進級、新入園おめでとうございます




初瀬基樹
 

 今年度は3名の新入園児を迎え34名でのスタートです。

 4月1日に、子どもたちと進級式を行いました。一人一人に進級のお祝いとして、名前シールをプレゼントしたのですが、一人ずつ名前を呼ぶと、どの子もひとつ大きいクラスになったうれしさからでしょう、とても元気に「はい!」と答え、シールを取りに来てくれました。今年度もまた楽しい1年になりそうです。

 
 年度替わりの園内研修で職員みんなと、この園で大事にしたいことを再確認しました。細かいことはたくさんありますが、一番大事にしたいことは「子どもたち一人ひとりが十分に愛されることの喜びを十分に味わう経験をする」ということです。佐々木正美さんという児童精神科医の方が書かれた『こどもへのまなざし』(福音館書店)という本の最初の方に書かれていることを引用させていただきますと、

 
 (要約)

 子どもを育てるには、何よりも基礎が大事。

 建物に例えるなら、乳幼児期は基礎工事のとき。その後の時期は、外装や内装工事、あるいはカーペットや家具のようなもの。

 後からやるものほど、やり直しがきく。『A大学を出ました』『B大学に留学しました』などというのは、ペルシャのじゅうたんや、スウェーデンの家具みたいなものなのであり、そんなものはいつだって取り換えが可能。基礎工事に関心をもって床をめくってみようなんて人はいませんが、何かあったとき、基礎工事がどれくらい建物の命運を決するかということはよくおわかりでしょう。


 建物であれば、いったん壊して、もう一回基礎から立て直すことも可能ですが、人間はそうはいきません。30歳になっても80歳になっても高校や大学の学生になることはできます。実際にそうやって勉強している人も世の中にはいますが、10歳とか、30歳になってから保育園や幼稚園に入ることは絶対にできません。保育園や幼稚園に勤めることはできても、園児になることは二度とできないのです。

 
 この時期は人格の基礎をつくるときです。子どもたちがどんな人格の人間になるのかということをほぼ決定するのが、この乳幼児期なのです。基礎工事は残念ながら、建物が建った時には何も見えなくなってしまいます。しかし、しっかりした建物かどうかは、基礎工事なしには考えられません。

 
 乳幼児期の育児にあたる意義がどれほど大きいことか、一人の人間の人格の基礎を決定するのだから、どれほど価値が大きく、どれほど責任の重いことか。

 
 この乳幼児期の育児は、ひとことでいえば、子どもの要求や期待に、できるだけ十分にこたえてあげることです。せんじつめればそれだけのことです。子どもの要求にこたえてあげて、こちらから伝えたいことは、「こうするんでしょ、そうしちゃいけないんでしょ」と、おだやかに何回も繰り返し伝えればいいのです。いらだったり、叱ったりする必要はないのです。「いつできるかな、いつからできるかな」と、それだけのことで、だいたい良いのです。

 
 反対に、親や保育者の希望ばかりを子どもに強く伝えすぎてしまう、早く結果を出そうとする、大人のほうが楽をしようとする。このような育児はよくありません。


 次の時代を生きる子どもたちに、十分に愛されることの喜びを与えること、育児はそれで十分。人間は愛されることから、生きる喜びを感じはじめるのですから。

(要約ですので、興味をお持ちの方はぜひ本を読んでみてください)

 
  「からたち」という園名には、人の一生をみかんの木に例え、みかんの木が接ぎ木される「からたち」の部分、人の一生で言うなら乳幼児期の間を大切に育てていこうという思いが込められています。
私が考える「保育の質」とは、「愛情」の質であり、キリスト教保育の本質も「愛」だと思っています。この乳幼児期に十分な愛情を注ぎ、どの子どもも『愛される喜び』を十分に感じられるような保育を行なうことが何より重要だと考えています。

 
 愛情をたっぷり受けて育った子どもは、自分のことが大切に思えるようになります。自分のことを大切に思える子どもは、人のことも大切に思えるようになります。(人の喜びを自分の喜びとすることができるようになります。)

 
 今年度も、子どもたち一人一人の心の育ちにしっかり目を向け、しっかり愛情を注いでいきたいと思います。また一年、どうぞよろしくお願いいたします。









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