■ 1 はじめに |
2002年11月5日、大東市立上三箇保育所の保護者74名(後日、2名追加提訴)が、
大阪地方裁判所に対して「大東市立上三箇保育所廃止処分の取り消し」を求めて、
集団提訴を行いました。
これは、前年の同時期に提訴された「高石市立東羽衣保育所廃止処分取消等請求事件」に続く、
全国でも2例目の「公立保育所廃止・民営化」という問題を、
司法の場を通じて広く国民に問いかける裁判として提訴されたものです。
これらの訴訟は、小泉内閣発足後の「痛みを伴う構造改革」路線に添った、
保護者や子どもの権利を無視して強行される、
公立保育所の廃止・民営化という問題に対して、保護者や子どもの権利を高らかに主張し、
公的保育」を守る闘いとして行われたとことに大きな意義があり、
大東市においては、保護者や保育士、そして多くの市民が協力して
現岡本市政と鋭く対決している問題です。
|
■ 2 大東市における保育の実態と提訴までの経過 |
(1)現市長の当選
大東市には公立保育所6園(うち2園は同和保育所)、民間保育所15園の認可保育所があり、
大東市においては、これ以上の民営化が必要ないことは誰が見ても明らかです。
しかし、2000年4月に行われた市長選挙で、
公立保育所の民営化」を公約の一つに掲げた現市長が僅かの差で当選しました。
現市長は「3S21」という行革プランに基づいて、
学校給食の民間委託の実施や公立保育所民営化を検討する一方で、
予算を「投資的経費にシフトしていく」という方針で、公共事業への重点的な配分を行ってきました。
そして、2001年11月に「全公立保育所民営化」の方針を打ち出し、
その手はじめとして、2003年4月1日よりの上三箇保育所民営化を強行しました。
|
(2)保育所民営化の理由としての財政難
大東市は、公立保育所を民営化する理由として市の財政問題を上げ、
公立保育所と民間保育所における「超過負担」(*注)の差が大きいことを上げています。
しかし、大東市において、民間保育所と比べて公立保育所に経費がかかるのは、
別表(特別事業の実施状況)のように大東市における公立と民間の保育内容に
大きな違いがあることに起因しています。
別表からも明らかなように、民間保育所においては、基本保育以外の特別事業は、
「延長保育」以外ほとんど実施されておらず、
逆に公立保育所においては、
全ての園で基本保育以外の「延長保育・障害児保育・産休明け保育・地域事業」
という特別事業を実施しており、それらの事業を実施するための保育士が必要となり、
その分の経費が嵩むのは当然のことです。
加えて、児童の健康や安全にとって重要な役割を果たす「看護師」や「庁務員」といった職種が、
公立には正職員で配置されていますが、民間には正職員での配置はされておらず、
そのための経費が、民間よりも嵩むことも当然です。
このように公立と民間の保育内容に違いがあることは、大東市の行政責任の結果であり、
民間保育所の責任でないことはいうまでもありません。
(*注)「超過負担」とは・・・
保育所運営にかかるすべての支出から、国・府・市の負担
金や保育料などの一切の収入を差し引いた額で、市町村の実質的な持ち出し分のこと。
|
(3)市民に真実を伝えない大東市−住民投票直接請求運動へ
大東市は、以上のようなことを一切市民に明らかにせず、
ただ単に「公立保育所には、多額の経費がかかる」ことだけを宣伝し、
「民営化で浮いた予算は、他の子育て支援に回します」という耳障りのよいことを主張しています。
しかし、保育所民営化を実施しても、保育士が退職するわけではないので人件費が減らず、
結果として民営化による財政効果は小さなものであり、
大東市の試算でも、僅か4千万円程度しかありません。
大東市はこの事実も市民に明らかにしていないばかりか、
「単純試算で1億9千万円の削減になる」という宣伝を、
市の広報誌や市民向けリ−フレットで主張しています。
さらに、財政危機だといいながら、「住道駅周辺整備事業」や「ヘリポ−ト付き防災公園事業」には、
100億円を超える市民の税金が投入されるに至っては、
保育所民営化の理由が財政問題でないことは明らかな事となってきました。
このような事実を知った保護者や保育関係者達は、大東市の説明に納得できず、
「公立保育所民営化の是非を問う住民投票条例」制定の直接請求署名運動を展開し、
請求に必要な署名数の約10倍にあたる2万筆を超える署名を収集する結果となり、
住民の意思を議会や行政へ届けてきました。
しかしながら、これら多数の住民の意思を受け付けない議会によって、住民投票条例案は否決され、
保護者に残された最後の手段として訴訟に踏み切ることとなった訳です。
|
■ 3 「保育所入所選択権」と「保育を受ける権利」を主張する |
(1)児童福祉法の改正
1997(平成9)年の児童福祉法の改正を政府は、
保育所への入所が「公法上の契約となり『選択入所方式』に改正され、
保護者による保育所の選択の権利が法的に保障された」としていました。
これによって、
@保護者の選択が権利として保障されることとされ、
A意に反する転園は許されないとされた。
Bまた、従来行われていた短期間で区切る入所措置は、就学前までの入所承諾
ということに改められました。
このことは、改正時の厚生省が、全国児童福祉主管課長会議での説明で
「いってみれば、利用者主権への制度変更という言い方もできる」と述べていることや、
児童福祉法規研究会編の「児童福祉法の解説」を見ても明らかです。
今回の大東市の場合で見てみると、現在上三箇保育所に入所している児童や保護者は、
すべてこの改正児童福祉法に基づく入所となっており、
大東市から就学前までの公立の上三箇保育所での「入所承諾書」を受け、
現に保育を受けています。
しかし、先に述べたような理由で、公立の上三箇保育所は2003年4月1日をもって、
社会福祉法人が運営する民間保育園へと変わってしまいました。
「入所している誰もが選んでいない民間保育所に、行政の都合で強制的に入所させられる」
このようなことが実施されれば、改正児童福祉法の意味はなくなってしまいます。
それは、改正児童福祉法の主旨である「保護者の権利が保障され、意に反する転園が許されない」
ということに明確に違反するものであり、このような場合、児童福祉法に基づく
「保育の実施の解除」と「新たな選択」という手続きが必要となりますが、
今日に至るまで大東市からこのような説明は一切ありません。
|
(2)子どもの権利を踏みにじり、珍妙な理屈を展開する行政
おまけに、公立から民間へという変更は、土地・建物はそのままですが、
保育士全員が4月1日をもって全員入れ替わるという、小さな子どもたちに多大な犠牲を強いるものです。
現に、すでに同じような民営化が強行されている大阪府下の各地の状況を見ても、
「なぜ先生がみんな替わっちゃうの?わたしがいい子にしていなかったから?」
と子どもたちが大人に問いかけをしています。
このように、法律の主旨や保護者と子どもの権利を踏みにじり、
子どもたちに多大な犠牲を強いてまで強行される保育所民営化に、
合理的理由がないことは明らかです。
ところが、厚生労働省は高石市での裁判に驚いたのかどうか解りませんが、
『「選択権」は保障したが、「権利」ではない』という珍妙な理屈を展開しています。
2001年12月26日に開催された全国児童福祉主管課長会議の資料に、
質疑応答のかたちで「保育の実施の解除とは、現在保育所において保育している児童に対して
今後保育所における保育を行わないとする場合を意味し、設置運営主体の変更はこれにあたりません。
このため、再度保育の実施決定を行う必要はありません。」と述べています。
このように、自らが改正した法律を勝手にその解釈を変更するという行政のやり方を、許すわけにはいきません。
保護者達は、このような行政の理不尽とも司法の場で闘っているのです。
|
■ 4 小泉内閣の方針とも矛盾する大東市 |
子どもたちに犠牲を強いるこのような民営化は、
小泉内閣による「痛みを伴う構造改革」路線に基づくものであり、
小泉内閣は「待機児童ゼロ作戦」と銘打って保育への企業参入を含めた
「待機児童解消策」を実施しています。
しかし、大東市は公立保育所の民営化は実施するが、
待機児童解消のための具体策は持っていないというのが現実です。
2003年3月1日現在の大東市における就労・未就労を合わせた保育所入所希望者は
300名を超える人数となっており、これらを解消するためには保育所の新設しか考えられませんが、
大東市は、一部の民間園と公立園における定員増のみで対応しようとしています。
このことからも大東市の姿勢が、国の方針とも矛盾するものであることが明らかです
このような大東市の姿勢は、「民営化で浮いた財源は、他の子育て支援に回します」と
耳障りの良いことを主張していたにも関わらず、
上三箇保育所の売却代金約9千万円が「土地開発基金」に繰り入れられるという事実と共通しており、
保護者達は、このような「ご都合主義」ともいえる大東市の姿勢も、裁判を通じて明らかにしてきました。
|
■ 5 民営化後の問題と取り組み |
(1)「執行停止」却下の判決−大阪地裁(2003.3.26) 大阪高裁(3.28)
2002年11月5日の提訴以降、
私たちは「上三箇保育所廃止処分の取消を求める訴訟」の判決が出されるまでには相当の時間を要し、
その間に民営化の実施時期である翌年の4月1日を迎えるために、
上三箇保育所民営化の「執行停止」(仮処分申請)の訴訟を提訴しました。
「執行停止」に関わる仮処分の判決が出されるまでの間、大阪地裁において3回の口頭弁論が行われました。
保護者たちは、弁護団の先生方とも協力し原告全員からの陳述書、関係者の陳述書、
保育や法律に関する専門家の意見書並びに弁護団の準備書面や意見書等を裁判所に提出し、
大東市が実施しようとする上三箇保育所の民営化が如何に
合理性の無いものであるかということやその違法性を明らかにし、
何よりも子どもたちへの被害や影響が多大であることを訴えてきました。
それに引き替え、大東市側からは、
高石市における「執行停止」却下の判決文を提出するというありさまで、
「超過負担」問題をはじめとして、私たちの主張に対するまともな反論は一切ありませんでした。
しかし、大阪地裁は、民営化されたとしても
「児童らに事故や不適切な保育等により危害や重大な発達阻害等の障害が生じる
具体的危険性を認めることはできず、
申立人らに回復困難な損害を認めることはできない」として、「執行停止却下」の判決を下しました。
保護者たちは、その判決を不服として、即日大阪高裁に対して控訴しましたが、
結果は地裁同様「却下」という判決でした。
|
(2)裁判所も認める大東市の子どもや保護者たちへの配慮・説明不足
裁判所は、執行停止却下の判決を下したと言えども、その判決文の中で大東市の保護者への説明不足、
子どもたちへの配慮不足を指摘しており、そのことを通じて今後の子どもたちへの実際の保育がどうなるかが、
「本訴にも重要な影響を与える」と述べています。
大阪地裁の判決では、
「被申立人(大東市)は、本件保育所の民営化方針やその実施方法の決定にあたって、
重大な利害関係を有する本件保育所入所児童の保護者らの意見を聴取する機会を持つことがなく、
・・・(中略)・・・
方針を説明するのみであったと認められ、積極的に保護者らの希望、意見等を聴取し
これを取り入れることがなされたことを認める疎明資料はない。」
と述べ、続けて新保育園への引き継ぎに関しても
「引継期間をより長期間としたり、本件保育所の保育士を一定期間派遣するなどの
対応をとるべきではないかとの印象を払拭することができない」
と述べています。
また、大阪高裁の判決では、障害児保育に関しての言及があり
「新保育園に在籍する予定の4名の障害児に関し、個々の障害児の心身の状況や行動の特性について、
どの保育士からどの保育士にどのような具体的な引継ぎがされているかを
明確に認定することのできる資料は見当たらず、
・・・(中略)・・・
寝屋川福祉会には障害児保育の実績が乏しいにもかかわらず、
障害児保育に関して特別な配慮をしていないのではないかとも疑われるところである。」
と述べており、裁判所自身も執行停止却下の判決を下しながらも、
大東市の子どもたちへの配慮不足や保護者への説明不足を指摘しています。
|
(3)民営化後の具体的問題
執行停止却下の判決を受けて上三箇保育所は、
2003年4月1日より寝屋川福祉会が運営する民間保育園としてスタ−トしましたが、
保護者たちが懸念していたことが実際に起こりました。
それは、子どもたちが「保育所へ行きたがらない、保育所へ行っても泣きじゃくる」といったことでした。
全員ではないとしても、特に年齢の高い子どもたちにこういった影響が出てきました。
そして、「保育所やめる」と親に告げる子どもも表れてきました。
これらのことを通じて、慣れ親しんだ保育士が全て入れ替わるということの
子どもたちへの影響の大きさを、保護者たちも改めて感じたところです。
一方大東市は、保護者たちが求めていた民営化後の現保育士の派遣について、
頑なに受け入れなかったものが、上記のような大阪地裁の判決が出るやいなや、
手のひらを返したように現所長の週3回程度の派遣を決め、4月1日より実施しました。
これは、紛れもなく裁判所の判断を参考にとられた措置であると言え、このことにより、
保護者や子どもたちが少しは、安心できる結果となりました。
また、それ以降も子どもたちの状態が不安定(特に5才児)であることや園の行事や運営などについて、
以前との違いに保護者たちが戸惑うことも多々ありました。
特に、保護者に何の説明や連絡もなくロッカ−が新しくなり、
その結果として昼寝用布団が屋外の簡易倉庫へ移動させられたことには、多くの保護者が驚きました。
そのため保護者たちは、保育課との交渉を重ね、ある時は、法人の理事長とも話し合い、
保護者や子どもたちへの負担を軽減するために努力しました。
その結果として、布団は元通り屋内に戻りましたが、今回のような民営化ややり方では、
大東市が保護者たちに約束した「同じ保育の継承」は、到底実現できないことが明らかとなっています。
|
■ 6 おわりに |
2003年2月26日付、産経新聞は「大阪市での公立保育所民営化」の記事を掲載しています。
それによると
「児童の混乱を避けるため、市の職員は出向の形で委託後も残り、
数年かけて徐々に民間の保育士へと転換していく」
となっています。
これは、民営化そのものの是非は別としても、大阪市が高石市や大東市のことを調査し、
子どもたちへの影響を考えて打ち出した方針と考えられます。
しかし、だからといって「民営化」が正当化できるものではありません。
今、全国各地で公立保育所の民営化が実施されようとしていますが、
このように子どもたちへの影響を考えることが重要であり、
民営化そのものの是非についても、「子どもの権利条約」にあるような、
主人公である子どもたちの権利や保護者の権利を、
第一にして検討されなくてはならないと考えます。
大東では、「執行停止却下」の判決後、
「上三箇保育所廃止処分取消」を求める訴訟の本訴を続けながら、
子どもたちへの影響を最小限にとどめるため、先に述べたような取り組みを続けています。
しかし、実際の民営化によって子どもたちが受けた被害は、取り戻すことができないため、
「損害賠償請求」を本訴の請求に加えて提訴し、裁判を続けています。
引き続き多くの関係者や市民のみなさんと協力し、裁判闘争だけではなく、
大東市の保育水準を守り、子どもたちを守って行く取り組みを続けていくことと合わせ、
民営化問題に直面している全国の関係者と連帯し、
さらに大きな世論と運動をつくるために奮闘を続けてく決意です。
|