさっき席を立っていたような、トイレにでも行ったのかと思ったけど、どうしたんだろう?

何となく気になって探しに出てみると、玄関の扉が開いているのが見えた。

外に出てみると、さつきちゃんがいた。一人で扉の前に立って、空を見上げている。

「・・・お兄ちゃん?どうしたの」

どう声をかけようか迷っていたら先に向こうから声をかけられてしまった。

「さつきちゃんがいなかったから、探しに・・・さつきちゃんは?」

「私は・・・・・・何となく、かな。みんなはどうしてるの?」

「弥生さんは洗い物始めた。で、葉子さんはすっかり酔って籐子に絡んでる。あやちゃんにも酒飲ませて、あやちゃんは一口でつぶれた。  晶は一人で飲みまくって自滅して、凛はイカ焼き食べて満足したみたいで今は寝てる」

「そっか、葉子さんってホントにお酒強いんだね」

「いや、強いと言うか、酒癖が悪いんだ。籐子も凄いけど、それ以上だね」

「フフッ・・・ねぇお兄ちゃん、少し歩かない?」

「ああ、いいよ」

誘われるままに歩き出す。桜並木を、これは公園に向かっているんだろうか。

「桜、きれいだね・・・」

さつきちゃんが小さな声で言った。

「私、また桜が見られるなんて思わなかった・・・」

そして静かな声で語りだした。

「私、あの時はもうダメだって思った。もう絶対助からないって」

あの時というのは去年の夏の事を言っているんだろう。

あの、特別な夏。

「お医者さんもそう言ってたし、とっても苦しくて、もう死んじゃうんだって思ってた」

「でも、不思議とそれ程悲しくなかったんだよ。私の周りにはみんながいてくれたし」

「それにお兄ちゃんと恋人同士になれたから、とっても幸せだったから」

あの夏、さつきちゃんと恋人になった。それは同情からだったのかも知れない。

「でもね、ある日、突然怖くなったんだ、自分が死んでしまうのが」

「その時、すごく苦しくて、意識もはっきりしてなくて、ただあぁ、もう死ぬのか、って思ってた」

「でね、その時考えたんだ、死んじゃったら二度とお兄ちゃんにあえないんだなぁ、って」

「そしたら凄く怖くなった。せっかく恋人になれたのに、やっと再会できたのに、もう会えなくなるなんて」

例えきっかけが同情でも、さつきちゃんへの気持ちに嘘は無かったはずだ。

「そう考えたら凄く怖くなった、死にたくないって思った」

「そんな時、お兄ちゃんの声が聞こえてきたんだ。負けるな、頑張れ、って」

だけどたった一つ、どうしても拭いきれないたった一つの後悔。

「それを聞いて、生きなきゃ、って思えた。待ってくれる人がいるんだって」

「だから私は助かったんだよ。全部お兄ちゃんのおかげだよ」

「でも、今でも時々不安になるんだ。ホントはまだ治ってないんじゃないか、って」

「いつかこの幸せな時間がきえてしまうんじゃないか、って気がしちゃう。そんなはず無いのに」

その不安は俺のせいかもしれない。中途半端だった、あの頃の俺の。

いつのまにかあの公園に着いていた。2人のおもいでの場所。

「大丈夫だよ、さつきちゃん。何があっても俺が傍にいるから」

そう言ってさつきちゃんを強く抱きしめる。

「うん、そうだよね、ありがと、お兄ちゃん」

しばらくそうした後、身体を離すと俺はポケットの中から小さな箱を取り出した。

「はい、さつきちゃん。誕生日プレゼント」

「え、ありがとう、開けていい?」

「もちろん、気に入ってくれるといいけど・・・」

ゆっくりと箱をあけるさつきちゃん。気に入ってくれるだろうか。

「わぁ、可愛い・・・ありがとう。これ、お兄ちゃんが選んだの?」

「うん、どんなのがいいかわからなくて、それにしてみたんだけど、どうかな」

箱の中身は天使の羽をかたどった小さな銀のイヤリング。あの赤い靴にあいそうだったから。

「うん、とっても可愛いよ。あ、そうだ、今度のデートの時コレ着けて行くね。あの赤い靴履いて」

「楽しみにしてる」

嬉しそうに笑うさつきちゃん・・・その笑顔をずっと見せていて欲しい。

だから、言わなくちゃ、さつきちゃんを不安にさせているものをとりのぞかなくちゃいけない。

「それで、さつきちゃん、大事な話があるんだ」

「な、なあに、急に改まって・・・」

途端に不安そうな顔になるさつきちゃん。でも、大丈夫、すぐに笑ってくれるはず。

「俺が大学を卒業したら、一緒に東京に来て欲しいんだ」

あの日、さつきちゃんに言われた事。

「え、いいけど、それって前に私から言った事じゃない・・・」

そう、でもその時の答えがきっと君を不安にさせているはずだから。

「そう、でもあの時の俺の答えはさつきちゃんのための答えだった」

「え、どういうこと?」

「あの時さつきちゃんが病気だったから、それを知っていたから、少しでも元気付けようと思って・・・」

「いや、少し違う、さつきちゃんにいい思い出を残してあげたかったから出た答えなんだ」

あの時は、さつきちゃんの死を諦めかけていた。

「だから今度は、俺のために、さつきちゃんと一緒にいたいから、さつきちゃんが好きだから」

「だから言うんだ。一緒に、東京に来て欲しい」

・・・さつきちゃんは今どんな気持ちなんだろうか、怒っているのだろうか。

肩が細かく震えている。

「さつきちゃん・・・」

そっと肩に手をかける。と、さつきちゃんが抱きついてきた。

「お兄ちゃん・・・うれしい、嬉しいよ。私、ずっと・・・・」

言われなくてもその先は想像できた。不安だったんだ、俺の気持ちが死にそうな自分に対する同情じゃないかって。

「ごめんね、さつきちゃん、こんなに不安にさせて」

「ううん、いいよ、やっと伝わったから、お兄ちゃんの事大好きだから・・・」

泣いていた、さつきちゃんも俺も。でもこれでやっと、本当に一つになれた気がする。

「さつきちゃん・・・」

「お兄ちゃ・・・・ん、んぅ」

口付けを交わす。あの日と同じように、あの日よりも深い絆に結ばれて。

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・


帰り際、満開の桜並木の下でさつきちゃんが言った。

「お兄ちゃん、これからもずっと一緒だよ。約束だからね」

「もちろん、て約束するまでもないけどね」

「そうだよね、私たちは・・・」

『奇跡で結ばれた特別な2人、だからね』

満開の桜並木の下、二人の声が重なった。


END