残りは1回だけ



 死ぬ気になれば大抵の事はどうにかなると綱吉は身に沁みて知っている。
 けれどそれは自分に対しての事で、他人の事となれば死ぬ気で頑張ってもどうしようもない壁が存在する事も知っていた。
「綱吉、またな。」
「うん、また明日。」
 手を振って友人と別れる。
 使う言葉はイタリア語だ。
 高校卒業と共に綱吉はイタリアに渡り、そうしてこちらの大学に入った。
 正式にボンゴレのボスになる準備をする為で、英語どころか母国語の日本語の成績さえ底辺を這っていた綱吉は、それは必死にイタリア語を覚えた。
 スパルタな家庭教師とイタリア出身の右腕候補のおかげで日常会話はなんとかなり、大学の授業も何とかやっていけている。
 こちらに来てからは出来る限りイタリア語でしゃべれと強制されたのだ、嫌でも慣れる。
 おかげで今となっては日本語と英語とイタリア語の3ヶ国語が話せる。
 何だかかっこいいよなと時折現実逃避しながらそんな事を思ってスパルタ教育を前向きに受け止めている。
 今では日本語なんて驚いた時などに咄嗟に使ってしまうか日本の友人達に連絡する時くらいしか使わない。
「日本はまだ午前中か…。」
 メールを討とうかと思って携帯電話を取り出せば画面を見ると着信が1件あった。
 気付かなかったと思って相手を確認する。
 そうして表示された名前に綱吉は心から驚いた。
「え…!?」
「どうしたの?」
「うわぁっ!!」
「…っ!?」
 着信相手が予想外だった驚きと急に声をかけられた驚きが重なってみっともない悲鳴を上げてしまった。
 慌てて振り返ればクロームが驚いて固まっていた。
「あ…、ごめん、クローム。いきなり驚かせて。」
「驚かせたのは私の方。ごめんなさい。」
「謝らなくていいよ。完全に雲雀さんに気を取られていただけ。」
「雲の人?」
 首を傾げるクロームに携帯電話の画面を見せる。
 着信履歴の1番上には雲雀の名前があった。
 時間は2時間前で、ちょうど授業中だったので気付かなかった。
「珍しい。」
「本当にね。」
 綱吉と一緒にイタリアに渡ったのは獄寺とクロームとランボ。
 山本と了平と雲雀は日本で別れた。
 山本と了平は、後悔のないようにやりたい事をやり遂げたから必ず追いかける、と言ってくれた。
 けれど雲雀は何も言わなかった。
 綱吉も何も言わずに並盛で挨拶をして、そうして別れた。
 2人とはよく連絡を取り合っているのだが、雲雀は綱吉が一方的にメールをするばかりで返事は滅多にない。
 ごく稀にメールが来て、電話なんてイタリアに来てからは初めてだ。
「クロームは何か用だった?」
 彼女が首を横に振ったので一言断って雲雀に電話をする。
 暫く待ってみたが繋がらなかった。
 まぁいつもの雲雀の気紛れだったんだろうと思いながら携帯電話を閉じるが、残念だな、という気持ちがじわりと湧き上がってきた。
 慌ててその気持ちを押し込める。
 けれど雲雀の事を思い出せば無意識に眉を顰めてしまう。
 理由を知っているクロームは何も言わない。
 雲雀の事は、雲の守護者の事は、ボス就任前の綱吉が抱えている大きな問題の1つ。
 現在の守護者達は全員候補扱いだが、ほぼ確定されているといっていい。
 だが雲の守護者だけは除外されて考えられている。
 形を変えたボンゴレリングの事を考えれば今から別の人間を探しリングを探すのは酷く面倒なのだが、雲雀のスタンスはずっと変わらないので仕方がない。
 群れを嫌い誰かの下に付く事も嫌う。
 そんな彼は今まで1度も守護者しになる事を了承した事はない。
 けれどボンゴレギアは持っている。
 綱吉が特に言及しなかったからだ。
 時間ギリギリまで、綱吉がボスになって正式な守護者を決定する時まで、雲雀の事は彼の意思を待とうと思った。
 まだもう少し時間があるので焦る時期ではない。
 でも雲雀の名前を見ればどうしても考えてしまう。
 この電話はもしかして最後通告だったのだろうか。
「………、あれ?」
 ぼんやりと考える綱吉の隣で、ふとクロームが何かに気付いたように小さく呟いた。
 そうしてすぐ視線の先に見えた光景に驚いて綱吉の腕を引っ張った。
「ボス、ボス!」
「クローム、学校でボスはダメだって…。」
「雲の人!」
「………、え?」
 クロームが指した方向を見る。
 青年が1人こちらへと歩いていた。
 ぽかんと口を開けたまま綱吉はその姿を見つめる。
 綱吉の反応など気にした様子もなく青年は、雲雀は2人の前に立った。
「久し振り。」
 本当に久し振りだ。
 日本を出てから1度も帰っていないし、最近の写真などと送って来る人ではないので、最後に姿を見たのは並盛を発った時。
 そうして再会の約束なんてしていない。
 そもそも彼が並盛からこんな離れた場所に来るとも思っていない。
 質の悪い幻かと思ったが、そうでない事は自分の勘が告げていた。
 だからこそ綱吉は心から雲雀の姿に驚き。
「うわぁっ!!」
 それは悲鳴じみた叫び声となって表に出てしまった。
「………、何その幽霊でも見たかのような反応。」
「ひっ…、ひば、雲雀さん!?」
「ボク以外の何に見えるの。」
「雲雀さんにしか見えませんが、何をそんな1年や2年見なかった程度でそんなにかっこ良くなっているんですか!!」
 驚きのあまり何だか訳の分からない事を叫んでしまった。
 呆れかえった雲雀の冷たい目に綱吉はようやく我に返る。
「何を言ってるの?」
「すみません…、忘れてください…。」
「キミはあまり変わらないね、小さいし。」
「ほっといてください!」
 食って掛かる綱吉の様子を楽しそうに見る雲雀の腕には、もはや指輪ではなくなった彼専用のボンゴレギアがある。
 何気なくそれに気を取られれば、雲雀は軽く綱吉の頭を叩いた。
「痛っ!何ですか急に。」
「呆けてないで行くよ。」
「行くって…、何処にですか?」
「ボクがいるホテル。キミと2人で邪魔されずに話がしたいからね。」
「話?」
 綱吉の疑問には答えずに雲雀はさっさと背を向ける。
 けれどブレスレットがある方の腕を軽く振ったのですぐに意味が分かった。
 自分1人が死ぬ気になっても越えられなかった壁がある。
 けれどどうやら態々こちらが一方的に壁を壊す必要はなくなったようだ。
「クローム、獄寺君に伝言よろしく。雲雀さんと居るから大丈夫って言っておいて。」
「分かった。」
 クロームの返事を聞くのものそこそこに急いで雲雀を追いかける。
 きっとこれが最初で最後のチャンスだ。
 雲雀を正式な守護者にする為に、壁の向こうから出てきてくれた彼に、綱吉は今の自分が出来る事をそれこそ死ぬ気でやろうと気合を入れた。





□ END □

 2011.02.01
 ボンゴレギアはどうやって次代に引き継ぐんだろうかと思ったが、10代目で終わらせるつもりだからいいのか





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