エゾギク



 綱吉の執務室の前に立ち、獄寺は入室の許可を得る為に大きな扉を数回叩いた。
 どうぞ、という返事はすぐに聞こえて来た。
 けれど扉を開けて部屋に入れば、綱吉は誰かと電話中。
 綱吉が直接電話を受け取るなんて、よっぽどの事があったのか、それともマフィア関係者の中でも綱吉と個人的な親交がある相手からなのか。
 もしも前者なら獄寺に情報が来る筈。
 それに綱吉の雰囲気はこれといって深刻ではなく、電話をしながら気にしないでと言うように獄寺へひらりと手を振る。
 この雰囲気ならおそらく後者なのだろう。
 相手が誰で何を話しているのか、少し気になるが、あまり気にしても失礼になる。
 出来るだけ気にしないようにしながら、机の上に適当に広げられた書類を片付ける。
 電話をしながらも書類に目を通している綱吉は、ああ、とか、うん、とか、そういった相槌だけを繰り返した。
 深刻そうではないのだが、何だか酷く気だるそうだ。
 長くかかる電話なのかと獄寺が綱吉を窺えば、ちょうど会話の終わりだった。
「あー…、はい、分かりました。適当に何とかしますと伝えておいてください。はい、お願いします。」
 その言葉が終わりだったようで、綱吉は受話器を置くと深々とため息をついた。
 少し疲れていないだろうか。
 ますます電話の内容が気になったが、聞いていいのだろうかと迷う。
 どうしようかと考えながら書類を整理していれば、獄寺君、と綱吉に声をかけられた。
「あ、はい。」
 少し驚いてしまったが、出来るだけ静かに返事をする。
 持っていた書類にサインをして机の上に置いた綱吉は、苦笑交じりの笑みを獄寺に向けた。
「今日の午後ってどれくらい時間を空けられる?」
「今日ですか…?」
 随分と急な話だ。
 手帳を開いて見れば、絶対に外せない用事は少ない。
 後の事を構わないのであれば、昼過ぎ頃に来る予定の客人の相手をすれば他は空けられるだろう。
 でも開けてしまえば明日からが悲惨な事になる。
「………、お聞きしたいのですが、どのような用事で予定を?」
「さっきの電話なんだけどね、桔梗さんからなんだ。」
「桔梗から?」
 獄寺が眉を顰めるのを綱吉は気付かない振りをした。
 真6弔花として過去に戦った相手の1人。
 彼らは今この未来でも白蘭と共にあった。
 親愛の証としてこちらの戦力を教えておくね、と言われて渡された彼らの情報は過去に戦った記憶と大差はなかった。
 公開された情報が全てだとは思えないが、今回も変わらずに白蘭の確かな戦力ではあるらしい。
 強いて違う部分があるとすれば、正一達で構成された6弔花がこの未来では存在しないので、桔梗達が普通に6弔花と呼ばれているくらいだろうか。
 だから随分と苦しめられた記憶はどうしても思い出してしまう。
 だが今の桔梗達には一切関係のないこと。
 そう思うが、流石に本人の目の前では敵意を剥き出しになどしないので、この場での不満くらいはそっと目を瞑っている。
「連中が10代目に何の用事なんですか?」
「桔梗さんがって言うか、白蘭からの伝言だったんだけどね。暇ならご飯でもどうですかって。」
「………、随分軽いですね…。」
「もう慣れたよ。」
 軽い口調と様子で何でもない事のように誘ってくるけれど。
 その中でさらりと重要な事を織り交ぜてくる事が度々ある。
 きっとこちらの反応を面白がっているのだろう。
 遊ばれているのは癇に障るが、それでもたらされる情報は有益なものばかりだから質が悪い。
 毎回そういうことをしてくるわけではなく、本当にただ単純に食事である場合もあるが、時間を作ってでも行った方がいいだろうと思ってしまう。
 獄寺もそれが分かっているので、手帳とにらめっこした後に、諦めたように肩を落とした。
「分かりました。13時より会談がありますが、それ以外はすべてキャンセル出来ます。」
「うん、ありがとう。」
「出来るだけ明日以降の予定に影響しないよう調整しておきます。守護者を使う事もありますが、よろしいですね。」
「本当にありがとう…、お願いします。」
「勿体ないお言葉です。」
「ついでだから今日の護衛もお願いしていいかな。」
「え?」
 ぱっと獄寺が顔を上げる。
 表情には驚きと一緒に喜びが混じっていた。
 守護者の中でも細かくて重要な仕事が多い獄寺を気遣って、綱吉が自分から進んで護衛に獄寺を選ぶ事は少ない。
 大切な会合などでは当然のように獄寺を隣に置くが、こういった他愛のないものだと真っ先に候補から除外される。
 綱吉がドン・ボンゴレとしている時に隣に立っていられる事はこの上ない幸福。
 けれどそれ以外の時でも傍にいたいと、やっぱりどうしても思う。
 だから嬉しさが込み上げてきたのだが。
「あ、そんな時間がないなら自分でやるよ。やっぱりいつも通りにクロームかな。」
 残念な事に、ただの勘違いだった。
 頼まれたのは護衛ではなく、護衛の手配。
 その事に気付いて、先程までの浮かれた気分が一気に降下すると同時に、勘違いをしてしまった事が酷く恥ずかしくなった。
「い、いいえ…!大丈夫、大丈夫です!」
「………、そう?」
「はい!」
 慌てて取り繕った笑顔を浮かべる。
 そうして誤魔化すように特に意味もなく手帳を捲った。
 確かにすぐ用意が出来る守護者の護衛はクロームになる。
 霧の守護者には部下を付けずにいるから身軽だ。
 実態がつかめないのが霧ならば、敵にも味方にもその存在を曖昧にして、そうして好きにやればいい。
 骸をしっかりと縛っておくのは無理と判断した結果の綱吉の言葉だった。
 危険かと思ったが、これで意外と上手くいっている。
 クロームが綱吉の言葉に逆らわない性格なのが上手くいっている要因の1つだろう。
 そんな曖昧さの為に任務らしい任務が滅多にないので、クロームの手が空いている事は多い。
 急に護衛が必要な時には助かる。
 彼女の実力には心許ない部分があるが、クロームが動けばほぼ確実に骸も動くので、その辺りはあまり心配していない。
 今日も彼女には特にこれと言った任務はないので、いつも通りにクロームを中心として、それから信頼出来る部下を手が空いている部隊から数人選ぶ。
 そう考えて獄寺は眉を顰めた。
 いつも通りと言えばいつも通りだ。
 すっかりこれが当たり前になってしまっている。
 仕方のない事だが、それが酷く寂しかった。
「獄寺君?」
「………、10代目。」
「なに?」
「白蘭は…、ただの食事に誘ったんですよね。」
「うん。まぁ…、多分だけど。でも会話的に疲れる事はあっても、特に大事になった経験はないから、その辺りは平気だと思うよ。」
「ですよね…。」
「何か心配な事でも?」
「そうじゃないですけど…。」
 少し迷った後に、獄寺は机をよけて綱吉の隣に立った。
 その動きを目で追った綱吉が、どうしたの、と首を傾げる。
 真っ直ぐに綱吉を見られなくて獄寺は視線を彷徨わせる。
 危険な事がないと分かっているならクロームが護衛で何の問題もない。
 今までそうだったからこの先も、と決めつけるのは危険だが、ここでボンゴレに喧嘩を売るメリットがミルフィオーレにあるとは思えない。
 あまり難しく考えずに片付けていい事だろう。
 だから、護衛をクロームから自分に変更する、尤もらしい理由がこれと言って浮かばずに。
「………、失礼します。」
 気付けば一言断った後に、返事も聞かずに獄寺は綱吉を抱き締めた。
 突然の事に綱吉はきょとりと獄寺を見る。
 けれど見えるのは銀色の髪と、座っている綱吉を立ったまま抱き締めているので少し体勢が辛そうだなと思う様子くらいで、しっかりと抱きしめられては表情も何も見えない。
「えーっと…、獄寺君?」
 何がどうしてこうなったんだろう。
 悩む綱吉を抱きしめる腕に力が込められた。
「今回の護衛、クロームではなくオレにしてください。」
 結局はただの我儘のような言葉しか言えなかった。
 綱吉が戸惑っているのが雰囲気で伝わってくる。
 これでは暫く顔を上げるのは無理そうだ。
「でも、獄寺君だって仕事が多いでしょう?オレが勝手に予定を変えたから、その影響だって…。」
「今日中に何とかします、絶対。」
「そんなに頑張らなくても…。急にどうしたの?」
 綱吉にとっては些細な事かもしれない。
 でも獄寺にとってはとても大切な事だ。
 それを伝えたくて一生懸命に言葉を選び、そっと口を開く。
「出来れば貴方はオレが守りたいし…、単純に、傍にいたいんです。」
 突然の告白に綱吉は一瞬戸惑い、けれどすぐにとても嬉しそうな笑みを浮かべた。
 綱吉から獄寺の顔が見られないように、獄寺もそんな綱吉の笑みを見る事はない。
 けれど少しでも伝わるように、そっと獄寺の背中を撫でた。
「心配しなくても、オレに1番近いのは、間違いなく獄寺君なのにね。」
 とても当たり前のように言う綱吉に獄寺は何も言えず、ただもう少しだけ抱きしめる腕に力を込めた。





□ END □

 2010.06.16/エゾギク(青)=あなたを信じているが心配
 この話を同盟設定でやる意味が何処にあったのか、いまいち分からない





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