「意欲」を育てたい
初瀬基樹
幼児期に育てておきたいことの一つに「意欲」があると考えています。人生を豊かに生きていくために、人は子どものうちから色んなことを体験し、学びながら成長していきます。広い意味での「学び」、その根源にあるものが「意欲」だと思うからです。
「早くから字の読み書きができるように」と小さなうちから字を教えるよりも、いっぱい絵本を読んであげて、絵本が大好きな子に育ててあげれば、そのうち自分でも「読みたい!」と思うようになり、自分で読むために字を覚えていくでしょう。お父さんや、お母さん、あるいは離れて暮らすおじいちゃん、おばあちゃんたちに手紙で自分の気持ちを伝えたいと思うようになれば、「字を書けるようになりたい!」と思うようにもなるでしょう。
わが園の園庭にある大型滑り台(登り台?)も、わざと簡単には登れないようにしてありますが、子どもたちは「その上に登ってみたい、上で遊びたい!」と思うからこそ、一生懸命登っていきます。
「させられてする」よりも、「自分からしたい」と思ってする方が、どれだけ身になるか、好きなことはすぐに覚えるけど、好きじゃないことは何回やっても覚えないってこと、誰でも、ご自身の経験を振り返ってみれば心当たりがあるのではないでしょうか。
結論から言えば、外で泥んこになって遊んだり、虫を追いかけたり、鬼ごっこしたり、木に登ったり、思いっきり遊んで楽しい経験をいっぱい積んでいけば、子どもたちのなかに「なんでだろう」「不思議だな」「おもしろそう」「やってみたい」そんな「好奇心や意欲」がたくさん芽生えていきます。それがいずれ学校に行って勉強するときにも、意欲的に学ぶことにつながっていくと思うのです。もちろん、「学校の勉強のために」だけが目的ではないことはいうまでもありません。広い意味での「学び」のために今のうちから意欲を育てておきたいのです。「意欲」を育てるには、自ら、関心を持って、熱中して、思いっきり遊ぶことが一番良いのは間違いないと考えています。
今、職員と園内研修で、世界の保育に目を向け、これからどんな保育が必要なのかを考えているところなのですが、職員全員で読んでいる本(大宮勇雄『学びの物語』の保育実践)ひとなる書房)にこんなことが書いてありました。
(要約しています)
アメリカのキャロル・ドウェックという人が行った実験でこんなのがあるそうです。
4歳児に4つのパズルを解かせます。最初の3つは4歳児には難しいパズルで全員が解答不能、最後の1つは全員が解ける簡単なパズルです。子どもたち全員にそれらをさせた後、「この4つのパズルの中から、もう1回だけやっていいよ。」と言うと、さっき出来なかったパズルを選ぶ子と、全員が解けたやさしいパズルを選ぶ子は、ほぼ半分に分かれる結果になるそうです。そして、子どもたちに「なぜ、そのパズルを選んだの?」と聞いてみると、簡単なパズルを選んだ子どもたちは「簡単だから」「できるから」「失敗しないから」と答えます。それに対して敢えて難しいパズルを選んだ子たちは「くやしいから」「こっちのほうがおもしろい」「時間があれば今度はできるはず」と答えます。
簡単なパズルを選ぶ子どもたちは「正答できるという結果」を求めて行動を決めているので「結果志向」です。一方、難しいパズルを選ぶ子たちは、「困難や不確かなことに挑戦することそれ自体がおもしろいこと、価値あること」と考えています。人間は一段むずかしいことにチャレンジするなかで、さまざまなことを学んでいくものですから、こちらは「学び志向」といえるでしょう。もちろん、誰しも両面持っているものでもありますし、場面に応じて使い分けることもあると思いますが、結果志向の子どもたちは、難しい問題に直面した時に「とてもできそうにない」と答えることが多いのに対し、学び志向の子どもたちは「きっとできるよ」と楽観的な見通しを持っているというのです。
また、こんな実験もあるそうです。
4歳児に「小さな失敗」をした子どものお話を聞かせます。たとえば、「4歳の子が描いたとは思えないぐらい上手に家の絵を描いたんだけど、その子は家のドアを描くのを忘れてしまったの」など。そして、その4歳児に「もしあなたが、その小さな失敗をした子の親だったら、なんて言う?」と尋ねるのです。
すると結果志向の子どもは「失敗はやってはいけないこと」と固く信じているため、その「小さな失敗」をした子(ぬいぐるみを見立てて)に対して激しい非難の言葉をぶつけ、ときには体罰を与える子までいたというのです。結果志向の子どもたちは、失敗を責め、自分自身も失敗してはいけないと固く信じているのです。(それらはその子に対する普段の親の対応や行動をそのまま再現しているわけではなく、子どもが行動の善し悪しを結果(できばえ)で判断していることによるものなのだそうです。)
それに対して、学び志向の子どもたちは、失敗を責めるのではなく、チャレンジに値する困難な課題と考えているので、解決法を一緒に考えようとするのだそうです。
そして、何より、その子が描いた家の絵を称賛していたというのです。
「できる/できない」という能力の違いは、「結果志向」の子どもたち、「学び志向」のこどもたち、両者に全く違いはないのですが、この実験からもわかるように、難しいことやわからないことに果敢に挑んでいく「学び志向」の子どもたちは、「結果志向」の子どもたちと比べて、かなり多くの「学びと成長の機会」をつかむことができるでしょう。
「学ぶ意欲」というものは「困難に立ち向かおうとする構え」の中にあるということは、「できるようになること」と、「意欲の育ち」を区別しなくてはならないということです。
大人が「できた」「できない」という結果だけを評価し、追い求めるようになると、逆に子どもの「学ぶ意欲」の獲得を阻害することになるということなのです。
やはり「出来る/出来ない」という結果にこだわるのではなく、子どもたちの「関心を示している/やろうとしている/チャレンジしている/熱中している」そういう姿を大事に育てていくことが大事なんですね。
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