信貴山  朝 護 孫 子 寺
信貴山 朝護孫子寺

2003.3月

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 日本で初めて毘沙門天が現れたとされる地
 聖徳太子
が,物部守屋討伐の戦勝祈願をしたところ
寅の年,寅の日,寅の刻に毘沙門天が現れ
その加護によって勝利し,自刻毘沙門天像を祀ったという
そして,この地を

『信ずべき,貴ぶべき山(信貴山)』
と名づけた
 九世紀末この山に本堂を建立し寺を再興した僧命蓮の加持が
醍醐天皇の病平癒に効いたため
『朝廷を子々孫々にわたり守護せよ』との意味で
『朝護孫子寺』の名を賜わる
かの
武田信玄も信仰者であったという
信貴山真言宗総本山



金剛力士像 阿形 仁王門 金剛力士像 吽形
金剛力士像 阿形 仁 王 門 金剛力士像 吽形

京都から,近畿日本鉄道の京都線・奈良線・生駒線と乗り継ぎ,信貴山下で下車
バスで信貴山の急坂を登り,下車後歩くこと10分ほどで
『仁王門』に到着

本堂へ向かう途中赤門前の世界一大福寅(高さ3m,長さ6mほどの大虎)にびっくり!!

赤門
赤 門
仁王門をくぐり,緩やかな坂道の参道をゆっくりと歩いていくと,この赤門に到着

    

赤門あたりから見上げた本堂舞台      いざ本堂へ
赤門あたりから本堂を見上げる いざ本堂

朱の欄干が映える舞台造り(懸け造り)の本堂
1951年に焼失し,豊臣秀吉の本願により,片桐且元が奉行となって1602(慶長7)年再建


本堂正面 額に黄金のむかでが 
『本 堂』
正面額の左右にあるのは
黄金のむかで
お寺の方に聞くと,
むかでは毘沙門天のお使いとのことで
むかでを見つけた時は,箸などでつかんで外へ逃がすのだそうです

お堂にあがることができるので,畳に座って毘沙門天像を拝しながらゆ〜ったりできます
この日は天気がよくありませんでしたが,舞台からの眺望はすばらしいそうです

ふだん見ることができる御本尊毘沙門天像は
『お前立ち』の像で
向かって右に妃とされる吉祥天像,左に子とされる善膩師童子像が配されています
その奥に
『中秘仏』そして『奥秘仏』が納められています

本堂の下をぐるりとまわる『戒壇めぐり』
なかは真っ暗で右手で壁をさわりながらゆっくりゆっくり歩きます
途中ぼーっと薄明かりがもれるところには,大日如来はじめ小さな仏像が・・・
まさに闇!!今の生活のなかではなかなか体験できない・・・

経蔵堂 経厨子 
 
 本堂入口左にある『経蔵堂』
正面に見えるのは,
『経厨子』で,これを廻すことが心願成就を祈る行
ちょうど来られたご夫婦に重いので一緒に廻してくださいと言われ,一緒に祈りつつ廻しました

なかに入ると,絵画・彫刻が施されており,堂の四隅には,
『四天王』が配されていました

経蔵堂 持国天像 経蔵堂 多聞天像 経蔵堂 広目天像 経蔵内 増長天像

持国天像       多聞天像      広目天像       増長天像    


境内には,成福院・玉蔵院・千手院の三院があり,とても広いです
『三宝荒神不動明王』(写真撮影禁止)の
赤い炎を背にした漆黒の姿にすごい力強さを感じ,感銘をうけました

    多聞天出現の石碑    水かけ不動尊

多聞天出現の石碑と水掛不動尊 

御本尊御朱印状   『御本尊の御朱印状』
このような朱印状があることを今まで知りませんでした。御朱印帳を
持ってお寺をまわり,そこに直接書きこんでもらう方もおられます。
これは,帳面を持っていない人のためのものです。
北方守護神毘沙門天,家の北側にはろうと思っています。

   広い境内をゆっくり歩いてまわると,とてもすっきりして気持ちがいいです
 歩いている間,絶え間なく
読経が響いてきました
時間のある方は
空鉢堂・信貴山城址へ登ってみるのも
ただ600mとありましたが,かなり急な上りで息が切れ…
登りきると龍王祠前の三体の石造の蛇(巳)がお出迎え
心あらわれる心地よさを感じることができました

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