1954年 初のリーグ制覇で日本一

 天知俊一監督のもと、初のリーグ制覇で日本一の栄冠を勝ち取った。その原動力となったのは杉下茂で、
フォークを武器に32勝をあげ、最多勝、防御率1位、沢村賞などのタイトルを獲得。
日本シリーズでも4試合に登板し、3勝1敗と大車輪の活躍をした。巨人との接戦を制し、
全球団に勝ち越しという完全優勝を果たしたドラゴンズは、日本シリーズで西鉄を4勝3敗で下している。

チーム

監督

試合

勝利

敗北

引き分け

勝率

ゲーム差

チーム打率

チーム防御率

中日ドラゴンズ

天知俊一

130

86

40

4

683

/

256

2.32

読売ジャイアンツ

水原 茂

130

82

47

1

636

5.5

271

2.38

大阪タイガース

松木謙治郎

130

71

57

2

555

16.0

266

2.78

広島カープ

白石勝巳

130

56

69

5

448

29.5

245

3.81

国鉄スワローズ

藤田宗一

130

55

73

2

430

32.0

258

3.34

大洋松竹ロビンス

永沢武夫

130

32

96

2

250

55.0

227

4.13

1974年 巨人のV10を阻止

 長嶋・王らを擁し、不滅の大記録10連覇という巨人の夢を打ち砕いての、与那嶺監督率いる20年ぶりの
リーグ制覇だった。星野仙一、木俣達彦、高木守道、大島康徳、井上弘昭ら名選手を擁し、
9月3日に待望の首位に立つと、10月12日、中日球場での大洋戦に勝利し、リーグ制覇を決めた。
 常勝巨人軍を下しての優勝に名古屋の街はドラゴンズ一一色に染まり、そんなフィーバーぶりを受けて、
「燃えよドラゴンズ」という現在にまで至る名応援歌が生まれた。

チーム

監督

試合

勝利

敗北

引き分け

勝率

ゲーム差

チーム打率

チーム防御率

中日ドラゴンズ

与那嶺要

130

70

49

11

588

/

264

3.75

読売ジャイアンツ

川上哲治(

130

71

50

9

587

0.0

253

3.05

ヤクルトスワローズ

荒川 博

130

60

63

7

488

12.0

233

3.14

阪神タイガース

金田正泰

130

57

64

9

471

14.0

237

3.45

大洋ホエール

宮崎 剛

130

55

69

6

444

17.5

265

4.28

広島東洋カープズ

森永勝也

130

54

72

4

429

19.5

242

3.61

1982年 近藤監督、「野武士野球」で優勝

 宇野、中尾など個性的な選手が野性味あふれる野球を展開。野武士野球といわれた。
大洋との最終戦、勝つか引き分けで中日の優勝が決まる大一番。近藤監督は選手の緊張を和らげるために、
ベンチ裏にビール1ダースを持ち込んで、試合に臨んだといわれる。「ミラクル」と評されたほど、
奇跡の逆転勝ちを演じたこのシーズン、「ドラゴンズは、勢いに乗れば怖い」というイメージも定着した。

チーム

監督

試合

使用李

敗北

引き分け

勝率

ゲーム差

チーム打率

チーム防御率

中日ドラゴンズ

近藤貞雄

130

64

47

19

577

/

266

3.27

読売ジャイアンツ

藤田元司

130

66

50

14

569

0.5

2537

2.93

阪神タイガース

安藤統夫

130

65

57

8

533

4.5

262

3.44

広島東洋カープ

古葉竹識

130

59

58

13

504

8.0

2544

3.30

横浜大洋ホエールズ

関根潤三

130

53

65

12

449

14.5

250

3.92

ヤクルトスワローズ

武上四郎

130

45

75

10

375

23.5

240

3.64

1988年 12ゲーム差をつけての独走V

 星野監督就任2年目、、ロッテから落合博満を獲得。「落合効果」が随所に表れるとともに、
またこの年、PL学園から立浪和義を獲得。チームのムードは自然と高まっていった。
そして、10月7日ナゴヤ球場で、、このシーズンMVPに輝いた郭源治が涙の胴上げ投手となり、
見事にリーグ制覇を達成した。

チーム

監督

試合

勝利

敗北

引き分け

勝率

ゲーム差

チーム打率

チーム防御率

中日ドラゴンズ

星野仙一

130

79

46

5

632

/

258

3.20

読売ジャイアンツ

王 貞治

130

68

59

3

536

12.0

268

3.09

広島東洋カープ

阿南準郎

130

65

62

3

512

15.0

244

3.06

横浜大洋ホエールズ

古葉竹識

130

59

67

4

468

20.5

273

3.93

ヤクルトスワローズ

関根潤三

130

58

69

3

457

22.0

246

3.79

阪神タイガース

村山 実

130

51

77

2

398

29.5

248

3.82

1999年 ナゴヤドーム初優勝

 星野監督は、今までの狭いナゴヤ球場からナゴヤドームになり、長打力を重んじる野球から
機動力を取り入れた野球にきりかえる。これが、見事功を奏し、 優勝。李、関川らが
機動力野球を展開するとともに、ゴメス、井上らが長打力を発揮。投手陣では、野口.岩瀬.サムソらの
活躍があった。。開幕11連勝はこの年だった。

チーム

監督

試合

勝利

敗北

引き分け

勝率

ゲーム差

チーム打率

チーム防御率

中日ドラゴンズ

星野仙一

135

81

54

0

600

/

263

3.39

読売ジャイアンツ

長嶋茂雄

135

75

60

0

556

6.0

265

3.84

横浜ベイスターズ

権藤 博

135

71

64

0

526

10.0

294

4.44

ヤクルトスワローズ

若松 勉

135

66

69

0

489

15.0

264

4.23

広島東洋カープ

達川晃豊

135

57

78

0

422

24.0

260

4.78

阪神タイガース

野村克也

135

55

80

0

407

26.0

259

4.04

2004年 落合監督就任1年目でリーグ制覇


 オリンピックへのプロ選手の派遣、球界再編問題で大きく揺れたこの年に監督に就任した落合は、
「オレ流」といわれた独自の練習方法、選手起用などで見事にセリーグ優勝。
投手を中心とした守りの野球が栄光を勝ち取った。
 日本シリーズは、伊藤監督と新人監督同士の対決となったが、西武のカブレラなど
強力クリーンアップの前に、3勝4敗と敗れ、50年ぶりの日本一はならなかった。

チーム

監督

試合

勝利

敗北

引き分け

勝率

ゲーム差

チーム打率

チーム防御率

中日ドラゴンズ

落合博満

138

79

56

3

585

/

274

3.86

ヤクルトスワローズ

若松 勉

138

72

64

2

529

7.5

2754

4.70

読売ジャイアンツ

堀内恒夫

138

71

64

3

526

8.0

2749

4.50

阪神タイガース

岡田彰布

138

66

70

2

485

13.5

273

4.08

広島東洋カープ

山本浩二

138

60

77

1

438

20.0

276

4.75

横浜ベイスターズ

山下大輔

138

59

76

3

437

20.0

279

4.47

2006年 落合竜V奪回 感涙の優勝シーン

 V奪回を目指した落合竜は、監督自ら「高校野球戦法」と語る手堅い作戦に、
ウッズ、福留を中心とした強力打線と川上、岩瀬を中心とした磐石の投手陣で夏場に独走態勢を築いた。
しかし、終盤、阪神に猛追にあい苦しみながらたどり着いたゴールに、落合監督は東京ドームでの
インタビューで人目もはばからずに号泣し、多くのドラゴンズファンを感動させた。
 日本シリーズでは、引退宣言した新庄の「エンジョイ・ベースボール」と
「落合野球」の対照的なスタイルが世間の話題をさらった。

チーム

監督

試合

勝利

敗北

引き分け

勝率

ゲーム差

チーム打率

チーム防御率

中日ドラゴンズ

落合博満

146

87

54

5

617

/

270

3.10

阪神タイガース

岡田彰布

146

84

58

4

592

3.5

267

3.13

東京ヤクルトスワローズ

古田敦也

146

70

73

3

490

18.0

269

3.91

読売ジャイアンツ

原辰徳

146

65

79

2

451

23.5

251

3.65

広島東洋カープ

マーティ・レオ・ブラウン

146

62

79

5

440

25.0

266

3.96

横浜ベイスターズ

牛島和彦

146

58

84

4

408

29.5

257

4.25

2007年 CSを制し、53年ぶりの悲願達成

 シーズン後半戦から主軸・福留を故障で欠いたドラゴンズは、ペナントレースでは
巨人に敗れ球団史上初となるリーグ連覇は逃した。しかし、選手たちはその悔しさをバネに、
クライマックスシリーズを5連勝で勝ち上がると、日本シリーズでもその勢いは衰えず、
日本ハムを4勝1敗で下して53年ぶりの日本シリーズ制覇を果たした。その原動力となったのは中村(紀)で、
育成選手としてのテスト入団から日本シリーズMVPに輝くまでのサクセスストーリーは、
多くのファンを感動させた。

チーム

監督

試合

勝利

敗北

引き分け

勝率

ゲーム差

チーム打率

チーム防御率

読売ジャイアンツ

原辰徳

144

80

63

1

559

/

276

3.58

中日ドラゴンズ

落合博満

144

78

64

2

549

1.5

261

3.59

阪神タイガース

岡田彰布

144

74

66

4

529

4.5

255

3.56

横浜ベイスターズ

大矢明彦

144

71

72

1

497

9.0

265

4.01

広島東洋カープ

マーティ・レオ・ブラウン

144

60

82

2

423

19.5

263

4.22

東京ヤクルトスワローズ

古田敦也

144

60

84

0

417

20.5

269

4.07

2010年 落合竜 3度目のリーグ制覇
 阪神、巨人との三つ巴となったペナントレース。ドラゴンズは8ゲーム差を引っくり返して、
残り15試合をきった9月10日に首位に躍り出るという大逆転Vを演じた。その主役となったのは
高橋、浅尾、岩瀬のリリーフ陣と骨折をしながらフル出場を果した和田だった。
 CSでも巨人を倒して日本シリーズ出場を決めたドラゴンズに56年ぶりとなる完全制覇への
夢が高まったが、日本シリーズではシリーズ史に残る死闘を演じながらも惜しくもロッテに屈した。
 しかし、巨人のリーグ4連覇を阻止してのリーグ優勝を白井オーナーは高く評価。
落合監督3度目のリーグ制覇は、巨人黄金時代にストップをかけた価値ある優勝だった。

チーム

監督

試合

勝利

敗北

引分け

勝率

ゲーム差

チーム打率

チーム防御率

中日ドラゴンズ

落合博満

144

79

62

3

560

/

259

3.29

阪神タイガース

真弓明信

144

78

63

3

553

1.0

290

4.05

読売ジャイアンツ

原辰徳

144

79

64

1

552

1.0

266

3.89

東京ヤクルトスワローズ

高田繁

144

72

68

4

514

6.5

268

3.85

広島東洋カープ

野村謙二郎

144

58

84

2

408

21.5

263

4.80

横浜ベイスターズ

尾花高夫

144

48

95

1

336

32.0

255

4.88

2011年 落合竜 球団史上初のリーグ連覇
 東日本大震災の影響を受け揺れ動いたプロ野球界。ドラゴンズ打線はこの年から採用された
低反発の統一球の影響を受け、シーズンを通して貧打に喘いだ。しかし、吉見、浅尾を中心とする
安定した投手力で首位・ヤクルトを猛追。10ゲーム差を引っくり返して10月6日首位に躍り出ると、
10月18日の横浜戦に引き分けて通算9度目のリーグ優勝を決めた。
 ペナントレース終盤に落合監督の退任が発表され、落合竜8年間の集大成として臨んだ
日本シリーズではソフトバンクの前に力尽きたが、球団史上初のリーグ連覇を達成した落合監督は
多くのファンに惜しまれながらユニホームを脱いだ。

チーム

監督

試合

勝利

敗北

引分け

勝率

ゲーム差

チーム打率

チーム防御率

中日ドラゴンズ

落合博満

144

75

59

10

560

/

228

2.46

東京ヤクルトスワローズ

小川淳司

144

70

59

15

543

2.5

244

3.36

読売ジャイアンツ

原辰徳

144

71

62

11

534

3.5

243

2.61

阪神タイガース

真弓明信

144

68

70

6

493

9.0

255

2.83

広島東洋カープ

野村謙二郎

144

60

76

8

441

16.0

245

3.22

横浜ベイスターズ

尾花高夫

144

47

86

11

353

27.5

239

3.87

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