人形劇と子ども

初瀬基樹

 先日、人形劇「ファンタジア」の方を迎えて人形劇鑑賞会を行ないました。昨年は都合がつかずに出来ませんでしたが、毎年、劇場ごっこの最終日の午後に企画し、親子で楽しんできました。残念ながら、今年も劇場ごっこの当日は既に予約が入っていて無理だったため、親子で楽しむというわけにはいきませんでしたが、各クラスで劇場ごっこへの取り組みも始まっているので、子どもたちに本物の人形劇を見てもらい「ぼくたちもやってみたい」という意欲がさらに湧いてくることを期待して1月中に行うことになりました。(余談ですが、このファンタジアの方は、登場する人形すべてを操るばかりか、照明や、音楽や、場面ごとに舞台を変えるといった裏方の仕事も含め、すべてをたった1人で行なっており、いつもすごいなあと感心します。)

さて本題に入りますが、今年のお話はみなさんもよくご存知の「みにくいあひるの子」でした。小さい子から大きい子まで、子どもたち本当に楽しんで最後まで見ていて、年長組の女の子などは感動して「涙がでた」という子も数人いました。私も改めていいお話だなあと思ったりしたのですが、人形劇を見る子どもたちの姿で少々気になったこともありました。その気になった場面というのは「生まれて間もないあひるの子が兄弟やみんなにいじめられる場面」で起きました。私のそばで見ていた子どもたち(年長さんたち)からは、さすがに「かわいそう」という声が聞かれたり、口には出さなくてもそういう気持ちで見ているのだなということがこちらにも伝わってきたのですが、小さい子達を含め、中には、そのいじめられる場面でゲラゲラ笑っている子どもたちもいたのです。これはもしかすると、単に内容がわからないまま、その人形の動き、しぐさがおかしくて笑っていただけなのかもしれません。大笑いするほどではないにしろ、確かにコミカルな動きでしたから。ですから、そのときは私も多分動きにつられてわらっているのだろうと思いました。しかし、後でファンタジアの方と一緒に昼食を取りながらいろんな話をしている中で、「どこの園に行っても、ここ数年、子どもたちの笑う場面が変わってきている」という話を聞いて、やはり私がひっかかった子どもの姿は、もしかすると子どもが発している危険信号なのかなと気になったのです。(私の思い過ごしならよいのですが)

 これはおそらく最近のテレビの影響が大きいのではないかと思います。「『普遍的な深みのある笑い』や『子どもたちのために、お金をかけて、一流の役者を揃え、一流の作品を作るという意識』が日本にはない」とファンタジアの方も嘆いておられました。確かに「笑いさえとれればそれでよいという意識しかないのでは」と疑いたくなるような、人を馬鹿にしたり、いじめたり、悪ふざけすることで笑いを取ろうとする単純で安っぽい番組が非常に多くなっているように思います。

 以前はそれでも、地域によっては、お母さんたちが主になって「子どもに見せたい番組ベスト○○」とか反対に「見せたくない番組ワースト○○」といった調査を行ったりして、テレビが子どもたちに与える影響を心配して、大人たちが気をつけていたといいます。しかし、現代の親は(自分も含めて)、子どものことより自分が見たいばっかりに、余計なものまで、しかも夜遅くまで小さな子どもにテレビを見させてしまったり、子どもがいつ、何を見ようと無関心になってきたりしているような気がします。テレビなど(他の事に関しても)が子どもに与える影響に関し、これほど無関心な国は日本だけだといわれています。このままでよいのでしょうか?

 先ほどの子どもたちに話を戻しますが、そんな姿を見せる子どもたちに「笑っちゃいけません」と口で注意したところで何の解決にもなりません。表面には出てこなくなったとしても、根本的な部分は何も変わらないのですから。こうした現状をしっかり受け止めた上で、私たちは保育の中で何を大切にしなくてはいけないかを改めて考える必要があります。

 先ほどの子どもたちを例にとっても、乳児ならともかく、ある程度言葉が理解できる年齢になって、単に物語の内容がわからずに人形のしぐさだけを見て笑っていたのだとしたら、もしかすると絵本などを読んでもらっているときも、絵の面白さだけで、お話の内容、ストーリーは理解できていないのかもしれませんし、さらには普段の会話でさえ、「相手が何を言おうとしているのかを読み取る力」がきちんと育っていないのかもしれません。もしそうだとしたら、今まで以上にコミュニケーションをしっかり取り、目と目を合わせて会話をするとか、物語のしっかりした、絵本や紙芝居、お話を選び、いっしょにお話の世界を楽しむことなどをもっと大事にしていく必要があります。また、もし、いじめる行為を理解して笑っていたのだとすれば、かなり問題は深刻です。先ほども述べたように、言葉で禁止するだけの表面的な対応ではなく、そのときその子が思った感情をストレートに表に出すことは大事にしながらも、なぜ、その子はそのように感じるのか原因を探り、可能であればその原因を取り除き、さらに日々の保育を通して、今まで以上に「相手の気持ちも考えられる」そして「相手をいたわる心」を育てていかなければなりません。

 「心の保育」の重要性をあらためて考えさせられています。




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