市吉さん
ご高説有難うございます。
長年の疑問が解けました。日本人が一夜にして豹変したのではなく、明治政府が作り上げた皇国史観というドグマの虚構が崩れたことによるものだ、とのご説明に納得しました。
虚構はいずれは崩れるものですが、この虚構ゆえに300万人もの日本人が命を落としたことは悲劇です。また学問や教育の大半がこのドグマの維持・強化に使われたことは、学者や教育者が虚構であることを感じつつも流れに抗しけれずあるいは栄達を求め、膨大な数の曲学阿世の輩を生み出したということですね。これらの学者や教育者に言わせれば、虚構に乗らないものはバカ者であり、虚構が崩れたときにはいち早く降りるものが利口である、ということでしょう。
森 悦郎
-----Original Message-----
From: Osamu [mailto:osamu-ichiyoshi@muf.biglobe.ne.jp]
Sent: Monday, November 18, 2013 12:08 AM
To: Etsuro Mori; '市吉修';
Subject: Re: 証言集会報告
森さん、
第二次世界大戦の前後で日本人が豹変したのではないと思います。
鬼畜米英とか大東亜共栄圏とか子供は天皇の赤子とかいった事は政治スローガンであって実は日本人の大半は信じていなかったと思います。これらのスローガンの非現実性は戦後直ちに赤裸々になりました。
道徳的に最も罪深いのは「子共は天皇の赤子」スローガンでした。大日本帝国と戦後民主国家として再出発したはずの日本国の行動は無責任そのもの、最もか弱い戦争孤児を国家は見殺しにしました。日本国に見捨てられた戦争孤児は飢え死にするか、浮浪児になるか、或いは親類、他人に拾われるかしか道がありませんでした。食べるものも無い極端な物資不足の時代でしたので大半の戦争孤児は疎外、虐待、酷使され、まさにこの世の地獄を生きました。今更取り返しはつきませんが「子共は天皇の赤子」というのは真っ赤な嘘でしたね。
戦後米軍が日本に進駐して来た時は双方にとって初めは恐怖、しかし直ぐに驚きに変わりました。日本人は米人が鬼畜ではなく、人間である事に、米人は日本の民衆の従順さに驚きました。双方がお互いに持っていた相手のイメージは政治的なスローガンに過ぎなかったので何ら実体が無く、戦争が終わると即時消失しました。日本軍の中でも天皇のラジオ放送を聞いて直ぐにカイゼルひげを剃り落とした司令官がいたそうです。
戦前の軍国主義の嘘の根源は「天皇は神なり」でしょう。表面的にはこれは謂わば大日本帝国
の国教でしたが誰も信じてはいませんでした。長年昭和天皇のおそば近くに仕えた寺崎さんの
「昭和天皇独白録」によると美濃部達吉の天皇機関説が右翼の集中攻撃を受けていた時には
昭和天皇ご自身が「天皇機関説で良いではないか」と言われていたそうです。
天皇は神なりというドグマは明治政府が作り上げた虚構であり、本来日本人は誰もそんな事を
信じていなかったのは日本史を振り返れば明らかです。源氏物語では天皇を神などとする思想
は全く見えませんし、その子である光源氏はこの上も無く人間的な貴公子です。曽我氏、藤原氏、
平氏の権力の獲得手段は天皇に娘を嫁がせ、男子をもうけて次の天皇の外戚となる事でした。
天皇自身が権力を持っていた奈良時代以前には皇位を巡る権力闘争は骨肉相食む凄惨なもの
でどこにも神的なものはありません。
源頼朝が鎌倉幕府を開いて武家政権を確立してからも何回か朝廷による権力奪還の試みがありましたが何れも武家政権により鎮圧され、天皇、上皇といえども謀反の責任者は遠島への流罪に処せられました。
皇国史観なるものは明治政府が御用学者を使って無理にこしらえたもので国民に教え込むのに
は神がかり的な努力が必要でした。国民には天皇は神と教えてむやみに皇室と国民が近づかないように規制していましたが、天皇に直接会える政府や軍の高官達は天皇の事を「上御一人」と呼んでいました。
「天皇は神なり」という無理な虚構に基づいた歪な大日本帝国は無理な戦争によってアジア諸国と日本国内を廃墟にして崩壊しましたがこの虚構を最終的に粉砕したのは昭和天皇御自身の「人間宣言」でした。二、二六事件の鎮定、大東亜戦争の終結、日本国憲法の発布、人間宣言と昭和天皇は日本国の保持と民主化に偉大な足跡を残されました。
従って私は森さん程の悲観的な展望はしていません。日本の学術レベルは世界でも一流です。
大村智さんという人をご存知ですか。私は最近大村さんの伝記を読みました。山梨大学を出た方
です。大学時代は専らスキーに熱中して体育と理科の教師免状を得て卒業し、二年間東京の夜間高校の教師をされました。生徒の学習態度を見て自分の不勉強を恥じて東京理科大学大学院で化学を学びなおし薬学の道に進まれた方です。北里大学におい開発した薬でアフリカで蔓延しているオンコセルカ病を根治して一億人を救ったと言われています。 オンコセルカ病は蚊によって媒介される伝染病で失明をもたらす悲惨な病気です。
大村さんの業績については下記URLをご覧下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9D%91%E6%99%BA
大村さんの業績は偉大なものですが他にもノーベル賞に限りなく近いと言われる日本人は多勢います。学生の学力テストは私はあまり信用していません。学校の成績と社会に出てからその人が成し遂げる業績にはあまり関係は無いようです。学力テストでは測定できないところにその人の本性があるように思えます。
言論弾圧があれば日本人は断固戦うでしょう。残酷な大日本帝国の下でも日本人は勇敢に戦いました。今日の民主主義とインターネットを始めとするImmedia即ち人が直接世間に発信可能な通信網が広く普及した時代には如何なる反動政治屋も国民の言論を封殺する事はできません。
私は先月福岡で日韓共催の衛星通信学会に参加しました。外交専門家は日本と韓国の両国関係は冷え切っていると言いますが我々民間レベルではそれは全く関係ありません。共通の問題に対して熱心な研究発表と議論が行われました。私はこれにロシア、中国、あるいは北朝鮮からも参加して頂きたいと考えます。国際会議で日中外相が目も合わせないという記事を三ヶ月前に
読みましたが日本国内で外食するとあちこちの店で働いている従業員は中国人です。国民レベルでは一緒に学び、働き、生活を楽しんでいる時に日本語が堪能な中国の王毅、日本の岸田両外相が同じ場所にいるのに話もしないのは滑稽ではないでしょうか。
直接国際国民交流が進展すれば国家間の秘密など不必要になるでしょう。気がつけば政治家なるものが不必要になる時代が近づいていると考えています。それはエントロピーの法則のごとく単調に増加していく各国の財政赤字を見れば明らかです。日本はその最先端を走っていますので二十一世紀型民主国家への脱皮も一番早いはずです。
過去を未来に活かして進む事が大切です。いたずらに悲観してなどいられない時ではないでしょうか。
市吉
----- Original Message -----
From: "Etsuro Mori" <etsuromori@jcom.home.ne.jp>
To: "'OsI'" Sent: Sunday, November 17, 2013 6:09 PM
Subject: RE: 証言集会報告
> 市吉さん
終戦後の指導者の豹変ぶりは驚きですが、それと共に日本人の精神構造も驚きです。
> 鬼畜米英の本土上陸したら竹槍で刺し違える覚悟が終戦から一夜あければ米国兵に対
> するテロどころかGIVE ME CHOCOLATEと擦り寄って行くメンタリティーは日本人だけ
> でしょうか。ドイツやイタリアも同じように連合軍に媚を売ったのでしょうか。>
> 「生産力の基礎は学問にあり」とのご意見には同意です。アメリカの大学は世界中か>
> ら優秀な学生を集め、かれらがアメリカで新しい事業を起こして経済を活性化させて>
> います。正に大学を中心とする研究開発が産業の発展に結びついています。シンガ
> ポールも大学の質を上げて国の発展はかることに努力を傾けています。日本の大学は>
> 優秀な留学生を集めたいと思ってもなかなか来てくれないようですが。
> 秘密保護法案が通れば日本の言論の弾圧が進み、報道の自由も表現の自由も段々不
自由になるでしょう。これは学問の衰退、日本の国力の衰退につながる途です。国民の
> 圧倒的な支持を得て政権についた安倍内閣の提案した法律ですから、これは我々国民
> みずからが選択した衰退への途です。もはや日本に明るい未来はなさそうです。治安
> 維持法の時代に逆戻りです。
>
> 森 悦郎
>
> -----Original Message-----
> Subject: RE: 証言集会報告
差出人:
OsI [osamu-ichiyoshi@muf.biglobe.ne.jp]
送信
宛先:
件名:
RE: 証言集会報告
森さん、
G.Wallaceは一種正直な人で私はあの記事を読んで却って好感を抱いた事を覚えています。
日本人は戦時中は極端な軍国主義であった人が戦後は手の平を返したように民主主義の主導者になった人が多かったですね。典型的には学校がそうでした。昨日まで鬼畜米英と言っていた先生が戦後米英は民主主義国家であると教え始めた豹変ぶりは多感な子供に深い人間不信を植え付けました。
これは何も日本に限らずドイツでもそうでした。戦時中にヒトラーはこれ以上ナチス党員を増やすなと通達を出していますから。
権力者には尾を振り、弱者には噛み付くのは犬と同じく哺乳類である人間の動物的本能でしょう。
人間が動物と違うのは自己を含めた人間社会全体について考える事ができる事だと思います。真実や真理の探究こそ人間の特質だと思います。事物の研究において最も大切なのは正直です。自己に不利な事も真実なら認める正直さ無しにはいかなる学問も成り立ちません。この点G.Wallaceは正直であり、私は彼の思想には反対なのにも関わらず彼の政治屋としての力量は認めている理由です。
森さんが心配されている悲劇的状況は起こり得ますが、それは「もし私達が何もしなければ」という仮定の場合です。森さんが心配されているような状況になれば皆行動を起こすでしょう。今は圧倒的多数の自民党の国会議員の面々も次の選挙まで後2年そこそこしかありません。自民党の危機感は小泉元首相が最近脱原発発言を繰り返している事に現れているのではないでしょうか。
社会の基礎は生産力にあり、生産力の基礎は学問にあります。学問は人間の特質であり、その成果でもあれば手段でもある知識は人にあげても減るどころか返って増える特性を持っています。将来を心配することは問題の発見の入り口であり、問題を捉えたらあとはその解法の探求は技術的な問題になります。問題の認識、「如何に問うか」に学問の本質があると考えています。
人間が学問をやめたら森さんのご心配の状況が実現します。人間が学問を止めるのはHomo Sapiens即ち知恵ある人としての自分自身を失う時でしょう。従って人が人間である限りそのような心配は無いと思います。
森さんの心配は「官は強く、民は弱し」という事実にあるのではないでしょうか、官が強いのは組織力であり、民が弱いのは個人がばらばらだからでしょう。民が力を合わせる組織が作れれば何者にも勝る力になると思います。なにしろ社会を支えているのは官ではなく民であり、絶対的な人数も多いのですから。国民主権の確立には民の民主的な組織化が必要不可欠です。このMLも自由な意見交換を通じて民の協力の土台を作るものだと考えています。
貨幣の便利さになれきった文明人はお金が人間を支えると考えがちですが、良く考えればお金の価値を支えるものは生産力、生産力を支えるのは技術と組織、つまるところ学問であり、学問を創造するのは人間です。人間が確りすれば何も恐れる事はないのではないでしょうか。
学問
学問は人と人との対話になる
人は自己との対話で思考す
一人の経験は学問を通じて
万人の知識となる
思考で深まり対話で広がる
学問は人の自立の基なり
*************************************
* 市吉 修 Osamu Ichiyoshi
* 二十一世紀を楽しく生きよう会
* Human
Network for Better 21 Century
*
http://www5e.biglobe.ne.jp/~kaorin57/
*************************************
-----Original Message-----
From:
Etsuro Mori [mailto:etsuromori@jcom.home.ne.jp]
Sent:
Wednesday, November 13, 2013 1:47 AM
To: 'OsI';
'市吉修';
Subject:
RE: 証言集会報告
市吉さん、今日は
G.Wallaceが黒人擁護派に転向し知事を続けたとは驚きです。しかもそれを恥とする意識もなかったのは驚きです。
太平洋戦争の終戦で一夜にして国粋主義から民主主義に転向した指導者や学者もいました。変化に対応できる生物が生存し繁栄するとのダーウィンの理論を実証しました。
政治家は国民の幸福を最大にするために奉仕する人と想定されており、国民のそのように理解して投票を行なう筈ですが、現実には選挙区の住民の利益のため、それも農協や土木工事業者など特定の支持団体の利益のために、親の地盤を受け継いで当選した代議士ばかりです。低投票率は日本の危機ですが、投票したい立候補者も政党も見当たらない場合はどうしたらよいのでしょうか。
特定機密保護法が成立するようですが、いずれは戦前、戦中の言論弾圧の時代に逆戻りするのでしょう。これも国民の圧倒的多数の支持を得た自民党内閣の作った法律で、自民党に投票した方々はさぞかし満足しておられるでしょう。とにかく法案があろうがなかろうが、昔から官僚は都合の悪いことは国民に知らせていません。例えば、バブル崩壊後の銀行救済に使った税金の額はいまだに公表されていません。また、佐藤栄作氏が非核3原則はナンセンスだと述べたことがアメリカの公文書にあることが確認されました。福島原発の処理状況も特定秘密になるでしょう。なぜなら、どうもひどい状況になっているようですから。
東芝が製造した他核種除去装置(ALPS)は本年3月に運転開始し、6月に運転を停止した。原因は配管の腐食による高濃度廃液の漏洩。厚さ9ミリのステンレスパイプが腐食し漏洩したため。福島原発敷地内にある1060基のタンクに35万トンの汚染水が溜まっているが、このタンクは鋼鉄製で腐食による汚染水の漏洩は時間の問題。これらのタンクは厚さ20センチのコンクリートに基礎ボルトもなく単におかれているだけで、この基礎コンクリートの不等沈下が発生し亀裂が入って来ている。これらは全て土木技術者や水処理技術者の常識外の仕事であり、専門家はあきれていますhttp://gwaterjapan.com/writings/1311current.pdf
最悪の事態は、汚染水タンクの倒壊⇒ 自民党政権の倒壊 ⇒ 日本国の倒壊(国債を買う銀行も投資家もいなくなり、全額日銀引き受け、日銀券の増発で貯金は無価値に)
そうならないように祈ります。そうなっても対処しようがないのですから。
森 悦郎
---
差出人: OsI [osamu-ichiyoshi@muf.biglobe.ne.jp]
送信
宛先:
件名: 証言集会報告
転送歓迎
配信無用の方はお手数ですが返信願います。本MLは会員の紹介により加入する会員の自主研究会です。返信または全員へ返信により意見交換をお願いします。二十一世紀社会研究会とは「人が全国どこでも働き、生涯豊かに生きられる社会」を提案し研究する会です。研究しながら理想の二十一世紀社会を実現しましょう。
証言集会報告
11/9京浜共同劇団において稲葉積さんの証言を聞く会に参加しました。場所は
稲葉さんは20歳の学生の時1943年に招集され中国の山西省に送られました。初年兵として理不尽な虐待を受けましたが才能を買われて通信部隊の将校に抜擢されました。
1945年に日中戦争は終わりましたが国民党と取引した軍の命令で2600名の日本軍の兵士が取り残され国民党軍と一緒に共産軍と闘わされました。その中で560名の日本軍兵士は戦死しました。4年後共産軍の捕虜となり永年収容所、ついで太源戦犯管理所に収容されやっと1956年に帰国することができました。国を出てから14年、三十歳を過ぎての帰国でした。
ところが帰ってみると日本国からは逃亡兵扱いされて軍人恩給も支給されませんでした。2001年に仲間の元残留兵と共に軍人恩給の支給を求めて裁判を起こしましたが敗訴となりました。当時の小泉潤一郎首相にも会いました。小泉氏は善処を約束しましたが、結局何も進展しませんでした。
稲葉さんの証言を聞いて1972年横井庄一さんがグアム島から帰還された時飛行機から降りて開口一番「恥ずかしながら帰って参りました」と言われた事、1974年ルパング島から帰られた小野田少尉がジャングルから出てくる条件として元上官による任務解除を要求した理由が分かりました。小野田さんのことは下記URLをご覧下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E7%94%B0%E5%AF%9B%E9%83%8E
残留日本兵についての解説は下記URLをご覧下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AE%8B%E7%95%99%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%85%B5
日本国への疑問
新宿の平和資料館の目的の一つは戦争末期に招集されながら軍人恩給がもらえない人の救済です。こちらは勤務期間が短すぎるためにもらえないのですが稲葉さん達の場合は逆に長すぎるためにもらえないのです。即ち国の主張は1945年8月の敗戦により日本軍は武装解除されて戦争は集結した事になっているのでそれ以降戦争を継続したのは個人の行動であり日本国とは関係ないという建前論です。日本軍が国民党と取引して一部の日本兵に国民党との戦争協力を命じたのは上層部が戦争責任を逃れるためだったと言われています。当の軍指導者はいち早く帰国して国会で国民党との取引を否定しているので日本国としては論理は通っていますが、稲葉さん達の証言によればそれは全く事実に反します。常識的にも戦争が終われば誰しも一刻も早く帰国したいものです。稲葉さん達は捕虜収容所で「異国の丘」という歌で望郷の念を慰めていたそうですが、それは全くその通りでしょう。
残留日本兵に対する日本国の仕打ちは戦争の最もか弱い犠牲者である戦争孤児を満州においても、日本国内においても全く見捨てて省みなかった事と同じです。従軍慰安婦問題も同様です。民主国家日本とは言っても弱者切り捨てがひどすぎます。政治屋は票に結びつかないものには無関心ですね。日本の政治屋は口にはきれい事を言いますが行動は票田として自分を支えるものの下僕だと思います。戦前の教養主義で鳴らした東大教授の河合栄次郎はドイツに行って共産主義に染まると出世できないと言ってドイツを避けていたそうですが事実ならばまさに曲学阿世の徒ですね。同様に票にならないものには無関心な政治屋は強きに尾を振り、弱きをいじめる犬のようなものではないでしょうか。
国民の自業自得ではありませんか
間接民主制では投票権こそ力であり私達の先人が命をかけて勝ち取った権利です。最近の選挙の投票率の低さは民主主義の危機だと思います。政治に無関な人は社会に無責任ではないでしょうか。その無責任が政府による弱者切捨てを生みいつの間にか自分が切り捨てられる事になると思います。非正規雇用の悪条件を嘆く人々がどういう政治行動を取っているのか大いに興味あるところです。
率直なGeorge Wallace
米国のAlabama州知事のG.Wallaceは公民権運動はなやかな時には黒人弾圧の旗頭でした。そのため彼は暗殺されかかって車椅子に乗る体になりました。黒人が多く投票するようになると彼は突然黒人に謝罪して今度は黒人のための政治屋に転身し知事を続けました。私は昔.Wallaceのinterview記事を読んだ記憶がありますが、彼はその変節を指摘されると「私は政治しか能が無いのです」と言っていました。G.Wallaceくらい政治屋の本質を自ら認めると返ってさわやかな印象を持った事を覚えています。
国民の自業自得を活かそう
以上の事をよく考え責任ある政治行動を通じていくらでも社会はよくできるのではないでしょうか。自業自得は通常悪い意味に使われますが良い意味の自業自得もあると思います。戦争は大半の人には他業他得です。極めて少数の人間が極めて多数の人間を支配できるのはラミッド型の階層構造によるのですがそれはエジプトのピラミッドと同じくなかなか強固ですね。
私は民主主義が日本文化の本質であると考えています。
日本語のひと
人は一つなり、世の素を成す
一人ひとりの 人は等し。
人の内なる ところには
人しき人の 心があるなり
人は内なる 心にて
外なる世界の 内を知るなり
人はおのおの 一人なれど
一つの世界の 分を成すなり
*************************************
* 市吉 修 Osamu Ichiyoshi
* 二十一世紀を楽しく生きよう会
* Human Network for Better 21 Century
* http://www5e.biglobe.ne.jp/~kaorin57/
*************************************