朝方



「おはようございます、10代目。」
 獄寺の声が聞こえると共にカーテンが開かれて部屋の中が明るくなる。
 それから逃げるように綱吉は布団の中にもぐり込んだ。
 まだ寝ていたい、と態度で示しているその様子に獄寺は苦笑しながらベッドの傍に寄り、軽く布団の上から綱吉の体を叩く。
 眠たがっている人を起こすには随分と優しい叩き方で、むしろそれが気になって綱吉の意識は少しだけはっきりとした。
「10代目、起きられますか?」
「………、起きれるけど…、後5分…。」
「分かりました。」
 簡単に頷くと獄寺は綱吉の身支度の準備を始める。
 眩しさと戦いながらゆっくりと布団から顔を出した綱吉は、こんな事をしなくてもいいのに、と獄寺の姿を目で追う。
 起こしてくれる事は正直とても助かっているが、身支度なんて子供ではないのだから1人で勝手に出来る。
 最初は苦戦していたネクタイだって、獄寺の方が今でも上手いが、綱吉も自分で覚えて結べるようになった。
 けれどこれではまたそのうち忘れてしまいそうだ。
 それくらい獄寺は綱吉へと世話を焼いてくれる。
「………、何度も言うけど、そんな事を獄寺君がしなくていいのに…。」
「何度も言いますが、オレがやりたいだけなので気にしないでください。」
「キミだって忙しいでしょう?」
「10代目が気になさる必要はありませんよ。」
 朝から少しも迷いのない笑顔で獄寺は答える。
 こうなればいつも何も言えなくなるのは綱吉の方で、せめて負担を軽くしてあげようと頑張って心地のいい布団から起き上がる。
 大きな欠伸をしながらも簡単に身支度を整えればテーブルの上に朝食が準備されていた。
 本当に至れり尽くせりでこれに慣れてしまいそうなのが怖い。
 それでも獄寺の好意を無下には出来ないのでありがたく頂く事にする。
 大抵は毎日がこんな感じなのだが、今日は少しだけ変化があった。
「あれ、獄寺君の分は?」
 テーブルの上の朝食は1人分なのだが、いつもなら獄寺の分も一緒に並ぶ筈だ。
 本部にいる全員が決まった時間に決まったように動いているわけではないので、起きる時間も眠る時間もそれぞれ違う中、獄寺は必ず綱吉を起こしに来るので1人で食べるのも寂しいからと綱吉が誘ったのが始まり。
 何か用事でもなければ朝食は一緒に食べてもらっている。
 そして今日は朝から急ぎで出掛けなければいけないような用事があるなんて話を聞いていない。
「何処かに行くっけ?」
「あ…、いえ。ちょっと用事があって先に食べたんです。」
「ふーん…。」
「申し訳ありませんが食べていてください。オレはする事がありますので少し外します。すぐに戻ってきますから。」
「やっぱり忙しいんじゃん。」
「忙しいわけではないのですが…、その、すみません。失礼します。」
 急にしどろもどろした態度になりながら獄寺は部屋を出て行った。
 その姿を見送った後に朝食へと目を向ける。
 イタリアにいるので食事は基本こちらの文化が基準になっている。
 ボンゴレ本部としては異例な程に上位の幹部達がほぼ日本人で埋められた為に文化の差を埋めようとする努力は度々見られるが、けれどやはり郷に入っては郷に従え、綱吉達が合わせる事の方が多い。
 そんな生活の中で今日の朝食は珍しく和食だった。
 おにぎりと味噌汁と焼き魚に卵焼きと漬物。
 分かりやすい程に和食だ。
「………、獄寺君、まだばれていないとか思ってるのかな…。」
 手を合わせて頂きますと1人で呟き卵焼きを口に運ぶ。
 形は少し崩れているし特別凄く美味しいというわけではない。
 けれど少しだけ慣れ親しんだ味だった。
 日本食だから、というよりは、僅かに母親が作った料理を思い出す味だった。
 時折こうして和食を見る事があり、こうした食事が出てくるたびにじわじわと慣れた味に近付いてきているような気がする。
 レシピなんて存在しない家庭の料理を食べた事のない人が作るのは難しいんじゃないかと思う。
 しかもここにいる料理人はイタリア人なので和食なんて余計に馴染みがなく難しいだろう。
 だからきっと、これを作ったのはいつもの料理人じゃないんだろうな、と綱吉は思っている。
 確認をした事はないが作った相手は何となく分かっていた。
「おーい、ツナ。起きてるか?」
 魚を箸で解していれば山本の声が聞こえ、どうぞ、と返事をする。
「おはよう、ツナ。食事中に悪いな。」
「平気だよ。山本は早起き?」
「いや、これから寝る。」
「ご苦労さまです。」
「その前に報告だけしておこうって思ったんだけど…、何か美味そうな物食べてるな。」
「卵焼き1つだけならわけてあげるよ。」
「そんじゃ遠慮なく。」
 卵焼きを1つ摘まんで口の中に放り込めば、山本はきょとりと不思議そうな顔をして卵焼きを味わう。
 その気持ちが分かる綱吉はにこにこと笑いながら反応を待った。
「何か…、ツナの弁当にあった卵焼きみたいだな。」
「だよね。」
「弁当にあった方が美味かったけど。」
「料理は専門外だから。」
「あー…、成程。」
 しっかりと味わうように食べる綱吉を見て山本は笑いながら頷いた。
 いくらかの懐かしさを感じる味を知っていて朝から綱吉の分の朝食を用意する、なんて事をするのは1人しかいない。
「あいつも凄いよなー。」
「本当にそう思うよ。段々と美味しくなっているしね。」
「そっちのおにぎりも美味そうだな。」
「卵焼きだけって言ったじゃん。」
「どうせ3つも食えないだろう?」
「………、1つだけだからね。」
「分かってるって、サンキュー。ろくに食べていないから腹減ってたんだよな。」
 山本が向かい側に座っておにぎりを食べ始めたので、おかげで1人きりの食事の寂しさが薄れた。
 こんな懐かしい味を食べている時に仕事の話をするのも味気ないので食事が終わるまではと山本と他愛のない話をしていれば、何処かに行っていた獄寺が戻ってくる。
 軽く手を上げて挨拶をした山本に不満そうな顔を向けたかと思えば、手に持っている食べかけのおにぎりを見て、あ、と大きな声を上げた。
「テメェは何を10代目のお食事を勝手に食べているんだ!」
「勝手に取ったんじゃねえって、ツナに貰ったんだよ。」
「そうそう。」
「で、ですが、10代目…。」
「なに?」
「えっと…、その…。」
「獄寺君も食べたいなら作ってもらってきなよ。それで一緒に食べよう。」
 綱吉がそう言えば獄寺は本格的に黙り込んでしまった。
 少し意地悪過ぎるだろうかと思いながら綱吉は素知らぬ顔でおにぎりを頬張る。
 ここで正直に、これを作ったのはオレなんだ、と言ってしまえばいいのに。
 そんな事を思いながら綱吉と山本は顔を見合わせて苦笑した。
 ある時からふっと見るようになった、ほんの僅かに懐かしい味のする故郷の料理。
 綱吉が疲れているなと思う時に出てくるそれを獄寺が作ってくれているなんて簡単に分かったのに、彼は何故か隠したがるから綱吉もそれに付き合う。
 単に獄寺自身が恥ずかしいのか、それとも勝手に作って申し訳ないと思っているのか、綱吉に変な気遣いをされたくないのか。
 理由はいくつも浮かぶが、どれもそれっぽく思えて答えは分からない。
 いつか獄寺が大人しく白状した時に聞こうと思っているのだが、これでは先は長そうだ。
「それにしても美味しいね、これ。」
 意地悪ばかりも申し訳ないと思い綱吉がそう言えば、俯いていた獄寺はぱっと顔を上げて分かりやすい程に嬉しそうな顔をした。
「そうですか?」
「うん。少し懐かしい感じがして、何だかほっとする。」
「10代目のお口に合ったのなら何よりです…。」
 褒められた事がよほど嬉しかったのだろう、安心したように笑いながらそう呟く。
 その様子を綱吉に、どうしたの、と尋ねられて、何でもありません、と慌てて獄寺は答えた。
 綱吉は困った顔で苦笑しているが、そんな2人を見ている山本からすれば綱吉も獄寺も同じくらい不器用に見える。
 けれどそれも今更の話だ。
 山本が見てきた綱吉と獄寺は昔も今もずっとこんな感じで、2人らしいと言ってしまえばそれまでの見慣れた光景。
 口を出すより見守った方がいい事の方が多く、今も黙っているのがきっとお互いの為。
「だから、また食べたい、って言っておいてね。」
「はい、分かりました。」
 お互いへと直接言っているのに、変に遠回しな褒め言葉と気遣い。
 山本にとっても懐かしい故郷の味は、確かに少しだけ元気を与えてくれるような気がした。
 大切な人が自分を想って作ってくれた物なのだから、綱吉にとってはその効果は更に大きいだろう。
 それなのに残念だと思う程に遠回しな気遣いの結果であるおにぎりを、山本は苦笑しながら全て口の中へと放り込んだ。
 不満そうに睨みつける獄寺の事なんて、白状するまで知るものか、という気持ちで受け流しながら。





□ END □

 2011.06.19
 ちゃんと日本から食材を取り寄せるところから始まっていそう





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