興 福 寺
興福寺

2003.8月

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法相宗大本山
鎌足私邸山階寺が起源 飛鳥遷都により移転(厩坂寺)
平城京遷都により,不比等が現在地に移し,名を興福寺とした
南都焼討ちによりほぼ全焼も,鎌倉時代に復興造営が行われた
この時の仏像が多く伝わり『鎌倉時代の仏像の宝庫』といわれる
しかし江戸享保の大火で伽藍のほとんどが焼失
東金堂,五重塔,食堂,北円堂,三重塔,大湯屋などが残るだけと…
後,南円堂,中金堂建立も明治廃仏毀釈の中瓦解寸前に…
現在,復興に向け大がかりな計画が立てられている


奈良を訪れたとき,東大寺に向かう登大路を歩きながら眺めたり
塀がないので通りぬけたりすることはよくあったものの
興福寺を目的にしゆっくりと見てまわったのは高校修学旅行以来・・・

猿沢池から五重塔へと向かう石段

猿沢池から五重塔へと向かう石段 五重塔が見える

三重塔 三重塔 鎌倉時代初期の再建

猿沢池ほとりを奈良駅方面へ戻り,南円堂へと向かう石段を登る
登りかけてすぐ左手にある 高さ16.2m

明治時代廃仏毀釈時
当時の30円で売りに出されたという

五重塔を見なれているせいか
なんだか新鮮な気持ちになりました

南円堂    南円堂

南円堂

こちらは重文指定だが,北に建つ北円堂は国宝で屋根の宝珠も有名とのこと
がしかし,なぜだか北円堂に向かうのを忘れてしまっちゃいました・・・

八角円堂の建物と,逆立ち獅子さんの鬼瓦?がユニーク

護摩木が焚かれる不動堂 南円堂の東に建つ

不動堂

ちょうど護摩木がお坊さんによって焚かれており
煙がもうもうとたちこめては
軒先から空へとのぼっていました

五重塔

五重塔

高さ50.8m 京都教王護国寺(東寺)五重塔に次ぐ奈良で最も高い仏塔
室町時代の再建で6代目にあたる
明治廃仏毀釈時
当時の50円で売りに出され危うく解体の危機にあったという・・・よかった〜

東金堂と五重塔    東金堂と五重塔

五重塔をバックに 東金堂

創建以来6度の焼失の後,室町時代に再建

本尊薬師如来坐像に日光・月光両脇侍立像
文殊菩薩坐像,維摩居士坐像,十二神将立像,四天王立像

を拝観することができます

なにより強く印象に残ったのは,鎌倉時代作
十二神将の恐ろしいまでに厳しく激しい表情と動き!!
見事なまでの
彩色と切金(細長く切った金・銀などの箔で衣などに繊細華麗な文様を描く)!!

四天王増長天に踏まれる邪鬼
仰向けで片足をのばし必死に上体を起こそうとしているかのような姿,髭面がな〜んともユーモラス


国 宝 館

最後に,『阿修羅像』が安置されている国宝館へ

真ん中にそびえるかのように立つ千手観音(蓮華王)立像を中心に
仏像をはじめさまざまな国宝,重文指定の宝物などがならぶ

特に強く印象に残ったのは

板彫十二神将立像(伐折羅,迷企羅大将)の見事でありながらもユーモラスな表現(平安)
これぞ金剛力士!!筋骨隆々の上半身に激しい怒りと鋭い表情で迫りくる
迫力満点の金剛力士立像(鎌倉)
もうなんともいえず滑稽でかわいい
天灯鬼と竜灯鬼(鎌倉)

現在は土壇しか残っていない
西金堂にもともと安置され,幾多の災厄をまぬがれてきた
八部衆の五部浄,迦楼羅,阿修羅
頭に象頭を戴き上半身だけが残る
五部浄
もとインド神話のガルーダという鳥の王者で,からす天狗の由来ともなった
迦楼羅

仏像の中でかなりな人気がある?魅力的な
興福寺『阿修羅』像
かつて帝釈天との戦いに明け暮れた鬼神であったとは到底信じられない華奢な姿
三面六臂の異形でありながらも,しなやかで不思議なほどの優しさを感じます
そして穏やかにも厳しくも見える,少年のようなその表情
眉間をよせ,せつなくさえ見えるそのまなざしは
いったい何に向けられているのでしょうか・・・

※国宝館に収蔵安置されているものは随時移動があるそうなのでご注意ください


現在は塀もなく小さいともいえる境内ですが
創建時,鎌倉復興時には影響力絶大の立派な寺だったんだろうな〜

『阿修羅』像を二十年ぶり??にこの目にしっかりとやきつけることができました

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