深夜



「とりあえず…、何か言い残す事があるなら聞きますけど、何かありますか?」
 少し言葉を選び間違えたかもしれない、なんて思いながら訂正する気力もない綱吉は、目の前の二人を酷く呆れた表情で眺めた。
 片方は雲雀、もう片方は骸。
 他に苦笑いをしている山本と心配そうな顔をしているクロームがいるが、こちらの2人の事は今はどうでもよかった。
 綱吉の意識は完全に雲雀と骸に向いている。
 正確には雲雀と骸が起こした夜中の騒ぎにだ。
「おや、話を聞いてくれる余裕はあるんですか?」
「正直ないって言いたいよ…。」
 今日は運良く日付が変わる前に眠れる筈だった。
 それなりに綺麗に仕事が片付き、獄寺達も早く解放してあげる事が出来て、今日はゆっくり眠ろうと思っていた。
 部屋に戻った後も誰かに呼ばれる事はなく、これといった問題が起きる事もなく、無事にベッドに横になってうとうとと気持ちよくまどろんでいた、そんな時だった。
 突然の爆発音と、少し遅れての警報。
 綱吉の意識は強制的に浮上させられた。
 慌てて飛び起きて部屋を出れば、雲雀と骸が喧嘩を始めた、なんて泣きたくなるような報告が飛び込んできた。
 おかげで今の綱吉の格好は眠る前に脱いだシャツとズボンを着ただけ。
 現場に駆けつけてくれた山本やクロームも綱吉と同じような感じだった。
 この2人も完全な被害者で、同じようにいらない被害をこうむった人達は離れた場所で後片付けの作業をしていて、夜中だというのに本部の庭は随分と明るい。
 何でこんな事を、と怒る段階を通り過ぎ、何だってこんな時間にこんな事を、と呆れるしか出来ない。
「もう何て言うか本当に…。」
「喧嘩を吹っ掛けてきたのは向こうだよ。」
「つい。」
「何がついなんだよ、何が。」
「久し振りの再会には多少の障害や刺激があった方が彼も楽しいかと思ったんですよ。」
「はぁ?」
 にこにこと笑う骸へ本気で訳の分からないといった表情を綱吉は向ける。
 そうすると骸は目の前で酷く不機嫌そうな顔をして腕を組んでいる雲雀を指差した。
 綱吉が雲雀と会う時はいつだって、久し振りだな、という気持ちになる。
 綱吉はイタリアで雲雀は日本にいる事が多いので単純に距離があり、しかもお互いに忙しいのでどうしても自然と時間が経ってしまう。
 それに他の仲間達は傍にいるのに雲雀だけがいないという事も、離れている時間が長いような錯覚を起こさせる。
 大切な人となればさらに気持ちは重なるばかり。
 普段はあり気にしないようにしているが、気付けば久し振りだと強く実感して、雲雀がここにいるのがとても嬉しい。
 嬉しいが、喜べない。
 こんな状況でなければ夜中に叩き起こされても素直に喜んで迎え入れる事が出来たのに。
 綱吉が恨めしそうな視線を向ければ、骸はにこにこと胡散臭い笑顔を返す。
 折角だからちょっとした障害になってみた、と言うよりも、暇だからちょっかいを出してみた、と言う方がしっくりくる笑顔だ。
「寝ろよ。」
「眠くなかったんですよ。」
「しっかりスーツ着込んだままこんな夜中に暇を持て余して…。」
 もう日付は変わってしまった。
 誰もが眠るような深夜というわけではないが、それでも無駄な騒ぎを起こしていい時間ではない。
 こんな時間に警報に引っ掛かるような事をするのは暗殺狙いの不審者だけで十分だ。
 仲間同士のいざこざの為にどうしてこんな時間に飛び起きなければいけないのか。
 考えれば考えるだけ悲しくなってきた綱吉へ、ねえ、と雲雀が声をかける。
「何でもいいから、早くこれ何とかしなよ。」
 雲雀の言葉で全員の視線が2人の足元へと向けられる。
 2人の足元は凍っていて地面にしっかりと縫い付けられている。
 綱吉よりも先に来ていた山本とクロームが頑張って止めようとしていたのだが、骸と雲雀を止めるなんてそう簡単に出来る事じゃない。
 流石に2人がこんな事で本気を出すなんて馬鹿な事をしてはいなかったが、匣と手持ちのリングを使う程度には馬鹿な事をしていた。
 これを止めるとなると山本とクロームも匣やリング、最悪ボンゴレギアまで使わないといけない。
 そうすれば確実に騒ぎは倍増。
 綱吉に動きを止めてもらうのが1番手っ取り早くて静かに終わる方法だったので、仕方なく膝から下は氷漬けになってもらった。
 乱暴だったかもしれないなんて欠片も思わない。
 全身ではなく足を凍らせるだけですんだのだから結果としてはいい方だっただろう。
「もう暴れないなら溶かします。」
「しないよ、眠い。」
 本当に眠そうに欠伸をする雲雀は、綱吉が止めた瞬間に今回の骸との戦いには興味を失ったらしい。
「まあ、もういいんじゃねえか、ツナ。2人もこれ以上は戦わないだろうし、被害もそんなになかったしさ。」
「そんなにねぇ…。」
 2人を止めるのに必死だったのでしっかり周りの様子は見ていないが、直視したい状況ではなかった記憶がある。
 雲雀と骸が戦ったにしてはマシという考えも出来るが、完全に無駄な被害だ。
「ボス。骸様も反省してる。」
「いや、してないでしょ、これ。」
「失礼ですね、してますよ。」
「でかい態度で言うな。」
「だからもう許してあげて。私もちゃんと後片付けをするから。」
「うっ…。」
「オレも頑張るからさ。ツナだって休みたいだろうし、もうその辺にしておけって。」
 ここにいるのが山本とクロームでなかったら対応はもう少し変わっていたかもしれない。
 けれどリボーンは不在だし、獄寺と了平は被害状況の確認と事態の収拾に向かってもらっている。
 仕方ないと思いながら綱吉は2人の拘束を解いた。
 確かにこれ以上ここで話し合っていても時間の無駄だ。
 自分で起こした騒ぎの片付けは自分でやってもらい、明日にでも報告書を出してもらった方がずっと有意義だ。
「じゃあ山本とクロームはもう休んでいいから。骸と雲雀さんはちゃんと自分のやった事への責任を取って…、てっ!?」
 後片付けをしてください、と言いたかったのだけれど、途中で雲雀に腕を引っ張られて言葉は途切れた。
 不意を突かれて引っ張られるままに歩きだしてしまい、抵抗して止まろうにももう遅かった。
「雲雀さん!?」
 雲雀からの返事はない。
 骸達の方を見れば、骸と山本が呑気に手を振っていた。
 こっちは気にすんな、という山本の声が聞こえた。
 おやすみなさい、とクロームが続ける。
 骸の方は雲雀と同様にもうこの騒ぎには飽きたようで、おやすみなさい、とクロームと同じ事を言っている。
 騒ぎの原因の片方は後片付けを放ってしまい、指示すべき自分がそれに付き合ってしまい、残った騒ぎの原因の片方に任せられる雰囲気でもない。
 これでは完全に関係のない他の守護者達だけが大変だ。
 必死に綱吉は止まろうとしたが雲雀に力で敵う筈がない。
 だからと言ってここで本気を出してしまえば先程の騒ぎを繰り返してしまう。
 雲雀さん、とか、待ってください、とか声をかけるが全て無駄に終わってしまい、気付けば綱吉の自室の前。
 部屋に入ればまるで自室に戻って来たかのように雲雀は上着を脱いでネクタイを外しベッドに座る。
 あまりに自然な行動に突っ込む気力は削がれた。
 もう今日は雲雀に動いてもらうのは無理だと悟り、何だか色々な事がどうでもよく思えてくれば、口から出てきた言葉もどうでもいい物になってしまった。
「シャワー、浴びなくていいんですか?」
「明日の朝にするからいい。」
 素っ気ない返事をすると本当に眠いらしい雲雀はさっさとベッドに横になる。
 広いベッドだからいいものを、綱吉の場所を開ける気などなく真ん中を陣取る雲雀は、もういつもの事なので綱吉もあまり気にしなくなった。
 ただ、本当だったら今頃自分もこうやって眠っているはずだったのにな、と綱吉は雲雀を見てため息をつく。
 少し恨めしそうな視線を向けるものの、今日はもう完全に諦めたので、とりあえずベッドの上に置かれた雲雀の上着を回収する。
 出来れば綱吉もこのまま眠ってしまいたい。
 でも他の仲間達に任せたまま雲雀のように呑気に寝てはいられないので、服を片付けたらすぐに騒ぎが起きた場所へ戻らなければいけない。
 そんな考えを雲雀は察したのか、それともただの偶然だったのか。
「ねえ。」
 声をかけられたので綱吉は振り返る。
「何ですか?急ぎでなければ明日にしてもらえると嬉しいです。」
「何かあるの?」
「雲雀さん達の後片付けですよ。」
「放っておけばいいのに。」
「原因にそう言われると、流石にオレも怒りたい気持ちになるんですけど…。」
「ボクだって不本意だったよ。」
 不満そうに雲雀は呟き、骸との事を思い出したのか小さくため息をつく。
 その様子を見て、そう言えば、と今更な事を綱吉は思い出した。
「雲雀さんは何でここに?」
 骸が言っていた通り久し振りの再会には必ず何かの理由がある。
 殆どは仕事、稀に他の仕事のついでに雲雀が起こした気紛れの立ち寄り。
 綱吉に会いに来てくれたなんて理由は残念ながら聞いた事がないのでまずないだろう。
 リボーンか誰かが仕事を割り振ったのだろうか、と綱吉は考えながら雲雀の返事を待っていると、彼は何か言いたげな視線をじっと向けてきただけだった。
 不思議そうに綱吉が首を傾げると、雲雀はそっぽを向くように寝返りを打って背を向ける。
「さあ?」
「さあって…。」
「もう要件は済んだよ。」
「は?」
 もしかして骸と喧嘩をするのが目的だったのだろうか、と物騒な考えが頭をよぎったが、どうやらそんな雰囲気でもない。
 よく分からないと困惑気味に雲雀を眺めるが、雲雀が綱吉の方を向く様子はない。
「いいからさっさと行って、早く戻って寝ればいいよ。」
「はぁ…。じゃあ、行ってきます。」
 これ以上は聞いても無駄に終わりそうなので、煮え切らない気分のまま綱吉は自分の部屋を出た。
 自分の部屋なのにまるで追い出された気分だ。
 けれど雲雀は、早く戻って、と言っていた。
 とりあえず自室に戻って雲雀の横で眠る事は許されたようで、何となく傍にいる事を望まれているような気がする。
 もしかして雲雀はただ単に自分に会いに来てくれたのだろうか。
 ふとそんな事を考えて、そんなわけないか、と綱吉は軽く頭を振る。
 けれど、そうだったらいいな、と思うと先程までの諦めと呆れが入り混じった妙な脱力感を与える気持ちが薄れるような気がした。
 綱吉はそれに後押しされるように軽く気合を入れて後片付けに戻る。
 早めに皆を開放して自分も早めに雲雀の所に戻れればいいな、と思いながら。
 同時に、今回の騒ぎの請求は後日きっちり2人しなければ、とも思いながら。





□ END □

 2011.06.19
 きっと誰より下っ端が迷惑してる





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