運動会

初瀬基樹

 おかげさまで無事に運動会を終えることが出来ました。みなさまのご協力に心より感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

 今年も運動会への取り組みの中で、子ども達は色んなドラマを見せてくれました。プログラムと一緒にお配りしている「からたち保育園にとっての運動会とは」にも書いていますが、運動会とはまさしく「子ども達がまた一つ心も体も成長を遂げるとき」だということを改めて実感しました。運動会ですから、運動面(体)の成長はおうちの方々も目で見てお分かりになったと思います。しかし、私たちが運動会で大切にしたいことは、運動面もさることながら、やはり「心の成長」です。運動会への取り組みを通して、あるいは、運動会を終えてからの子どもたちの心の成長をしっかりと見ていきたいと思っています。

 私にとって、今年度の取り組みの中で最も印象深かったのは、何と言っても年長児の「リレー」でした。運動会の2週間ぐらい前のこと、ミニ運動会で年長児のリレーが行なわれました。赤、白、黄チームに分かれてリレーが始まり、白組の美咲ちゃんはバトンを受け取って走り始めたのですが、すぐに走るのを止め、歩き始めてしまいました。同じチームの子からは「美咲、走れ!」「美咲ちゃん、がんばれ!」と声援が飛んでいるにも関わらず、美咲ちゃんは歩き続け、結局、白組は周回遅れの最下位となってしまいました。美咲ちゃんは、人前に出ることに人一倍緊張してしまうようです。裏を返せば、それだけ責任感が強いのだと思います。みんなの期待がプレッシャーとなって、うまく自分の力が出せなくなってしまうのだと思います。白組のアンカーだった諒くんは一生懸命だっただけに、悔しくて涙を流しながら「なんで走らんとや!」と美咲ちゃんに激しく抗議しました。それを見た愛さん(担任)は「負けたからって、そがん言いなすな。」と諒くんをなだめていました。その場面を見ていた私は「今がチャンスだから、白組集めて何で負けたか、話し合いをさせた方がいいよ。」と声をかけました。愛さんにしてみれば「美咲ちゃんが参加しただけでも良しとしたい」という思いが強かったのだと思います。しかし、私は「個人競技ならまだしも、チームでやっているのだから、諒くんたちチームメイトの訴えはもっともだし、その思いをきちんと美咲ちゃんにぶつけて、美咲ちゃんにチームメイトの思いにも気付いて欲しい。」と感じたのです。しばらく(かなり長い間)、白組で話し合いが続きました。話し合いの中で、諒くんや一生懸命走った他の子ども達は「負けてもいいから、美咲ちゃんに一生懸命走って欲しかった。」と、負けたことよりも一生懸命走らなかったことに対して怒っているんだという思いを美咲ちゃんにぶつけていました。また、少し落ち着いてからは、みんな美咲ちゃんの気持ちもわかってあげようと、美咲ちゃんに「走りたくなかったと?」など尋ねたりもしていました。美咲ちゃんの方は言葉にならずに、うまく自分の思いは出せなかったようですが、みんなには「きっと美咲ちゃんにもみんなの思いは伝わったと思うよ。」と伝え、後で、もう一回話してみることを勧めて、その場の話し合いを終えました。
 
 その日の夕方、年長組でもう一度リレーをすることになりました。これまでの美咲ちゃんだったら、きっと「したくない」と逃げてしまったかもしれません。しかし、さすが年長ともなると友達の思いもちゃんと受け止められるのだなと思いました。美咲ちゃんは“照れ”もあって精一杯ではなかったのですが、それでも午前中より一生懸命走ったのです。ところが、今度は赤組の香穂ちゃんが走らなくなってしまい、次の走者が香穂ちゃんをとばして走ってしまったのです。美咲ちゃんの白組は、ほぼ順調にゴールしたのですが、大人が香穂ちゃんをとばして走ったことに気付いていなかったため、そのままゴールした赤組(人数が1人少ないため当然ゴールも早かった)を「優勝」としてしまったことから、諒くんがまたまた大激怒!その鉾先は美咲ちゃんに向けられ、せっかくがんばった美咲ちゃんもしゅんとしてしまいました。赤組の優勝が取り消され、もう一回やり直すことになりました。今度は正々堂々の勝負だったのですが、白組はまたしても優勝できず、諒くんは、「今度も美咲ちゃんが一生懸命走らないせいだ!」と激しく美咲ちゃんを責めました。諒くんの「どうしても勝ちたい」という気持ちは痛いほどわかるのですが、あまりにも美咲ちゃんへの攻撃が一方的だったので、私は「負けて悔しい気持ちはわかる。だけど、今回、負けたのは美咲ちゃんのせいだけじゃない。人のせいにばっかりするんじゃない!」と少々きつく諒くんに言いました。

 翌日、愛さんはその日の出来事をペープサートにして子ども達に見せていました。こういう出来事を客観的に見ることで、子ども達は自分以外の他の子の思いにも気付くことが出来ることもあるのです。ペープサートの効果は大きかったようです。話の後、どのチームも綿密に作戦会議を行い、走る順番を入れ替えたりしてリレーを行ないました。そして、この日は美咲ちゃんも香穂ちゃんも今までになく、がんばって走りました。香穂ちゃんなどは、幸いにも自分のチームが優勝したものですから、すっかり自信をつけ、「ねえ、かけっこしよう!」と何度も誘いにくるほどでした。美咲ちゃんも素直に表面には出していないものの、ちょっとだけ自分に満足し、自信をつけた様子がうかがえました。そして、その日から子ども達はちょっとの時間を見つけては、自分達でリレーやかけっこの練習をするようになりました。走るのが苦手な子、おとなしい子、引っ込み思案の子までもが、何度も何度も列に並んで走っている姿に愛さんと二人で感動してしまいました。やっぱり、どの子も心の底では「速くなりたい」と思っているのです。

 そして、運動会当日。はじめの「かけっこ」ではどうしても1人で走ることが出来なかった美咲ちゃんが、リレーでは涙を見せながらも1人で走りぬきました。人一倍緊張してしまう美咲ちゃんにとって、あれだけの大観衆の前で走ることは、さぞ勇気がいったことでしょう。よくがんばったと思います。残念ながら運動会でも白組は周回遅れとなってしまいましたが、“負け”が分かっていても最後まであきらめることなく一生懸命走りぬいた諒くん。ゴールし終えてからも美咲ちゃんを責めることなく、満足げな表情を見せてくれました。本当に偉かったと思います。勝ち負けではなく、「自分に出来ることを精一杯やることが大切なんだ」ということを少し理解してくれたのではないかと思います。ここに名前は登場しなかった子も含めて、つくし組が集団として育っていることを実感した年長児のリレーでした。

 運動会が過ぎた今も、園庭では子ども達が自分達でリレーを行なっています。運動会は子ども達にとって「目標」ではなく「通過点」なのです。これからも子どもたちの心の成長をしっかり見つめていきたいと思います。




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