バーベナ



 ミルフィオーレのボスからボンゴレのボスへ会って話したいという申し出があったのは、ちょうど10年前の自分が10年後の未来へ飛ばされてミルフィオーレファミリーを倒した、それと同じくらいの頃だった。
 廊下を歩きながら、何だか息苦しく感じて無意識にネクタイを緩めそうになり、綱吉は慌てて手を止める。
 過去に飛ばされた未来でミルフィオーレを倒し無事に元の時代に戻って来てから約10年。
 飛ばされた未来ではボンゴレ本部が壊滅に追い込まれ、関わった全ての人がミルフィオーレに狙われていたが、そんな事は起こらないまま時間が過ぎた。
 ミルフィオーレファミリーは存在し、短時間で急成長を遂げた。
 マフィアの世界に君臨しているボンゴレが放っておけない程に。
 でもそれだけだった。
 アルコバレーノのおしゃぶりは狙われない。
 ボンゴレのボンゴレリングも狙われない。
 パラレルワールドではボンゴレが壊滅させられているので十分に警戒していたが、特に何もないまま今に至る。
 もしかしたら今回の会談が引き金なのかもしれないとも思ったが、場所はボンゴレの本部、来るのは白蘭1人。
 相手の目的はさっぱり分からない。
 分かると言えば綱吉の超直感でも一切悪い予感はしないという事だけ。
 自分の勘は信頼しているが油断をしてはいけない。
 出来る限りの準備を整えて会談に臨んだ。
 そんな綱吉に、この時代では初めて会う事になる白蘭は、笑顔でとんでもない事を言った。

「初めまして、ドン・ボンゴレ。突然だけどボクのミルフィオーレと同盟組まない?」

 会って握手をした瞬間に告げられたのは、綱吉があらかじめ考えていたどのパターンにも当てはまらない言葉だった。
「………、は?」
 ついボスとしての対応なんか忘れて間の抜けた声を上げる。
 楽しそうに笑った白蘭はソファーに座るとだるそうに肘掛を使って頬杖をついた。
「あはは。良い反応。まぁ座ってよ。」
「は…、はぁ…。」
 まるで自分の家にいるかのように椅子を勧められ、座ってから綱吉は我に返った。
「あ、あの…、ドン・ミルフィオーレ?」
「白蘭でいいよ。だからキミの事も綱吉君って呼ばせて。」
「それはいいですけど…、えっと、同盟?」
「うん、そう。キミとボクで同盟を組もうよ。」
 白蘭は笑顔のまま信じられない言葉を繰り返す。
 ボンゴレは彼の率いるミルフィオーレに潰されてきた。
 今こうして生き残っているボンゴレは、パラレルワールドの中では本当に奇跡みたいな存在だという。
 しかも生き残れたのは白蘭がボンゴレに対して特に何も動きを見せなかったからだ。
 今の時代の彼らと戦って勝ったわけじゃない。
 普通に考えるのならこれは裏のある取引で、こちらを油断させる手段のように思う。
 でも白蘭はそんな程度の事をする人には思えない。
 彼はもっと狡猾で目的に貪欲だ。
 それこそ、今度こそ本当に、今ここにいる綱吉を撃ち殺したって何もおかしくない。
 簡単に底を見せる人じゃない。
 見せるとしたら更に深い場所を用意してだ。
 何を考えているのか分からなくて綱吉は睨む様に白蘭を見る。
 その視線を笑顔で受け止めていた白蘭は、ひらりと手を振って見せて、それから指輪を1つ引き抜いた。
 それはマーレリングではない知らない指輪だった。
 けれどボンゴレリングやマーレリングに近い力は感じ、何処かで見つけてきたのかそれとも知識を元に作ったのか、とにかくそれが今の彼の指輪なのだろうと理解をした。
「………、白蘭?」
「これから話す事は誓って全て真実。一切の嘘はない。この言葉すらキミには信じられないだろうけど、とにかく聞いてほしい。」
 指輪を見て、白蘭を見て。
 少し悩んだ後に綱吉は頷いた。
 ありがとう、そう言った白蘭は、指輪をテーブルに置いて。

「実を言うとさ、飽きちゃったんだよね、トゥリニセッテコンプリートに。」
「………、はぁ!!?」

 またしても突拍子もない事を白蘭は言った。
「あき、飽きたって!飽きたって…!?」
「だってさー、ボクの中には集めきったけどいまいちだった記憶が山のようにあって、ようやくユニちゃんを見つけて成功しそうって思ったらキミ達に負けちゃって。正直もう心折れたよね。」
 あはは、と声を立てて彼は笑った。
 これはあれだろうか、何度やっても同じ所で躓き、やっと先に行けたと思ったら更に次で躓いてしまい、そこで投げる。
 そんなゲームを途中で投げ出してやらなくなる、あの時と同じ感じで白蘭は言っているのだろうか。
 暇がなくてゲームなんて随分とやっていないが、昔はよくやっていた。
 上手い方でもなかったので投げ出す事も度々あった。
 だから何となくその気持ちは分からなくもない。
 でも、そんなゲーム感覚なんて、少し酷くないだろうか。
 だって彼はボンゴレを壊滅させ、関わった全ての人を狙い、ユニという少女を利用し、散々自分達を追い詰めた。
 他の可能性を持つ世界ではそんな事をしていると知っているのに、飽きただなんて、そんな言葉。
「あ…っ、あんたは一体何を…っ!!」
 かっと頭に血が上った。
 思わず立ち上がって叫ぶ。
 それに対して白蘭は笑顔のままで、けれど目がすっと冷たくなった。
「落ち着いてよ綱吉君。確かにボクは数多くの可能性の中でキミ達からリングを奪って世界を支配した。でもそれは今を歩いているボク達にとってはただの可能性。知識と思考が共有出来る以上、全くの別人とは言わないけど、でもだからって全くの同一でもない。何もしていないボクに全ての怒りをぶつけるのは少しおかしくない?」
「それは…!」
「ボクがキミを殺した可能性もあり、ボクがキミに負けた可能性もある。でも今はそのどれでもない今だよ。」
 綱吉は唇を結んで強く手を握る。
 湧き上がってくる感情をどうしようか決めかねている綱吉を、白蘭は笑みを消して冷たい目のまま眺めた。
 少しの時間が経過した後に、綱吉は目を閉じて深く息を吐いた。
 力が抜けたように座り直してから、続きを、と言う。
 再び白蘭はにこりと笑みを浮かべる。
 その表情だけ考えれば彼はとても友好的に見えた。
「というわけで、とにかく飽きちゃったんだよ。普通に集めて世界征服はもう本当に数えきれないくらいパターンがあるし、ユニちゃんが協力してくれた場合には多少興味があるけど、でももう1回やるのもなーって感じでね。」
「………、正直その気持ちは少しわかります。」
「きっとそのパターンは何処かのボクが頑張るよ。だからボクは別パターンでいこうと思う。」
「それが、ボンゴレと同盟?」
「新しい可能性だと思うんだよね。だから少し面白そうかなって。この指輪とミルフィオーレの組織の力でどこまで出来るのか。」
「だからって同盟って…。」
「トゥリニセッテは使えないから別の使える力は使っておかないと。縛りプレイって言うらしいね、こういうの。」
「どれだけゲーム感覚ですか。」
「だってもう本当に普通にやるのには飽きたんだよ。今までの他のボクは本当に頑張ったと思うよ?」
 思わず綱吉は頷いた。
 確かによくもまあ数多くの可能性の中で挫折せずに集めたものだ。
 むしろ、集めない、という選択肢を今まで選ばなかった事の方が不思議なのかもしれない。
「それで、貴方の本心は?」
「言った通りだよ。使えるものは使いたい。キミだって、このままボクを放置しておくのは気持ちが悪いでしょう?」
「確かに。」
「言っちゃうと、あんまりやる気もなくてさ。綱吉君はボクを見張れるし、ボクはキミ達の力を借りられる。悪くないと思うんだ。」
「………、つまり?」
「面白そうだから。」
 言いきった白蘭の言葉に嘘は感じられない。
 飽きた、やる気がない、変化をつけないとつまらない、多少不自由の方が面白そう。
 この全ては間違いなく本心だろう。
 疲れたように綱吉は息をついた。
 ある意味では平和的に白蘭と決着がつけられたと思えるが、いらない厄介事を背負い込んだ気分でもある。
 だがここで交渉を決裂させては、また全面戦争になるのだろう。
 それだけは何としても避けたい。
 だから綱吉の答えはほぼ決まっていた。
「裏切ったら容赦しませんよ?」
「勿論だよ。綱吉君がボクの期待通りの人物であり続ける限り、ボク達が敵対する事はない。」
「分かりました。オレが1人で勝手に決められる話じゃないんですけど、その申し出を受けましょう。反対意見は黙らせますから、正式な事はその後で。」
「十分だよ。これからよろしく。」
 立ち上がった白蘭が綱吉へと手を差し出す。
 綱吉も立ち上がってしっかりと手を握った。
 白蘭と平和的に決着がつくとは思っていなかった綱吉にとっては、何だかとても不思議な気分だが、悪くはなかった。
「じゃあ友好の証として、のんびりお茶でも飲もうか。お茶菓子があればもっと嬉しいな。」
「………、こっちは構いませんけど、ミルフィオーレ的にそんなに長く単身でボスがボンゴレ本部にいていいんですか?」
「いいんだよ。ボクが頑張った結果なんてたくさん見たんだから、手を抜くくらいでちょうどいい。」
 だからお茶菓子、と白蘭は遠慮もなく要求する。
 本当にこうやって普通に話しているのは不思議で、でも悪くない気分なのだが。
 それにしたって記憶にある白蘭と変わり過ぎではないだろうか。
 手を抜いたその状態を楽しんでいる百蘭に、この同盟の話は本当に受けて正解だったのか、正直そんな気持ちが綱吉の中をよぎっていった。
 今更言葉を撤回出来ない事なんて分かりきっていたけれど。





□ END □

 2010.02.01/バーベナ(赤)=一致団結
 花言葉でタイトルがどこまで続けられるか凄い不安、こんな話を書いてしまった事も凄い不安





  ≪ Top ≫