オレンジ色



 追い詰めた男の指にはリングが1つ、そこに揺れた炎の色はオレンジ。
 久し振りに見たその色に、へえ、と雲雀が感心したように呟いた。
 裏社会で生きていてリングの存在を知っていれば、ゆらりと揺れるオレンジ色が重要な意味を持っていると知っているのが殆どだろう。
 マフィアの世界に存在する力を持ったリングと、組織の中心に立つ事の多いオレンジ色の炎を灯せる存在。
 今、雲雀の前に立つ男も、小さな組織の中心に立っていた。
 けれど今はもう1人きり。
 周りにいた仲間達は全て倒れ、数人は雲雀の足元にいる。
 呼吸はあるが起き上がる様子はない。
 これをどうするかは、全てボスである男を捕まえて今後が決定してからだ。
 小さな組織だったので人数はそう多くない、後片付けもそんなに手間取らないだろう。
 そんな事を想いながら、雲雀は自分の武器に炎を灯す。
 紫色の炎を見た男がひきつったような悲鳴を上げた。
 それと同時にリングに灯る炎が心許なく途切れそうになり、けれど消える事なく何とか立て直す。
「つまらないな。」
 思わず雲雀は呟いた。
 オレンジ色の炎は、それを灯すリングも灯せる存在も希少だ。
 折角希少な物を持っていると言うのに、実際に見せた炎は不安定で弱々しい。
 もしかしたらまだしっかりと炎を理解していないのかもしれない。
 それでも男の炎は大空だ。
 倒れている部下達の中心に立った人物であり、こうして組織を1つ潰すという判断をされる程の事をした人物だ。
 相応の覚悟さえあれば、それに応じただけの炎が灯る筈。
 それなのに、こんな追い詰められた状況でその程度だなんて、面白そうだと思ったのに一気に興味が薄れていった。
 オレンジ色の炎はもっと強くあるべきだ。
 綺麗で、一見して激しくは見えないが、それでも絶対に揺るがない存在感を持って灯される。
 記憶にあるそんな炎が見られたのならとても楽しめただろうが、目の前の炎は全く違う。
「ボクも暇じゃないんだ。素直に降伏するって言うなら聞くけど?」
 相手をしても面白そうではないので雲雀が一応確認の為に聞いたが、男の態度は変わらない。
 覚悟を決めたように懐から匣を1つ取り出す。
 それによって炎が少しだけ強さを増したが、雲雀が興味を持つ程ではない。
 取り出した匣は雲属性のようだ。
 残念ながら匣までは同じ属性で揃えられなかったようだが、彼の属性に合う匣は本当に希少で大きな組織の中心人物ですら1つか2つ持ているかいないか程度なので、当然と言えば当然だろう。
 雲雀の持っている属性の匣なのでちょうどいいだろうと思い、武器の炎は消して雲雀も匣を取り出した。
 最近手に入れた匣のテストくらいでちょうどいい相手だろう。
 折角出向いたのにつまらない、と雲雀は心の中で不満をこぼす。
 久しく見ていないオレンジ色が見られたのだから、もっと楽しめる相手がよかった。
 例えばもうだいぶ会っていない裏社会の頂点に立っている青年の炎のように、せめてあれくらいの純度と強い存在感が欲しかった。
 そうであれば自分の手には武器があり相手へと向かって行っただろう。
 けれどあれ程の炎を灯せる者は滅多にいないと分かっているし、もし同等の炎を見たとしてもどこか物足りなさを感じる事を知っている。
 自分が見たいのは強い炎なのか、思い浮かべた青年の炎なのか。
 そんな事を考えれば酷く苛立った気持ちになった。
 思わずリングに灯す炎の量が増す。
 この炎に持っている匣が耐え切れるのか疑問に思ったが、もし耐え切れなかったらその程度のものだったという事だ。
 躊躇わずに匣に炎を注ぐ。
 そして苛立ちの原因を作った男へと匣を向けながら、もう1つの原因になった青年と最後にあった時の様子を何となく思い出した。



 ノックもなく開いた扉に綱吉は顔を上げ、部屋にいたリボーンも振り返った。
 そして入ってきた人物を見て綱吉は目を丸くする。
「雲雀さん!」
 滅多にボンゴレ本部に現れない雲雀が姿を見せたので綱吉は素直に驚いた。
 以前会ったのはどれくらい前だったろうか。
 半年は経っていないと思うが、それに近いだけの時間は経ったような気がする。
「どうしたんですか?」
「赤ん坊に報告だよ。」
 また2人で何をやったんだ、と綱吉はリボーンを見たが、そんな視線など気にせずリボーンは雲雀から報告書を受け取る。
 綱吉にとって必要な事ならその報告書が後で回ってくるだろう。
 逆に関係なければそれを綱吉が知る事はない。
 2人が共謀して何かする事は前々からある。
 質問してもまともに返事が返って来る事などないので、報告書が回ってきた時に読めばいいやと早々に2人の問題に首を突っ込む事は諦める。
 雲雀の用事がリボーンにあるのなら、彼は用事が終わればさっさと帰るだろう。
 もしくは今回の報酬がリボーンと戦う事だとすれば2人で何処かに消える。
 どちらにしても綱吉が雲雀の顔を見られるのはほんの数分間だけ。
 ならばこの数分間だけはぼんやりと眺めていようと思えば、リボーンと話し終わった雲雀が綱吉の方へ来る。
 どうしたのだろうかと首を傾げれば、雲雀は机の上に指輪を1つ置いた。
「………、リング?」
「大空属性だよ。精度は悪くない筈。」
「大空属性って…、どうしたんですか?」
「拾った。」
「拾ったって…。」
 その辺に落ちているような物ではないので、何処か組織の1つでも潰して来たんだろうな、と簡単に予想出来た。
 苦笑するしかない綱吉を雲雀はじっと眺める。
 おそらくはリングを試しに使ってみろという事なのだろう。
 滅多にない雲雀からの土産なので、綱吉は素直にリングを嵌めて炎を灯した。
 ゆらりと現れるオレンジ色の炎。
 やはりボンゴレリングを使うよりもずっと炎の存在感は弱いが、それでも雲雀が言うとおり精度は悪くない。
 デザインもシンプルというか素っ気ないので、変に派手な物よりもつけやすい。
「貰っていいんですか?」
「ボクが持っていても仕方ない。」
「それもそうですね。ありがとうございます。」
 ナッツを遊ばせるくらいにはちょうどいいだろうか、と呑気に考えていれば、突然雲雀が綱吉の胸倉を掴んで無理やりに椅子から立たせた。
 突然の出来事と息苦しさに綱吉はただ呆然とする。
 急に何が起きたのかさっぱり分からない。
 ただ、何故か雲雀が不機嫌だ、という事だけは分かった。
「ひ、雲雀さん…?」
「そのリングの代わりにボクの相手をしてもらうから。」
「………、は?」
 不機嫌な様子から一変して今度は楽しそうに笑う。
 向けられる目は猛獣のようでさっと血の気が引いた。
「す、すみませんが!オレはまだ見ての通り仕事が山積みでして!!」
「赤ん坊、2、3日借りていっても問題ないかい?」
「問題あります、大問題です!!」
「仕方ねぇな。そんな奴でもドン・ボンゴレなんだから五体満足で返せよ。」
「そんな奴ってなんだよ!ていうかさっくり裏切るな、ボスを売るな!!」
「煩い、ボスだったら部下の相手くらいまたにはしてやれ。」
「無茶苦茶言うなよ、っていうか雲雀さん、本当に無理、無理ですって!!」
 3日間も空けた後にどれだけ仕事がたまっているかなんて考えたくもない。
 それに3日も雲雀の相手をしたら軽く本気で生死の境を彷徨いそうだ。
 綱吉は必死に抗議するが、気にした様子もなく雲雀は胸倉を掴んだまま乱暴に体を持ち上げる。
 本格的に首が閉まって苦しいと思った直後、荷物か何かのように肩に担がれた。
「おい雲雀、使うなら離れにある施設にしろ。技術部が作った防炎仕様の場所がある。折角だからデータ提供に協力しろ。」
「場所は?」
「そいつが知ってる。」
「分かった。」
 じたばたしている綱吉を担いで雲雀は部屋を出ていく。
 扉の辺りで綱吉が抵抗するように壁を掴んだが、リボーンの銃弾がすぐ近くに命中した事に驚いて手を放してしまい、その抵抗も結局無駄に終わって連れて行かれてしまった。
 雲の守護者に担がれていくドン・ボンゴレという姿は問題だが、相手が雲雀なので大抵の者は事情を離さなくても察するだろう。
 1番の問題は机の上にある未処理の書類だなと思いながらリボーンは報告書を捲る。
 さっくりと目を通してため息をついた。
「まぁ…、雲雀を使えた報酬としては安い方だな。たまには可愛い願いくらい聞いとくか。」
 そんな独り言を呟いた後に、報告書を机の上へと投げて書類を片付ける役目を押し付ける相手を呼びに向かった。





□ END □

 2010.11.11/色であみだくじお題・オレンジ色=リボーンは全部炎の色で突っ切る
 思い出したら会いたくなったじゃないか、的なノリで可愛げを目指したんですよ一応は





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