差出人:	OsIPortable <osamu-ichiyoshi@muf.biglobe.ne.jp>
送信日時:	2016年6月19日日曜日 22:46
宛先:	
件名:	RE: 超高齢化社会 ; 宮崎を去るに当たりて

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または全員へ返信により意見交換をお願いします。二十一世紀世界研究会とは「人が全国どこでも働き、生涯豊か
に生きられる世界」を提案し研究する会です。研究しながら理想の二十一世紀世界を実現しましょう。

今夜は宮崎最後の夜です。
明日の夕方父の形見のモータ付三輪車で宮崎港に行き、Ferry boatで翌朝神戸に着き、そこからペダルを踏んで
西宮に行き、妹に会い、父の形見を届ける予定です。そこから先は新幹線にて新横浜へ、横浜線に乗り換えて橋
本に到り、慣れた道に足車を飛ばして我家に帰る予定です。

一年半余の両親の介護
を通じて貴重な経験を積みました。両親の死に至るまでの生活をつぶさに共にし人生について貴重な教訓を得ま
した。また自転車で宮崎市内は隈なく走り回り、高岡や清武までは日常的に遠出しました。昨年の二月には遠く都
城まで父の三輪車で足を延ばしました。自転車にまたがると自然に鼻歌が出て何とも言えず楽しかったですね。
つるのしまマンションは大淀川沿いにありますがここからは川の土手を下れば宮崎港に、上れば綾町に到ります。
朝目を覚ましてカーテンを開けるともう河岸を走っている人がいます。大淀川の土手は一日中人が歩いており、
スズメ、鳩、カラスなども人を恐れず、近づいてもよたよたと歩いて道を譲ります。宮崎は良い所です。20年後には私
も宮崎のつるのしまマンションに帰って来ないとも限りません。

生活の動脈硬化
両親の遺品を整理して写真、両親の日記、仏典、盆栽関連の本、書道関連の本、書道の道具、布団や毛布、バス
タオル、服、大工道具、文房具等の量には辟易しました。弘法は筆を選ばずと言いますが父の場合は正にその
反対に筆だけでも100本にも近いものを所有しながら腕は大して上達もしなかったように思います。この生活の
動脈硬化は私についてはさらに甚だしく、本屋ができる程の本を持ちながら、その学識は誠に貧しい。朝永振一郎
の本を読むと量子力学の黎明期には参考書もなく手探りで論文に取り組み、HeitlerやDiracの教科書が出て随分
助かったそうです。情報に恵まれた現在の我々は情報の海に溺れ、情報に飢えていた戦前、戦中の朝永、湯川
その他の科学者が却って独創的な研究を進めた事は注目すべき事ではないでしょうか。

豊かな社会の貧困
が問題ですね。上述のように物質的な豊かさが精神的な貧困をもたらす事と、豊かさ自体の生み出す問題、例えば
肥満問題です。父は数年の一人出稼ぎの後で末の妹の就職後母も合流したことで安心したあまり、食が進んで
布袋様のごとく腹が突出して結局糖尿病になってしまいました。ちょうど今の私の年頃の事です。父が百歳に至ら
なかった原因の一つはここにあると思います。百寿者に糖尿病者はいないそうですから。

豊かな社会を豊かに生きる
老人の社会的役割は楽しく生きる事だと思います。誰でもやがて老人になるのですから。戦争直後に比べれば今
は誠に恵まれた社会です。その社会に家庭内暴力、幼児虐待、空腹を抱える貧困者がいる事は何かがおかしいと
思います。私は宮崎の偉人の中でも三千人の父と言われる石井十次に最も親近感を覚えます。私の両親の死は
私自身が老境に入った時なのでそんなに衝撃はありませんでしたが幼児期に親を失った孤児の衝撃は想像に余る
ものであり、石井十次の事業はまさに地獄で仏に会ったようなものでしょう。尤も石井十次自身の宗教はキリスト教で
したが。ここで宗教の違いは問題ではありません。宗教の違いはあの世に関する考えだけであり、この世に関しては
皆一致するはずです。即ち人道主義ですね。
貧しい社会でいかに豊かに暮らすかは戦争直後の社会を思い出せば明らかです。その知恵を生かせば豊かな
今日の世界は更に豊かに生きられるのではないでしょうか。
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* 市吉 修 Osamu Ichiyoshi
* 二十一世紀を楽しく生きよう会
* Human Network for Better 21 Century
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