2009年1月の日記
2009-01-23
- 前回の記事で1日のユニークアクセスが70倍になりました。1日数hitのサイトでこんな事が起るのは心臓に悪いね。まあ概ね好評だつたみたいなので安心した。
- 怠惰に惨めに非生産的に生きる自由はイノベーションよりも大切な事だ。ネットや現実社会に共通して他人に生産的である事を強いる風潮があるやうに感じてゐる。実益も重要だが、それに反する自由の方を俺は選ぶ。
2009-01-20
解像度とブラウザサイズが比例しないケース
ディスプレイの解像度が大きくなれば、ブラウザの横幅も大きくなるのではないか、さう思つてゐた時期が私にもありました。しかし液晶をXGA(1024x768)からWSXGA+(1680x1050)に変へたら横幅は以下の画像のやうになつた。

見にくいとは思ふが、firefoxの中央に985x960と書かれてゐるのが見えると思ふ。XGA時代は横幅は最大値の1024pxである、しかしWSXGA+に変へたら横幅は増えるどころかむしろ985pxに減つてゐた。理由は見れば判るとほり、ブラウザの右側に別のソフトウェアを表示させてゐる為である。わざわざ大きいモニターを買つたのは、一度に複数の情報を表示させる為であつて、ブラウザを最大化して使ふのはあまりにも非合理でしかない。
横に置くソフトウェアによつてブラウザの横幅も変化するとしたら、当然横幅なんぞ固定されない方が私には都合よく、リキッドデザインの方が有難い。
私のやうなケースが多いかは不明だが、少くともディスプレイの解像度とブラウザの横幅は単純に比例しないと思ふ。
高解像度ディスプレイの値段が下り、メーカー製PCも高解像度なものだらけだ。一方でNetbookの台頭で低解像度ディスプレイも未だ強い。このやうな情勢下で適切な横幅を定めるのは困難だ。
日記のURI情報
- この日付のURI
- http://www5e.biglobe.ne.jp/~kamisiro/diary/d0901.html#d2009-01-20
2009-01-11
- ネットの世界で生き抜くのに求められるのは不感症と半死。
2009-01-10
- 自分が創造的であると言ひだしたら立派な堕落であらうよ。
2009-01-07
- 病はどんなライフハックよりも強力だ。それはライフハックとは逆方向の意味であり、病の苦痛は自信も楽観も粉々に粉砕してくれる。病は現実を見せてくれる。
2009-01-04
- ネットの海を巡りに巡つた果てに紡ぎ出される結論は究極的には「死にたい」か「死ねばいいのに」の二種類。
2009-01-03
- もし計算、推論、実測、実証、反証など全ての科學的研究を行つてくれる完璧精巧、高速なAIが誕生したら、考へる樂しみを失つて精神科や心療内科に通ふ科學者は増えるのだらうか。病院の先生もまたAIであり、先生に毆りかかる科學者と、突如咽び泣く科學者を想像する……。
- 經驗の必要性が叫ばれる。しかし經驗とは何かを得ると同時に何かを失ふことだ。經驗によつて別の經驗や感覺、價値觀が失はれるのである。なら經驗する内容も考へものだ。大人になつた我々はもう子供の頃の感覺や考へを取り戻せないのである。
- 人間一人愛してやるよりも、眞理や事實を一つ愛す方が餘程簡單だ。眞理と事實の爲ならば人間一人の事等どうでもいい、さう思へてくる。
- 今の社会は年長者がコンサバティヴで若者はリベラルなのはご承知の通りだが、我々の世代が老いるころ、歴史の激変の中で若者がリゴリズムを身につけ、我々老人達の軽薄ぶりを痛烈に批判する社会がやつてくるかもしれない。これは素晴らしい罰ではないか。「今の社会が困窮してゐるのはかつて老人どもが自由に好き放題にやつてきたからだ」、いかにもありさうな言ひ分である。
- ネットに恩を賣られすぎたので、ネットに飼ひ馴らされてゐる。