人間になれない子どもたち

初瀬基樹

 NHKで長年にわたってテレビ報道に携わり、子どもの問題も含めてさまざまな社会事象と向き合ってこられた清川輝基さんという方が書かれた『人間になれない子どもたち 〜現代子育ての落とし穴〜』(竢o版社)という本を読みました。「今の子どもたちはここまで危機的な状況にあるのか」と衝撃を受けるとともに、「このままではいけない、私たちにできることは何だろうか」と考えるようになりました。詳しくはぜひ、この本を読んで頂きたいと思いますが、私が気になった部分を簡単にご紹介だけしておきます。


<背筋力の低下>
 25年以上も前に清川さんがNHKで『警告!!子どものからだは蝕まれている!』(1978年10月)という番組を担当した頃、すでに子どもたちのからだの異変が指摘されていたそうです。中でも背筋力の低下が問題になっていたそうなのですが、その背筋力調査は1997年を最後に今では子どもたちの体力テストでさえも行なわれなくなっているそうです。その理由は何と!「背筋力調査をすると腰を痛める子どもが続出するから」というのです。1997年に行なわれた最後の全国調査のデータによると14歳女子の背筋力指数(背筋力を体重で割ったもの)は「1.4」で、17歳女子でも「1.5」に達していなかったそうです。赤ちゃんを抱いたり、おんぶしたり、いわゆる子育てに必要な背筋力は体重の1.5倍と言われており、それ以上の背筋力がないと自分の赤ちゃんを抱いたり、おんぶしたりするだけでも筋肉に故障が起きるというのです。日本の女子中高生の背筋力指数が「1.5」以下ということは、少なくとも半分の女子中高生が「子育ても危ういレベルにしか育っていない」ということになるのです。また、男子に至っては17歳男子の背筋力指数は、30年前の11歳男子と同レベルまで低下しており「2.2」しかないのだそうです。親の介護に必要とされる指数は「2.0」なので、すでに「親の介護も危ういレベルに近づきつつある」らしいのです。

<視力の低下>
 裸眼視力「1.0未満」の割合が1970年代から急激に増え始め、現在では15歳児の63%、(ほぼ2/3)が視力「1.0未満」という状態なのだそうです。人生80年時代の今日、15歳にして、2/3の子どもがまともな視力を失っているということになります。

<自律神経系の異常>
 ここ数年の日本の子どもたちの6割から8割が「血圧調節不良群」という状態にあるそうです。40年前の調査結果から見ると2〜3倍の高率で、昔の子どもは年齢が上がるにつれてその割合は減っていったそうなのですが、現在はそうした減少傾向は見られなくなっているそうです。「自律神経」というのは意識しなくても自然に発達し、また、意識しなくても自動的にからだを調節してくれるところでしたが、その自律神経系が自然に発達しないということは、まさに「人類がはじめて遭遇する事態」とまで言われています。

<心の育ち、人格の発達>
 子どもたちのからだの発達が、かつてなかった危機的な状態になるのと並行して、「子どもたちの心や人格の発達に問題があるのではないか」と思われる現象や事件も増え始めています。「不登校」の子どもは年々増加し、「学級崩壊」、「キレる子」などは、地域を問わず日常的に見られるようになってきており、「ひきこもり」にいたっては100万人を超えたのではないかと推定されるほどまでに増加しているのだそうです。さらには、子どもによる凶悪犯罪も続発しています。「からだ」と違って、子どもたちの「心」や「人格」の発達、成熟がどれくらい遅れたり歪んだりしているのかを数値化することは極めて難しいのですが、現在の日本の子どもたちの「心の育ち方や人格の発達」も"からだの危機"と同様に、史上最悪の危機的状況にあると思われます。

<国連からの警告>
 1998年6月、国連の『子どもの権利に関する委員会』が日本政府に対して49項目にわたる提案と勧告を行なったそうです。その22番目の項目は「本委員会は……(日本の)子どもが極度に競争的な教育制度によるストレスのため、発達上の障害(developmental disorders)にさらされていること、および、教育制度が極度に競争的である結果、余暇、スポーツ活動および休息が欠如していることを懸念する。本委員会は、更に、不登校の数が膨大であることを懸念する」・・・公式の文書のため、「懸念する」と穏やかな言葉が使われていますが、これは明確な「発達上の障害(複数)」への警告といえる指摘だといいます。原因を「競争的な教育制度」だけに限定していることはいささか問題だとしても、あとにも先にも国連からこのような指摘を受けた国は唯一、日本だけなのだそうです。


 ざっと述べただけでも、今日の子どもたちがいかに危機的な状況にあるのかが垣間見えてきたことと思います。
山や海、川、森、林といった自然環境から子どもたちを遠ざけ、人工環境(物)ばかりを与えてきたこと、生活様式が便利で快適になりすぎたこと、地域で子どもを育てるといった育児の共同性が消え、子どもの役割が消えたこと、家族のあり方が変化してきたこと、(昔は家族で力を合わせて労働するという「生産」の単位だったのが、いまでは一緒に暮らし、物を買うだけの「消費」の単位にしかすぎない)、学校も、教壇の上から大勢の子どもたちを一斉に教え導くという19世紀のスタイルのままで変わらず、さらにはテレビの登場で文化環境も大きく変化しました。このテレビに代表される各種の「メディア」が子どもたちに多大な影響を与えているのです。

 以前の「からたち」でもお伝えしたことがありますが、現代の子どもたちは、まさに「メディア漬け」になっています。テレビ、ビデオ、ゲーム、パソコン、携帯、・・・・・そのおかげで、子どもたちの外遊びの時間は激減し、メディアからの一方的な情報をひたすら受け続けることにより、体力、視力などは低下の一方をたどり、脳は「ゲーム脳」と呼ばれる「老人性痴呆症」と同じような状態になり、自分の欲求や情動を制御したり、相手を思いやったり論理的に思考したりするような、人間としての心をコントロールする「前頭前野」が働くなり、人とのコミュニケーション能力まで失いつつあるのです。

 この「子どもとメディア」に関しては、近いうちにまた詳しくお伝えしたいと思っておりますが、こうした事実をしっかりと私たち大人が認識し、今こそ、力を合わせて次の時代を担う子どもたちを「人間としてまともに育てていく」必要があるのではないでしょうか。

( 参考文献 ) 
清川輝基 『人間になれない子どもたち 〜現代子育ての落とし穴〜』 えい竢o版社




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