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野ざらし紀行 |
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芭蕉は、門人の千里を伴い、貞享元年（1684）8月から翌年4月にかけて故郷の伊賀上野に旅をしました。
芭蕉41歳の時で、奥の細道への旅の5年前のことです。その旅路で記録した俳諧紀行文が「野ざらし紀行」で、
題名は、本文中の最初の句 「野ざらしを 心に風の しむ身哉」 から来ています。 野ざらしとは”野に晒されたしゃれこうべ”を意味しますが、旅立つ芭蕉の心境はどのようだったのでしょうか。 ”俳聖と言われ、功成り名遂げてもうやり残したことはない。この旅で野垂れ死にするも本望。”、 あるいは、”さらなる俳諧の深みを追求するには、これから幾多の厳しい旅に出なければならない。 もしかするとこの旅の途中で朽ち果てるかもしれぬ。”という心境だったのかも ・・・ 。 
この旅では、芭蕉は、深川の芭蕉庵を立ち、東海道から伊勢路に入り、まず伊勢神宮に詣でました。 （  のルート）その後、故郷伊賀上野に行き、兄と会い、母の墓参をしてから、同行の千里の故郷である大和・竹の内を訪れ、 一人で吉野に行き古の郷愁に浸っています。（  のルート）その後、大垣、桑名、熱田、名古屋に行ってから （  のルート）、
再び伊賀上野に戻り越年します。（ のルート）故郷で年を越した後、奈良東大寺を見てから京に行き友人と旧交を暖めて、 その後に、大津、水口、熱田と東海道を下り、途中で甲斐の谷村に立ち寄って一路江戸に向かいました。 （  のルート）上図は旅路のおおまかなルートですが、以下の紀行文の場所欄に同じ番号を示しています。 |
| （場所） | 野ざらし紀行 本文 | （備考） |
| 江戸 |
千里に旅立ちて、路粮(*1)をつゝまず、
三更月下(*2)無何(*3)に入ると云けむ、
むかしの人の杖にすがりて、貞享 甲子(*4)秋八月江上の破屋(*5)を出づる程、
風の声そゞろ寒げ也。 野ざらし(*6)を 心に風の しむ身哉 秋十とせ 却て江戸を 指故郷 （芭蕉庵）
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(*1) 道中の食料のこと (*2) 夜更けの月明かりの下 (*3) 何の準備もしないこと (*4) 干支の第一番目、すなわち元年。貞享年間（1684-1687）は徳川第5代将軍綱吉の時代 (*5) 隅田川近くの芭蕉庵 (*6) 野に晒したしゃれこうべ |
| 箱根 |
関(*1)越ゆる日は、雨降りて、山皆雲にかくれけり。 霧しぐれ 富士を見ぬ日ぞ 面白き | (*1) 箱根の関所 |
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何某千里(*2)と云けるは、此たび路のたすけとなりて、萬いたはり心を尽し侍る。
常に莫逆(*3)の交ふかく、朋友信有哉、此人。 深川や 芭蕉を富士に 預け行く 千里 | (*2) 芭蕉に同行した門弟 (*3) 親密な間柄のこと | |
| 富士川 |
富士川のほとりを行くに、三つばかりなる捨子の、哀げに泣く有り。此の川の早瀬にかけて浮世の波をしのぐにたへず、露ばかりの命まつ間と、捨て置きけむ、小萩がもとの秋の風、こよひや散るらん、あすやしほれんと、袂より喰物なげて通るに、 猿を聞く人(*1) 捨子に秋の 風いかに いかにぞや、汝父に悪まれたるか、母に疎まれたるか。父は汝を悪むにあらじ、母は汝を疎むにあらじ。唯これ天にして、汝が性の拙なきを泣け。 | (*1) 中国の詩人杜甫の詩に由来する。わが子を人にさらわれ嘆き苦しむ母猿の泣き声を聞くように切ない気持ちを表している。 |
| 大井川 |
大井川越ゆる日は、終日雨降りければ、 秋の日の雨 江戸に指おらん 大井川 千里 馬上吟 道のべの 木槿は馬に くはれけり | |
| 小夜の中山 |
二十日余りの月のかすかに見えて、山の根際いと闇きに、馬上に鞭を垂れて、数里いまだ鶏鳴ならず。杜牧(*1)が早行の残夢、小夜の中山(*2)に到りて忽驚く。 馬に寝て 残夢月遠し 茶のけぶり | (*1) 唐の詩人 (*2) 掛川と金谷の境にある峠 |
| 伊勢神宮 |
松葉屋風瀑(*1)が伊勢に有りけるを尋ね音信れて、十日ばかり足を留む。
腰間に寸鉄(*2)をおびず、襟に一嚢(*3)を懸けて、手に十八の珠(*4)を携ふ。僧に似て塵あり。俗に似て髪なし。我僧にあらずといへども、浮屠(*5)の属にたぐへて、神前に入る事をゆるさず。 暮れて外宮に詣で侍りけるに、一ノ華表(*6)の陰ほのぐらく、御燈処々に見えて、また上もなき峰の松風、身にしむばかり、深き心を起して、 みそか月なし 千とせの杉を 抱くあらし | (*1) 芭蕉の朋友 (*2) 脇差のこと (*3) 頭陀袋のこと (*4) 数珠のこと (*5) 僧侶のこと (*6) 華表とは、鳥居のこと |
| 西行谷 |
西行谷の麓に流れあり。女どもの芋洗ふを見るに、 芋洗ふ 女西行ならば 歌よまむ | |
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其の日のかへさ、ある茶店に立寄りけるに、てふといひける女、あが名に発句せよと云ひて、白き絹出しけるに書付け侍る。 蘭の香や てふの翅に たき物す | ||
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閑人の茅舍(*1)をとひて 蔦植て 竹四五本の あらし哉 | (*1) 草庵のこと | |
| 伊賀上野 |
長月(*1)の初め、故郷に帰りて、北堂の萱草(*2)も霜枯れ果てて、今は跡だになし。何事も昔にかはりて、同胞
(*3)の鬢白く、眉皺よりて、たゞ命有りてとのみ云ひて言葉はなきに、兄の守袋をほどきて、母の白髮をがめよ、浦島の子が玉手箱、汝が眉もやゝ老いたりと、しばらく泣きて、 手にとらば 消えん涙ぞあつき 秋の霜 | (*1) 9月 (*2) 中国の故事。北堂は母親が住まいとした堂、転じて母、萱草は忘れ草のこと (*3) ここでは身内の意 |
| 竹の内 |
大和の国に行脚して、葛下の郡(*1)竹の内(*2)と云ふ所にいたる。彼の千里が旧里なれば、日ごろとゞまりて足を休む。 わた弓や 琵琶になぐさむ 竹のおく | (*1) 現在の奈良県北葛城郡のあたり (*2) 現在の北葛城郡當麻町の竹内地区 |
| 二上山 |
二上山(*1)当麻寺(*2)に詣でて、庭上の松を見るに、凡そ千歳もへたるならん。大いさ牛をかくす共いふべけん。かれ非情といへども、仏縁にひかれて、斧斤の罪(*3)を免がれたるぞ、幸にしてたつとし。 僧朝顔 幾死にかへる 法の松 | (*1) 大和国（葛城市）と河内国（南河内郡）の境の金剛山地にある山 (*2) 奈良県葛城市にある白鳳時代に創建された名刹 (*3) 斧で切り倒される罪のこと |
| 吉野 |
独り吉野の奥にたどりけるに、まことに山深く白雲峯に重なり、煙雨谷を埋んで、山賤(*1)の家所々にちひさく、西に木を伐る音東に響き、院々の鐘の声心の底にこたふ。昔より此の山に入りて世を忘れたる人の、多くは詩にのがれ、歌にかくる。いでや唐土(*2)の廬山(*3)といはんもまたむべならずや。
ある坊に一夜をかりて 砧打つて 我に聞せよや 坊が妻 | (*1) 木こりのこと (*2) 中国 (*3) 中国江西省の名山 |
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西上人の草の庵の跡は、奥の院より右の方二町ばかり分け入るほど、柴人(*3)の通ふ道のみわづかに有りて、さがしき谷を隔てたる、いとたふとし。かのとく／＼の清水(*4)は昔にかはらずとみえて、今もとく／＼と雫落ちける。 露とく／＼ 心みに浮世 すゝがばや | (*3) 芝刈りする人 (*4) 西行が汲んでゐたといふ岩間から落ちる苔清水のこと | |
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若しこれ扶桑(*5)に伯夷(*6)あらば、必ず口をすすがん。もしこれ許由(*7)に告げば、耳を洗はん。山を登り坂を下るに、秋の日既に斜になれば、名ある所々見残して、まづ後醍醐帝(*8)の御廟を拝む。 御廟年経て 忍は何を しのぶ草 | (*5) 日本 (*6) 周の国の高潔の士 (*7) 中国の伝説上の皇帝 (*8) 鎌倉末期、吉野の山に南朝を立てた天皇 | |
| 不破の関 |
大和より山城を経て、近江路に入て美濃に至る。今須(*1)・山中を過ぎて、いにしへ常盤(*2)の塚有り。伊勢の守武(*3)がいひける、義朝(*4)殿に似たる秋風とは、いづれの処か似たりけん。我も又、 義朝の 心に似たり あきの風 不破 秋風や 藪も畠も 不破の関(*5) | (*1) 中山道宿 (*2) 源義朝の妻 (*3) 俳諧連歌師 荒木田守武 (*4) 源義朝 (*5) 関が原にある古くからの関 |
| 大垣 |
大垣にとまりける夜は、木因(*1)が家をあるじとす。武蔵野を出でし時、野ざらしを心に思ひて旅立ちければ、 死にもせぬ 旅寝の果よ 秋の暮 | (*1) 芭蕉の朋友 |
| 桑名 |
桑名本当寺(*1)にて 冬牡丹 千鳥よ雪の ほとゝぎす | (*1) 慶長元年（1596）、京都本願寺の教如上人によって開創された真宗大谷派桑名別院本統寺 |
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草の枕に寝あきて、まだほの暗きうちに浜のかたへ出でて、 明ぼのや しら魚しろき こと一寸 | ||
| 熱田 |
熱田(*1)に詣 社頭大いに破れ、築地は倒れて草むらにかくる。かしこに縄を張りて小社の跡をしるし、ここに石を据えて其の神と名のる。よもぎ・しのぶ、こころのまゝに生えたるぞ、なか／＼にめでたきよりも心とまりける。 しのぶさへ 枯れて餅買ふ やどり哉 | (*1) 熱田神宮のこと。熱田神宮の門前町が、東海道でも最大の宮宿。ここと桑名宿との間は海上七里の渡しで往来した |
| 名護屋 |
名護屋に入る道のほど諷吟す。 狂句木枯の身は 竹斎に 似たる哉 草枕 犬も時雨るゝか 夜のこえ | |
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雪見にありきて 市人よ この笠売らう 雪の傘 | ||
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旅人を見る 馬をさへ ながむる雪の 朝哉 | ||
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海辺に日暮して 海くれて 鴨のこえ ほのかに白し | ||
| 伊賀上野 |
爰に草鞋をとき、かしこに杖を捨てて、旅寝ながらに年の暮ければ、 年暮ぬ 笠きて草鞋 はきながら といひ／＼も山家に年を越して、 誰が聟ぞ 歯朶に餅おふ 丑の年 | |
| 奈良 |
奈良に出づる道のほど 春なれや 名もなき山の 薄霞 | |
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二月堂(*1)に籠りて 水とり(*2)や 氷の僧の 沓の音 | (*1) 奈良時代に創建された奈良東大寺の仏堂 (*1) 東大寺二月堂で行われる修二会の儀式で、かっては旧暦2月1日から15日まで行われた | |
| 京 |
京にのぼりて、三井秋風(*1)が鳴滝(*2)の山家をとふ。 梅林 梅白し 昨日や鶴を 盗まれし 樫の木の 花にかまはぬ すがたかな | (*1) 京都の俳人、芭蕉の朋友 (*2) 京都右京区の地名 |
| 伏見 |
伏見西岸寺(*1)任口上人に逢うて 我がきぬに ふしみの桃の 雫せよ | (*1) 京都伏見にある浄土宗の寺で、天正18年（1590）雲海上人によって創建された |
| 大津 |
大津に至る道、山路(*1)を越えて 山路来て 何やらゆかし すみれ草 | (*1) 逢坂山を越える道。逢坂山は、古代より逢坂の関があった交通の要衝で、東山道と北陸道が交わる名勝の地 |
| 辛崎 |
水(*1)の眺望 辛崎(*2)の 松は花より 朧にて | (*1) 琵琶湖の水 (*2) 近江八景（比良の暮雪、堅田の落雁、三井の晩鐘、粟津の晴嵐、石山の秋月、瀬田の夕照、矢橋の帰帆、唐崎の夜雨）の一つである唐崎のこと |
| 水口 |
水口(*1)にて二十年を経て、古人に逢ふ 命二つの 中に生きたる 桜哉 | (*1) 東海道の宿 |
| 熱田 |
伊豆の国蛭が小島の桑門(*1)、これも去年の秋より行脚しけるに我が名を聞きて草の枕の道づれにもと、尾張の国まで跡をしたひ来たりければ、 いざともに 穂麦喰らはん 草枕 | (*1) 僧侶 |
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此の僧我に告げていはく、円覚寺大顛和尚今年睦月(*2)の初め、遷化(*4)し給ふよし。まことや夢の心地せらるゝに、まづ道より其角(*3)が許へ申し遣しける。 梅こひて 卯花拝む なみだ哉 | (*2) 一月 (*3) 高僧が死ぬこと (*4) 芭蕉の門弟 | |
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杜国(*3)におくる 白芥子(*4)に 羽もぐ蝶の 形見哉 | (*3) 名古屋の米商人で、芭蕉の友人 (*4) ケシ科の一年草 | |
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二たび桐葉子(*4)がもとに有りて、今や東に下らんとするに、 牡丹蘂(*5)ふかく 分け出る蜂の名残哉 | (*4) 熱田の旅亭桐葉の主で、芭蕉の友人 (*5) 花びらのこと | |
| 甲斐山中 |
甲斐の山中(*1)に立ちよりて、 行く駒の 麦に慰む やどり哉 | (*1) 芭蕉が過ごしたこともある谷村のこと |
| 江戸 |
卯月(*1)の末、庵(*2)に帰りて旅のつかれをはらすほどに、 夏衣 いまだ虱を とりつくさず | (*1) 4月 (*2) 深川の芭蕉庵 |