人の立場に立って考えるということ


初瀬基樹  

 
 先月の誕生会で、ちょっと面白い場面がありました。面白いという表現が当てはまるのか分かりませんが、私には「なるほど」と思え、面白かったのです。

 5月生まれのゆうごくんが、みんなの前でマジックを披露してくれたときのことです。そのマジックは相手の引いたカードを言い当てるカード当てマジックでした。もちろん、マジックですから種があるのですが、種を知らない人にとっては、ゆうごくんが友達の引いたカードを見ずにピタリと言い当てるので、「わあ、すごい!不思議だね〜!」となるはずだったのです。ところが、マジックを見ていた園児たちは、その不思議さがわからなかったのです。かろうじて、年長児の何人かが「すご〜い」と感心していましたが・・・。

 私も、以前、子どもたちの前でマジックを披露したときに同じ経験をしたことがあります。子どもたちには不思議さが伝わらないマジックが結構あるのです。あるはずのないところから、突然何かが現れるとか、突然、モノが消えるといった現象のマジックは結構小さい子もビックリします。これは目の前に無いものでも記憶し、想像する力、「表象」と呼ばれる力が備わる頃(おそらく1歳半~2歳ぐらい)から、「そこにあるはずなのに無い!」、とか「無かったはずなのに突然現れた!」という現象に不思議さを抱くことができるので、こういうマジックなら、園児の前で披露しても「わあ、すご〜い!」となりやすいのです。ところが、先ほどのゆうごくんの例のようなマジックは、保育園児が対象の場合、子どもたちには何が不思議なのか、理解できないということが起こりうるのです。「不思議さを感じるために必要な力」が、見る側の大部分の子どもたちに、まだ完全に備わっていないのです。この場合の「不思議さを感じるために必要な力」とは、相手(マジックをする人)の立場に立って考えてみるという力です。その力が未熟なため、「この人(マジックをする人)は、見ていなかったから、このカードが何かわかるはずがない。」という認識を持つことができず、「自分が知っていることは、相手も知っているんじゃないか」と思ってしまうようなのです。ですから、先ほどの例でいくと、引いたカードを「覚えてください」とみんなに見せていたので、みんなは、そのカードが何であるかがわかっていたわけです。ゆうごくんは、その間、後ろを向いていて、友達が引いたカードは何かを見ていません。しかし、この「ゆうごくんは見ていなかったから、このカードが何であるか、ゆうごくんにはわからないはず」というところまで思いを巡らせることができるかどうかが、このマジックが不思議かどうかを感じられるかの境界なのです。


 これは「サリーとアンの例え」という発達心理学で用いられる実験によく似ています。(絵で見せたり、実際に劇にして見せたりします。)


<サリーとアンの例え話>

   サリーとアンが、部屋で一緒に遊んでいました。
   サリーはボールを、かごの中に入れて部屋を出て行きました。
   サリーがいない間に、アンがボールを別の箱の中に移しました。
   サリーが部屋に戻ってきました。
   「サリーはボールを取り出そうと、最初にどこを探すでしょう?」
 
  というものです。

 正解は、「かごの中」ですが、3~4歳の子は、ほとんどが「箱」と答えてしまいます。5歳でも、約半数ぐらいは「箱」と答えるのだそうです。6歳以上になるとようやく、「かご」と答えられるようになるというのです。つまり、「自分をサリーの立場に置き換えて考えることができるか」ということなのです。お兄ちゃん、お姉ちゃんのいるご家庭なら、簡単な絵を描いて、試してみてはいかがでしょうか。

 
 このように、発達という面からみると、「相手の身になって考えてみる」というのは、保育園児にはちょっと難しいことなのかもしれません。

 かといって、じゃあ、まったく相手のことを考えさせなくていいかというとそれも違うと思います。やはり、積み重ねで理解できるようになっていくという面があるはずですから。1歳ぐらいでも、「大人に喜んでもらえると自分もうれしい」という感覚はあるようですので、そうした、共感性は大事に育てていく必要があると思います。

 そして、相手の思いに気付くことができるようになるために、まず一番大事なこととして、「自分の思いをどれだけわかってもらえたか」ということがあります。自分の思いを充分にわかってもらえると、相手に対しても思いを巡らせようとするのです。ですから、保育園でケンカやトラブルが起きた時に大切にしていることは、まずは、「ボクハ 〜ガ シタカッタンダ!」という自分の思いを充分に出すことです。存分に思いを出して、落ち着いてきたら、相手の言い分も聞いてみる。そして、できれば、相手の思いにも気づいて自分の考えとの折り合いをつける。もちろん、こうした場面では、保育者が「橋渡し役」として重要な役割を担っていることはいうまでもありません。こうした体験の積み重ねが、相手の気持ちに思いを巡らせることにつながっていくのではないかなと思います。

 大人なら、意識せずに簡単にできてしまうことでも、子どもにはちょっと難しいことって、他にも意外と多いのかもしれません。まずは、私たち大人が、「子どもの立場に立って」考えてあげなければいけませんね。





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