「つながっている」という安心感
初瀬基樹
先日、私たちの保育園にも以前、講演に来て頂いたことのある今井和子先生の研修が熊本で行なわれ、私も参加してきました。今回も、子どもと関わる上でのとても大切な話をたくさん聴くことができ、とても充実した研修でした。その中でも特に私が印象に残ったお話を紹介したいと思います。
以前、今井先生は、元暴走族(それも関東で最大級の)のリーダーだったという伊藤さんという方を講師として招き、研修会を行なったことがあるのだそうです。そもそも、なぜ、今井先生はそんな人を講師に招いたかというと、その伊藤さんというのは、暴走族をやめた後、「非行に走る子ども達の思いがわかる」という経験を生かし、自分で教育研究所を設立して、非行に走ってしまった子ども達へのカウンセリングを行なったりしながら、すでに何人もの少年達を更生させている方なのだそうです。その研修会がはじまる直前に今井先生と伊藤さんが最終的な打ち合わせてしているときのこと、伊藤さんの携帯電話が頻繁に鳴り、伊藤さんは話の途中でも必ず電話に出て話をされていたそうです。しかし、その電話の内容は「魚?魚は冷蔵庫に入ってるはず」など、たいして重要とも思えない内容で、正直、今井先生も「携帯の電源切っておいてもらえないかしら!」と腹立たしくさえ思ったそうです。しかし、後で訳を聞くとそれにもちゃんと理由があったのです。伊藤さんは、自宅でもそうした非行に走ってしまった少年たちを数人預かって、家族と一緒に生活していて、電話はほとんどその少年たちからのものだったのです。暴走族に入るような非行に走ってしまう子たちは、2歳までに「自分がしっかり愛されている」という確信が持てなかった子が多いといいます。つねに「自分の居場所がない」、「誰かに愛されたい」、「誰かに認められたい」、そんな思いで過ごしてきている子たちが非行に走り、暴走族に入って、初めて「仲間」を見つけるのだそうです。「自分の居場所」をそこに見つけるのです。そうした大人たちから見放された子どもたちというのは、いつも不安で「だれかとつながっていたい」と感じているのだそうです。だから、伊藤さんは決して携帯の電源を切らなかったのです。伊藤さんに電話をかけてつながらなければ、彼らは「また見放された」と思うに違いない。彼らが立ち直るには、普通なら乳幼児期に獲得しているはずの基本的な「人への信頼感」作りから、やり直さなくてはならないのです。伊藤さんが携帯の電源を切らないのは、「いつでも電話してきていいよ。俺はいつでもきみたちとつながっているよ。」という彼らに対するメッセージでもあるのです。
また、伊藤さんはお子さんを保育園に預けている時に、ご自身の子の送迎で保育園に行き、他の送迎に来ているお母さん達を何度か叱りつけたこともあるそうです。お迎えにきたお母さんに、子どもが手を広げて「おかあさ〜ん」と近寄って来ているのに、お母さんは無視して、着替えやら何やらの帰り支度をしている。そんな姿を見かけると伊藤さんは黙っていられないのだそうです。「今、子どもはお母さんを求めているだろう!なんでそれに応えてやらないんだ!」と見ず知らずのお母さんに向かって言うのだそうです。私たち保育士でもなかなかそこまでは言えません。伊藤さんは、真剣に心から子どもたちのことを考えているからこそ、言えるのだと思います。
今井先生から伺った伊藤さんのエピソードから、本当に大切なことに気付かされました。子どもが健やかに育つ根底には「愛情」が不可欠なのです。自分が自分でいられる場所があって、自分のことを認めてくれる大人がいて、困った時にはいつでも助けてくれる。そういう「安心感」が根底にしっかりあるからこそ、次のステップ(自立へ向かっての)を踏み出すことが出来るのです。この根底にある基盤が弱いまま、早く自立させようと突き放しても子どもは戸惑うばかりで、それこそ将来、荒れる子どもやキレやすい子どもになってしまうのではないでしょうか?
これまで以上に子ども達に、心から愛情を注ぎ、いつでも「心と心でつながっている」という安心感を子どもたちに与える保育を心がけていきたいと思います。