20世紀型の児童虐待

初瀬基樹

 新聞等でご覧になった方もいらっしゃると思いますが、先日熊本市と児童虐待防止ネットワーク連絡会によって「児童虐待予防と子育て支援」という演題で精神科医の斎藤学(さいとうさとる)先生を招いての講演会があり、私も参加してきました。

 斎藤先生は児童虐待に関するさまざまな神話(思い込み)について話され、虐待の実像を正しく把握した上で、加害者治療などの対応策を考えることが必要と訴えておられました。児童虐待にひそむ「神話」(思い込み)を少しご紹介しますと、



神話@ 児童虐待は近年の問題?

 新聞、ニュース等で児童虐待が騒がれて、あたかも最近になって増えてきたような感じがするが、子どもたちは古来から親の利便によって虐待され続けてきた。虐待は生活の一部でもあった。(間引き、売買の対象とされてきた)グリム童話などは児童虐待の宝庫とも言える。有名な「ヘンゼルとグレーテル」なども親から捨てられる子どもの話である。このように「人間の歴史は児童虐待の歴史」でもある。私達はそういう世の中を運良く生き抜いて大人になったという前提で児童虐待の問題を考えるべきである。
 但し、20世紀に入って「児童虐待」という言葉が生まれ、使われるようになってから見えてきた問題は、身体的な暴力だけでなく、「ののしり」などの心理的な虐待、育児放棄、不適切な保育といったネグレクトと呼ばれる虐待、薬物の乱用、地域紛争で大量の孤児が生まれるなど深刻さを増していることである。また、虐待される年齢は幼児とは限らない。「児童」とは18歳未満のことであり、例えば、性的虐待の初被害年齢は平均9歳である。

神話A 児童虐待は少数のかわいそうな子どもの問題?

 死ぬことは免れても、被害を受けている子どもはたくさんいる。児童虐待は「大人の問題」として深刻なのである。PTSD(心的外傷後ストレス性障害)という言葉もよく使われるが、子どもの時に受けた虐待が大人になってトラウマ化されることで「トラウマ(心的外傷)」となって残り、自分より絶対的に弱い立場の人間(子ども)を得たときに「逆再演」されてしまう。つまり、虐待を受けて育った子どもが大人になると、今度は自分の子どもを虐待してしまうケースが多い。被害者から加害者へ逆転してしまうのである。この「虐待の連鎖」を防ぐには、日常生活の中で「逆再演」がいつ、だれに対して起きるのか見抜く力が必要になる。本来、こうした被害者でもある加害者の治療が必要なのだが、現在の制度ではそれがない。また、「かわいそうに見えない虐待」の場合も多い。子どもに過剰な投資をする親も増えている。例えば、10歳までに2千万ぐらい使って、あれやこれや習い事をさせたりなど、子どもの人生に親が侵入してくるケースが増えている。自ら果たせなかった夢を子どもで実現させようとするのである。虐待の統計上には現れないが、こうした「やさしい暴力、見ない虐待」が確実に増えている。

神話B 日本の児童虐待は約2万件?

 これは児童相談所への相談件数であって、実際の虐待数とは限らない。また、相談員が聞き取りに失敗しているケースも考えられ、実際はもっともっと多いはず。多くの被虐待児は小児病棟や自宅で発見されるが、病死や、事故死として処理されているケースも多々あると予想される。

神話C 家庭は聖域で警察の介入は不要?

 児童虐待を発見した場合は、児童福祉法において「通報する義務」がある。近年処罰規定が盛り込まれたDV防止法(「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」)のように、やはり加害者は罰せられるべきである。児童相談所よりも警察の方が設置数も要員も多いので、児童相談所に話をするより、警察に話をする方が、手軽であることは間違いない。

 また、「嗜癖(しへき)」として暴力を繰り返す加害者にはちゃんとした治療が必要である。しかし、特に男性は自ら治療を受けようとはしない。そんなケースには処罰の対象となる前に、強制的に治療を受けさせるような法的なシステムを作るべきである。

神話D 児童虐待は福祉の問題?

 福祉の問題として捉えると「弱者保護」でしかなく、行き詰まってしまう。神話Cで述べたように司法の問題でもあり、また、性的虐待を受けた女児には免疫機能の低下が見られるなど、医療との関連もすでに明らかになっている。児童虐待は福祉だけの問題ではなく、司法問題、医療問題など幅広い分野に関連するものとして捉え、行政は手厚く支援すべきである。



 専門的な言葉が使われたりしていて、少々難しい話でしたが、子どもにかかわる仕事をしている以上、避けては通れない問題として捉えなくてはと感じました。虐待と気付かずに虐待してしまっているケース、虐待を受けて育った子が今度は加害者となって虐待してしまうという虐待の連鎖、「よその家のことだから・・・」と見過ごされている現状などなど。

 新聞等で子どもが虐待されて亡くなったという記事を見るたびに、弱い立場にある子ども達をなんとか守っていかなくてはと痛切に感じます。




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