ご 挨 拶


初瀬正昭
  

 河内の子どもたちに恵まれた環境での子育てをという清田賢の切なる願いをかなえるべく、今から28年前にからたち保育園を開きました。

 私たち夫婦はそれまで働いてきた教会付属の幼稚園や保育園での経験を生かそうと園長職を受け、イエス・キリストの愛に根ざした保育に励んできました。

 しかし、今年3月をもって職を辞することになりました。

 思い起こせば長い28年間だったと感無量です。たくさんのお力添えをいただきました。感謝でいっぱいです。ありがとうございました。

 なお、後任には初瀬基樹が就任いたしますが、今後ともよろしくお願いいたします。      
 



園長就任のご挨拶


初瀬基樹  


 まずは、ご進級、新入園おめでとうございます。

 昨年のつくし組(年長児)15人も立派に卒園していきました。また、11年間勤めた清田勝子さんが結婚のため退職(後任には昨年から非常勤で働いてくれていた坂本慎也さんが正職員になりました)、そして、河内からたち保育園創立以来28年間、園長として勤めた初瀬正昭が園長職を辞任し、この度、理事長に就任しました。新理事長は、今後も、非常勤としてですが園に残り、子どもたちに聖書の話などをすることになっています。

 そして、この度、私、初瀬基樹が園長に就任いたしました。力の足りないものがその任にあたりますが、子どもたちのため、おうちの方々のため、地域のために全力を尽くすつもりです。前任の初瀬正昭同様、皆様のあたたかいご支援とご協力を賜りますよう何卒よろしくお願い申し上げます

 
 さて、園長就任にあたり、これからどんな保育をしていこうかということを、先日の園内研修で職員と話し合ったのですが、私が考えていることを少し述べさせていただきます。

 @ 子どもたち一人ひとりが愛されることの喜びを十分に味わう体験をする。
 A 健康な体、たくましい体をつくる
 B ともに育ち合う関係を
 C 誰とでも友達になれる力を
 D 創造力を育む



@の「子どもたち一人ひとりが十分に愛されることの喜びを十分に味わう経験をする」ということについて

 言うまでもなく、乳幼児期は人間としての基礎の時代です。佐々木正美さんという児童精神科医の方が書かれた『こどもへのまなざし』(福音館書店)という本の最初の方に書かれていることなのですが、これを読んだ時には正にその通りだと感激したものです。

 要約すると

 「子どもを育てるということは、何よりも基礎が大事なのです。建物に例えるなら、乳幼児期は基礎工事のとき。その後の時期は、外装や内装工事、あるいはカーペットや家具かもしれません。

 後からやるものほど、やり直しがきくものです。『A大学を出ました』『B大学に留学しました』などというのは、ペルシャのじゅうたんや、スウェーデンの家具みたいなものなのです。訪問者は感嘆しますし、驚きます。しかし、そんなものはいつだって取り換えができるのです。ところが基礎工事に関心をもって床をめくってみようなんて人はいないのです。そんなところには誰の目も向かないのです。けれど、一度、事があったとき、基礎工事がどれくらい建物の命運を決するかということはよくおわかりでしょう。

 建物であれば、いったん壊して、もう一回基礎から立て直すことも可能ですが、人間はそうはいきません。30歳になっても80歳になっても高校や大学の学生になることはできます。実際にそうやって勉強している人も世の中にはいますが、10歳とか、30歳になってから保育園や幼稚園に入ることは絶対にできません。保育園や幼稚園に勤めることはできても、園児になることは二度とできないのです。

 そして、この時期は人格の基礎をつくるときなのです。子どもたちがどんな人格の人間になるのかということをほぼ決定するのが、この乳幼児期なのです。基礎工事は残念ながら、建物が建った時には何も見えなくなってしまいます。しかし、しっかりした建物かどうかは、基礎工事なしには考えられません。

 乳幼児期の育児にあたる意義がどれほど大きいことか、一人の人間の人格の基礎を決定するのだから、どれほど価値が大きく、どれほど責任の重いことか。

 親や保育者の希望ばかりを子どもに強く伝えすぎてしまう、早く結果を出そうとする、大人のほうが楽をしようとする。このような育児はよくありません。次の時代を生きる子どもたちに十分に愛されることの喜びを与えること、育児はそれで十分。人間は愛されることから生きる喜びを感じはじめるのですから。」

 (要約したものなので、分かりづらいかもしれません。ぜひ、一度原文をお読みください。)

 「からたち」という園名の由来も、人の一生をみかんの木に例え、みかんの木が接ぎ木される「からたち」の部分、人の一生で言うなら乳幼児期の間を大切に育てていこうという思いが込められています。キリスト教保育の本質も「愛」だと思っています。この時期に十分な愛情を注ぎ、どの子どもも愛される喜びを十分に感じられるような保育を行なっていきたいと考えています。


Aの「健康な身体作り」について 
 
 今の中高生の体力は、将来、自分の子どもを抱っこやおんぶするだけで体に支障をきたす、あるいは親の介護もろくにできないような体力しかないと言われています。ここ数年は、これまで下降線を辿っていた体力が横ばいになっているそうですが、それは、「これより下がらないレベル」まで来てしまったことによると言われています。
依然、学力重視の日本社会ですが、この乳幼児期から「体を動かすことの楽しみ」を十分に経験し、心身ともにたくましく、健康な体をつくっていけるように配慮したいと思っています。


Bの「ともに育ちあう関係を」について

 これまで同様、一方的に子どもを教え育てるのではなく、子どもたちが見せる様々な姿から大人も学び、一緒に考え、一緒に育ち合っていきたい、おうちの方々とも「先生」という壁を取り払い、子どもを真ん中に「子育てのパートナー」としてお互いに学び合い、育ち合っていきたい、そんな思いです。


Cの「誰とでも友達になれる力」について

 人間関係が難しい時代になりました。いま「引きこもり」と呼ばれる人たちは推定でも100万人を超えているといわれています。対人関係でストレスを抱えている人がいかに多いことか。いろんな人と出会い、「誰とでも友達になれる力」がこれから必要なのではないでしょうか。


Dの「創造力を育む」について 
 
 パソコンが一般家庭にも普及してきて、計算などは、ほとんどパソコンがやってくれる時代になりました。文章もパソコンで書くため、漢字も知ってさえいれば書けなくてもいい時代です。歴史やいろんな知識はインターネットですぐに調べられます。こんな時代に必要な力は、知識よりも「創造力」ではないでしょうか?あるもので、工夫して新たなものを創り出す力、本来子どもたちが持っている感性や想像力、創造力を大切にし、そうした芽を摘んでしまうことなく、うまく育んでいってあげられたらと思います。


 私の今の思いを、思いついたまま、よく熟成もさせずに書かせて頂きました。こうした思いを、実際の保育のどういう場面でどうやって展開し、実現していくのか、私のこれからの課題となります。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。






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