「子ども子育て新システム」
初瀬基樹
このところ、何度も署名などのお願いをし、ご迷惑をおかけしております。
署名のお願い等で、すでにご存じかと思いますが、「子ども子育て新システム」の名のもとに保育制度が改悪されようとしています。しかも、充分な議論もしないまま、政府は平成25年からの施行を目指し、平成23年の通常国会に法案を提出しようとしているのです。あまりにも拙速すぎであり、内容も到底納得できるものではありません。
制度が変わることによって、現場がどのようになっていくのか、まだ具体的には見えないことも多いのですが、見えてきた部分だけを見ても、この「子ども子育て新システム」は、決して「子どもたちのための改革」ではないことがはっきりしており、これには絶対反対していかなければなりません。
現行の制度では、以下の児童福祉法24条によって、「市町村に保育の実施責任」があります。保育に欠ける(仕事や病気などで家庭において保育が出来ない状態)子の保護者から申し込みがあれば、市町村は市町村の責任において、保育園で保育しなければならないのです。そのために保育園が足りなければ保育園を作らなければなりませんし、保育するのに必要なお金も出さなくてはなりません。また、各保育園が国で定めた最低基準を守って、きちんと保育をしているかを監査するのも市町村の責任です。
第24条 市町村は、保護者の労働又は疾病その他の政令で定める基準に従い条例で定める事由により、その監護すべき乳児、幼児又は第39条第2項に規定する児童の保育に欠けるところがある場合において、保護者から申込みがあったときは、それらの児童を保育所において保育しなければならない。ただし、付近に保育所がない等やむを得ない事由があるときは、その他の適切な保護をしなければならない。
しかし、今度の新システムにおいては、この24条をなくし、保育園と保護者の「直接契約」にしようとしています。国や市町村の公的責任を大きく後退させようとしているのです。さらに企業等の参入を認め、「福祉」としての保育の現場に市場原理を持ち込み、保育を「産業化」しようとしています。もしもそうなってしまったら、保育園の目的は「子どもたちの健全な育ちの保障」ということよりも「自園の営利追求」になってしまいます。
他にも、心配な点がたくさんあります。例えば、
- 保育園の最低基準は残されたとしても市町村の責任が後退するため、監査も行なわれなくなり、基準はあっても無意味なものになってしまいます。従って、子どもの置かれる環境は、今以上に劣悪になる可能性があります。
- 地域での生き残りをかけ、保育園同士の過度な園児獲得競争がはじまり、早期教育等の「目玉保育」を行っている所や設備投資にお金をかけた豪華な施設に人気が集まり、肝心の「子どもの育ち」は軽視されていくことになってしまいます。
- 保護者の就労時間によって「保育の必要度」が決められますが、市町村の責任はその保育時間を認定するだけで、あとは保護者が自分の責任において入園できる保育園を自分で探し、自分で保育園と契約しなければならなくなります。
- また、必要度に応じて決められた保育時間以外は、保護者の自己負担となります。これまでのように保護者の収入に応じた保育料(応能負担)ではなく、受けるサービスによって保育料(応益負担)が決まるため、結果的に現在よりも保育料が高くなってしまいます。
- 保育料によって利用する時間が決まるということは、家庭によって保育時間がバラバラになるということです。同じ園の子どもであっても、午前中の4時間利用する子ども、午後から4時間利用する子ども、朝から夕方まで1日利用する子ども、曜日によって登園したり、しなかったり、保育時間だけでなく、早朝保育、延長保育、食事、おやつ、園によっては、体操教室、スイミング、絵画教室などなど、あらゆるサービスが保護者と園のオプション契約となり、結果的に裕福な家庭の子どもとそうでない家庭の子どもで受けるサービスが異なるということになってしまう可能性もあります。
- 保育時間が家庭によって違うということは、クラスみんなで活動する時間を確保することもできなくなり、行事などもできなくなってしまいます。極端な例を言えば、「運動会に参加するために別途保育料を払わなければならない」といった事態にもなりかねません。
- これまでのような国や市町村から保育園への安定した補助金が大幅に減り、保護者からの保育料で保育園を運営するようになると、利用した時間、日数によって保育園の収入が変動し、その日、その月によって収入が不安定になってしまいます。そうなれば、保育園としても正規職員を雇えなくなり、非常勤職員やパート職員の数が今以上に増えていくことになります。全体として保育士の処遇が下がり、保育士の意欲、向上心も失せていき、専門性が低くなり、当然、保育の「質」も低下していきます。
- さらに、保育園は、金銭的に裕福な家庭の子どもや手のかからない子どもだけを入所させる等、利用者を選ぶようになり、貧困家庭の子どもや障がいを抱えた子ども、手のかかる子などの入所を拒むようになる可能性もあります。
以上のようなことからも、今度の保育制度改革は決して「子どものための改革ではない」ことは明らかです。
ある試算によれば、今年度「子ども手当」に使われたお金の1割弱のお金を使って保育園を新設すれば、待機児童問題は解消できるそうです。なのに、それをせずに福祉の現場に市場原理を持ち込もうとするのは、経済政策、労働政策の面ばかりに目を向け、肝心の「子どもの育ち」を無視している証拠です。本当に子どもたちのことを考えた「子どもたちのための改革」をしてほしいものです。
待機児童は大都市の一部の問題であり、わが園を含め、多くの地方では少子高齢化による定員割れの方が深刻な問題です。
11月の終わりに参議院会館で行なわれた別の保育団体の会議に出席し、直接、内閣府や厚労省の説明を聞く機会がありました。「改悪ではない」と断言されていましたが、財源は確保されないままですし、「保護者と保育園の直接契約」になり、「事業者指定制も導入する」と言っています。本当に改悪にならずに、今よりも良くなるのであれば良いのですが、不安はぬぐいきれませんでした。
なんとか保護者の方々、一般の方々にもご理解頂いて、今回の「子ども子育て新システム」に一緒に反対して頂けたらと思います。でなければ、将来の日本を担う子どもたちの育ちは守れなくなってしまいます。
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