“脅し”で信頼関係は築けません。


初瀬基樹
 

 『地獄』という絵本が大ベストセラーになっているのをご存知ですか?加えて、スマートフォン用のアプリ「鬼から電話」というのも大人気なのだそうです。

 どちらも「しつけに効果テキメン!子育て便利グッズ」などと紹介され、世の中の子育て中の家庭や一部の保育園、幼稚園でも利用されたりしているようです。
 

  『地獄』という絵本は、千葉県安房郡延命寺所蔵の「地獄絵巻」を絵本にしたもので、体を切り刻む様子などがリアルに描かれていて、大人が見ても怖くなるような絵です。『ママはテンパリスト』という子育てマンガのなかで、言うことをきかない子どもにその絵本を読み聞かせたら別人のように素直でよい子になったと紹介され、それを読んだ若いお母さんたちが、実際に試したところ「本当に子どもがいい子になった」など効果があったと瞬く間に広がっていったそうです。
 
 また、「鬼から電話」というスマートフォン用のアプリは、「いうことをきかないとき」「寝ないとき」「歯磨きをしないとき」「お片づけをしないとき」「痛くてなきやまないとき」「お薬を飲まない時」・・・など、あたかも鬼(幽霊や怪しいお医者さんなど)と会話をするようなふりをして、最後には鬼が子どもに「言うことをきかないと鍋に入れて食べちゃうぞ」というようなアプリなのです。インターネットの動画サイトなどでも、それを使って、子どもが泣いている様子など、遊び半分で撮影されたと思われるような動画がいくつも投稿されています。一番大好きなお父さんやお母さんにそんなことをされるのですから、子どもたちの気持ちを考えると心が痛みます。
 
 どうしても、子どもが言うことをきいてくれない時、何かに頼りたくなる気持ちもわからなくはありません。しかし、これはどうみても“脅し”でしかありません。言葉だけのお話ならまだしも、乳幼児に対してこれはやりすぎだと思います。もはや虐待ではないかという気さえします。

 
 私たちが育てたい「いい子」とは、どんな子どもなのでしょうか?「大人の言うことをよく聞く素直な子」が「いい子」なのでしょうか?こんなものに頼って大人の言うことをきくようになったとしても、子どもたちの行動の判断基準は「怖いから(怒られるから)しない」だけのことであって、正しい判断基準は育たないのではないでしょうか。親や誰かの顔色ばかりをうかがう子になってしまうかもしれません。裏を返せば、「誰も見ていなかったら、見つからなかったら・・・。」ということにつながりやすいものです。怖いものがなくなってしまったら何の効果もありません。


 私たちが育てたいのは、「何が良くて、何がいけないのかを、自分で考えて、判断して、正しい行いができる子ども」です。病院などで騒いだりしたら、病気やけがで具合の悪い人に迷惑がかかる・・・など、こんなことをしたら困る人がいるという具体的な事実を知り、自分の行動を考えることができるように育てていきたいのです。(「うるさくしたらお巡りさんが来るよ」、「お化けが来るよ」、「鬼が来るよ」、「人さらいが来るよ」いろんな場面でよく聞きますね。こうした注意の仕方はあまりお勧めできません。)

 どんな極悪人であろうと、良いこと、悪いことの区別はできるはずです。しかし、わかっていながら悪を選んでしまっているのではないでしょうか。そこで悪事を働いてしまう背景には、どこかに「自分なんてどうなってもいい」という自暴自棄的な考えが働いてしまうのだと思います。小さな頃からしっかり愛情を受けて育ち、「こんなことをしたら悲しむ人がいる」(自分の大好きな人、自分を心から愛してくれた人、多くの場合はお母さんかもしれません。)と思うことで、踏みとどまることができるのではないかと思います。

 やはり、幼い時からの愛情、信頼、そういったものがとても重要なのだと思います。

 “脅し”で信頼関係は築けません。信頼関係を築くには、地道に繰り返し、繰り返し、時間をかける以外にないのです。

 佐々木正美さんという方が『子どもへのまなざし』(福音館書店)というなかで書いておられます。



 この乳幼児期の育児は、ひとことでいえば、子どもの要求や期待に、できるだけ十分にこたえてあげることです。せんじつめればそれだけのことです。しかし、それがなかなか十分にはできないのです。そして、子どもの要求にこたえてあげて、こちらから伝えたいことは、「こうするんでしょ、そうしちゃいけないんでしょ」と、おだやかに何回もくり返し伝えればいいのです。いらだったり、しかったりする必要はないのです。「いつできるかな、いつからできるかな」と、それだけのことで、だいたいいいのです。

 ところが育児の失敗というのは、子どもの要求をうっかりみのがしたり、あるいはわざとサボタージュしたり、相手の要求を無視してしまうことです。そのくせこちらの要求や期待ばかりを、すぐ成果があがるように強制的な伝え方をしてしまう、そういうやり方の結果です。

 親や保育者の希望ばかりを、子どもに強く伝えすぎてしまう、賞罰を与えるというか、そういうやり方で、早くいい結果をだそうとする。あるいは、大人のほうが楽をしようとする。そういう育児がよくないのです。



 一見便利なもの、テレビなどのメディアがまるで良いものであるかのように伝えているものでも、本当にそれが子どもにとって良いものなのかどうか、見極めていきたいですね。
 
 『地獄』という絵本自体を批判しているのではなく、その使い方、見せ方に問題があるということをお伝えしたかったのです。この『地獄』という絵本は、そもそも30数年前、自殺する子どもが増えているのを嘆いて、「命を粗末にするな」ということをねらいに出版されたものだということです。もう少し大きくなってからなら、読み聞かせてみるのもよいかもしれません。年齢にあった絵本を選ぶことも大切ですね。くれぐれも“脅し”の道具に使われませんように。









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