初代出没注意1/2



 夢のような空間だった。
 実際に今は眠っているので夢の中なのだが、目が覚めてもしっかりと記憶に残っているので、夢と言うのも何となく不思議な感じがした。
 真っ白な地面と青空だけの空間。
 ぽつりと丸いテーブルがあって、上に並んでいるのは白い空間の中で一際鮮やかに見える綺麗なお菓子。
 一緒に出された紅茶もいい香りがした。
 紅茶の良し悪しなど分からないが、飲めば柔らかい甘さが心地よくて美味しいと言っていた。
 そうか、と静かな声が返って来る。
 綱吉は紅茶を飲みながら向かいに座る青年を見る。
 金色の髪にスーツを着た青年は、いつか綱吉が引き継ぐ予定になっているマフィアの頂点にあるボンゴレファミリーの創始者。
 綱吉はその10代目になる予定。
 物凄い勢いで代替わりをしたわけではないので、目の前にいる初代は随分昔に亡くなった人だ。
 原理はよく分からない。
 ただ綱吉が持つボンゴレのボスの証である指輪。
 それに意思が宿っているとかそういう話らしい。
 考えても分からないので細かい事は気にしない事にした。
 あまり深く考える事なく、時折こうして夢の中で初代ボンゴレであるジョットとお茶を飲んで話をしている。
 殆どは綱吉が一方的に話をしているだけ。
 ジョットは短い相槌を返してくれるだけなのが殆ど。
 その静かな空間がとても心地よかった。
 愚痴を言っても弱音を吐いてもジョットはただ聞いてくれる。
 怒られる事はないし過剰反応もない。
 綱吉にとっては貴重な存在だった。
「それにしても…、高校に入ってからリボーンのスパルタが輪を掛けて酷くなった気がするんですよ。」
「アルコバレーノか。」
「宿題も増える一方ですし、本当に勘弁してほしい…。」
「知識はあって困る物ではない。」
「それはそうですけど、加減って必要だと思うんです。」
「そうだな。」
 頷いてお茶を飲む。
 たったそれだけの動作がとても優雅に見えた。
 綱吉とジョットは何処となく似ていると言われた事があるが、綱吉はとてもじゃないがそんなふうには思えない。
 ボンゴレを継ぐ事は今でも気が重いが。
 ジョットには素直に憧れていた。
「初代も学校とか行っていたんですか?」
「どうだったかな。」
「何か聞くといつもそれで誤魔化しますよね。たまには話してくれてもいいと思うんですけど。」
「多くの可能性を持つお前に、話せる事は何もないよ。」
「そう言うのもいつもですよね…。」
 諦めて口の中にお菓子を放り込む。
 夢の中でも味ははっきりと感じて、名前すら知らない綺麗なお菓子はとても美味しかった。
「初代の話とかも聞いてみたかったんですけどね…。」
「何か困り事でもあるのか?」
「え?あー…、そういうわけでも…。」
 困っている、と言うわけではないが。
 少しだけ戸惑っていて、つい弱音が零れた。
「ただ、やっぱり中学から高校で少し生活変わって、オレにしては凄く長く友達とも付き合えていて…、ちょっと戸惑っています。その、特別大切な人もいますから…。」
「そうか。」
 ジョットからの返事はいつも通り。
 それに弱音を吐く事が許されているように思えて安心する。
「だから、何か参考になればなーって、話を聞きたかったんですが。」
「お前の行く先を決められるのはお前だけだ。」
「………、参考くらいはいいじゃないですか。」
 拗ねた綱吉にジョットは穏やかな笑みを浮かべた。
 その笑顔を見ていると些細な事はどうでもよくなるから不思議だ。
 気付けば綱吉もつられるように笑っていた。
 拗ねるのはやめて、いつものように目覚めるまで、夢の中の初代との不思議な時間を楽しんだ。

 そんないつもの夢を見た翌日。
 誰がこんな事になると想像しただろうか。
 少なくとも綱吉はそこまで想像力が豊かではなかった。
 でも、もうこれは想像力がどうのという問題ではなく、予知能力でもなければ驚かずにいるなんて無理だろう。
 綱吉は教室の後ろ側にある扉を開けた人物を凝視した。
 ぽかんと口を開けて随分間の抜けた顔をしていたが、それを気にする人は誰もいなかった。
 なにせ教室にいる全員が同じような顔をして同じ人を見ている。
 何の縁なのか高校でも同じクラスになった獄寺と山本も、ほぼ綱吉と同じ顔をしていた。
 そんな視線など突然の乱入者は一切無視。
 教室に入ると静かに扉を閉め、初代ボンゴレの肩書を持つジョットは教室の後方に陣取った。
 2時限目の授業が始まった矢先の出来事だった。

 突然だった。
 本当に突然教室の扉が開いた。
 先生の声しか聞こえない教室の中で、その音は異質な物として響き、自然と生徒の目はそちらへ向けられた。
 遅刻者が遅れて入ってきたのだろうかと思ったが。
 そこに立っていたのは綺麗な金色に明るいオレンジ色の目をしている、どうやっても外国人にしか見えない青年だった。
 スーツを着た外人に教室は静まり返る。
 綱吉も咄嗟に声が出なかった。
 かたりと獄寺の席からペンが落ちる音が聞こえた。
 それくらい驚くだろう。
 まずジョットはとっくの昔に亡くなった人。
 何故教室にいるという以前に、こうして普通に存在している事がもうおかしい。
 その上何故そんな当然のように教室に入ってくるのか。
 混乱が強すぎて綱吉の頭は真っ白になる。
 ジョットは暫く何も言わなかったが、静まり返った教室と向けられる視線にようやく気付いたのか、小さく首を傾げた。
「どうした?」
 どうしたじゃないよ、と心の中だけで綱吉は叫ぶ。
 けれど心の声が届く筈もない。
 ジョットはただ不思議そうに全員の視線を受け止める。
「気にせず進めてくれ。」
 そうしてどう考えても無茶な事を言った。
 日本に渡っただけあって日本語で喋っているが、どう見ても外国人の部外者が堂々と立っているのを、どうやって気にするなと言うのか。
 せめてもの救いはマントを羽織らず装飾品も身に着けず、ごく普通のスーツ姿でいてくれた事だろうか。
 けれどどうやっても教室にジョットが馴染むわけもない。
「あの…、失礼ですが、どなたで…?」
「見学者だ。」
 恐る恐る先生が声をかければ、返ってくる返事も堂々としたもの。
 あまりにも躊躇いがなくて、先生の方が言葉を詰まらせた。
 けれど部外者はジョット。
 先生は何とか気を取り直した。
「すみませんが、部外者が勝手に入ってきては困るんです。」
「何故だ?」
「いや、何故って…。」
「教師として見られて困るような事をしているわけではないだろう?」
「それはそうですが…。」
「ならば人の目など気にせず、堂々と授業を続ければいい。」
 ボンゴレ創始者の存在感は圧倒的だった。
 ただ普通に喋っているだけなのに、何故か先生が気圧されている。
 でも負けて欲しくなかった。
 先生が負ければジョットを何とか出来るのは綱吉だけになる。
 獄寺や山本といった目立つ人達の中心にいる為に、高校に入ってまだ日は経っていないのに、妙な感じに綱吉も有名になっていた。
 これ以上目立つ事はしたくない。
 極力穏やかに高校生活を過ごしたい。
 それは綱吉の心からの願いなのだが。
「………、なぁ、沢田。あの外人、何か沢田に似てないか?」
 隣の席のクラスメートがこっそりと言った。
 その声が聞こえた近くの席の人達も、綱吉とジョットを交互に見て、ああ本当だ、と言う。
 もうダメだ、と綱吉は思った。
 先生は既に勝ち目がない。
 何か言いたそうにしているのだが、ジョットを前に言葉が出ない。
 特にジョットが何をしているわけではないのだが、いるだけで無駄に存在感のある人だ、仕方がない。
 諦めて綱吉は立ち上がる。
 途端に教室中の視線が綱吉に集まった。
 どうしようもなく恥ずかしかったが、もう構っていられない。
「初代!」
「]世、どうした?」
 聞き慣れない外国語にきょとりとするクラスメートを放って、綱吉はジョットの前に立つ。
「何をしているんですか!」
「見学だ。」
「ダメですよ!学校は生徒か先生か関係者しか入れません!」
「授業参観というシステムがあるのだろう?」
「あるにはありますけど、あれは決まった日付にだけです!」
 ダメだ、埒が明かない。
 ついでにこれ以上は向けられる視線に耐えられない。
 そう思った綱吉はジョットの腕を引っ張り教室の外に向かった。
 ジョットは綱吉に逆らう事はしなかった。
 ただ不思議そうにして。
「授業はいいのか?」
 そう聞いてきたので、色々あったんです、と廊下で叫んでしまった。
 何事だと左右のクラスの先生が顔を出し、もうとにかく居た堪れない気持ちを抱えて、ジョットを引っ張ったまま綱吉は廊下を走った。
 行き先は決めていなかったが、とにかく外に行こうと思った。
 綱吉とジョットが走り去った後の教室は静まり返ったまま。
 やがて我に返った獄寺と山本も立ち上がり綱吉を追った。
 綱吉を追う2人を誰も止める事なくぽかんと見送り。
 いつもの面子が起こしたいつもの騒ぎが、と。
 それで納得した先生とクラスメートは、それじゃあ授業再開するぞ、と若干疲れた先生の声で日常へと戻って行った。
 クラスメートにそう思われているとは知らずに、綱吉は走って校舎の裏側へ向かった。
 一気に走ったので息が上がったが、後ろにいるジョットも走ったのに平然としていた。
 鍛え方の差なのか、それともいわゆる幽霊だからなのか。
 あまりその辺りは気にしない事にした。
 それよりももっと気にしなければいけない事がある。
「どういう事ですか!?」
「何がだ?」
「何でここにいるのかっていう話です!」
「見てみたくなった。」
「………、は?」
「]世が楽しみ悩んでいるこの場所を見てみたくなっただけだ。」
「………、それだけですか?」
「他にここに来る用事があるのか?」
 至極真面目な顔でジョットは言った。
 これが悪ふざけか何かならよかったのだが。
 残念ながらジョットは冗談や悪ふざけの類を全く言わない。
 少なくとも綱吉は言われた事がない。
 だから、ジョットが何か妙な事を言い出しても本人は大真面目だ、というのは夢の中で思い知っている。
 穏やかな彼に綱吉が憧れているのは本心。
 ただ、時々発言と行動がぶっ飛ぶ事さえなければな、と思っている。
「日本の様子も随分変わった。」
「そうでしょうね…。」
「お前の話を聞き想像するのも楽しいが、実際に見てみるのもいいかと思って来たのだが…、何かおかしかったか?」
 服装には気を付けたつもりだが、と自分の身形を気にする。
 そこじゃない、という突っ込みの代わりにため息が出た。
 もうこのままさぼって並盛観光でもした方がいいのだろうか。
 痛む頭で悩んでいる綱吉を気にせず、ジョットは辺りを見回す。
「それで、お前の悩みは何処だ?」
「え?」
「友人と想い人だったか?」
 あまりに簡単に言われて一瞬意味が分からなかった。
 向けられる柔らかい笑みを見て、向けられた言葉を理解すると一気に顔を赤くした。
 友人はいい。
 でも想い人は反則だ。
 今まで面と向かってそんなふうに言われた事がなかったので、咄嗟に対処が出来なかった。
「お…、想い人って…。」
「ん?恋人がいるのだろう?」
「うわあぁっ!!」
 耐え切れずに耳を塞いで蹲る。
 あの夢の中は特殊だ、記憶にはっきり残るのだが、それでも夢という曖昧さがある。
 そこですら恋人なんて言えなかった。
 それなのに現実でそんな事を真っ直ぐに言ってほしくない。
 恥ずかしくて悲鳴と共に蹲った綱吉に、ジョットは不思議そうな顔をして一緒にしゃがみ込んだ。
 不思議なこの光景を気にする人はいない。
 今は皆授業中だから校舎裏に来る人はいない。
 その筈だったのだが、10代目、と声が聞こえてびくりと肩が震えた。
「10代目、こちらにいらして…。」
「………、何を2人でやってんだ?」
 獄寺と山本が反応に困った顔をしながら、しゃがみ込んでいる2人の傍に寄る。
 心配して追いかけてきてくれたらしい。
 嬉しいには嬉しいが。
 少し、放っておいてほしかった、とも思う。
 恥ずかしさに申し訳なさが加わって、ますます顔が上げられず綱吉は小さく丸くなる。
「最近では突然悲鳴を上げてしゃがみ込む遊びが流行っているのか?」
 ジョットが見当外れな事を言った。
 半分は貴方のせいだ、と言う気にはなれなかった。
「いえ、聞いた事がありませんけど…。」
「というか、確かあんたってツナの凄く前の祖父さんだったよな?」
「おい、失礼な事を言うな!」
「………、確か…、]世の嵐と雨だったか。」
「は、はい!」
「そうか。」
 ジョットは立ち上がると、獄寺と山本をじっと見つめる。
 何かを確認しているような視線に、思わず少しだけ後退った。
 ただ目を合わせているだけなのに感じる妙な威圧感。
 けれど本人はとても淡々としていて。
「………、そうか。」
 もう1度同じ事を呟いた。
 何を思っての言葉なのか分からない。
 夢で何度も会っている綱吉でもジョットの考えは理解出来ない。
 碌に話した事もない2人ではもっと分からずに困惑するだけだろう。
 もしかして蹲っている場合ではないのかもしれないという事に綱吉はようやく気付いて立ち上がり、気を引こうとジョットの服を引っ張る。
 ジョットは簡単に振り返ってくれた。
「どうした?」
「あの…、オレの友達に、何か?」
「何かとは?」
「だからその、オレが無駄に心配をかけて、初代がそれを気にして来てくれたとか…、そういうわけじゃ…。」
 学校の事、友人の事、大切に想っている人の事。
 ジョットには甘えて色々相談した。
 もしかしてそれが重なって誤解をさせてしまったんじゃないか。
 だから友達と想い人は何処だとか言いだしたのだろうか。
 そう思って綱吉は焦ったが、どうやらそうではないらしい。
 綱吉にジョットは笑った。
 そっと浮かべた笑みは楽しそうでもあった。
「何故だ?」
「え?」
「大切な友人とこの先どう付き合っていくのか。良い悩みだ。何故心配などと思う?」
「………、本当に何をしに来たんですか?」
「だから見に来ただけだ。」
「じゃあさっきの思わせ振りな雰囲気は何ですか?」
「オレは何かしたか?」
「………、いえ、何でもありません。」
 本人は本当に不思議そうに首を傾げた。
 妙な威圧感は完全に無意識での事らしい。
 ある意味この人の本気を見てみたい気がしたが、それはそれで怖そうなので思うだけに止めた。
 とりあえず今日のこの人の行動には特に意味がない。
 綱吉はそう納得して頷く。
「2人もさぼらせてごめんね。」
「いえ、それは全然構いません。」
「それよりこの後どうする?」
「まずは学校を出ようかと…。」
「もう帰るのか?折角だ、この場所も見ておきたいのだが。」
「だから部外者はダメなんです。初代の事を聞かれたらオレはどう説明すればいいんですか!」
「遠い先祖だと答えればいい。」
「せめて親戚にしてください!」
「そう言えば、ツナの祖父さんは何でここにいれるんだ?幽霊か?」
「そのようなものだろう。意外と何とかなるものだった。」
「なっちゃダメです。そこは生き物として何とかなっちゃダメです。」
「………、ねえ。」
「何ですか!」
 反射的にきつい声で返してしまった。
 はっと綱吉は振り返る。
 勢いで返事をしてしまったが、今の声はここにいる4人の誰の声でもない。
 勢いよく振り返れば、腕を組んで立っている雲雀と目が合った。
 さっと血の気が引く。
 同時に先程ジョットに想い人と言われた事を思い出して顔が熱くなる。
 そんな忙しい反応を綱吉がしている事など気付かず。
 雲雀は随分と乱暴な返事に酷く不満そうな顔をした。
 ついでに群れているこの現状と、学校にいる筈がない部外者の存在が雲雀の不満を煽る原因になっているだろう。
 どうしよう、と綱吉は焦る。
 けれど山本は相変わらず呑気に挨拶をしているし、獄寺も相変わらず敵意を剥き出しにしている。
 いつも通りで確認するのも少し悲しくなった。
 ちらりと隣にいるジョットを見る。
 彼は観察するように雲雀を眺めていた。
「授業をさぼって部外者を入れて、しかもボクにその態度。キミも随分やるようになったよね。」
「違います!いえ、違いませんけど、事情があるんです!」
「ボクがそんなの聞くと思う?」
「全く思ってません!」
「正解。」
 こちらに歩いてくる雲雀は、とても楽しそうな笑みを浮かべ、地面を蹴ると一気に距離を詰めた。
 避けられない事もない、のだが。
 これを避けると本気の戦いが始まる。
 この一撃は甘んじて受けた方が楽に終わる。
 覚悟を決めてぎゅっと目を閉じ衝撃に構えるが。
 衝撃が来るよりも肩を抱かれて引き寄せられる方が先だった。
 驚いて目を開くとジョットだった。
 狙いが逸れたトンファーはジョットの真横に振り下ろされる。
 すぐさま振り上げたが、雲雀の腕を掴んで止めた。
「………、これ誰?」
「お前は確か…、]世の雲だったか。」
「雲?ああ、守護者がどうとか言うあれか。関係ないよ。」
「最近は突然殴りかかる遊びが流行っているのか?」
「違います…、何でも流行りの遊びだと思わないでください…。」
「ところで最初の質問に答えなよ。これ誰。」
「えーっと…、オレの遠縁…、かな?」
「そう。」
 自由なもう片方のトンファーで殴ろうとしたが、ぱっと突き飛ばすように手を離されてバランスを崩し、それも不発に終わる。
 それに雲雀の目付きが変わる。
 獲物を見つけたような目は平常心でいる時に見たくない。
 綱吉としてはこれ以上雲雀を煽って欲しくないのだが。
 だからといってジョットに、1発大人しく殴られてください、なんて間違っても言えない。
 ふと獄寺と山本を見れば、今にも暴れそうな獄寺を山本が笑って宥めてくれている。
 そちらの心配はしない事にした。
 自分が気にするべきは雲雀だけ。
「強そうじゃない。」
「そうでもない。」
「やれば分かるよ。」
「意味のない戦いに興味はないのだが…。」
「そっちの都合なんて知らない。」
 今にも戦い始めそうな様子に、綱吉は2人の間に割って入った。
 雲雀は強い。
 でもきっとジョットも強い、何せ歴代最強だ。
 そんな2人が戦い、エスカレートして死ぬ気の炎や匣なんて物を使いだせば大惨事になる。
 ジョットにやる気はないようだが、その状態がずっと続くかは不明。
 万が一を考えればぞっとした。
 流石に放っておけない。
「邪魔だよ。」
「ダメです雲雀さん!いくら雲雀さんでも初代相手は無理ですって!」
「………、ボクの方が弱いと?」
 あ、しまった、言葉選び間違えた。
 その事に気付いて血の気が引いたが、もう遅い。
「い、いえ、その、そういうわけじゃ…!」
「いいから離れなよ。ボクの前でよくも群れられるね。」
「無理ですよ!だってオレが退いたら戦い始めるじゃないですか!」
「退かなくても戦えるよ。キミもまとめてやればいいんだから。」
「雲雀さんならそう言うと思いました!!」
「………、成程。あれが]世の想い人か。」
「ぎゃあぁっ!!」
 みっともない悲鳴が上がった。
 けれど、今ここでそれを言うか、という気持ちでいっぱいの綱吉は、そんな些細な事を気にしている余裕はなかった。
「心を読まないでください!!」
「そんな特技はない。ただの勘だ。」
「本当に質が悪いな、オレの血筋は!」
「それより何でキミはそんなに嫌そうな反応するのさ。」
「雲雀さんこの会話に参加するんですか!?」
「気分が悪い。折角だからキミも纏めて片付けよう。」
「何で急にそんな怒るんですか!意味分かりませんよ!!」
「心とは難しいものだな。」
「初代と雲雀さんが極端に難し過ぎるだけですよ!」
 少し泣きたい気持ちになったが、そんな暇はない。
 地面を蹴った雲雀を見て、ジョットは綱吉を獄寺と山本の方へと突き飛ばす。
 その瞬間、気が変わった、とジョットが小さく呟いたのが聞こえた。
 山本に受け止められ、綱吉は慌てて顔を上げた。
 これじゃあ大惨事になる、と思ったのだが、ジョットは雲雀の攻撃を避けるだけだった。
 追いかけっこを楽しんでいるかのようにひらひらと避けていく。
 雲雀の速さも実力も知っている。
 だからこそ、それは驚くような光景だった。
「ツナの祖父さんって凄いんだな。」
「本当だ…、凄いんだね。」
「知らなかったのか?」
「あの人は掴み所なさ過ぎて…。」
「もういっそこのまま雲雀は氷漬けにでもしてもらった方がいいんじゃないですか?」
「流石にそれは酷いよ。」
 でもその可能性もあるかもしれない。
 今はまだジョットの手にグローブはなく額の炎もない。
 だが反撃に転じればそうなってしまうかもしれない。
 雲雀なら大丈夫だ、とは思うが。
 初代ならもしかして、とも思う。
 どうしようかと悩みながら、けれど割って入れる状況でもなく、ただ2人の戦いというよりは追いかけっこを見守る。
 万が一を考えて指輪と手袋を着けた。
 雲雀は随分苛立っているようだ。
 安易に匣を使う人ではないので大丈夫とは思うが、少し心配になる。
 ジョットの方はやっぱりよく分からない。
 追いかけっこを楽しんでいるようにも、何かを確かめているようにも見える。
 いつまでこれが続くのか。
 妙な緊張感に少し疲れてきた。
 そんな時に授業終了のチャイムが鳴る。
 それと同時に雲雀の雰囲気が変わった。
 気付いたジョットも避け続けていた足を止める。
 まずい、と思ったのは本当に直感だ。
「ストップ!!」
 気付けばそう叫び、手袋はグローブに変わっていた。
 そうして雲雀の攻撃よりも先に彼へと届きそうだったジョットの腕を掴む。
 雲雀の目の前で止まった手には、いつの間にかグローブがあった。
 そこに炎はなく、一瞬遅かったら獄寺の言う通りになっていたかもしれない。
 凍らすのは確かに足止めには手っ取り早い方法だ。
 けれどその事実にかっと頭に血が上った。
「いくら初代でも、雲雀さんに何かするなんてオレが許しません!!」
 雲雀を庇うように前に立ち叫ぶ。
 初代が驚いたように目を丸くした。
 それは綱吉の後ろにいた雲雀も同じだった。
 綱吉は気付かずにジョットを睨みつける。
 ただ驚いていたジョットは、綱吉を見て徐々に笑みを浮かべ、最後は声を立てて笑い始めた。
 微笑む事はあってもこんなふうに笑ったところは見た事がない。
 今度は綱吉が驚き、そして先程の自分のセリフを思い出して、慌てて遅いと分かりながら口元を手で押さえた。
「あ、あの…、初代…。」
「そうか、こちらも良い悩みのようだ。安心した。」
「す、すみません…。」
「何を謝る。本当に見に来ただけだったのが予想以上の収穫だ、良しとしよう。]世、また夢でお前の話を聞かせてくれ。」
「は…、はい…。」
「邪魔をしたな。」
 帰るのかと思いきや、ジョットは獄寺と山本を呼んだ。
 まだ学校を見て回る気らしい。
 歩いて行く3人を止める気力はもうなかった。
 安心したように息をつく綱吉の頭を、雲雀はトンファーで殴った。
 ゴンッ、と響いた音に頭を抱えて蹲る。
「なっ、何するんですか!」
「何で邪魔をするの。まさか本当にボクが負けるとでも?」
「そうじゃないです!そうじゃないんですけど!!」
「いいよ。その挑戦買おうじゃないか。」
「落ち着いてください!お願いですから落ち着いてください!!」
「聞かない。」
 蹲る綱吉の襟首を掴み、そのままずるずると引き摺って行く。
 行く先は風紀委員会の応接室だろうか。
 もしかして死ぬ気になるのは先程ではなく今だったのかもしれない。
 ふとそう思ったが、ため息をついて首を横に振る。
 結局綱吉は何もせずに大人しく引き摺られて行った。




□ END □

 2010.06.05
 これでもヒバツナと言い張る、元々一緒になる予定だった漫画を上げるならこれも上げちゃえという感覚で





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