戻る  2006年3月卒業生

地肩が強くグラブさばきが柔らかくなった。ステップして投 げる練習を繰返そう。打撃 は綺麗なダウンスウングが 決まっている。運動選手の 父母の上を行く選手になれるよ。 練習しよう、試合をしよう!
かなり化けて来たぞ。君ュの運動能力が徐徐に開花しつつある。
でもこんなもんじゃない。すごい才能を秘めている君だ。

野球大好きな君は本当に良く 野球を知っているよ。 ジュニア試合の捕手は見事 でした。そして練習時、 一人黙々と球拾いする君の姿勢には心より感心する。

いつも一生懸命。巧くなりたいという気持で取組む。 悔し泣きするぐらい頑張る君。いいピッチャーになるよ!打撃も思い切りが良くAチームで5番を打ち実績を残している。 スイングが鋭くフォームが流れるように美しい。将来が楽しみだが、サッカーでケガをしないようにして欲しい。野球での将来が非常に楽しみだ。
(2004)
引越し転校のため八幡チャレンジャーズ に移籍したけれど、今でも仲良しです。(2006.3)


小学生とは思えない軸がぶれないスイング。 君の打撃はレギュラー チームで磨いてね。のんびり屋さんのようで内に烈しい闘志を持つ君はどんな選手に成長するのか楽しみだ!安定したピッチングはエースの資格充分だ。

まだ、野球やり始めの君だ。明るい笑顔と大きい返事ができる。君が居ると皆が明るくなる。たくさん練習して巧くなってたくさん試合をしよう!パンチのある打撃が魅力だ。このところ三塁打を打ったり素晴らしい打撃が開花した。

初練習後その日のうちに入部を決めた君。キャッチボールをしただけで野球が好きになった君。これからバッティングや試合など野球を通して楽しい事がいっぱい待っている。たくさん練習して野球の楽しさを感じて欲しい。

しっかりしたキャッチボールとサッカーで鍛えた俊敏さ。仲間も多く直ぐに溶け込みジュニアの中心選手になる感じだ。また、お父さんは野球大好き人間。親子で一緒に少年野球をしつつ、お父さんにはコーチも勤めて欲しい。

運動好きで男の子に混じって一生懸命に野球に取り組む姿は爽やかそのもの。キャッチボールをしっかり鍛えることが上達の近道。野球を知り、野球を楽しみ、野球に笑い、野球に泣く。小学生時代男の子とともにガムシャラに打ち込んで自分の可能性を切り開け。父はきっとこの子とのキャッチボールをのぞんでいることだろう。
**** 部員募集 ****

好きこそものの上手なれ 選手の長所を褒めて育 てる野球を目指します。

        
2004年9月23日シラサギ戦
逆転勝利に大活躍した「航平のはにかむ笑顔」が最高。先輩たちの顔も。
2005年1月23日大町パワーズ戦

キャッチャー姿のキャプテン。良くチームを引っ張った!新チーム一年の始まり。
2005年1月23日大町パワーズ戦

春季大会国府台球場での本戦出場。夏季大会は一回戦突破。レギュラーBチームも一回戦突破。冬から礼儀がシッカリしていた。勝ち負けでなく礼儀が大切。
2005年1月31日若宮アポロ戦
綺麗な素晴らしいスウィングに成長した智咲。
2005年3月21日大野ホーマーズ戦
「いくぞ!」キャプテン智哉の声で一斉にベンチを飛び出す。

2005年4月3日春季大会開会式(国府台球場)
5年ぶりに自分たちの力で春季大会本戦出場を勝ち取る。

夏季大会・妙典少年広場で力投する翔一郎。   そして真間ウェスタンとの練習試合で校舎直撃のホームランを放つ智咲。
春季大会予選・柏井戦で活躍する侑也。    QP杯ナイター野球でボールに集中する海人。
いこい杯・シラサギ戦で最終回逆転の活躍ににっこり笑顔の航平。   夏季大会・北国分戦で主将としてチームを引っ張る智哉。
QP杯・北方中央戦でコンパクトでしぶとい打撃の大和。   ボールに対する姿勢が素晴らしいキャプテン・智哉。
屈託のない笑顔 ドンブリ飯と石焼ビビンバ
お迎えの坂井ママとも仲良し 北方小の仲良し
満腹で満足 キャプテンも元気いっぱい

この子たちの代は5,6年24名となった。初めての経験であり2チーム体制とした。6年生は一つであり同じ想い出を持って卒業して行くことを大前提にチーム分けした。様々な考え方があるだろうが、仲良くお別れ会を迎えた。   

海人は「辛い事もあったけど続けて良かった。ライオンズ戦で初めてヒットを打ったことが思い出。」と話す。松崎監督は「肩が強くなった。サードをやりたいと言ったが そういう積極性がいい。」

4年の夏に入部した侑也は「5年生の時素振りをたくさんやったら打てるようになった。調子が悪い時はバッティングセンターに行ったりした。」と話をした。

2年の時、遠藤竜ちゃんと一緒に入った大和は「野球やっててよかった」と話した。想い出の試合は春季大会予選の柏井ユナイティッド戦で「ヒットを打ったらみんなが喜んでくれた事、そして 俺がショートで海人がサードの時、海人が捕れなくて俺がカバー出来たのも想い出。」ですと語った。

翔一郎は智哉君に誘われて3年の5月に入った。「想い出の試合は竜がチャレンジャーズ に行く最後の試合で、竜が翔一郎とやりたいと言ってくれたのが想い出。その試合で初めてランニングホームランを打った。」松崎監督は「翔一郎の試合の中で、最後に高谷野球部と した試合、7−6で敗れた試合だけれど、打たれても思い切り投げていた。自分のピッチングが出来て満足したようにニコっとしていたのが印象的だった」と語った。

主将智哉は3年生で入部した。ジュニアの時キャプテンをやれと言われてビックリした。ジャンケンで負けたらいけないしプレッシャーだった。でも皆が協力してくれたし 山森君がエラーしても励ましてくれた。 松崎監督は「ショートをたくさんやらせた。エラーは仕方ない。一生懸命にやった。」また、智哉は思い出の試合は「夏季大会で目立たないけどチームに貢献できた事。(そんな事ないぞ!ライト前に2本もポトリとヒット打ったぞ!)そして北方中央戦で二塁盗塁を刺した。これはヤッターって感じだった。」

航平は「5年生の時は凄い打球があるなあと思った。江戸川の野球場で最終回ヒット打って点入れて同点にして逆転して勝った時うれしかった。監督からも誉めてもらった。」一番の想い出と話す。

智咲は4年生の1月に入部した時は右打ち。途中から左打ちに変えた。「野球は父とキャッチボールをしていた。智哉と同じクラスだったから、智哉に聞いたら野球が面白そうだった。野球やって厳しい時も楽しい時もあった。自分がチームに対してこんなに役立たずでいいのかと思っていた。」これに松崎監督は「智咲は痛くても止めずに、涙流しても頑張る事ができるのがいい。真間小のホームランは想い出だ。」と応えた。
(僕は、チームの誰も智咲が役立たずなんて思った事は絶対にないと思う。ホームランも打って成績でも立派にチームに貢献している。しかしそれ以上に、智咲はチームに居るだけで明るい屈託のない存在感があり、その一生懸命なプレーはチームに対して最高に素晴らしい貢献をしていると思う。そして智咲を含めてみんなが最後まで頑張って、みんなで卒業を迎えられたことが最高のチームプレーであり、北方東部に勇気と希望を与えてくれた。酒寄代表の由布ちゃん以来の女子選手の卒業生だ。)

個性的な子が7人。野球に一直線の子もいれば、ノンビリした子もいる。この子たちは5年ぶりの春季大会本戦出場を自らの力で勝ち取った子たち。そして夏季大会ではレギュラーA,B同時に一回戦勝利を勝ち取り、スタッフに記念すべき合同祝勝会をプレゼントしてくれた。また、地域のリーグでは新生東部始まって以来のQP杯少年野球リーグ第三位、第4ブロックリーグ戦第三位に輝いた。雅先輩、大場先輩、山森先輩たちも出来なかった栄誉を勝ち取った。もちろん先輩達から受け継いだ伝統が目に見えない力になった。
個人個人の力では先輩たちが勝っていたかも知れない。しかし総合力なのか、野球に取り組む気迫がそうしたのか分からないが、この子たちは夏季大会前までは強い結束力を現した。毎週100%出席だった。監督に叱られながら個性的な7人はどんどん伸びた。今も成長している。早咲き遅咲き、個性そのものだ。
残念だったのは、夏季大会後、あれだけ良かった子たちが集まらなくなった。チームワークの最初はまず参加すること。大会の成績が大切なのではない。チームのために何かをしようという気持ちが大切。試合に出なくても仲間を励ます事は素晴らしいチームプレーだ。(もちろん、少年野球は自分が主役でプレーをすることが大切だが、時として試合に出られない時もあるが、たった1,2回でくさっちゃいけない。)

そして、再び6年生が一つになって卒業式を迎えた。(ちょっと前、焼肉を食べた時も一つになったが)みんな屈託なくまだまだ可愛い笑顔の子供たちだ。春一生懸命に野球に打ち込んだ時、夏以降個人個人の事情で離れ離れのチームとなった時。同じチームであって個性的なチーム、貴重な経験をしたチームでもある。
成長期の子供たちが「一生懸命」何かに打ち込む時は、親にとっても子供の人生観を育てる絶好の機会だ。

僕自身個人的には、お別れ会で卒業生にメッセージを送らなかった年はなかった。大阪に単身赴任した時も酒寄代表にメッセージを託した。今回初めて何も言わずに送り出した。個人的に申し訳ないと思っている。中学・高校での活躍を祈っている。去年も同じことを言ったが「一生懸命に敵うものなし」である。

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