差出人: OsI [osamu-ichiyoshi@muf.biglobe.ne.jp]

送信日時: 2015126日日曜日 23:27

宛先: 'OsI';

件名: 超高齢化社会の問題: NHK Special無届介護ハウスを見て

 

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本日のNHK Specialに見る行政の問題

有料老人ホームは月25万円かかるそうですので大抵の人は入居困難でしょう。無届け介護ハウスは月15万円程度で済みますので多くの要介護老人に利用可能になると思います。

国から降りてくる指示により動く地方行政の対応は

 (1) 届けをせよ。

 (2) 届けたら規制に基づき、個室にしてスプリンクラーをつけよ。

これでは問題解決にならないのは明らかです。実態を無視した行政の杓子定規な対応は無責任ではないでしょうか。

 

問題解決

寝たきりに近い状態の介護老人のためには個室よりも大部屋の方が遥かに良いと思います。私は会社でも大部屋で仕事をしていましたし、海外勤務時には衝立で囲った部屋で働きました。考えて見ると屏風や衝立は古代から続く日本文化です。個室よりも衝立で区画した大部屋の方が介護する方もされる方にも便利ではないでしょうか。

 

健康老人

年老いても健康ならば一人暮らしができ、訪問看護、配食などのサービスを受けて住み慣れた自宅で暮らす事が可能です。私の母は高齢者対応マンションの自宅で最後まで暮らしました。施設や病院より遥かに安価で快適な暮らしです。親の健康寿命が長ければ家族の介護負担も比較的軽く自宅で親を看取る事は自分の将来のためにも貴重な体験となります。

私の母は93歳で死ぬ一週間前まで一人でトイレに行き、死の直前まで話しができました。また後半年で百歳の父は杖や押し車を使ってまだ歩行ができます。高齢者対応マンションに住み訪問看護を受けて基本的には一人暮らしもできる状態です。

 

健康寿命を延ばすには

 

[1] 心と体を働か

  父は毎朝半時間ほどお経をあげます。母の遺影に呼びかけながら70年間やって来たように朝夕の祈りは欠かしません。また103歳で書き終える5年日記を日中でもちょくちょくつけています。これらは心と頭の運動になっているのではないでしょうか。今年の5月末に二週間入院してから運動量は極端に落ちました。それ以前には大淀河の土手を何キロも歩いていたのが今は食事に下の食堂に行くだけです。そこで父のために小さなシーソーを作って足元に置きTVを見ながらでも足を動かせるようにしました。多少の運動効果は出ているようです。

 

[2] もの忘れについて

  母は同じ事を何回も聞く症状はありましたが頭はボケていませんでした。なぜならボケることを恐れていましたので。物忘れは自然な、むしろ脳には健康な状態ではないでしょうか。それは外国語を学べば常に感ずる事です。ある単語の綴りも発音も完璧に覚えているのに意味を忘れたり、ある意味にぴったりの言葉を知っている筈なのに必要な時に出て来なかったりするのはしばしばある事です。これは正に失語症に似た症状ですね。子共が言葉を覚えるのが速いのは生活しながら体験的に覚える事と、邪魔に成る余計な言語知識が無い事によると思います。私の感じでは忘れる事は脳の健康を示していると思います。一旦忘れて再び学ぶ事を繰り返して初めて知識は身につきます。私は定年退職後7年になりますが、専門分野の言葉は忘れても内容は忘れません。また関連書物をれば用語も含めて完全に思い出します。

 

[3] 健康寿命を延ばすには

 (1) 毎朝体操をする。

 (2) バランスのとれた食事をする。一旦箸をおいて噛むのに集中して食べる。

 (3) こまめに体を動かす。

 (4) 生涯学問をする。

 (5) 人生を楽しむ。

 (6) 人のために成る事をする。

事などを心がければ良いと思います。

 

[4] 生き方の模索

私は考える事と考えた事を表現するのが好きです。時にバカらしくなる時もありますが。

 

   人と世界

人を愛する人は幸いなり

己も人の一人なれば

己がために生きれば世界が狭くなり

人のために生きれば世界が広くなる

 

  苦生楽

苦しみを苦にせば二重に苦しからむ

苦を産む苦の根を断ち切るべし

苦しみは命の業の証なり

苦を究むれば楽を生ぜむ

 

  因果と縁起

蜘蛛の巣にかかれる虫のごと人は

因果と縁起の網に捕らわる

捕らわるる網を捉えて究むれば

因果と縁起の世は広がらむ

 

生きるとは畢竟生き方を模索する事ではないでしょうか。

 

市吉 修   Osamu Ichiyoshi

二十一世紀を楽しく生きよう会  Human Network for Better 21 Century