言葉にならない言葉
〜3歳未満児クラスのかみつきについて〜
初瀬基樹
久しぶりに、お昼までですが、すみれ組(1・2歳児クラス)の担任として毎日クラスに入るようになり3ヶ月が過ぎました。妻からも「毎日楽しそうでいいね。」と言われるくらいに楽しい日々を送っています。それと同時に、改めて保育の難しさも日々感じています。特に、このぐらいの年齢では、永遠のテーマともいわれている「かみつき」の問題。くっきりと残ってしまった歯形を見るたびに、かまれてしまった子に対して、また、かんでしまった子に対しても「申し訳ない」という気持ちでいっぱいになります。そこで今回は、この「かみつき」について保育園での対応、考え方をお伝えしたいと思います。
まず、「かみつき」はどんなときに起きるのか。どんな子であっても、理由もなく、だれかれ構わずかみつくことは、まずありません。かみついてしまうには、必ず「その子なりのそれなりの理由」があります。「おもちゃの取り合いになったとき」、「いやなことを言われたり、されたりしたとき」、「自分の行こうとするところに、たまたま誰かがいて邪魔だと感じたとき」、「自分のもの(そう思い込んでいるもの)を誰かがさわったとき」・・・などなど。
かんでしまう子たちに共通して言えることは、「まだ、自分の気持ちをうまく言葉で表せない」ということです。1〜2歳のこの時期というのは、自我が芽生え、「これがしたい!」「あれが欲しい!」「自分で!」といった自分の思いは、とても強くなってきているのに、それをうまく言葉で表せずに、自分の思いが相手にわかってもらえないことで、イライラしていることが多いのです。また、この時期は「考えるより先に行動してしまう時期」であり、大人のように「こうしたらこうなる」という見通しが、まだはっきりと持てないので、「ボクノ!」「ドイテ!」「ウルサイ!」「イヤダ!」などという言葉の代わりに、とっさに、かみついたりしてしまうのです。ですから、こうした行為も、その子たちにとっては、「言葉にならない言葉」なのです。
保育園では、こういう子たちを、「すぐにかみつく困った子」として見るのはやめようと話し合っています。こういう子たちは、良く言えば「情緒が豊かで、自分の思いを表す力があり、主体性のある子ども」であり、感受性が強い分、自分の気持ちや、物への愛着も強いと考えられます。その気持ちが自分の思い通りに満たされないことで、かみつきといった行動に出てしまうのです。私たち保育者は、可能な限り、子どもの思いに寄り添い、共感し、その子の気持ちを押さえ込むのではなく、上手な出し方、人とのかかわり方を身に付けていってほしいと考えています。
とはいえ、かみつかれてしまった方は、痛いし、気分的にもショックです。かみつきが起きてしまったときは、やはり、かみつかれてしまった子の手当てを優先します。「痛かったね。止められなくってごめんね。○○ちゃんはきっと"〜シテ"って言いたかったんだと思うよ。でもうまく言えなくって、ちょっと間違えちゃったね。」園で起きたかみつきは、それを止められなかった保育者の責任です。かまれてしまった子の痛みを少しでもやわらげられるように、水や氷で冷やしたりしながら、しっかりとかかわり、心の手当てにも気を配ります。
次に、かんでしまった子への対応です。つい「かんじゃダメ!」と声をかけてしまいますが、これは、あまり効果は期待できません。むしろ逆効果かもしれません。
ちょっとここで、心理学の面白い実験がありますので、皆さんもお試しになってみてください。これから先に続く言葉によく注意して、絶対にその指示に従ってみてください。
これから1分間、絶対に、"ピンクの象さん"を思い浮かべてはいけません。いいですか、絶対に"ピンクの象さん"のことを考えてはいけません。
いかがです?できましたか?たったの1分間だけですが、おそらくほとんどの方はピンクの象さんを思い浮かべてしまったことと思います。(「しちゃダメ」、「するな」=「しなさい」)と言っている様なものなのです。では、どうすればいいか、はじめから「"灰色の象"さんを思い浮かべてください」と言ったとしたらどうでしょう?そう言われて"ピンクの象さん"を思い浮かべる人はあまりいないと思います。同様に、「してほしくないこと」を伝えたいときには、代わりに「してほしいこと」を簡潔に伝えることが良いようです。たとえば、人の物を無理やりとろうとしたときには「無理やりとっちゃダメ」ではなく、「"かして"って言ってね。」とか、進路を邪魔している子を押してしまうようなときは「押しちゃダメでしょう」ではなく、「"ちょっとどいて"って言おうね。」など。
もちろん、「かんだりしたら痛いよ。△△ちゃん、イタイイタイって泣いてるよ。」ということも伝えますが、大事にしたいことは、「かんでしまった理由を言葉に代えてあげる」ことです。(「これが欲しかったの?」などなど。)
聞くところによると、「かまれた子の気持ち(痛み)をわからせるために、かみついた子にもかみつき返す」とか、「叩いてでも、かんじゃいけないことをわからせる。」あるいは、「かみつくような子はお友達じゃありません。とみんなから遠ざけてしまう」といった対応がされているところもあるという噂も聞いたことがあります。(わが園では、このような対応はしておりません。)このような対応をしてしまうと、かんでしまった子も、「かむことはいけないことなんだ」と理解するよりも先に、「自分の気持ちがわかってもらえない」と余計にイライラしてしまいますし、周りの子に対しても「あの子はかみつくいけない子」というイメージを植えつけてしまうことになります。
ですから、こういうときの大人の声かけには、特に注意が必要です。「かむ」という行為は、確かに良くないのですが、○○ちゃんの存在自体を否定することにならないように、「○○ちゃんは、きっと〜がしたかったんだよ。だけどうまく言えなくって、ちょっとまちがえちゃったんだね。」と言うようにしたいと考えています。「その子自身」が悪いのではなく、その子の「その行為だけ」が間違っているということをわかってもらいたいと考えているのです。
こうした対応を日々心がけているわけですが、なかなか「かみつき」の問題は、すぐには解決できずに、続いてしまうこともあり、環境の見直し、保育者の配置や動き、生活すべての見直しなどなど、さまざまな面から保育そのものを見直さなければと反省の毎日です。