運動会は準備から片付けに至るまで、役員さんをはじめ、たくさんの方々にご協力頂き、大成功のうちに終えることが出来ました。本当にありがとうございました。子どもたちの一生懸命な姿、やり遂げた満足げな笑顔、子ども同士で喜びを分かち合う姿、また、よその子であっても、まるでわが子のように会場中が一体となって応援する姿などなど、心に残る感動的な場面が満載の運動会でした。

 異年齢クラスになって初めての運動会。様々なご心配をおかけしていることかと思いますが、少しご安心頂けた部分もあるのではないでしょうか。私たち職員も、子どもたちの成長にしっかりとした手応えを感じることができました。こうした成果を少しずつ積み重ねながら、今後の保育にも生かしていきたいと思います。今後もどうぞよろしくお願いいたします。

 ご意見、ご感想等お待ちしておりますので、遠慮なくお寄せ下さい。


ちょっと待って!早期教育

初瀬基樹

 先日、あるご家庭から「からたち保育園の先生方にも大変好評で・・・」と知能検査や学習教材を勧められたというお話を伺い、「うちの園は一切関係ありませんので気をつけてください」と週便りにも書いてお知らせしましたが、その後も園の名前は出さないけれど、やはりあちこち回っているようです。

 「学校に行ってから困らないように、今のうちから少しでも早く字を覚えさせたい、数が数えられるようになってほしい」などということは、親なら誰でも願っていることだと思います。しかし、そこにつけ込んで商売しようとする業者には、時々腹立たしささえ感じます。早くから教え込むことに、いったいどれほどの意味があるのでしょうか?それはむしろ、子どもたちの遊ぶ時間を奪い、いろんな体験をする機会を奪う上に、偏った知識を植えつけることになり、教育どころか、逆効果になるような気がして心配です。「早期教育の末に立派になった人よりも、早期教育を受けたためにダメになっていく人の方がはるかに多い」と私は思っています。

 日本は国連からも「子どもが極度に競争的な教育制度によるストレスのため、発達上の障害にさらされている。さらに、それにより余暇、スポーツ活動および休息が欠如していることを懸念する。」と警告されているほどです。日本はそれだけ教育熱心なわりには、学力は低下していっているのです。ゆとり教育のせいにされたりもしているようですが、私は逆だと思っています。今の詰め込み方の教育システムに問題があると思います。本来、「わからなかったことがわかるようになる」ということは楽しいはずなのに、ほとんどの子どもたちが勉強嫌いになっていくのはなぜなのでしょうか?すべての根底にある、意欲とか、集中力とか、そういったものがきちんと育っていないためではないでしょうか。九九を覚えるのが苦手な子どもたちだって、興味のある歌手の歌や、乗り物の名前はすぐに、いとも簡単に覚えてしまいます。当たり前のことですが、喜びや楽しみのあることには人間は意欲的になれるのです。


 「学力」といっても広範囲にわたるので、今回は「文字教育」に絞って考えてみたいと思います。

 文字が「読める」ということと、「わかる、理解する」ということは、似ているようだけど、全く違うものです。たとえば「水」を単に「みず」と読めるようになることも、それはそれで大切なことかもしれませんが、本当に大切なのは、その「水」について、「湧き水に触ったらすごく冷たかった」とか、「陽だまりの水たまりに入ったらぬるくなっていた」とか、「冬の寒い朝には水たまりが氷になっていた」とか、「お風呂にためておいた水が、入るときには熱いぐらいのお湯になっていたこと」、「やかんでお湯をわかしていたら水蒸気が出てきた」とか、「水は空からも降ってくるし(雨)、鼻水、涙、汗、おしっこなど、体からも水が出る」、「のどが渇いたら水を飲む」。「泥水、色水、塩水、砂糖水など、水にはいろいろ混ざること」、「飲んでおいしい水もあれば、まずい水もある」、「水は高いところから低いところへ流れていく」などなど、水たまりや川、海、プール、お風呂など、水に触れる体験をいっぱいして、水にまつわるたくさんの思い出と一緒に、「水というのはこういうものなんだ!」と記憶していく。「水」を「頭と体で」わかって、初めて「『水』という文字を理解した」と言えると思うのです。それをそこいらの早期教育では「水」が「みず」と読めるようになっただけで「水」という字がわかるようになったと勘違いさせられてしまうのです。

 とすると、「水」が「みず」と単に読めることよりも、いっぱいいろんなものを見て、触れて、感じてといった体験をたくさんしながら、「水」そのものを理解した方がよっぽど知的なレベルが上だと思いませんか?私が思うに、小学校の間ぐらいまでは、机に向かう勉強よりも外でいっぱい、とにかくいろんな体験をした方がいいと思います。その上で、体験と言葉を結び付けていくという作業が必要になってくると思うのです。それをすっ飛ばして、先に文字や数字の勉強を始めたところで、何の意味もないと思うのです。

 先日、スウェーデンの社会学者であるブライアン・アシュレーさんという方にお会いする機会があったのですが、スウェーデンでは高校までが義務教育で卒業時まで、試験などは一切無いのだそうです。大学に入るための検定試験があるだけ。その大学でさえ、社会人経験が4年あれば誰でも入学できるのだとか・・・。しかも、学費、入学金等は一切無料。(正確に調べたわけではなく、話を聞いただけなので、実際には聞き違えている部分もあるかもしれませんが)

 「そんなことしたら勉強しなくなってしまうのでは?」と思うかもしれませんが、逆に日本のように、詰め込み型の勉強で、勉強嫌いになるわけではなく、自分の興味のあることをじっくり勉強するようです。統計を見ても、スウェーデンが、世界的に見て学力が劣っているなんてことは無く、むしろ「読解力」などは、日本よりも上位にランクしているほどです。どうです?

 かといって、じゃあ、ほったらかしにして、ただ遊ばせておけばそれだけで良いのかと言うと、そうでもありません。まあ、勉強ばっかりさせて遊ばせないでいるよりは、ただ遊ばせている方がよっぽどましだと思いますが・・・。


 では、具体的に保育園では、子どもたちにどのように文字への興味関心を持てるようにしているのかというと

◎絵本を楽しむ。 
 誤解のないように言っておきますが、絵本を楽しむ目的は決して文字教育ではありません。絵本の世界そのものを楽しむことが目的です。しかしながら、絵本が好きな子に育てると、結果として、文字にも関心を示すようになります。また、絵本に親しむことでお話の世界を想像でき、読解力もついてきます。そのため、良質の絵本を選ぶことも重要です。園に置いている絵本や各ご家庭に購入して頂いている絵本を見て頂ければわかると思いますが、一流の画家、一流の作家によって作られた絵本は芸術性も高いのです。わが園では絵本を選ぶ際にもそうした注意を払っています。

◎素話を楽しむ。
  絵本と違って、素話には絵がありません。お話を聞いて、頭の中で絵を想像しなくてはいけません。さらに、お話が進むにつれてその頭の中で思い描いた絵を自分で動かしていくのです。テレビ(ビデオ)ばかり見ている子どもたちは、こうした力が大変弱いと言われています。

◎遊びを通して。 
 子どもたちは、レストランごっこでメニューを書いたり、お手紙ごっこなどよくしていますね。また、大人には読めない字でお手紙を書いて持ってきてくれることもありますよね。(そういうときにそこで字を教える!・・・なんてバカなことをしてはいけません。)「なんて書いてあるの?」と尋ねれば、ちゃんと教えてくれますから、「そう、〜って書いてくれたの。ありがとう。」と丁寧に受け取ってあげます。要は、子どもの「伝えたい気持ち」「気持ちが伝わった喜び」を育てることが大切なのです。外国語でも一緒ですが、どんなにたくさん言葉を覚えたところで、肝心の相手に伝えたい気持ちが無ければ意味がありません。また、「言葉遊び」や「カルタ」などで遊んだり、自分たちで作ったりする経験も大切にしています。もちろん、子どもの方から「これなんて読むの?」とか「○○ってどうやって書くの?」などと言ってきたときには丁寧に教えてあげます。

◎自分の名前や社会的なルールに関する文字に親しむ。 
 おおよその目安を、「小学校入学前までに自分の名前ぐらいはちゃんと読み書きできるように」とし、自分の持ちものに名前を書いたり、自分の物を探したりする際に名前を見る、あるいは、連絡ノートなどを子どもに配ってもらうことで、友達の名前の文字にも関心を持たせたり、散歩中に出会った標識などを通して「トマレって書いてある!」など、生活の中で意識的に文字に触れる場面を作っています。
 

 これらが、保育園での取り組みです。いかがでしょうか?思ったより、子どもたちは遊びを通して学習していると思いませんか?
 
 保育園時代は何より、「遊び」が大切だと思っています。遊びの中で様々な経験を積んで、それを学校に上がってから知識と結びつけていったほうが、絶対に本物の力になります。

 今から焦って、見せ掛けの学力を身に付けたところで、小学校のスタートの時点で多少差がついたように見えるだけです。その差が大人になるまでそのままということは絶対にありえません。机上の知識だけでなく、体験に基づいた知識を身に付け、土台がしっかりしていれば、必ず後で本物の学力がついて、いつの間にか逆転すると確信しています。
 
 今は「土台」を育てることが何より大切だと私は思います。
 
 私の知っている熊本市内のある園の先生に聞いた話では、ピアノの上達を目的に右利きなのに、あえて左手でお箸を使わせたり、3歳、4歳から毎日のようにスイミングやら、学習塾に通わせたりする家庭も増えてきているそうで、やはりそうした家庭の子は、どこか様子がおかしくなってくるといいます。

 本人の望むこと、やっていて楽しんでいることなら、幼児期からの習い事もいいかもしれませんが、親の思いだけでさせる習い事は虐待に近いのかもしれませんね。





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