クリスマスローズ



 ボンゴレとミルフィオーレの同盟。
 白蘭には反対意見は全て黙らせると言ったが、これが結構大変だった。
 今まで特に何の信頼関係もなかった者同士が突然同盟なんて言い出したら確かにこんなものだろう。
 分かっていた事だったが綱吉は大きなため息をつく。
 幹部達が警戒しているのは、ミルフィオーレの急成長。
 このまま手を組めば、その勢いのままこちらまで飲み込まれるのではないか。
 裏世界の頂点にいるボンゴレすら楽観視できない程の成長ぶりだから、その心配はごく普通だろう。
 でも綱吉は大丈夫だと思うし、実際に会議で大丈夫だと言いきった。
 ボンゴレはミルフィオーレに飲み込まれるどころか潰された。
 でも今は無事に存在していてミルフィオーレとの戦いなんて話題は一切ない。
 これこそ楽観視かもしれないが、新しい遊びを見つけたように笑った白蘭は、きっとボンゴレとの全面戦争なんて何度も飽きるくらいした事はもうやらない。
 綱吉という強い力と重い足枷を得て、状況を面倒な方へ、それを楽しんでいるだけだ。
 敵として戦っただけで個人的な話など同盟の話を持ち出された時にしかした事がないのに、綱吉は自信を持ってそう言えた。
 そしてその強い自信が会議の流れを綱吉が望む方向に運んでいる。
 渋る幹部たちを黙らせるのも時間の問題だろう。
 最難関と思われたリボーンは1度向き合って話しただけで納得してくれた。
 もしもの時は自分で何とかしろ。
 その言葉だけを残し、それ以上は綱吉の決定に何も口出ししていない。
 よって最難関は別の人になった。
 過去に白蘭と戦った事のある綱吉の守護者達。
 その中で特に綱吉の身を誰よりも心配している獄寺に。
「10代目!」
 今まさに考えていた人に声をかけられ、でかけたため息は何とか飲み込んだ。
 振り返ると廊下を走ってくる獄寺の姿。
 申し訳ないが少しうんざりしたような視線を向けた後に、綱吉はゆっくりと歩いた。
 追いついた獄寺が隣に並ぶ。
 部下が1人頭を下げている横を通り過ぎ、少し歩けば2人以外の姿はなくなった。
 それを確認した獄寺が、10代目、ともう1度呼びかける。
 彼にしては珍しい、少しだけ咎めるような声は、白蘭と同盟を組んだと知らせた時からずっとだ。
 やっぱりその話か、と思いながら綱吉は持っていた書類を1枚押し付ける。
「ミルフィオーレの事はもう少しで通りそうだよ。」
「10代目、やっぱり思い直してください!」
「キミは最近ずっとそればっかりだ。」
「当たり前です!」
 その気持ちはよく分かる。
 何せ過去では戦った相手だ。
 そして自分は作戦とは言え射殺されるという場面を演じる事にまでなった。
 過去で未来に飛ばされたばかりの時は、てっきり自分は本当に死んでしまったんだと思い、実際に棺桶を見て同じ気持ちを味わった獄寺が酷く落ち込んでいた事は覚えている。
 少し間違えればあの時の二の舞。
 しかもこちらは何の準備もしていないので今度こそ本当の意味で棺桶に入らなくてはいけない。
 右腕という立場を考えても、彼はどんなに心配してもし足りないだろう。
「今度キミも会ってみればいいよ。そうすればオレの言いたい事は何となく分かる。」
「分かりたくもありません!あいつはボンゴレを、10代目を…!」
「獄寺君。」
 匣から出したナッツを獄寺の顔面に押し付ける。
 妙な感じに獄寺の言葉は途切れ、綱吉が手を離せばナッツは器用に獄寺の頭の上によじ登った。
 瓜の匣が遊びたそうにかたかたと揺れたが獄寺が気付く様子はない。
「変な事は言わない。今のオレ達の世界では関係のない話だ。」
「それは…、そうですけど…。」
「キミの言いたい事は分かる。でもオレはここで全面戦争は避けたい。」
 正直この時代の白蘭と付き合いが始まれば、もしここで断ったとしても、そっか残念、で終わるような気もしてきた。
 でもまだ完全にないとは言い切れないし、全面戦争が1番最悪のパターンだと思っている。
 獄寺も同じなのだろう、困ったように口ごもった。
「協力しなきゃいけないけど、オレもあの人を監視できる。悪くないと思ってるよ。」
「10代目…。」
「ナッツ、おいで。」
 手を伸ばせばその上をつたってナッツが綱吉の肩に移動する。
「お前は別に白蘭を警戒しないのにね。」
 肩に乗ったナッツの頭を指で撫でれば気持ちよさそうに目を細めた。
 匣兵器でも記憶はある筈で、ナッツも白蘭と戦った記憶はあると思う。
 でも警戒している雰囲気を見せたのは白蘭と出会った最初の時くらいで、それからは驚くほど大人しい。
 元々似たり寄ったりの性格だし、こちらの感情には敏感なので、つまり綱吉は早々に警戒を解いたと言う事なんだろう。
 獄寺もそのくらい肩から力を抜けばいいと思う。
 きっと過去の記憶のままに白蘭を警戒していては身が持たない。
「他の皆はなんて?」
「………、雲雀と骸は興味がない、残りの全員は10代目の決定に従うと…。」
「キミだけが反対なんだ。」
「………。」
「まぁ、キミはそういう役回りだよね。ごめん。」
「10代目が謝る事じゃありません。」
「キミはもっとオレを怒ってもいいのにな。」
 苦笑を浮かべながら呟き、綱吉は足を止める。
 同じように立ち止まった獄寺を振り返り、この広い廊下の何処にも人の気配がないことを確認し、そしてこの位置なら監視カメラの死角になる事も確認してから。
 不安そうにこちらを見る獄寺に、綱吉は頭を下げた。
「10代目!?」
「我儘だと分かっている。皆の優しさに甘えていると。でも、お願いだ、どうかこの我儘を聞いてほしい。」
「………。」
「もしもの時はオレの全てで償う。だから、お願い、許して。」
 獄寺はただ困惑して綱吉を見る。
 ボスになった綱吉は、相変わらず滅多に上の立場から獄寺達に命令をする事は必要最低限で、けれどこんなふうに頭を下げたり下手に出る事も少なくなった。
 自分の立場を自覚しているからだろう。
 それなのに、確認したとはいえ誰かに見られたら何を言われるか分からないのに、頭を下げて頼むなんて。
 本当はそれでも頷いてはいけない立場にあるんだろうと獄寺は思う。
 何を言われても恨まれてもボンゴレと綱吉の事を考えなければいけない。
 分かってはいる。
 でも獄寺は目を伏せた。
 綱吉の願いは最大限聞き入れたかった。
 最終的にボンゴレよりも綱吉を迷いなく選んでしまう辺りが自分のダメな部分だと分かっていても。
「1つだけ、約束をしてください。」
 頷くまで頭を上げる気はないだろう綱吉に、獄寺は穏やかな声で言った。
「本当にもしもの時が来たら、貴方は逃げると。誰を犠牲にしても、それがボンゴレでも守護者でも、オレでも。誰だろうと見捨てて自分だけは守ると、約束をしてください。」
 過去で10年後に飛ばされた時に綱吉が棺桶にいた、それは本当に獄寺のトラウマになってしまったらしい。
 ボンゴレを見捨ててなんて言っていい立場じゃないのに。
 ああ、愛されてるな、オレ。
 場違いにもそう思い、下を向いているのをいい事に少しの間幸せを実感してから、綱吉は顔を上げた。
「そんな事を言っちゃダメだよ。」
「今の10代目に言われたくありません。」
「それもそうだね。」
「約束してくださいますね。」
「うん…、約束する。皆が倒れようが、キミが傷付こうが死のうが、最後の最後にはオレを優先する。」
「………、それなら、もうこれ以上は何も言いません。貴方の望むままに全力を尽くします。」
「ありがとう、獄寺君。」
 やっぱり人の気配はないので、廊下の真中だったけれど遠慮なく綱吉は獄寺を抱き締めた。
 少し躊躇った後に獄寺も綱吉の背中に手を回し、力一杯に抱き締めた。
 不安がっている子供のようで綱吉は苦笑して自分よりずっと大きな男の背中をあやすように撫でる。
 そんな時に綱吉のポケットにある携帯が鳴った。
 メールだったが確認しないわけにもいかないので、お互い少し名残惜しく感じながらも手を離して携帯を開いた。
「………、白蘭?」
「何であいつが10代目のアドレス知っているんですか。」
「だってこの前交換したから。」
「………、え?」
 目を丸くした獄寺を放ってメールを見る。

『綱吉君へ。こっちの準備は万端だよ、ぜひ遊びに来てね、歓迎するから♪それとキミが招待してくれるのも楽しみに待ってるからねo(*^▽^*)o』

 2人とも暫く無言でマフィアのボスから貰ったとは思えないメールを眺めた。
「………、随分明るいメールで…。」
「………、デコメじゃなかっただけよしとしようか…。」
 白蘭が普通にこのメールを打ったかと思えば、笑いたい気持ちを通り過ぎて怖くなった。
 この人の為についさっき物凄くシリアスな話をしていたのかと思えば挫けそうになったが、ここで心が折れるのも酷く悔しい。
 気を取り直して綱吉は返信メールを作る。

『1週間後にぜひ遊びに来てください、全力で歓迎します!! (*゚ー^)/'`*:;,。・★』

 本当にマフィアのボスがやり取りするメールじゃない。
「って、1週間後ですか!?」
「さーて、獄寺君も頑張ろうね。明後日には幹部を黙らす、そしてその後は白蘭の歓迎会を無駄に力入れてやるからね。」
「あの…、本気で…?」
「本気じゃなきゃやってられないよ!」
 メールを返信した綱吉は、携帯を閉じてそんな事を無駄に力強く宣言した。





□ END □

 2010.03.07/クリスマスローズ=不安を取り除いて下さい
 この同盟話はもっと適当に馬鹿らしい話にしたいんだけどなぁ…、どうもうまくいっていない気がする





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