ある日、自分の研究室に正一が戻ると、見知らぬ人がいた。
当たり前だが驚いた。
研究室に来るのは殆どが同じ開発チーム内の人達ばかりで、そうでなければ連絡役の人か、もしくは時々昔からの付き合いがあるという理由で正一が所属しているボンゴレファミリーのトップが来るくらい。
それ以外の人はとても珍しい。
何か用なのだろうか、と扉を開いて入口に立ったまま考える。
そしてふと、そういえばこの部屋を出る時にちゃんと鍵をかけた筈だ、というのを思い出す。
この部屋は正一専用に近いので、別の誰かが入って開けっ放しにしたという可能性はない。
スペアキーはあるが、それを持っているのはジャンニーニで、目の前にいる見知らぬ人物ではない。
もしかして空き巣だろうか。
そんな言葉が頭を過ぎる。
ここが普通の一般住宅だったら、真っ先に見知らぬ誰かを見て空き巣だと思っただろう。
だが残念ながらここは一般住宅と言うには無理がある。
裏社会を仕切るマフィアの頂点に立つボンゴレファミリーの本部。
これが正一のいる場所だ。
そんな所に空き巣が入ったら、もう呆れるを通り越して感心してしまいそうだ。
入り口ですっかり固まってしまったまま、それでも結構呑気にそんな事を考えている正一を、不法侵入者は酷く楽しそうにニコニコと笑みを浮かべながら眺めていた。
その視線に気付いて正一は我に返る。
呑気に相手が誰かなんて考えている場合ではない。
それなりの機密を扱っている部屋だ。
本当に不法侵入者なら早く誰かに知らせないといけない。
慌てて携帯を取り出した正一の手を、いつの間に近付いたのか侵入者が掴む。
そして、しー、と人差し指を正一の口元に当て、そのまま部屋の中に引き摺り込んだ。
「なっ、何なんだよ、急に…!」
「静かにしてって。大丈夫だからさ。」
「何が大丈夫なんだよ!」
不審者に大丈夫と言われて、どうやって安心しろと言うのか。
正一は開発チームなので血生臭い戦いとは縁遠い位置にいる。
けれど自分がマフィアに所属しているという自覚は一応あるので、こんな所で不審者と出会えば流石に生命の危機を感じてしまう。
出入り口は不審者の後ろ側に、携帯電話はいつの間にか奪われていて、最後の望みはこの部屋にある内線用の電話だけ。
一生懸命に警戒して距離を取り、何とか電話の所に行こうとする正一を、やっぱり不審者は笑顔で眺めた。
「凄く警戒しているところ悪いんだけど、ボクに見覚えってないかな?」
「………、見覚え?」
ぱっと見た時には疑いもなく見知らぬ不審者と片付けた。
けれどそう尋ねられて改めて正一は視線の先にいる男を見る。
白い髪に白いスーツと、随分白が強く主張する格好をした、自分と同い年か少し上くらいに見える青年。
にこにこと向けられる笑みを訝しげに見返すが、今までの人生の中でこんな人と過ごした記憶はなかった。
ただ、ほんの少しの引っかかりを感じる。
けれどいくら考えてみてもその引っかかりの正体は分からない。
「人違い…、とか…。」
「まさか。間違いなくボクとキミは出会っているよ。」
「そう言われても…。」
「キミは頭が良いから、絶対に思い出せるよ。」
ゆっくりと青年が正一との距離を詰める。
逃げるように同じだけ正一は後退るが、部屋の広さという限界があった。
壁に背をぶつければそれ以上は下がれず、ゆっくりと青年は距離を詰めた。
すっかり電話からは離れてしまい、硬直したまま正一は青年を見た。
笑顔のまま青年はそっと正一の耳元に顔を寄せて、内緒話でもするように小声で言った。
「キミが非日常に巻き込まれる原因となった、10年バズーカ。」
「………、え?」
「それを実際に目の当たりにした、その時の事をよく思い出してみて。」
顔を離し、再び正一に笑顔を向けた青年を、正一はじっと眺める。
微かな引っ掛かりは確かに存在している。
それが10年バズーカと聞いて、確かに大きくなった。
もう随分昔の事だが、記憶から消したくても消えてくれない、あの非常識な出来事。
偶然にも10年後へ行ってしまった自分が見た景色は、何処かの大学だった。
そうしてそこで誰かとぶつかった。
5分間という短い時間で会話をしたのは、そのぶつかった誰かくらいで。
「あ。」
「あ?」
「あぁぁーっ!!」
そのぶつかった誰かの顔を思い出せれば、今まさに目の前にいる青年そのものだった。
「思い出してくれたんだ、嬉しいな。」
「何であの時のあの人がここに!?ていうか何であの時のあの人がボクの事を!!?」
「話せばすーっごく長くなるから、それはまた次の機会でいいかな。とにかくまた会えてうれしいよ、入江正一君。」
「ボクの名前まで!?」
「そっちは結構話せる量かと思うけど…。」
言い終わらないうちに何かが青年の後頭部にぶつかった。
正一がびくりと肩を震わせる。
青年の頭にぶつかって何度か跳ねて床に転がったのは、随分と丸い形をした羊のぬいぐるみだった。
何処にこんな物があったんだろう、と一瞬悩み。
それよりも誰が投げたかの方が重要だと、慌てて振り返る。
扉の所に立っていたのは、呆れ顔のドン・ボンゴレ、つまりは綱吉だった。
「綱吉君!」
「残念、時間切れ。」
正一にとって綱吉は年下なのだが、それでも自分が所属する組織のボスという事実がある。
少し情けない話だが、綱吉が来てくれて本気で助かったと安心した。
「せめて正式な自己紹介まで待ってくれたっていいじゃないですか。正一さんがすっかり混乱してる。」
「へぇ、綱吉君は正一さんって呼んでいるんだ。」
「話を誤魔化さない。」
「だってさ、今のボクには正ちゃんがいないからスパナもいない。かなり優秀な技術者を2人も失っているんだよ。これって結構痛いよね。」
「だからちゃんと技術協力をお互いにするって約束したじゃないですか。」
「そしたらやっぱり会いたいじゃない。」
「オレと正一さんで遊ばないでください。」
「あ、ばれた?」
「………、あの…、綱吉君。この人は…?」
「あ、すみません。」
壁と見知らぬ青年に挟まれたまま話を聞いていた正一が、そっと手を上げて質問をする。
とりあえず不審者だと思っていた青年は綱吉の知り合いだったらしい。
もしかしたらボンゴレファミリーに新しく入った人なのかもしれない。
それならそうと言ってくれればいいのに、と恨めしそうな視線を青年に向けたが。
「彼は白蘭。同盟を組んだミルフィオーレの事は知っていますか?」
「………、え?」
「うん。凄く今の正一さんは気まずいと思いますけど、彼がドン・ミルフィオーレの白蘭です。」
「………、えぇぇーっ!!!?」
この部屋にボンゴレとミルフィオーレの頂点がいるという事実に、ただそんな声を上げるしか出来なかった。
「な、なんで、何でドン・ミルフィオーレがボクの部屋なんかに!?」
「うん…、まぁ…、話せば凄く長くなるんですけど…。」
先程の白蘭と同じ返事だった。
でも長くても何でもいいから説明してほしかった。
一応それなりの立場にいるが、それでも正一はボンゴレの中にいる研究員の1人でしかない。
とてもドン・ミルフィオーレに目を付けられるような存在ではない。
それなのに何でわざわざ組織の頂点に立つ人が自分なんかに会いに来たのか。
困惑する正一を見て、白蘭はふわりと笑みを浮かべた。
柔らかくて優しい表情に、正一の思考は一瞬止まる。
その隙をついて、白蘭は正一を抱きしめた。
更に思考が止まる出来事に、ただ正一は呆然とした。
けれどじわりと感じる人の体温に、はっと我に返る。
慌てて振り払おうとしたが、けれどそこで彼がドン・ミルフィオーレだという事を思い出し、手が止まった。
自分が下手に逆らってはいけない存在だ。
綱吉が助けてくれる事を願ったが、何故か彼は難しい顔をしているだけだった。
訳が分からずにいると、再び耳元で白蘭の声がした。
「キミにとってボクは数回すれ違っただけの人か…。それも面白いね。」
白蘭はぎゅっと正一を抱きしめる腕に力を込める。
酷く居心地が悪そうに、そして隙あらば逃げようとしているが立場上それが出来ないと困っている、それがとてもよく伝わって来て小さく声を立てて笑った。
お互いにこれがほぼ初対面。
正一には別の平行世界で出会った白蘭の記憶があり。
白蘭にも別の世界で共にいた正一との記憶はあるけれど。
結局は敵対した、あのどうしようもなかった日々もなかなか楽しかったけれど、あれは今を生きる自分達にとっては何処にもない日々だから。
「今度はちゃんと仲良くしようね、入江正一君。」
とてもとても優しい声でそう言う白蘭に、正一はただ困惑してうろたえるしか出来なかった。
□ END □
2010.06.16/クロベ=帰らぬ日々
正一は何回か未来に行ったけど白蘭をまともに知る前に綱吉が止めた、とか何とか、そんな感じで
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