「今を楽しく」(佐々木正美先生の講演より)
初瀬基樹
先日、全国私立保育園連盟の全国大会が岡山で開催され、参加してきました。私が参加した分科会での佐々木正美先生(川崎医療福祉大学教授)のお話の中から少しご紹介したいと思います。
日本は世界の中で男女ともに最長寿を誇る国(女牲85歳、男性78歳)でありながら、世界第2位の少子国です。(1位はイタリアで合計特殊出生率1.16、日本は1.33)そのくせ、ペットの保有率は世界一、しかもとても高価なペットがほとんどです。その一方で毎年65〜67万匹の犬猫が保健所経由で殺される国なのです。まったくおかしな国です。子どもを生んで育てる力を失っただけでなく、高価な犬猫には愛着を示すのに、普通の犬猫には無関心で平気で保健所に送ってしまう国なのです。
また、子育てについて、一昔前は「育児はつらい」ものだったのですが、現在では「育児が嫌い」な時代になってしまいました。以前は、育児に悩み、嘆きながらも努力していました。しかし、今は悩むことすらしないで、努力もしない、わが子に対する虐待まで行なうようになってしまったのです。
子どもや若者たちの世界ではというと、全国の保育園、幼稚園では「ままごと(家族)あそび」が出来なくなったと言われています。お母さん役を誰もやりたがらないのです。母親役は、以前ではままごとの花形であり、誰もがあこがれる役柄でした。今、仮にお母さん役を引き受ける子がいたとしても、以前のお母さんとはずいぶん様子が違います。昔なら「ごはんにしますか?お風呂にしますか?」「あらあら、赤ちゃんが泣いてるわね。おなかすいたのかしら、よしよし。」などと保護する表現が多かったものですが、今のお母さん役は「早く○○しなさい」と指示命令ばかりになっています。父親役にいたっては、仮に父親役を引き受ける子がいたとしても、「ぼくはゴルフ行ってきます。」なんて出かけて、そのまま帰ってこなかったりと、父親をどう演じてよいかわからないのです。では、「母親」の代わりに子どもたちがなりたがる役はというと、それは「ペット」なのです。昔は犬や猫の役は屈辱的な役でした。しかし、現在では子どもの目から見ても、家族の中で一番愛され、かわいがられているのはペットであり、家族の中で誰よりも、一番幸せに見えているのでしょう。
また、少し怖いことですが、現在、日本の普通の家庭に育った子どもや、全国の保育園、幼稚園において、何年も前に、アンナ・フロイド、ボールビー、スピッツら児童精神医が、研究のために敢えて観察を行なったような『劣悪な環境にある乳児院、孤児院に於いて子どもたちが見せていた姿(常同的反復的自己刺激行動・・・「ロッキング」といわれる体を前後に揺らすしぐさ、「ヘッドバンギング」といわれる頭を自分でぶつけるなどの自傷行為、「性器いじり」等)』と同じ姿を見せる子どもが増えているのだそうです。その子らに共通しているのは、乳幼児期からのスキンシップの不足です。
森田洋司氏が行なった小中学生のいじめの研究によると、いじめが起きたときに、そのいじめに対するまわりの子どもたちは、「無関心」「いじめをやめさせようとする」「いじめに参加する」の3つのタイプに分かれるそうで、これは「自分と両親」との関係に相関関係が見られるそうです。「自分と両親との関係」が「良い」と思っている子ほど「いじめをやめさせようとする」タイプが多いのに対し、両親との関係が「良くない」と思っている子ほど「いじめに参加する」タイプが多いというのです。また、諸外国と比較しても、諸外国では、年齢が上がるにつれ、いじめをやめさせようとする子が増えていくのに対し、反対に減っていくのは日本だけなのだそうです。
さらに高校生の「親に対する意識」として、「高齢になった親を全力で支援しますか」という問いに対し「する」と答えたのは、中国66%、米国46%、日本16%、「自分の親を心から尊敬しますか」という問いに対し「尊敬する」と答えたのは、米国80%、韓国55%、日本10%、「あなたはあなたの両親の所に生まれて満足ですか?」という問いに対し「大変満足」と答えた人が80%を超える国がほとんどの中、日本はたったの25%ほどでした。
また「自分はダメな人間だと思いますか」という問いに対し、「駄目な人間」と答えたのは、中国38%、米国46%、日本73%、さらに「自分には誇れるものが何も無い人間だと思いますか」という問いに対し、「誇るものがない」と答えたのは、中国23%、米国24%、日本53%、「自分が立てた計画を自分で最後まで遂行する自信がありますか」という問いに対しては「できる」と答えたのは、米国86%、中国73%、日本38%だったそうです。
これらのことは、現在の日本の家庭に於いて、いかに親子関係がまずくなっているか、そして、日本人がいかに自己肯定感をなくし、自尊感情が乏しくなっているかということを示しています。さらに引きこもりの若者が急増している背景には、人との関係性、コミュニケーション能力の低下が関係しています。
子どもを育てるには、多様な人々に育てられること(交わること)が大切です。アフリカの格言に「子どもというのは村中の人たちの知恵と力によって育てられるべきである。」というのがあります。子どもは親と親しい間柄の人たちによって育てられるべきものであり、親だけのかかわりではダメなのです。なぜなら、親はわが子の将来の幸福を願うあまり、子どもの現在の幸福を犠牲にすることもあるからです。
子どもは、今、幸福でなければ、将来に夢や希望を持てないのです。裏を返せば、現在が楽しければ、将来に夢や希望を持つことができるのです。
小学校の高学年までは「今を楽しく」生きなければいけません。子どもは「今がんばって将来のために・・・」などとは考えられないからです。だからこそ、祖父母や他人のかかわりが大いに重要なのです。祖父母や親しい他人は子どもの今の笑顔を楽しみにしてくれます。子どもは自立すれば親のそばにいたがらないもの。昔は子どもが選択することが出来ました。祖父母の所や、近所の家などに頻繁に行くことが出来たのですが、今は出来ません。大人が子どもの将来に希望を持ちすぎると子どもの希望の芽は摘み取られてしまいます。勉強の出来る子に不登校が多いのもそのせいです。「ありのままの自分」が受け入れられることが大切なのです。
ヴィゴツキーという学者は「子どもはなぜ遊ぶのか」を研究するうちに「子どもはなぜ遊ばなければならないか」という研究へ変わっていったといいます。
結論は「人間関係を学ぶため」であります。「友達と遊ぶ」ことにより、それがどんなに単純な遊びに見えても「規則」を作ります。そして「役割分担」をします。そのためには「仲間の承認」を得なければなりません。また、子どもたちは可能な限り、自分のやりたいと思っている困難な役をしようとします。それを仲間に承認してもらうために「努力」をします。そして、その役をやらせてもらえたら、精一杯「責任」と「義務」を果たそうとします。さらに、喜びを仲間と分かち合い、失敗を慰めあう。子どもは遊びを通して感動と共感を育てていくのです。まわりの人と共に生きていく力を身につけていくのです。
「友達と交わっていきいきと遊べるようになったら保育園は卒業」と考えてよいのです。他のことが多少出来なくてもよい。乳幼児期には、ぜひ子ども同士がいきいきと交わって遊べるように配慮してください。
言葉足らずで佐々木先生の講演の主旨がうまくまとめきれたかどうかわかりませんが、このお話を通して、私は今まで以上に、子どもたちにとって、「毎日が心から楽しいと思える保育園にしたい」と強く思いました。保育園時代には、子どもたちに「あれが出来るように、これが出来るように」の前に、まず、「親や保育士との基本的な信頼感」を養い、「自己肯定感、自尊感情」を育み、「友達といきいきと遊べる力」を身につけていって欲しいと心から願っております。