経済成長の源
市吉 修 2008/4/20
はじめに
人間は原始時代から既に交換経済を始めた。今日では経済活動の大半は交換経済であり、そのための便利な手段であるお金によって経済的価値(富)が表現される。社会全体の富が増える事を経済成長と言い、減じることを経済衰退という。万人の望む事は富が増大し、しかもできるだけ公平に分配される事であろう。ここでは経済成長の機構について考えて見よう。
交換経済
今日では経済活動の大半は交換経済である。殆どの製品は原材料から加工、出荷、販売、消費の全過程において市場を通じて交換される。今ある商品の生産段階iにおける付加価値関係は次の方程式で表される。
s(i)
= r(i) + cs(i) + cl(i) + p(i) (1)
但し
s(i) ;
生産段階iにおける製品の価格
r(i) ;
生産段階iにおける材料費(商売の場合は仕入れ値)
cs(i) ;
生産段階iにおける生産システムのコスト(地代、生産設備の原価償却費など、(商売の場合は店舗費用や宣伝広告費など))
cl(i) ; 生産段階iにおける生産活動に必要な人件費
p(i) : 生産段階iにおける利益(profit)
交換経済においてはある生産段階の売り上げは次の生産段階の材料費に他ならないから
r(i)
= s(i-1)
(2)
が成り立つ。
収入
生産段階iで生じる収入とは人間に支払われる価値であり
cl(i)
+ p(i) = s(i) – r(i) – cs(i) (3)
である。
今その製品が全生産段階で産み出す収入の総額はi=1,2,,,,n について総和をとると
[i=1,n]∑{cl(i) +
p(i)} =
s(n) – r(n) – cs(n)
+
s(n-1) – r(n-1) – cs(n-1)
+
s(n-2) – r(n-2) –cs(n-2)
---------------------------------
+s(1)
– r(1) – cs(1)
=
s(n) – r(1) - [i=1,n]∑cs(i) (4)
国民総生産高と国民総収入
現実の経済は非常に多数の生産者が多数の製品を生産し相互に複雑に関連し合っている。そこである経済の領域を国と呼んでその中での総和をとるものとする。ここで国とは国家、世界、県、市町村、企業あるいは個人企業でも良い。要するに考察の対象とする経済活動の全体である。すると上の関係は
W
= CL + P = S – CS – R (5)
ここで
W ;
対象としている国が単位時間(一年間)に創造する富
CL ;
対象としている国の労働者が単位時間(一年間)に得る総賃金
P ;
対象としている国の事業者が単位時間(一年間)に得る総利益
S ;
対象としている国の単位時間(一年間)の総売上高
CS ;
対象としている国の単位時間(一年間)の総生産システムコスト
R ;
対象としている国の単位時間(一年間)の総原材料費
ここでSはある国の一年間に当てはめると国民総生産高(GNP)に等しい。それに対してWを国民総収入(GNI, Gross National Income)と呼びCL&Pと表記することにする。
国民総生産Sは最終製品の総販売高であるがそれを買うのは人間であるからその原資は国民総収入Wであるが上の分析から常にW < Sである。人間が収入よりも大きな買い物をすることになるが、それは矛盾ではなかろうか。
実は原材料費Rも生産システムコストCSもその生産者から見れば売り上げであるから国全体で通算すればGNPの一部に他ならない。Sに占めるR, CSの比率をα、βとすると
R = α .S (6a)
CS = β.S (6b)
故に
W = (1 – α
– β).S (7)
人間の経済は結局自然の恵みによる。
人間の経済の始まりは原材料の供給であるが、結局それは自然の恵みである。たとえば食べ物の場合を考えると原初の生産は農業であり、その本質は撒いた種から何十、何百、何千倍もの実が収穫されることにすべてがかかっている。人間の生み出したものは知識や技術であり、その応用によって原材料を生産するのであるが、原材料を産み出す母体は自然そのものである。
国民総収入を増やすには
単位期間(一年)GNPの変化をΔSで表すと
ΔS = ΔCL&P
+ ΔCS + ΔR (8)
今原材料費が高くなるとすると最終製品の価格が上がる。すると需要が減って販売量が減る。他方生産システムコストが下がり製品の価格が下がると需要が増えて販売量が増える。このことからGNPはほぼ一定に保たれる傾向がある事がわかる。
そこで国民総収入CL&Pを増やすためには原材料費と生産システムコストを下げれば良い。
そのためには創意工夫と技術開発が必要である。開発投資の源はCL&Pであるから原価低減係数をh,kとすると
ΔR = -
h.CL&P (9a)
ΔCS = -
k.CL&P (9b)
国民総収入を増やすための更に有力な方法は新製品や新事業の創造である。そのためには研究、開発の為の投資が必要であるがその源も国民の収入に他ならない。その投資効果の係数をgとすると
ΔS = g.CL&P (10)
以上より国民総収入及びGNPの増加は
ΔCL&P
= ( g + h + k ).CL&P (11a)
ΔS = g (1 - α- β ) . S (11b)
国民総収入の成長の条件
上の解析により
g + h + k > 0 ならばプラス成長 (12a)
g + h + k = 0ならば零成長 (12b)
g + h + k < 0ならばマイナス成長 (12c)
国民総収入を増大するためには原材料費と生産システムのコストを下げるか、経済成長を実現すれば良い。
消費とは生産である。
交換経済においてあらゆる製品は最終的には販売され、消費される。消費されて価値が消えるのではなく、反対に新たな価値が創造される。例えばある人がある機械を買うのはそれを用いて仕事をして新たなものを生産するためである。その機械を買ったことによって生産効率があがればk > 0となり国民総収入の増加に寄与することになる。
食べ物を消費すれば物は消滅するが人間の生存と成長に役立つ。人間の経済活動の主体は人間であり食べ物は最も基礎的な産業であるが、その全活動の源は人間の農学の知識と技術の応用により産業化された自然の生産力と再生力である。交換経済においては売れるから物が生産されるのであり、消費と生産は同じものの裏と表であると言えよう。
国民総収入と経済成長政策の要旨
上の分析によって経済成長の方策を考えて見よう。
(1)
労働者の賃金の引き下げやコスト割れ販売は経済成長には役立たない。
CL& Pが下がると直にSも小さくなる。製品の価格は下がるが国民総収入が減少するため購買力が落ちて物が売れなくなり景気が悪くなる。利益が落ちると開発投資が思うに任せなくなり、経済成長は停滞する。
(2)
単純な賃金や利益の拡大は富の増大には役立たない。
CL&Pが増せば短期的に購買力は上がるが、同時に製品価格が上がれるため需要が落ちて販売量は減少する。
市場独占やカルテルによる価格の吊り上げや政治的な力による無理な賃上げは物価の高騰
即ちインフレを生じるがそれは経済成長には寄与しない。それどころかインフレは蓄積
された富、即ち貯金の価値を減ずるので国民の富は単に減少する結果に終わる。
所謂インフレ待望論は真の経済成長に寄与するところは少なく老後は貯蓄が頼りの老人の
財産を奪うことに他ならない。
(3) 国民総収入の成長の一つの道は既存の産業の改良である。
たとえGNPの成長がなくてもCSの減少、即ち生産システムコストの低減により国民の収入は増大する。それは例えば新たなより効率的な生産方法の開発によって実現される。同じく原材料費の低減によっても国民の収入は増大する。例えば農業技術の改良によって農産物の反当り収穫量の増大の実現である。
(4)
革新的な経済成長の道は新たな産業の創造である。
これは産業史を振り返ると極めて多くの例がある。例えば英国の産業革命の一つは蒸気機関車の発明と鉄道による輸送網の革命であった。それ以前の輸送手段は運河か馬車であったが鉄道は輸送力の爆発的増大と輸送コストの画期的な引き下げを実現した。鉄道の出現によって石炭の消費者価格が一挙に数分の一に下がったのである。
経済成長の原動力は学問にあり
交換経済の中で買占めにより物の価格を吊り上げたりして儲けるのは国民経済に寄与するところは何も無い。上に見たように経済成長を実現するには実質のある新製品の創造かあるいは新生産方法の開発以外には道が無い。それらの実現のためには技術や知識および市場に対する鋭敏な感覚が必要である。一言で言えば経済成長の原動力は学問であろう。
以上述べてきた筆者の経済思想は次の詩にまとめられる。
価値の源
人間はものを交換する動物なり
経済とは交換に値するものの生産なり
生産、流通、消費、消費されてぞ価値は生ずる
価値の源は何処にやある
設計、開発、発明、問題の発見と解決の努力
価値の源は人間の苦と知の交換にあり。
-完-
参考文献
[1] 市吉 修 「ガクモンのススメ」 HP二十一世紀を楽しく生きよう会
[2] John W. McConnel, Ideas of the Great Economists Barnes & Noble Books
[3] 伊藤元重 入門経済学 日本評論社