子どものケンカ
初瀬基樹
先日の朝、私がきらきら(3・4・5歳児クラス)の部屋に入っているときにEくんとKくんが取っ組み合いの大ゲンカをはじめました。(そういえば、子どもたちがこんな大ゲンカをする場面を見るのは、ずいぶんと久しぶりだなあ・・・)などと思いながら、しばらく見守ることにしました。特にKくんがこんなに怒っているところを見るのは初めてでしたので、たまにはこういう経験も大事だと思いました。
少し話が逸れますが、誰にでも「許せないこと」ってあるはずです。「怒る」という感情は良くないことのように思われがちですが、実はとても大切にしなければいけない感情だと思います。特に子どものときは、「がまん」をすることよりも、「まずは、自分の思いをそのまま出す」ことの方が大事で、もし、ケンカになったときは、お互いが「それぞれの言い分をしっかりと出し合う」ことが大事です。
自分の思いを出し切った上で、「何で相手はあんなに怒ったんだろう」とか、「何で泣いているんだろう」など、相手の思いにも気付いていき、お互いが納得できる妥協点や、今度からケンカにならないためにはどうしたらいいかなどを一緒に考えるということにつなげていくべきだと思うのです。
ですから、感情をしっかりと出すこと、友達とぶつかり合うといった体験は、子どものときにいっぱいしておいた方がいいと思います。
さて、話をEくんとKくんの激しいケンカに戻します。そばにいた子たちが、ふざけて2人にちょっかいを出そうとするので、私は「今は1対1のケンカなんだから周りは手を出すな!」と制止したり、ケンカの最中に物を使おうとしたら、「正々堂々と素手で勝負しろ」と物を取り上げたりとか、周りに危ないものがあるときはどかしたり、ケンカの場所を移動させたりしながら、成り行きを見守っていました。
一度はEくんが泣きかけ、Kくんが勝つかと思われたのですが、Eくんの反撃に形勢逆転。どちらもあきらめません。Kくんも半分泣きながら、必死にEくんを追い詰めていき、ついにEくんが逃げだしたので、「勝負あった!Kくんの勝ち。Eくんは逃げたから負け」と言ったところ、Eくんは「負けとらん!逃げとらん!」とまた戻ってきてKくんと再び取っ組み合い、しばらく続いたのちにEくんがKくんを押し倒し、とうとうKくんが泣いて手が出なくなってしまいました。Kくんは、くやしくて、くやしくて涙が止まりません。Eくんも、そんなK君をじっと見つめています。
さて、ここからが私の出番です。2人を呼んで、「何でケンカになった?」と尋ねるとK君は「だって、Eくんが、ぼくに鼻水つけらした」と泣きながら訴えます。Eくんは、泣いているKくんをじっと見ながら黙っています。「そっか、Kくんは鼻水つけられたのがイヤで、あんなに怒ってたのか」というと、「うん」。私がEくんに「Kくんは鼻水つけられたのが嫌だったんだってよ」と言うとEくんは、じっと黙ってK君を見ています。「Kくんに鼻水つけた?」と聞くとEくんは小さな声で「つけとらん」と小さい声で言いました。「つけてない?じゃあ、何でKくんは、あんなに怒ってるのかな?」と言うとまた黙ってじっとKくんを見つめていました。
「Eくんは、鼻水つけてないって言ってるけど」とKくんに伝えると、Kくんは「つけらした」と強く言います。Kくんに「Eくんにやめてって言った?」と聞くと「言ったけど、つけらした」というので、「“やめて”って言っても、またつけてきたの?」とKくんに聞き返すと、横からEくん「2回はつけとらん」と言うので「“2回はつけとらん”ってことは、1回はつけたってこと?」Eくんは、また黙ってしまいました。
私も事の起こりを初めから見ていたわけではなかったので、本当のところはわかりませんが、おそらく、EくんはふざけてKくんに鼻水をつけたのでしょう。それに対してKくんが本気で怒ってきたので、Eくんもそんなつもりではなかったのかもしれませんが、ケンカになってしまったのでしょう。
Kくんは悔しさで泣き続け、その様子をじっと見ているEくん。私は「Kくん、何であんなに怒ったんだろうね。まだ、すごく、くやしそうだよね。」とEくんのそばでつぶやきました。Eくん自身もきっと、自分がふざけてやったことが、こんなにもKくんを怒らせてしまい、お互いが嫌な思いをする結果を招いてしまったということには気付いているのでしょう。だけど、それを認めてしまうことは自分のプライドが許さないのでしょう。きっと自分のなかで葛藤しているのだろうと思いました。
そのうち、Kくんは泣きやみ、他の友だちのところへ遊びに行ってしまいました。
私もこの後、この場をどう収めようかなと思ったのですが、ずっと「(鼻水を)つけてない」と言い張るEくんにもう少し考えてほしくて「じゃあ、何でKくんはあんなに怒ったと思う?何で2人はケンカになったとEくんは思う?」としばらくEくんを抱っこしながら考えさせました。どちらが悪いかを決めるのではなく、相手がどんな思いだったのかに気付いてほしかったのです。
私の中でも葛藤がありました。かなり長いことEくんとやりとりをしましたが、例え、自分の非に気付き、相手の思いにも気付いたとしても、それを認めるのは、まだ難しい年齢なんだろうと思ったので、「わかった。Eくんがつけてないっていうなら、つけてないんだね。でも、Kくんは“Eくんに鼻水つけられたのがイヤだった”って思ってると思うよ。Eくんだって、もし、友達から鼻水つけられたりしたら、いやだよね、怒りたくなるよね。人が嫌だっていうことはしないでおこうね。」と言い、今日のところは、もうこれでいいことにしようとEくんから離れました。
それから、まもなくして「Kくん、ごめんね」というEくんの声が聞こえました。私は、悪かったと思っていないときに口先だけで謝らせても無意味だと思っていたので、謝った方がいいとか、そういうことは、Eくんに一切言っていませんでした。ですから、Eくんが自分からKくんに謝りに行ったことを、びっくりしたとともに、とてもうれしく思いました。Kくんも照れくさそうにしながら、「いいよ」と言ってくれて、2人はすっかり仲直りをすることができました。
Eくんは、ちゃんと今回のことを振り返り、自分の行為によって引き起こしてしまった結果に、自分自身でちゃんと責任を取ることができたのです。
「Eくん、ちゃんと自分から謝ることが出来てえらいね。さすが、きらきらのお兄ちゃんだね。」と声をかけるとEくんもにっこり笑っていました。自分でもモヤモヤしていたものが、スッキリしたのだと思います。
さっきのケンカがうそのように、「Kくん、見て!見て!」とふざけては2人でゲラゲラ笑って一緒に遊び始める姿に、子どものケンカっていいなと思いました。こういう経験を積み重ねて、人との付き合い方を学んでいくんでしょうね。
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