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送信日時: 平成 21年9月13日日曜日 2:48
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件名: 二十一世紀企業研究会
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動物の虐待は人間の虐待に通ずる
会社で子猫を拾った話をすると子供みたいだと笑われました。しかし私が思うのは動物の虐待は人間の虐待に通ずるのではないかという事です。昔
昔米国留学中に日曜日にホストファミリーと通っていた教会の聖書のクラスでキリスト教徒が人間と動物の差を絶対視しているのに違和感を覚えた記憶があります。日本では古くから因幡の白ウサギ、浦島太郎、舌きり雀など人間と動物の間に絶対的なt壁はありませんでした。結局日本的自然観の方が学問的にも正しかった事は今日の生物学の教えるところです。
ところが今日の日本人は日本的自然観を忘れために動物虐待に鈍感になっているのではないでしょうか。それは引いては他人の不幸に対する無関心となります。そしてそれを痛感するのは自分が不幸になった時です。誰にも助けてもらえないという孤独感は病気や貧困などの不幸にも劣らず苦しいものです。年間実に三万人を超す自殺者の存在はこのような
人間社会との絆の欠如を物語っていると思います。
実は多くの人は迷い猫の声を聞いて心を痛めていると思いますが、誰かが拾ってくれるだろうと他人頼みをしているのではないかと思います。地域の人間関係が希薄なので相談する相手も地域問題を話し合う場もありません。子供を所謂名門学校に入れるのに熱心な親は地域の学校には無関心です。もう10年以上も昔の事ですがPTA役員の仕事として小中学校の次年度PTA役員のお願いに冬空を三ヶ月もかかって戸別訪問しました。人々が重要な子供の教育に何故あんなに非協力的であったのか未だに分かりません。自分さえ良ければ他人がどうなろうと知った事ではないという事は自分が苦しいときにも誰にも助けてもらえない事です。そのような社会に住みたいとは思いませんね。勿論各人の自立が社会の存立の第一条件ですが第二条件は人が互いに助け合う事です。結局人間社会を良くするには人がほんの少し他人に親切にすることでしょう。昔のように狭い地域に限られた窮屈な地域社会ではなくインターネット時代では世界に開かれた開放的な地域社会の構築が今日の人間復興に必要不可欠だと思います。それでも最も身近な地域の重要性は昔より増しこそすれ減る
ことはありません。インターネットで世界は一つの村になりましたが人が実際に住む村が最も遠い存在になっているのではないでしょうか。ほんの少し人が住んでいる地域に目を向ければ世界は本当に住みよい村になると思います。
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市吉 修
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二十一世紀を楽しく生きよう会
* URL; http://www5e.biglobe.ne.jp/~kaorin57/
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