「来るかな・・・来ないよね」
二人で決めた待ち合わせ場所。
突然降りだした激しい雨を避けて、木陰に立ち尽くした。
もうすでにびしょ濡れになっている身体に、蝉の声が降り注ぐ。
約束の時間をだいぶ過ぎて。
いつも時間に遅れてくるのは私の方だったのに。

ただ立ち尽くす私の前を、楽しげに通り過ぎていく、
浴衣姿の女の子たち。
きっと皆で花火大会に行くんだろうな。
一人で歩いてる子は、これから恋人との待ち合わせに向かうのかも知れない。


「・・・浴衣、買えばよかったかなぁ」
そんな子達を見ながら、あいつの事を思い出す。




中学入学式の日。
何となく退屈だった私は、たまたま席が隣だったあいつに何となく話し掛けた。
始まりは、ただ何となく。
私はいつだってそうだった。
相手が誰だって関係なく、自分から話し掛けて。
すぐに相手と打ち解けられた。
もちろん、男だとか女だとか、そんな事は全然気にしてなかった。
中には、それが気に入らない子もいたみたいで
いろいろな事を言われたりもしたけれど。
それでも、私は自分がやりたいようにやっていて、それで良いと思っていた。


・・・あいつは、そんな私の事を当り前のように受け入れてくれた。
もちろん最初は驚いてたみたいだったけど、
それからすぐに、普通に接してくれた。
それが私には気持ちよかったんだ。

…やっぱり、私はいろいろな事を気にしていたのかもしれないね。



それから、二度のクラス替えの後。
三年生になっても同じクラスで居られた私たちは、
親友、と言っても良かったと思う。
男だからとか、女だからとかそんな事は関係なく、
仲のいい友達で、それがずっと続いていくと思ってた。


今日の花火大会も、二人で行こうって約束したんだ。
どうせお互いに恋人なんかできないんだし、って。

その時に、せっかくだから浴衣でくれば、って言われたんだ。
でも私は、浴衣なんて持ってないし、面倒だからって笑い飛ばした。
本当は、少し恥ずかしかったんだ。
いつもの私は全然女の子っぽい格好なんてしないから。
あいつは、そんなの似合わないか、って言って笑ってた。
それがちょっと悔しくて、今日はちょっと頑張ってみたのにな。

とうとう好きな人でも出来たの? 何て冷やかされながら
お姉ちゃんからワンピースを借りて。
歩きづらいけど、ヒールの高いサンダルも借りて。
変じゃない? 何て何度もお姉ちゃんい聞いて呆れられたりもして。

あぁ、そういえば夕立でもうびしょ濡れになっちゃったな。
後でお姉ちゃんに謝らなくちゃ。
…もう来ないかな。
あんな事あったんだし、来ないよね。



いつからか私は、君の事がとても気になるようになっていた。
どこにいて、何をしてるのか。
君が他の女の子と話しているのを見ると、
何故だかとても落ち着かない気持ちになったりもして。

君はよく、最近流行りの歌手の話を女の子達としていたから。
私も少しはそういう話ができるようにならなくちゃ、って思って。
普段見ない歌番組を見たり、雑誌を立ち読みしたりもしたんだ。

でも、きっとそれがいけなかったんだね。
いつものように二人で帰る道の途中、その事で君と言い合いになった。
君にしてみればいつもの軽口のつもりだったんだと思う。
でも、その時の私にはとても悲しい言葉だったんだよ。
私は君と話したいから頑張ってたのに、って。
…それも、結局は勝手な一人よがりだったんだけど。

それで最後に、私は君に酷い事を言って逃げ出してしまった。
ダメだって分かってたのに。
いつもみたいに笑って済まさなきゃ、って思ったのに。
それでも、泣いてしまったから。
そんなところを見られてなかったから。



それ以来、会う事も出来ないまま、今日を向かえて。
約束の場所、約束の時間に、君は来なくて。
私はそれを確かめる事も出来なくて。
夕立のせいにして、木陰に隠れるように立っていたんだ。

怖かったから。

君が来ない事も、
君が来たと気に、何を言えばいいのかわからない事も。



もう、帰ろう。
帰ってお姉ちゃんに謝らなきゃね。
お姉ちゃん、このワンピース気にに言ってたから…。

「……え?」

帰ろうと、それまで立っていた場所から足を踏み出して、
ふと君の家の方を見たとき、
一瞬だけ、君の後姿が見えたような気がした。

でも、違うのかも知れない。
ずっと待ってたから、そう見えただけだったのかもしれない。
それに、もし君だったとしても、もう声は届かないかな。

ホントは今日、君に伝えようと思っていた言葉。

二人でお祭りに行って、色んな夜店をみてはしゃいだりして。
それから、綺麗だけどはかない花火を見上げて。
そして、家に帰る前に、君に伝えようと思ってたんだよ。


「私は、君の事が大好きなんだよ…?」





家に着いた頃には、雨はすっかり上がって、晴れ間が見えてきていた。
ドアの前に立ち止まって、深呼吸。
元気良く、笑顔で。
そしてまず、お姉ちゃんに謝る事。

「…よし」

意味もなく勢いをつけて、ドアを開ける。


「ただいまーっ!」

すぐに奥の部屋からお姉ちゃんが出てきた。

「おかえり、あれ?あんた今日は花火じゃ…ってどうしたの、びしょ濡れじゃない」

「うん、そうだったんだけどね…

いきなり暗くなってどうする。
笑って、謝らないと。

「それよりごめんね、夕立でせっかく借りた服びしょびしょになっちゃって」

「そんな事はいいんだけど…」

「ホントごめんね、お姉ちゃんのお気に入りだったのに」

「いいわよ。それよりシャワー浴びてきちゃいな、風邪ひくよ」

「うん、そうするー、ありがとう」

よし、何とか乗り切ったかな。
お姉ちゃんには心配かけたくないしね。



シャワーを浴びている間、ずっとあいつの事ばかり考えていた。
今日来なかった事。
最後に会った時のあいつの顔。
…今までいっぱい遊んだ事。
ずっと、ずっと楽しかった事。
これからも、変わらずに一緒にいると思ってたのに。

…どこで、変わっちゃったんだろう。

…もう、だめなのかな。





「お、やっと出たわね」

シャワーを浴び終わった頃には、明るく笑って、なんて出来なくなっていた。

「ほら、西瓜切ってあるから、こっちで一緒に食べよう?」

そう言って、お姉ちゃんは縁側に座って私を呼んでくれた。
心配、してくれてるんだろうな。
隣に座りながら、思った。

縁側は、雨上がりの爽やかな風と、夏の陽射しが気持ちよかった。

「あ、虹が出てる…」

お姉ちゃんの声に空を見上げると、

夏の空に、鮮やかな、虹。

私はしばらくそれに見とれていた。
「何かあったの?」

ふとかけられた声に我に返ると、お姉ちゃんがじっと私を見ていた。

「ううん、なんにもないよ…」

「そっか…。 でも、我慢しないで、泣きたいときは泣いていいんだよ」

お姉ちゃんは優しい顔で、そう言ってくれた。
その時ようやく、自分が泣いていた事に気がついた。

「なんでも…ないのにな……」

「そっか、なんでもないか」

突然、柔らかい感触に包まれる。
お姉ちゃんの胸に、私は抱きしめられていた。

「なんでも、ない………」

そういいながら、流れる涙は、止まらなかった。

「うんうん、何でもないよね。だから、泣いちゃえばすっきりするよ」

「うぅ…うぁぁ……うわぁーーーー」

「……よしよし」

子供みたいに声をあげて泣きながら。
お姉ちゃんの腕の中で。
温かい手のひらの感触を頭に感じて。

私は、
これが私の始めての恋だった事。
それが、もう終わってしまったんだと言う事を。
やっと気がついたんだ。



「………落ち着いた?」

「………うん、ごめんね」

「よしよし…ほら、西瓜たべな」

「……ありがとう」

そう言ってお姉ちゃんから渡された西瓜は
とても甘くて美味しかったけれど、
少し、しょっぱかった。