太陽は東に沈む?


初瀬基樹
  

 「西からのぼったお日様が~、東~に沈~む~♪ これでいいのだ~、これで~いいのだ~ 」と『天才バカボン』の歌がありましたが、少し前の新聞に、「大学生、短大生に日没の方角を問う問題を出したところ4人に1人が不正解だった」という記事が載っていました。他にも「月が満ち欠けする理由」に「いろいろな形の月がある」と答えた学生もいたとのこと。
 
 こういう話があるとすぐに、「学力の低下」が問題視され、「もっと小さいときからしっかり教育しておかなきゃ」ということになってしまいがちですが、最近、尚絅短大の塩崎美穂先生や福島大学の大宮勇雄先生の研修に参加し、とても興味深い話を聞いてきましたので、今回はそれらをまじえて簡単にお伝えしたいと思います。
 
 
 今、世界的な保育の流れに「STARTING STRONG」という言葉があります。「人生の始まりこそ力強く!」幼少期の子どもたちにこそ、手厚く支援、教育(保育)が重要だというような意味なのですが、日本でいう「教育」と世界的に見た「教育」には、どうやら違いがあるようです。
 
 日本では、教育=先生が知っていることを子どもに一方的に教える(指導するinstructionもしくはteach)というイメージが強いのですが、本来の教育(education)の意味は、「人が幸せに生きていくことを支える」ということなのだそうです。
 
 世界的には、子どもの教育(保育)を考えるときに、教師が教えることよりも、「子どもたちが自分たちで学んでいくこと」を大事に考えているようです。「Teach less, learn more (少なく教えて多くの学びを)」ということも言われています。
 
 
 1960年代、ある実験が行なわれました。学校にあがる前の子どもたちに「1~2年、半日保育を経験させるグループ」と「保育を受けさせないグループ」に分け、その後の子どもたちにどのような影響が表れるかというものでした。15年後、保育経験のある子どもたちのグループの方が、基礎学力、高校卒業率、大学進学率、就職率、ともに高く、留年率、福祉受給率、逮捕回数等は少なかったなど、全てにおいて後の人生にプラスの効果をもたらしていたというのです。
 
 さらに、また別の調査ですが、次の3つの保育カリキュラムによる比較を行ったところ、

① 反復練習、ドリル、フラッシュカードを用いるような周到に準備された「授業が中心のカリキュラム」

② 子どもの自発的かかわりと、日常場面をとらえて数や量などの概念を教えるカリキュラム

③ 自由遊びに熱中するようにテーマを見つけて促し、子ども自身の手で世界の仕組みを理解するという伝統的なカリキュラム

 
 大方の研究者は、①の周到に準備したカリキュラムによって教育された子どもたちが優秀な大人に育ったであろうと予想していたのですが、結果は、驚くべきものでした。
 
 まず、知的な発達面においては①②③のどのカリキュラムであっても、全く差は無かったそうです。しかし、スポーツをやる頻度、家族との関係への満足度、学校での委員への任命された回数、進学意欲、人間関係の良好さは、「遊び中心のカリキュラム」の方が優位であり、さらに注目すべきは、①の「授業中心カリキュラム」で教育された子どもたちは、薬物使用などの反社会的行動回数が、②や③の二つのカリキュラムの2倍以上多かったそうなのです。
 
 
 なんといっても、保育は「人」です。保育園の職員同士の関係や、保護者とのかかわり、文化的な雰囲気、子どもたちの話し合いの機会の多さなどが子どもたちの発達に大きな影響を与え続けます。目に見える形での成果を求める早期教育は何の意味もないことは、以前からお伝えしている通りです。急いで詰め込んだ知識は、はげ落ちるのも早いのです。
 
 
 もうひとつ、「意欲」についての話で、なるほどと思ったのが、「意欲というのは、困難なことや、わからないことに粘り強く立ち向かうこと」という話。

 4歳児の子どもたちに「簡単にできるパズル」と「ちょっと難しいパズル」をやらせ、その後にもう一度、「今度はどっちのパズルでもいいよ」と子どもたちに選ばせると、さっきもやった簡単なパズルを選ぶ子と、敢えてさっきは出来なかった難しいパズルに挑戦する子に分かれる。簡単なパズルを選ぶ子は、「だって簡単だもん」、「これなら出来るもん」と簡単に出来るものを好んでやる。こういう子たちを「結果志向型」と呼ぶ。反対に難しいパズルを選ぶ子は「さっきは出来なくて悔しかったから」「できないからやりたい」と難しいことに挑戦すること自体を楽しんでいる。これこそが「意欲」であり、こういう子たちを「学び志向型」と呼ぶ。「学び志向型」の方が様々な力を身に付けていくのは明らか。つまり、「意欲」というのは、学校等でよく言われる「乗り越える力(能力)」のことではなく、「わからないことがあっても、あきらめずに取り組む力」のことをいうという話にとても共感しました。


 勉強だけ出来るようにしておけば、その他のことは自然に身に着くなどということは、まずありません。「意欲的に取り組む」「人から信頼される」「仲間と協力できる」そんな人間に育つような保育を今後も心がけたいと思います。










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