キミの方が、貴方の方が



「うわぁーっ!!」
 夜も更けてきた頃にドン・ボンゴレ自室から随分と情けない叫び声が響いてきた。
 びくりと驚く獄寺から綱吉は1冊の本を奪い取る。
 機動力には自信はあるが、それは額と両手に炎を灯した時であって、普段は決して褒められた身体能力ではない。
 これでも随分と鍛えられてましになったが、獄寺達から比べれば悲しくなる程でしかない。
 それでも今の動きはなかなかだった。
 叫び声に気を取られた獄寺への奇襲だったとしても、彼から物を取り上げた自分の動きは自分で褒めたくなる程だった。
「10代目…、どうされました?」
 獄寺がまだ驚いたままに綱吉へ尋ねる。
 彼はただ綱吉に呼ばれたので自室に来て、風呂に入っている間は静かにソファーで寛いでいただけ。
 綱吉が奪い取った本は机の上に置いてあったので何気なく開いて見ていただけだ。
「どうしたと言うか…、何と言うか…。」
 段々と頭が冷えてくれば自分の行動に何だか気まずくなってきた。
 獄寺は何も悪い事はしていない。
 それでも綱吉は奪い取った本を、日本から持って来たアルバムを、ぎゅっと抱えた。
 決して大慌てで撮り喘げるような物ではなかった。
 けれどアルバムを開く獄寺を見た時は、先程の叫び声が示すとおり、他の事など何も考えられずにただ見られた気恥ずかしさが先に立ってしまった。
「あ、もしかしてみてはいけない物でしたか!?」
「ダメという程ではないけど…、目の前で見られるのは辛いと言うか…。」
 随分と曖昧な態度に獄寺が困っているのが分かる。
 そもそも悪いのは普通に机に置いた自分だとアルバムを見て思う。
 ようやく落ち着いてきた綱吉は、ごめん、と一言謝ってアルバムを獄寺に差し出す。
「………、いいんですか?」
「見たくない?」
「見たいです。」
「じゃあいいよ。」
 即答する獄寺に小さく笑いながらアルバムを渡して隣に座った。
「でも酷い写真が多いんだけどね。」
 アルバムに入っているのは子供の頃から高校生まで。
 日本にいた頃の写真をアルバム1冊分にまとめて何となく持って来た。
 もう滅多に帰る事は出来ないと分かっていた日本へのみっともない未練みたいな物だろう。
 そう考えるとアルバムの存在自体が恥ずかしい気がしたが、何よりも中の写真が恥ずかしくて仕方がない。
 中学と高校の写真は獄寺や山本達と映っている物が多いし共通の記憶なので、リボーンに蹴られていたり何かに大慌てしているような姿も、もう今更かと思える。
 でも出会う前の写真は本当に恥ずかしい。
 獄寺が知らないという事もあるし、変な場面が多いという事もある。
 犬や猫に怯えている姿だったり、転んで大泣きしている姿だったり、何が起きたのか泥だらけになって走りまわっている姿もある。
 幼い頃なので流石に何があったかなんて記憶にはない。
 何でこんな写真ばかり持って来たのかと聞かれれば、これでもマシだった、と綱吉は答える。
 子供の頃からダメツナだったので何かに失敗していたり泣いていたりする写真が多かった。
 それでももう少しマシな、例えば何かに笑っている姿や家族の集合写真などがあったが、それは母親の手元に置いておきたかった。
 そうやって選んでいけば結果的に随分と情けないアルバムになってしまったが、昔を懐かしむにはこれはこれで悪くないと思っていた。
 でもそれは自分が見る事に限定される。
 他人がこれを見るなんて全く想定していなかった。
 それでも、獄寺だからいいかな、と思った。
 大切な人なのだから子供の頃の写真くらい、と思っていたのだが。
 アルバムをめくる獄寺を見れば、彼はとても優しい顔をしていた。
 大切な宝物を見るかのような優しい笑顔で1枚ずつゆっくりと見ていく。
「………、獄寺君。」
「はい。」
「やっぱり返して。」
「え!?」
 驚く獄寺から再びアルバムを取り上げる。
 妬んでも仕方ないと諦めが付く程の男前が、何故か大泣きしている幼い頃の自分を、本当に愛おしそうに見ている。
 とてもじゃないが耐えられる光景ではなかった。
「今度オレがいない時に見てよ。」
「どうしてです?」
「変な写真ばかりだから。」
「可愛らしいじゃないですか。」
 真剣にそう言う獄寺に真剣に綱吉は返事に困る。
 じっと綱吉の反応を黙って待っているから更に困る。
 根負けした綱吉は仕方なくページをめくって再びアルバムを返した。
「ここから先ならいいよ。ここから前はオレがいない時ね。」
 開いたページは綱吉と獄寺と山本が並んで写っている。
 ここからは仲間達と出会ったから1人きりではなくなった写真ばかりだ。
 やたら物騒になった非日常の中で、それでも他愛ない日常を映した物。
 見ていれば自然と綱吉も笑みを浮かべていた。
「懐かしいですね。」
「そうだね。それに…。」
「はい?」
「もう本当に呆れるくらい獄寺君ってかっこいいよね。」
「………、え?」
 いきなり褒められて少し慌てている獄寺と、綱吉の隣で満面の笑みを浮かべている写真の中の獄寺を交互に見る。
 昔からよく女子にかっこいいと騒がれ、綱吉も怖いという感情が抜けてからはただ感心するばかりだった。
 それが大人になればこうなるのかとまじまじ見る。
「あ、の…、10代目…。」
 恥ずかしがっている様子も絵になりそうだ。
 今でもパーティーなどで女性によく声をかけられる理由が分かる。
 それに対して自分はあまり変わっていないなと写真を見てため息をついた。
 この頃から身長は伸びた。
 顔立ちも大人びた。
 それでも獄寺と比べるとなんだか悲しくなってくる。
 東洋人は童顔に見られがちだというか、それだけの問題ではないような気がした。
「薄いとはいえ、オレにだってイタリア人の血が流れているんだから、もう少し何とかなればよかったのに…。」
「なんの話ですか?」
「獄寺君のかっこよさを妬めるレベルにない自分が何だかなって話。」
「10代目はかっこいいですよ。」
 獄寺はアルバムを机に置いて綱吉の両手を握った。
 じっと見つめてくる青年は本当に贔屓なんてしなくても本当に見惚れる程だ。
 そんな人がうっとりとした笑顔を浮かべて言葉を続ける。
「10代目の素晴らしさを他と比べるなんて無意味です。貴方は誰よりもかっこよく素晴らしい存在なのですから。」
 もう本当になんて言えばいいのか。
 恥ずかしさと呆れとで返すべき言葉が見つからない。
 きっとこんな話をするのは山本の方がよかったんだ、獄寺に行ったのが間違いだったんだ。
 分かっていた筈の事に今更気付いて綱吉はため息をつく。
 キラキラとした目を静かに見返す。
 そうして目の前にある綺麗な顔に、綱吉は深呼吸をした後に思い切り頭突きした。
 額同士がぶつかる音がして、いきなり頭突きされた獄寺も仕掛けた綱吉も、2人揃って額を押さえて蹲った。
「じゅ、10代目…、急に何ですか…。」
「キミみたいな人にそんな口説かれ方をされてもふざけんなとしか思えないって話だよ。」
 きょとりと目を丸くして何が何だか分かっていないという顔をする獄寺に、もう1発だと頭を叩く。
 痛みに耐えながら綱吉に怒られた事実に酷く情けない顔をした。
 そんな獄寺を見ながら綱吉は原因になったアルバムをさっさと回収した。
 今度こそ絶対に自分がいない時に見ろ、と念を押しておきながら。





□ END □

 2011.02.01
 ツナはいまいちタイミングが悪くて変な写真ばっかりあったら可愛いな





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