夢について
「えっと、何の話だったかしら?」
「龍亞がクロウとブルーノの2人とデュエルするって話だけど…。」
「アキはどっち見るんだ?」
龍亞とクロウのデュエルはよくある事だが、それに続くブルーノとの珍しいデュエルか。
もしくはアキにとっては同じくらい珍しいだろう眠っている遊星か。
随分と意地の悪い質問に、思わずアキはクロウを睨んだ。
「勿論デュエルに決まっているでしょう。」
遊星に気を遣う事を忘れて少し強い口調で答える。
ちょうどその直後だった。
とても大きな音が、まるで何処かに車か何かが突っ込んできて色々な物が壊れてしまったかのような、酷い音が部屋中に響いたのは。
全員がびくりと身を震わせて何事かと窓の方を見る。
あまりに大きい音に眠っていた遊星も飛び起きた。
ソファーの上から落ちそうになるのは何とか耐えたものの、上半身を起こしたまま呆然とする。
急に起こされた頭では状況を全く理解出来ない。
だが状況が分からないのはクロウ達も全く同じだ。
「な…、何だ、今の音は。」
「近くで交通事故でも起きたのかな?」
大きな音はとても近くで聞こえた。
近くの道路で交通事故が起きたとか爆発事故が起きたというより。
むしろこの家に何かが突っ込んできたような近さだった気がする。
何気なくクロウが部屋に中を見回し、そして驚きに目を見開いた。
何事かとブルーノも同じ方向を見ると彼も表情が固まった。
遊星もぼんやりと振り返ったものの、まだ頭がついていかない。
視線の先には不自然に歪んだシャッターが見えた。
物凄い勢いで何かが突っ込んできたかのようだ。
先程の大きな音の原因はこれかもしれない。
ぼーっとしながらそう考えた遊星は、ようやく状況を多少理解出来て勢いよく立ち上った。
そのまま外へと走っていく姿に、我に返ったクロウ達も続く。
シャッター外なんて広くもなければ頻繁に使われる道でもない。
主にここの住人がD・ホイールで出入りする時に使われている程度で交通事故が起きるような場所とは思えないのだが、歪んだシャッターはそういった物が突っ込んできたかのように見えた。
現在外出しているジャックだろうかと一瞬だけ思ったが、彼があんな場所でスピードを出してシャッターに突っ込むとは思えない。
だったら一体何がシャッターを歪ませたのか。
考えても分からないので今はとにかく現状を確認しようと外に出た。
「ジャック?」
まずちょうど帰ってきたらしいジャックの後姿を見つけた。
彼の横には傷1つなさそうな真っ白いD・ホイールがある。
そうして彼もこの状況に呆然としているらしく、ジャック、と遊星がもう1度呼べばぎこちない仕草で振り返った。
表情は明らかに困惑している。
そんなジャックの隣に並んだ遊星も同じようにただ困惑した。
思っていた以上に外の状態は酷かった。
中から見た通りに歪んでいて使い物にならなさそうなシャッター。
すぐ傍に置いてあったスチール棚は吹っ飛んでいて、歪んでいるのはまだ仕方ないとしても、不自然に割れてしまっていてボルトが外れたという言い訳が出来ない状態で散らばっている。
ついでに棚に置いてあった物も酷く散乱している。
本当に車かバイクでも突っ込んできた後のようだ。
だがそこには車もバイクも何もない。
辺りに散らばっているのはスチール棚の残骸と、その上に置いていた物ばかりで、ぱっと見たところそれ以外は見当たらない。
見覚えがないのは1つだけ。
シャッターの前で体を丸めて倒れている青年だけだ。
他には何もない。
いくら何でも青年が1人突っ込んだだけでシャッターもスチール棚もここまで壊れないと思うが、けれど原因になりそうなのはこの青年だけしかない。
もしかしてこんな狭い場所で轢き逃げだろうか。
自分達が呆然としている間に加害者は逃げて、被害者になった青年が1人こうして取り残されてしまったのだろうか。
はっとして遊星は青年に近付く。
意識はあるか、怪我はしていないか、救急車を呼んだ方がいいのか。
色々と考えながら、まずは青年の安否を確認しよう、と手を伸ばす。
見える範囲で怪我はない。
ただ倒れているので見える範囲は限られている。
そろりと控え気味に遊星がぽんっと背中を叩くと、赤い上着に覆われ丸くなっていた背中がピクリと動く。
青年がそろりと顔を上げた。
「いってぇ…、頭打った…。」
頭を押さえながら体を起こして座り込んだ青年は、とりあえず大きな怪我をしている様子はなく、意識もハッキリとしていた。
遊星達はひとまず安心する。
けれど何故シャッターや棚はここまで壊れ、青年はこんな所で倒れていたのか、という部分は何も分からないまま。
無事なのは喜ばしいが、ここからどう声をかけるべきなのか。
遊星が背を叩いた手を引っ込ませる事も忘れて悩んでいれば、青年は軽く頭を振った後に遊星を見る。
随分と真っ直ぐに目を向けるから一瞬気圧されたような気がした。
本当にかけるべき言葉を見失って遊星は黙り込む。
中途半端に伸ばしたままの手も完全に行き場をなくした。
対照的に青年は随分と落ち着いていて、遊星をじっと見つめた後に、行き場のないその手を見て、そのうち遊星から後ろにいるジャック達へ目を向け、歪んだシャッターと辺りに散乱している残骸を確認する。
それから再び遊星に視線を戻せば酷く申し訳なさそうにしていた。
「あー…、えーっと、その…。」
青年が言葉を探すように言い淀む。
やがて覚悟を決めたように立ち上がると姿勢を正す。
つられて立ち上がった遊星に青年は深々と頭を下げた。
「色々と壊したようで、すみません。」
何が何だかさっぱり分からない。
本当に頭が追いついてくれない。
落ち着いている青年を目の前に遊星は無表情に混乱する。
ただ目の前の青年は頭を下げて謝罪している。
謝罪をしたという事は惨状に対して全くの無関係ではないのだろう。
混乱しながらも何とかそれだけはを理解をして。
「………、あんた、誰だ?」
遊星が絞り出した質問は、少しだけずれていた。
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追いかけて駆け出して
「好きです、付き合ってください!」
とてもシンプルでストレートな告白。
その言葉は遊星をこれ以上ない程に驚かせた。
こんなに頭の中が真っ白になるなんて滅多にない。
何も考えられず、思考と一緒に体もすっかり固まってしまい、呆然と立ち尽くして声が聞こえた方に目を向けるしか出来なくなった。
それくらいその告白は遊星に強い驚きと衝撃を与えた。
精一杯の勇気を振り絞った為か少し上擦ってしまった、それでも十分可愛らしい声での告白。
だが別にそれは遊星に向けられたものではない。
遊星はただ買い物を終えた帰り道の途中だった。
必要な物は全部買ったかどうか持ってきたメモを見ながら確認しつつ通りかかった公園。
柵等は何もなく、開けた場所に緑が多く植えられていくつかの遊具が置かれただけの場所だが、なかなか広く綺麗な場所なので近所の人達に大切に使われている。
その公園の横を歩いている時に、ふと赤い色が目に入った。
つられるように顔を上げれば十代がそこにいた。
後姿だが見間違える筈もなく、こんな場所でどうしたのだろうか、と声をかけようとした時に聞こえてきたのだ。
大きな声で、好きです、と。
勢い余ったのかまるで叫ぶようだった。
公園の外にいる遊星にも公園に遊びに来ていた周りの人達にも、その声ははっきりと聞こえる程だ。
そうしてその告白をした女性は十代の前に立っていた。
十代が女性から告白されている。
とても簡単な結論を出すのに遊星はかなりの時間を必要とした。
暫く呆然とした後に、はっと我に返って遊星は数歩下がる。
そこに大きな木があったので遊星1人くらいなら隠れられた。
疾しい事は何もないのに思わず隠れてしまって酷く申し訳ないような気がした遊星はまた混乱しそうになったが、何度か深呼吸を繰り返してどうにか少しでも冷静さを取り戻そうとする。
深呼吸をしながら木の幹で見えなくなった十代と女性の事を考える。
そうして大きな深呼吸を1つした後に、遊星はもう1度2人の様子を伺う為に木の幹から少しだけ顔を出した。
隠れて盗み聞きなどとても褒められた事ではない。
何より十代に対してこんな真似は本当に後ろめたい。
それでもこのまま何事もなかったように立ち去って家に帰って整備に戻るなんて到底出来そうにないので、心の中で何度も十代に謝りながら遊星は自分の気持ちに素直になる事にした。
好きな人が別の人から好意を寄せられている。
しかもそれを真正面から告げられている。
遊星にとっては前代未聞の出来事だ。
少しでもこの状況を冷静に理解するだけの情報がほしかった。
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いつかの遠い夢が
「これでもう1人のボクが十代君に3連勝だね。」
「十代、それじゃあ約束。」
「分かってますよ。今からコンビニ行ってきますから、何でも好きな物言ってください。」
にこりと笑ったアテムに十代は苦笑いをしながら答えた。
先に3回負けた方が買い出しに行く。
そんな細やかな条件が付いたこのデュエルは見事にアテムの3連勝で終わってしまい、完敗した十代は文句の1つも言う気になれない。
1回くらいは勝てるんじゃないかと思っていた。
公式大会では連勝記録を順調に伸ばしているアテムだが、こういった遊びの中ではやはり負ける事もあり、十代程の実力を持った人が相手となれば勝ったり負けたりが繰り返される。
それでもやはりアテムの方が勝率はずっと高い。
どうしたってあと1歩か2歩くらい届きそうで届かない。
それが彼と自分の間にある決定的な差なのだろうと、十代はアテムの強さを実感出来て嬉しいと思う気持ちと一緒に、どうしたってあと少し届かない自分の力量を悔しく思う。
その気持ちはきっと次に繋いでくれる。
多分ほんの僅かでも自分を前に進めてくれる。
その間にもアテムだって前を進むので、2人の差が縮まるかどうかは別問題になってしまうのだが、立ち止まってしまうよりはずっといい。
十代はデッキを片付けて立ち上がる。
次に繋ぐ為に今すぐにでも今のデュエルについて話をしたいが、残念ながら敗者として買い出しという義務を果たさなければならない。
「買い出しに行きたくないからって本気出さないでくださいよ。」
「別に行きたくないわけじゃない。ただ十代を相手に本気を出さないで勝てるなんて思っていないだけだ。」
「おだてても何も出ませんよ。」
「菓子と飲み物くらいは出てくるだろう。」
「本当に本気じゃなかったくせに…。」
「それはお互い様じゃないか。遊びは気楽に楽しく本気でやるもんだ、と言ったのは十代じゃなかったか?」
「あー、もう。完敗です。リクエストどうぞ!」
「とりあえず菓子と飲み物。」
「どうせだから夜まで持つくらいの量で適当にお願いね。」
今日はこのまま遊んで泊まっていく予定だ。
少し多めに色々と買ってくる必要があるだろう。
十代は上着を着てまだ何も言っていない遊星を振り返った。
「遊星は?」
「一緒に行きます。」
返ってきた答えに十代はうっかり財布を落としそうになった。
遊星はすっかり準備を終えていて、このまま十代が部屋を出れば彼も当たり前のように一緒についてくるだろう。
そういえばアテムと話をしている間にカードを片付けたりして準備をしていたなと遊星の行動を思い出し十代は少し呆れた顔をした。
「いや、聞いているのはリクエスト。買い出しはオレが担当。」
「じゃあ一緒に行きたいです。」
「リクエスト内容が違う。コンビニで買える物を言えっての。」
「ダメですか?」
「いや、ダメって言うか…。」
負けたのは自分なんだから買い出しに行くのは自分の役目。
何も一緒に来なくてもいい、ここでアテムと遊戯と一緒にのんびりと遊んで待っていればいい。
むしろ何でそんなに行きたがるのか。
その気持ちを全部簡単に伝えるにはどうすればいいだろうか。
十代が悩んでいる間に、分かりました、と遊星が言う。
「じゃあオレが遊戯さんと戦います。それで負けたらオレも行きます。」
「え、ボクと?」
「すみません、お願いします。」
遊星に頭を下げられて遊戯は苦笑交じりに十代を見る。
その目は、連れて行ってあげればいいのに、と優しく訴えている。
遊星とのデュエルが嫌というわけでも、これで遊星が勝ったら自分が行かなければいけないのが面倒だというわけでもない。
コンビニに買い物なんて行きたい人が行けばいい。
止める必要は何処にもなく、行きたがっている人にデュエルで負けたからという理由をわざわざ与える必要もない。
それに、これで自分が負けたら遊星に申し訳ないな、という気持ちも遊戯の中にはある。
「というか何でそんなにコンビニに行きたいんだよ。」
「………、リクエストが特に浮かばなかったので…。」
遊星が何とか理由を作る。
十代は、何だそれ、と不思議そうに言った。
ただ単純に、一緒に行きたい、というのが理由だとは気付いていない十代に向ける遊戯の目は優しい色が強くなる。
アテムはそんな遊戯の様子に首を傾げていた、彼は人の心に敏いのか疎いのかよく分からないので、これでいつも通り。
「まあいいや。そんじゃ行こうぜ。」
「はい。」
「気を付けてな。」
「行ってらっしゃい。」
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Have a good dream
息を潜めてウォルカは辺りを伺う。
深夜の見回りをしている兵士の気配はなく、門の前にも本来いる筈の見張りの姿はない。
普段なら見張りの不用心さを咎めるところだ。
けれど今夜この時間に見張りが不在なのは、適当な理由をウォルカが作って指示した為なので、今だけは誰もいない事にほっとする。
隣にいるグレミオへと小さく頷いて城の外へと向かう。
無人の時間はそう長くない。
戦争が終わってまだ日の浅い今、あまり長く無人の時間を作っておくなんて出来ないので、きっと5分もすれば見張りは戻ってくる。
でもその程度の短い時間で十分。
このまま誰にも気付かれずに城を出て仲間達の元から去る。
ただその為の時間が欲しかっただけ。
「………、坊ちゃん…。」
グレミオが気遣わしげに声をかけてくる。
これは衝動的な行動ではなく前々から決めていた事だ。
事後処理はまだ始まったばかりで、このままウォルカが去れば軍主も軍師もいなくなってしまうが、それを理解した上での行動だ。
一緒に戦ってくれた仲間は大勢いる。
その中にはこれから先の事を任せられる人も勿論いる。
政治など何も分からない子供より、何倍も頼りになって信頼の出来る仲間達がいるのだから、心配する必要なんてない。
「いいんだ、これで。」
今夜の事を知っているのはクレオとパーンだけ。
もしかしたら今頃は部屋でそっと見送ってくれているかもしれない。
本当はグレミオも残る筈だったのだが、グレミオだけはどれだけ説得しても聞いてはくれず、結局ウォルカの方が折れる羽目になった。
家族にだけは話をして、他は誰にも話していない。
部屋に書き置きを残してきただけ。
明日それを見た仲間達はどんな反応をするだろうか。
心配してくれるかもしれないし、途中で逃げ出した軍主に呆れるかもしれないし、無責任さを怒るかもしれない。
何を言われても構わないし、何を言われても残れない。
だってもう怖くて無理だった。
紋章の正体を親友の最期と共に知った時から、この紋章を持ったまま仲間の傍にいるのが怖くて辛かった。
紋章を手放す気はない。
これは大切な親友の大切な物だ。
これは大切に自分が守っていく。
けれどそんな決心1つで扱いきれる力ではない事は何度も実感した。
ただ振り回されるばかりの現状では、とてもじゃないがこれから先も仲間達と一緒にいるなんて出来ない。
呆れられようと怒られようと、仲間達が無事である事の方が大切。
今は他に選択肢がない。
だから今夜ここから去ろうと決めた。
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Restart
「遅くまで居座って悪かったな。」
気付けばすっかり外は暗くなってしまった。
本当はもっと早く帰るつもりだったのだが、時間の事なんてすっかり頭から抜けてしまった。
「本当に送らなくて大丈夫ですか?」
外まで見送りに来てくれた遊星が少し不安そうな表情で尋ねる。
そんな顔をされても十代は苦笑するしか出来ない。
「だから平気だって。女子供じゃあるまいし、そんな心配すんなよ。」
確かに帰るには少し遅い時間だが深夜ではない。
外を歩けばまだまだ普通に人が歩いている時間だ。
夕飯に間に合うかという心配が少しあるくらいで、他に心配事なんて浮かばない。
「それともオレはそんなに頼りないか?」
「そういうわけでは…。」
「あはは、分かってるよ。気を遣ってくれて嬉しいけど、この時間からお前を往復させると今度はオレが心配しなきゃいけなくなるからさ。」
「それも…、そうですね。」
「だからこのまま帰るよ。またな。」
「あの、明日も来てくれますか?」
「え?」
「負けっぱなしなのも悔しいので…。」
昼間のデュエルは結局遊星の負けだった。
最初は負けて、次は勝って、けれどその後は連敗。
負けたのだから遠慮なく奢られろと十代に笑顔で言われ、逆らうなど選択肢にはない遊星は十代の気の済むように奢ってもらった。
そしてもう1つの約束もきっちり守らされた。
思い出せば恥ずかしくて逃げ出したくなる。
強がりでしかない言葉を繰り返せば、十代が笑顔で頷いてくれたのは嬉しかったが、それを差し引いても恥ずかしさの方が強い。
だからこそこのまま引き下がるのは流石に悔しい。
今度は勝って暫くの間はメンテナンス代の事は言わないという条件を呑んでもらおうと食事をしながら決めていた。
「言っとくけどオレはそう簡単に負けないぞ?」
「分かっています。でもオレも負けたままではいません。」
「そうだな、楽しみにしている。何もなかったら明日も来るよ。」
「はい。」
「じゃあな。」
「お気を付けて。」
十代が手を振れば遊星も手を振り返す。
そうして十代が歩き出せば遊星は家の中へと戻った。
少し前まで遊星は十代が見えなくなるまで外にいて、十代が何気なく振り返れば何度だって手を振っていた。
そこまでしてくれなくていいから、と何とか言い聞かせて家の中へとすぐに戻ってくれるようになったのはわりと最近。
振り返れば姿のない事に十代は少しほっとした。
穏やかな季節の頃ならまだしも、暑い中や寒い中では心配になる。
遊星は気にしなさそうだが、十代の方が気になって仕方がない。
『見送られているのもまんざらじゃなさそうだったけど。』
「煩いな…、口に出すなよ。」
人気のない道に入るとユベルが隣に姿を見せた。
不満そうな顔で指摘してくるユベルに、十代も同じくらい不満そうな顔で言い返す。
それに対して帰って来たのは呆れ顔だった。
『それだけ顔に出してちゃ声に出しているのも同じだよ。』
「そんな顔に出ていたか?」
『あんな可愛げのない奴の何処がいいんだか。』
「遊星は可愛いだろう。素直だしいい奴だし。」
『………。』
感覚としては弟か後輩だろうか。
弟はいないから分からないが、慕ってくれる後輩は思い浮かぶ。
その思い浮かべた中の誰よりも遊星の好意は真っ直ぐに感じる。
遊星が大袈裟なのか、十代が特別気に入っているのか。
どちらにしろその好意は嬉しく、いっそ気恥ずかしい程だ。
そのせいで、本当なら可愛いなんて言うよりかっこいいと言った方が似合う遊星を、少しの躊躇いもなく可愛いと言ってしまう。
そしてそんな事を考えている十代は、自分が今どんな顔をしているか分かっていない。
考える合間にふと浮かべるのは、柔らかい笑顔と僅かな困惑。
ほんの少しだけ無意識にそんな顔をする十代に、ユベルは不満そうにそっぽを向いた。
そんな真剣に誰かを、しかも何処か特別そうに、想っている姿なんて面白くもない。
ただそれだけの理由で別の方向を見た。
だが次の瞬間にそんな事はどうでもよくなった。
ユベルが警戒したように顔を向けた方向を見る。
気付いた十代はユベルの様子を窺い、その視線の先を見た。
十代が自分で帰る時は人気のない道を選ぶ事が多い。
ユベルと話す姿は傍から見れば独り言だし、カードの仲間達の協力で帰れば突然消えた幽霊か何か、とても他人には見せられない。
今日もそのつもりで歩いていた道は街灯が少なくて暗い。
人の気配もなく十代以外に歩いている人は誰もいない。
その筈なのに微かに音があった。
一定のリズムで聞こえるのは人が歩く音によく似ている。
「………、何だ?」
『気味が悪いね。』
ただの足音だったら気になんてならない。
人通りの少ない道を選んではいるが、絶対に人が来ないような道ではないので、誰かがいたらいたで普通に擦れ違うだけ。
けれど音には気配がない。
人が歩くような音なのに人がいる気配はなく、他の音と聞き間違えているだけなのかと思うにはこちらへと近付いて来るのが気になる。
ユベルの言う通り気味が悪かった。
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欠片のないパズル
石造りの城内を急ぎ足で歩いて行く。
コツコツと鳴る硬い音と、途中で擦れ違う人が挨拶をしてくれる声を聞きながら、テンガアールは城内を回る。
扉がある部屋は個人の部屋。
扉がない部屋は共用の部屋。
それは覚えたので、扉がない部屋だけを片っ端から見て回った。
「あれ…、階が違っていたのかな?」
探しているのは仲間達の名前が刻まれた大きな石板がある部屋。
目的はそこにいるだろうルック。
少し前にウォルカと会い、そこでルックへの伝言を頼まれた。
それを伝えに行きたいのだが、解放軍に参加してあまり時間が経っていないテンガアールにとって、この城は複雑だった。
湖の中心に聳え立つ巨大な岩を刳り貫いて造ったような城は、何処を見ても似たような雰囲気。
シンプルで何処も彼処も似たり寄ったりというのも、ある意味で複雑だなと思った。
そう思いながら、次の階だ、と階段を上がる。
そのうち歩いているのがじれったくなった。
特別急ぎの用件ではないが、ウォルカからの伝言なので、遅いよりは早い方がいい。
気付けば階段を駆け上がっていた。
階段を上り、ぐるりと部屋の場所を確認する。
さて何処から見ようか、と思えば。
視線の先に廊下を歩いている探し人の後ろ姿を見つけた。
「ルック!」
つい大声で名前を叫ぶ。
ルックは酷く嫌そうな顔でテンガアールを振り返った。
向けてくる表情は酷いが、こちらを向いて立ち止まってくれるだけ、ルックにしては優しい対応。
でもいつ気が変わるか分からない。
テンガアールは駆け寄って、まずルックの腕を掴んだ。
逃がしてなるものか、という意思表示。
逃げる素振りはないが、やっと見つけたという気持ちからしっかりと力を込めて腕を掴むテンガアールに、ルックは怪訝そうな目を向けた。
「………、なに?」
振り払えない事はない。
でも面倒に感じたのだろう、ルックはそのままで尋ねた。
さっさと用件を済ませて離せ、と顔には書いてある。
じっと向けられる目はとても冷たい。
普通なら怖くて慌てて手を離すだろう。
でも、この素っ気なさも冷たさも、何だか慣れてしまった。
解放軍に参加して日は浅いが、短い時間の中でルックと過ごす時間は多かった。
ルックもテンガアールも、ウォルカが少数行動をする時のメンバーに選ばれているからだろう。
だから臆する事なく改めてしっかりと腕を握った。
「ごめんね、ずっと探していたからさ。」
「そんなのいいから、用件は?」
「うん、ウォルカさんから伝言。」
「ウォルカから?」
軍主からの伝言となるとおざなりには出来ない。
急いでいたらしいテンガアールの様子から、何かあったのだろうか、と一瞬だけ心配になった。
けれどルックが気にする程の事があればウォルカは自分で来る。
きっとそんなに重要な事ではないだろう。
とりあえず伝言は何かと目で続きを促した。
「明日は一緒に来てもらうから準備をしてね数日かかるよ。だって。」
「………、それだけ?」
「あと、目的は資金集めと仲間集め、って言ってた。」
「………、そう。」
本当にたいした事のない伝言だった。
何もなかった事にはとりあえず安心し。
伝言は聞いたので、それじゃあ、とルックは立ち去る。
けれどテンガアールは腕から手を離さず、更に思いっきり引っ張ってきた。
歩きだそうとした瞬間の事で、ぐらりとバランスが崩れる。
もう少しで倒れるところだった。
何とか仰け反ったくらいで耐えて体勢を直したルックは、一体何だとテンガアールを睨む。
彼女も睨むようにルックを見ていた。
「何なのさ、急に。」
「だってルックが行こうとするから。」
「まだ用事があるの?」
「ないけど、ルックの返事を聞いてない。」
「は?」
「伝言への返事。分かったとか何とか、一言くらい言ってくれてもいいじゃない。」
「どうでもいいけど離しなよ。」
「ルックがちゃんと返事をするまで離さない。」
「別に断るなんて言ってないじゃないか。」
「了解とも言ってない。」
しっかりと腕を掴んだテンガアールはじっとルックを見る。
そんなテンガアールをルックは酷く鬱陶しそうに見た。
通路の真中でそんな事をするものだから、自然と通りすがる仲間達が足を止めて2人を見守る。
素直に分かったと言えばいいのに。
見守る全員がルックに対してそう思った。
けれど伝える人はいない。
言ってもルックは聞かないと分かっている。
そのうち、テンガアールも早く諦めればいいのに、という雰囲気へと変わる。
そんな周りの反応を無視して2人が睨み合って暫く経つと。
「………、何しているの?」
2人へと質問を投げかける声があがった。
階段の方を見ると、目を丸くしているウォルカの姿。
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